【19-03】未来に通じる人材育成
2019年7月30日
富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授
略歴
1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。
著書
- 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
- 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
- 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数
習近平指導部も二期目に突入して、はや1年と10カ月になろうとしている。時間の過ぎるのは実に早いものだ。
この間、人々の政治に対する関心は、反腐敗キャンペーンから、経済政策へとシフトしてしまったようだ。
とはいっても反腐敗キャンペーン関連のニュースはいまでも盛りだくさんだ。7月25日には、海南省高級人民法院(高等裁判所)副院長、張家慧の汚職のニュースを『中国新聞ネット』が報じた。そのタイトルは、〈〝最もリッチな裁判官〟張家慧夫妻のビジネス王国:総資産は200億元 経営する企業は35社〉である。
ただ、こんなニュースでさえ人々の関心は決して高いとはいえない。やはり視点は経済に奪われているからだ。
そもそも習指導部の二期目には、経済建設が中心となるだろうとの予測は早くからされてきたが、ここに米中経済戦争という逆風が襲ってきたのだから人々が中国経済の行方に不安な気持ちをもつのも当然だ。
だが、一方でトランプ政権による対中圧力は、習近平にとっての意外な追い風になっているのだ。
というのも本来、経済政策といっても、政権がすぐさま打てる有効打があるかといえば決してそうではなかった。
中国経済の〝老化〟の象徴である重厚長大産業を中心としたオールドエコノミーの衰退は避けられず、リストラにともなう痛みは少なからず政権へのダメージなると考えられてきた。
ただ、痛みは予測の範囲であって、予想外の事態に慌てるような話ではない。企業債務の膨らみもまた同じだ。
中国のGDP統計が発表されるたび日本メディアは「経済減速」と大騒ぎするが、そもそも従来型の成長に限界が来たことは中国自身が予測し、「ニューノーマル」という言葉で表現してきたのである。
価値観の転換を受けて中国共産党の幹部選抜の基準も変化し、規模の拡大よりも質を精査されるようになっている。だから6・5%が6・2%になったから「さあ、大変だ」という話ではないのだ。
重要なことは中国政府が目指す経済構造の転換や質的転換が順調にいっているのか、また「一帯一路」などの外のエンジンにどう火がつけられるか、といった視点の方がはるかに重要なのだ。
ただそれも、先に指摘したように習近平政権に対する追い風が吹いたことで、それほど厳しく問われることもなくなった。
何が習近平にとって追い風となったのか。それこそズバリ対米経済戦争を戦わなければならないという現状を人々が認識したことである。いまはアメリカと戦う非常時なので、「(景気が)悪いのは仕方がない」と、ある種の免罪符が与えられたというわけだ。
中国の家計負債も増加傾向にあり、日本のバブル期に近い水準に達したという報道もあり、中国経済の未来が必ずしも明るいわけではない――といっても日本の書店にあふれるような「崩壊」などではない――のだが、中国の政策は、将来を見据えた布石を打ち続けている。
その一つの例が、教育改革に踏み出していることだ。
7月13日付で国務院が発した通達では、子供に過度な宿題を出すことやテストの順位を公表することを禁じ、体育や音楽、書道などに注力するという内容なのだ。
日本以上の学歴社会で、ハードな受験戦争を戦っている中国だが、次世代の中国を引っ張る人材はそうではないと模索し始めたことがここからうかがえるのだ。
それに関して言えば、中国は2015年から書店が学生と身近でなくなることを懸念して、補助金の支給もしてきている。ネット商取引において本は売れていても、やはり並んでいる本を手に取るような幅広い選択肢の中から選ぶことはできない。それでは考え方が偏ってしまうとの懸念も働いたのだろう。これを「実体書店の保護」として、力を入れているのだ。
2015年といえば今以上に多くの問題を経済面で抱えていた時期である。それでもこうした発想ができるのは中国の未来の強みになるだろう。
もちろん中国の政策を単純に肯定するわけではない。こういう問題が指摘されるということは、現状でかなり深刻な問題となっているという意味でもあるからだ。重要なことは、少なくともトップが問題の所在を気づき、何か手を打とうとしていることなのだ。