露口洋介の金融から見る中国経済
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【19-05】「二重金利の統一」の動向

2019年5月31日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は5月17日付で2019年第1四半期中国金融政策執行報告を公表した。今回は同報告書のコラムで取り上げられている「二重金利の統一」について、取り上げたい。

二重金利の統一とは

 今回の金融政策執行報告では、第1四半期中の中国の金融政策の状況について、金融の供給側構造改革を深化させ、穏健な金融政策を継続して実施してきた、などと説明し、その具体的な内容として、第1に、準備率の引き下げや公開市場操作などによって、流動性を充分余裕のある水準に維持し、市場金利を安定的に推移させ、マネーサプライや信用総量、社会融資総量など数量指標を適度に増加させたことを挙げた。第2に、数量を適度に保持すると同時に、制度的金融政策手段を用いたり、マクロプルーデンスコントロールを強化したりして、信用供給の構造改善を進めたことが指摘された。制度的金融政策手段としては本コラムで昨年12月に説明した「ターゲット付き中期貸出ファシリティ(TMLF)」や「売出手形スワップ(CBS)」が挙げられる。そして第3が金利自由化改革を引き続き深化させたことと、人民元為替レート形成メカニズムの改善である。そこで金利自由化改革の具体策の一つとして挙げられているのが、「二重金利の統一」(中国語では「両軌合一軌」)を着実に進め、市場金利による金融調節と政策波及経路を改善することが挙げられている。そして『「二重金利の統一」の着実な推進』と題したコラムが設けられている。同コラムでは概略以下のような内容が説明されている。

 金利の自由化(中国語では「市場化」)は1990年代半ばから国務院の決定に従い直実に進められてきた。まず第1に、2013年7月には金融機関の貸出金利について下限を撤廃、2015年10月には預金金利について上限を撤廃して、預金、貸出ともに上限、下限がない状態となった。第2に、貸出基礎金利(LPR:貸出プライムレート、2013年10月導入)、上海銀行間オファードレート(SHIBOR、2007年1月導入)、国債イールドカーブなど金融市場を代表する基準金利体系が基本的に構築された。第3に、(市場金利の上限と下限を画する)金利コリドーの初期段階が構築された。第4に市場金利設定自律機構(2013年9月設立、2016年7月の本コラム参照)が、金融機関の自主的な金利設定行為に健全で自律的な制約を構築し、市場における競争秩序を維持してきた。

 現在の大きな課題は「二重金利の統一」を着実に進めることである。「二重金利」とは、預金・貸出基準金利と市場金利の併存状態を指す。預金・貸出基準金利は依然として中国の預金・貸出市場の金利設定に際してのアンカーとして機能している。現在、預金・貸出金利の上限・下限はすでに自由となっているが、人民銀行は依然として金融機関の金利設定の参考とするため預金・貸出基準金利の公表を継続している。特に貸出基準金利は金融機関内部で貸出金利を計測する際の基準であり、また対外的に金利を提示したり、契約する際のベースとなっている。他方で、無リスクの市場金利も発展してきている。有担レポ金利、国債利回り、公開市場操作金利などの指標金利が金融機関の金利設定に際して参考として機能する程度が日々向上している。

 「二重金利」の存在は金融政策の波及の有効性に影響を与えている。全人代の政府工作報告では、金利自由化を深化させ、実質金利水準を低下させることを明確に打ち出している。現在の焦点は貸出金利の「二重金利の統一」である。それによって市場競争を強化し、金融機関がリスクを正確に評価して、リスクプレミアムを低下させることが可能となり、マネーマーケット金利の貸出金利への波及の仕方を改善し、小型零細企業の資金調達コストを引き下げることができる。

 そのためには貸出金利設定が市場で決定されるメカニズムを育成しなければならない。アメリカや日本、インドなどでは金融機関が貸出金利を設定する際の参考として貸出プライムレート(LPR)類似の制度を有していた。国際的な経験をもとに2013年10月25日に中国においてもLPRを導入した。LPRは主要商業銀行の優良顧客向け貸出金利を用い、市場金利設定自律機構が人民銀行の指導の下、監督管理の責任を負って、全国銀行間同業短期貸借センターが公布する。LPRはすでに金融機関が貸出金利を設定する際の重要な参考となっている。

 今後、人民銀行は「二重金利の統一」を着実に進めていく。その過程の中で、引き続き市場金利設定自律機構の機能を十分発揮させ、預金市場の競争秩序を維持し、銀行の負債サイドのコストを安定させ、企業の資金調達コスト引き下げに向けての好条件を作り出していく。

現状をどのように評価すべきか

 以上の金融政策執行報告のコラムで興味深い点は、まず、人民銀行自身が現状を規制金利と自由金利が併存する状態であるということを認めている点である。2015年10月に預金金利の上限が撤廃され、預金・貸出金利ともに基準金利からの乖離の上限・下限がなくなったことにより、中国の金利自由化は完成したとする見方もあるが、このコラムをみると依然として、金利が事実上規制されていることは明らかである。2016年7月の本コラムでも述べた通り、市場金利設定自律機構が銀行の自主的なルールとして預金金利の上限と貸出金利の下限を定めている。現状、中国において最も主要な資金流通チャンネルである人民元預金―人民元貸出のチャンネルが、実質的に規制金利の下にあるわけである。中国の金利は依然として規制金利の影響の下にあるというべきであろう。このような状態では、イールドカーブが人為的に決定されており、市場で資金の需給がバランスする保証はない。従って金融政策は貸出の総量をコントロールする窓口指導に依存せざるを得ない。

 日本では、1985年10月に大口定期預金金利自由化、1989年6月に小口定期預金金利の自由化が開始され、1993年6月に定期預金金利の自由化が終了した。さらに1994年10月に流動性預金金利の自由化が実施され金利自由化が完成した。そしてこの過程で1991年に窓口指導が廃止された。中国の現状は、日本の80年代の状態にある。

 次に、今回の金融政策執行報告のコラムを読む限り、中国人民銀行の狙いは、「二重金利の統一」と言いながら現在の貸出基準金利を残したまま貸出金利の水準を引き下げることにありそうである。さらに、預金金利が大幅に上昇することも避けたいという考えがにじんでいる。

 金融政策執行報告の統計によると2019年3月時点で全貸出のうち貸出基準金利未満の金利水準の貸出は16.35%に過ぎず、基準金利適用貸出が15.77%、基準金利を超える金利水準の貸出が67.88%を占める。1年以下の貸出基準金利は4.35%、5年以上は4.9%となっており、貸出加重平均金利は2019年3月で5.69%となっている。これに対して1年物貸出プライムレート(LPR)はこのところ4.31%と基準金利比わずかに低めに固定されている。一方、5月24日のSHIBOR1年物は3.198%、1年物国債収益率は2.6912%とかなり低めとなっている。LPRは市場金利設定自律機構が人民銀行の監督を受けながら設定しており、上記コラムでは今後も同機構の機能を利用する方針と述べられている。これらの方針をみると、当面は人民銀行が貸出金利と預金金利を実質的にコントロールする状態を続けながら、「二重金利の統一」を進めるという名目で貸出金利の低下を誘導し、一方で預金金利の上昇を抑制するものとみられる。これによって金融機関の利ざやを確保しながら、小型零細企業や民営企業の資金調達コストを低下させようとしているわけである。日本で1980年代後半から1990年前半にかけて見られたような本来の意味での金利自由化の完成と窓口指導の撤廃までには、中国はまだかなりの時間を要するとみるべきであろう。

(了)