【19-07】日中ETFコネクティビティと上海・香港ストックコネクト
2019年7月31日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
6月25日に、東京証券取引所と、上海証券取引所で日中ETFコネクティビティが開始された。一方、以前から香港証券取引所と上海証券取引所の間では上海・香港ストックコネクトと呼ばれる制度が稼働している。本稿ではこの二つの制度の違いと、東京・上海ストックコネクトの可能性を考えてみたい。
日中ETFコネクティビティ
2018年5月に東京において実施された安倍総理と李克強総理の首脳会談で、日本に対して2000億元の人民元建て適格海外機関投資家(RQFII)制度枠の付与が決定され、さらに、日本に人民元クリアリング銀行を設置すること、円―人民元通貨スワップ協定の締結、中国における日系金融機関に対する債券業務ライセンスの付与及び中国市場への参入の早期進展などが合意された。
このうち人民元クリアリング銀行については、日本における人民元決済を効率的で便利なものにするものであり、2018年10月に中国銀行東京支店が、また2019年6月27日には三菱UFJ銀行が指定された。円―人民元通貨スワップ協定については、中国における円の利用、日本における人民元の利用の安全性を高めるものであり、2018年10月26日に日本銀行と中国人民銀行との間で3.4兆円(2000億元)の取極めが締結された。
2018年10月に北京で実施された首脳会談においては日中ETFの東京証券取引所と上海証券取引所における相互上場を検討することが合意された。
6月25日、日本取引所と上海証券取引所の間で締約された「日中ETFコネクティビリティ」に基づくETF(上場投資信託)が東京証券取引所と上海証券取引所に相互上場され、記念セレモニーが開催された。この制度では東京証券取引所では上海証券取引所に上場されている株価指数ETFで運用する新たなETFを組成し上場する。逆に上海証券取引所では東京証券取引所に上場されている株価指数ETFで運用するETFを新たに組成し上場する。この結果、東京証券取引所では中国の株価指数であるSSE180やCSI500に連動するETFが上場され、上海証券取引所では東証株価指数や日経平均株価に連動するETFが上場された。これらは性格的にはそれぞれの国内のETFであり、東京証券市場に上場されている中国の株価指数連動ETFは円建てで、上海証券取引所に上場されている日本の株価指数連動ETFは人民元建てで取引され、決済される。
中国では、海外との間の資本取引のための資金の移動が制限されているが、今回の制度では適格海外機関投資家(QFII)制度や人民元建て適格海外機関投資家(RQFII)制度、あるいは適格国内機関投資家(QDII)制度と呼ばれる投資枠を日中の機関投資家に新たに割り当てて相互の投資を可能にしている。これによって、日本の投資家にとっては収益性が期待しうる中国株のETFへの投資機会が拡大し、中国の投資家にとっては安全性の高い安定した日本株のETFへの投資が可能になる。相互補完的で、双方に利益のある制度といえる。
上海・香港ストックコネクト
上海・香港ストックコネクトは2014年11月に導入された。上海証券取引所を通して香港証券取引所上場株式の売買ができ、逆に香港証券取引所を通して上海証券取引所上場株式の売買ができる制度である。双方向で個別株の売買が可能であり、香港においても人民元建てで決済される。
その仕組みをみると、上海と香港それぞれの地域において株式などの証券の振替決済口座を管理し、証券振替決済を実行する機関である中国証券登記決済有限責任公司(China Clear)と香港中央決済有限公司(HKSCC)が、お互いに相手機関に口座を開設する。例えば香港の投資家が香港証券取引所を通じて購入した上海証券取引所上場株式はHKSCCがChina Clearに保有する口座に振り替えられ、香港の投資家がHKSCCに保有する口座に記帳されて決済される。香港の投資家が上海証券取引所上場株式を売却する場合も同様である。香港では、このような証券売買の証券サイドの決済は資金サイドの決済と同時決済で行うことができる。これは決済リスクを削減する仕組みであり、資金証券同時決済(Delivery versus Payment : DVP)と呼ばれる。
香港では、米ドル、ユーロ、人民元という香港ドル以外の外貨についても資金サイドの決済機関が存在する、米ドルについてはHSBC、ユーロについてはスタンダードチャータード銀行、人民元については中国銀行香港現法がそれぞれ資金決済機関となっている。これらの機関が前出のHKSCCとシステムをリンクし証券の振替決済と資金の振替決済を同時に実施するDVPのサービスを提供している。
上海・香港ストックコネクトによる香港における上海証券取引所上場株式の売買は人民元建てで行われることとされており、香港において人民元建てのDVPが可能である。
日中ETFコネクティビティと上海・香港ストックコネクトを比較すると、取引の対象がETFと個別株式という違いだけでなく、多くの違いが存在するが、資金決済面で見ると、前者は日本において円建てで取引・決済されるのに対して、後者は香港においてローカル通貨である香港ドルではなく人民元で取引・決済されるという違いが存在する。
2016年12月には、同様に深圳証券取引所と香港証券取引所をリンクする深圳・香港ストックコネクトが、2017年7月には、香港から中国の銀行間債券市場の上場債券の投資できるボンドコネクトが開始された。さらに2019年6月17日、ロンドン証券取引所と上海証券取引所との間で上海・ロンドンストックコネクトが開始された。ロンドンにおいても人民元建てで取引・決済される。
上海・香港ストックコネクト、深圳・香港ストックコネクトの上海株の売買額は1日あたりそれぞれ520億元、香港株の売買額はそれぞれ420億元である。上海・ロンドンストックコネクトの上海株投資上限は2500億元、ロンドン株投資上限は3000億元とされている。
上海・東京ストックコネクトの可能性
日中ETFコネクティビティによって、日中間でのETFの相互上場が実現したが、一歩進んで中国の個別株について、東京証券取引所で売買することを可能とする上海・東京ストックコネクトの可能性について考えてみたい。上海・香港ストックコネクトなどの例に従うと、東京証券取引所を通じて人民元建てで取引を行い、DVPによって証券と資金の同時決済が行われるならば、従来のQFIIやRQFIIを通じた個別金融機関による投資に比べて、より効率的で安全な人民元証券の取引が可能になる。DVPは証券取引において世界標準である。この結果、中国にとっては人民元の国際化の進展と日本での資金調達の拡大が可能となるし、日本にとっては、人民元ビジネスの拡大による東京市場の活性化がもたらされ、両国にとって利益となる。
しかし、現状、東京においては人民元だけでなくあらゆる外貨についてDVPを可能とするシステムは存在しない。すでに東京に人民元クリアリング銀行の設置が実現した。次のステップとしては、クリアリング銀行と証券振替機関をリンクし、人民元建ての資金と証券のDVPを可能とするシステムの構築が望まれる。それによって、まずは、東京市場において、人民元建て証券が発行され、東京証券取引所において売買され、その決済がDVPによって処理されるということが可能となる。それが実現すれば、さらに次のステップとして上海・東京ストックコネクトの導入が可能となろう。
(了)