【20-07】新型コロナ対応の金融政策の動向
2020年7月30日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国では、新型コロナによるショックに対応するため、金融緩和政策を繰り出してきた。今回は最近の金融政策の動向について検討してみたい。
新型コロナへの政策対応の推移
これまでの、中国人民銀行(以下「人民銀行」)の金融政策対応を振り返ってみよう。まず、人民銀行が、銀行の貸出や手形割引に対して低利で資金を供給する再貸出、再割引については、1月31日付で新型コロナ対策に必要な重点企業に向けて3000億元(約4兆5千億円)の専用再貸出枠を設定した。専用再貸出しの対象となる銀行の貸出金利には財政から50%の補填が行われた。2月26日には、重点企業以外の企業の生産体制回復を支援する銀行に向けての再貸出・再割引枠をさらに5000億元(約7兆5千億円)設定した。また、4月20日に1兆元(約15兆円)の優遇金利による再貸出・再割引枠を設定した。この1兆元は、中小・零細企業、農業関係、対外貿易関係および新型コロナの影響が大きい産業向け貸出の支援として設定されている。再貸出に適用される金利については、中小・零細企業、農業関連貸出について2月26日に0.25%引き下げられ、1年物で2.5%となり、同金利は7月1日にさらに2.25%に引き下げられた。
また、旧正月休暇明けの2月2日、3日の両日、人民銀行は合わせて1兆7千億元の大規模なリバースレポを行い、銀行間市場に潤沢な資金を供給した。
預金準備率についてみると、1月6日に0.5%の引下げを行っていたが、3月16日に農業生産、貧困層の消費、教育、中小零細企業などに対する貸出の基準を満たした銀行について0.5~1%引下げ、さらにこれに加えてこれらの条件に符合した株式制銀行に対してさらに1%の引下げを行った。続いて、農村商業銀行など中小銀行について4月15日と5月15日にそれぞれ0.5%ずつ合計1%引き下げた。また、4月7日には超過準備預金に対する付利水準を0.72%から0.35%に引き下げた。5月15日の段階で大型商業銀行の預金準備率は11%、全金融機関平均の準備率は9.4%となっている。
人民銀行の政策金利の動きについてみると、まず2月17日に人民銀行は、中期貸出ファシリティ(MLF)の適用金利を従前の3.25%から3.15%に0.1%引き下げた。同金利は4月15日、2.95%に0.2%引下げられたが、その後7月15日実施分のMLFまで変化していない。次に人民銀行が銀行の貸出金利の基準として毎月20日に見直し公表している市場報告金利(LPR)は、2月20日に1年物で0.1%引き下げられ、さらに4月20日に0.2%引下げられ3.85%となったが、その後7月20日まで変化していない。一方、人民銀行の政策意図が反映されている上海銀行間オファー金利(SHIBOR)7日物金利を見ると、旧正月前の1月22日には2.607%であったのが、その後急速に低下し、5月13日には1.485%まで低下した。しかし、その後上昇に転じ、7月24日には2.147%になっている。
人民銀行の再貸出については7月1日に金利が引き下げられているのに対し、SHIBORは上昇しており逆向きの動きとなっている。
中小・零細企業向け政策措置
6月1日、人民銀行は銀行保険監督管理委員会や発展改革委員会、財政部、工業情報化部と連名で中小・零細企業向けの信用供与を強化するための通知2件と指導意見を公布した。指導意見では新型コロナが中小零細企業に与えた重大な影響に対して政策を実施すると述べられており、通知において2つの具体的措置が打ち出されている。
一つは4000億元の再貸出枠を利用し、人民銀行が一定の条件に適合する地方の銀行の中小零細企業向けの貸出の一定割合を売り戻し条件付きで買入れ資金を供給する制度の導入である。人民銀行ではこの制度の活用によって地方の銀行の中小零細企業向け貸出は1兆元増加すると見込んでいる。
もう一つは、3月1日に銀行に対して中小・零細企業に対する貸出の満期償還と利払いを、企業からの申請に基づき状況に応じて最大2020年6月30日まで延期することを通知していたが、この期限を2021年3月31日まで再延長したことである。本措置の対象となる貸出元本は7兆元に上ると予測されている。
人民銀行による説明
7月10日に、人民銀行の金融政策局、調査統計局、研究局、金融市場局、金融安定局の幹部が出席して2020年上半期の金融統計についての記者会見が行われた。その席で、金融政策局の郭凱副局長は概要以下のような説明を行った。
新型コロナ以降の中国の金融政策は2種類ある。第一は通常の金融政策として景気安定を図る政策である。金利や数量、制度的手段により実体経済を安定化させる目的で行われる政策で、経済全体の回復に充分な信用量や通貨量を提供するものである。第二は、新型コロナによって生じた特殊、段階的な金融政策である。例えば、3000億元の専用再貸出や5000億元の再貸出・再割引枠の設定、旧正月明けの1兆7千億元の資金供給、6月1日に公布された中小・零細企業向けの貸出買入れによる貸出資金供給措置と償還・利払い期日の延長措置などは、全て新型コロナによって生じた特定の状況に対処したものである。3000億元の専用再貸出は緊急の医療物資や生活必需物資の生産実施が目的であり、5000億元の再貸出・再割引は生産体制回復を目的としたものである。これらはすでに使命を果たし終了した。旧正月明けの金融市場への潤沢な資金供給もすでに市場が安定したため終了している。
政策の現状と展望
以上の説明によると、人民銀行は、マクロ経済の動きに対応するための金融政策と、中小・零細企業などの特定の問題に対応するための金融政策を区別して考えている。
マクロ経済の動きを見ると、7月17日に公表された4~6月の実質GDP前年比伸び率は3.2%と1~3月の-6.8%からプラスに転換した。昨年10~12月の6.0%と比べるとまだ低水準ではあるが回復を示している。MLF、LPRなどの金利水準や預金準備率が4月から5月にかけて引下げられた後、現在まで同レベルで維持されているのは、マクロ経済の回復傾向とこれまでの金融緩和政策の効果を確認している状況ということであろう。
SHIBOR7日物は5月半ばの低水準から上昇しているが、旧正月前の水準と比べるとまだ低水準にある。これも潤沢な資金供給などの非常時対応が終了して、マクロ経済に対応する金融緩和レベルに戻った結果であろう。このマクロ経済に対応した金融政策の分野では、今後も経済全体の回復状況を見ながら、さらに緩和政策を発動すべきかどうかを考えることになろう。
一方、新型コロナの影響のうち特に中小・零細企業の資金調達の困難さと調達コストの高さがいまだに大きな問題として残されており、これへの対応として6月1日の中小零細企業向け諸措置と、7月1日の中小・零細企業向け再貸出金利の引き下げが行われた。その結果SHIBORの動きと再貸出金利の動きが逆方向になったものと見られる。このような新型コロナによる特定の状況に対処する金融政策については、今後、マクロ経済の回復状況とは別に、中小・零細企業の資金調達の改善状況などに応じて政策の必要性が検討されることになるだろう。
(了)