露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-04】中国の国際収支の動向

2021年04月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国の国家外貨管理局は、3月26日に「2020年中国国際収支報告」を公表した。今回はこの報告書に沿って、中国の国際収支の動向について概観したい。

経常収支黒字と金融収支赤字

 中国の国際収支をみる場合、最も注意しなければならない点は、2016年1月の本コラム でも説明した通り、金融収支の符合が日本など他国の国際収支統計と逆になっているという点である。例えば、日本の2020年の国際収支統計について財務省のホームページで報道発表資料をみると、経常収支は17兆6,976億円のプラスで、説明文は『「経常収支」は、「サービス収支」が赤字に転化したこと等から、黒字幅を縮小した』と黒字であることが示されている。これに続いて、金融収支も17兆9,842億円のプラスで『「直接投資」において純資産が増加したこと等から、「金融収支」は純資産が17兆9,842億円増加した』と説明されている。

 一方、中国の2020年の国際収支について、外貨管理局の公表文で見ると、ドル建て表示で経常収支は2,740億ドルの黒字と表示され、金融収支は1,058億ドルの赤字である。統計表では赤字にはマイナス符号が付けられている。

 日本では金融収支はプラスであるが、中国ではマイナスである。しかし、これは現象としては同じことを表している。両国ともIMFの国際収支マニュアルの最新版である第6版に依拠して国際収支統計を作成しているが、従来の第5版では金融収支において対外投資が増加した場合、資本流出とみてマイナス符号としていたのを、第6版では対外資産の増加とみてプラス符号に変更した。しかし中国は今まで親しんだ方法を変更すると混乱するという理由でこの符号の逆転については採用しなかった。従って、日本と中国の2020年の国際収支は両国とも金融収支が流出超、あるいは同じことであるが対外資産の増加という同様の現象を示している。

 日本でも中国でも2020年は経常収支の黒字と対外純資産の増加が生じていたわけである。

貿易サービス収支の黒字と第1次所得収支の赤字

 次に、中国の経常収支の動向についてみると、黒字額は2018年に241億ドルまで縮小したが、2019年1,029億ドル、2020年2,740億ドルと黒字幅を大幅に拡大した。この内訳を見ると、貿易・サービス収支が3,697億ドルの黒字となっている。国際収支報告では、1~3月期には新型コロナの影響で企業の生産活動が停滞し、貿易黒字が縮小したが、4月以降生産活動が復活し、世界的な供給不足を補ったため、貿易黒字が増大したと分析している。一方、経常収支の中で既存の対外投資からの収益の受取と対内投資に対する支払いの差を主な内容とする第1次所得収支は、1,052億ドルの赤字となっている。今回の報告によると、中国の対外投資収益は2,244億ドルであるのに対し、対内投資に対する利潤や利息、株式配当等の対外支払い合計は3,315億ドルであり、これを差し引きした投資収益は1,071億ドルの赤字である。

 日本は中国と同じく経常収支は17兆6,976億円の黒字であるが、内訳を見ると、貿易・サービス収支が4,905億円の赤字で第1次所得収支が20兆7,175億円の大幅黒字となっている。貿易収支は黒字を維持したが、コロナ禍による日本への旅行者の減少などによって旅行収支が黒字幅を縮小したことからサービス収支が赤字に転化したことが貿易・サービス収支赤字の要因と説明されている。日本では、貿易・サービス収支が東日本大震災後の2011年から2015年まで、エネルギー輸入量の増加などによって赤字であったし、2019年、2020年も赤字を記録しているが、第1次所得収支の大幅な黒字によって、経常収支はこの間ずっと黒字を維持し続けている。日本の対外資産負債残高表によると、対外純資産残高は2019年末で364.5兆円であり、世界最大の純債権国である。このため、2020年の投資収益を見ると、海外からの受取は31兆4,293億円であるのに対し、支払いは10兆644億円で差し引き20兆7,850億円の黒字となっており、これが第1次所得収支黒字の主な理由である。

対外債権・債務の状況の改善

 中国の経常収支は、コロナ禍による世界の生産回復の遅れという特殊事情による貿易・サービス収支の黒字が寄与して、2020年は黒字幅を拡大しているが、人口の高齢化や財政赤字の拡大などによって貯蓄率が低下するという構造的要因が存在しており、今後、黒字幅縮小の可能性が存在する。加えて前回の本コラムでも述べた通り、双循環という政策方針によって内需拡大が進められると、輸入の増加と輸出の減少が生ずる可能性があり、貿易・サービス収支は縮小ないし赤字になる可能性もある。その際、第1次所得収支が赤字であると、経常収支全体が赤字になりやすい体質になっているといえよう。

 中国政府もこのような問題点は認識している。国際収支報告で対外債権・債務の状況についてみると、対外純債権は2兆1,503億ドルで、日本、ドイツに次いで世界第3位の純債権国である。しかし、対外債権総額8兆7,039億ドルのうち、外貨準備が3兆3,565億ドルで全体の39%を占めており、最大の項目となっている。外貨準備は主に利回りの低い米国債で運用されている。ちなみに、中国に次いで世界第2位の日本の外貨準備が対外債権総額に占める比率は2019年末で13.2%である。

 一方、中国の対外債務総額6兆5,536億ドルのうち最も大きな項目は外資系企業による直接投資3兆1,793億ドルで全体に占める比率は48.5%である。直接投資に対しては、比較的高い利回りの支払いが生じる。中国は対外純債権国であるにもかかわらず、第1次所得収支が赤字であるのはこのような債権・債務の構造が原因である。国際収支報告では、対外債権においては、外貨準備の全体に占める比率が前年末より2.5%ポイント低下し、民間部門の対外証券投資や貸出などの比率が上昇していることが指摘されている。

 また、対外債務においては、対内直接投資の全体に占める比率が前年末と比べて2%ポイント低下し、対内証券投資の比率が上昇したとされている。対外債権・債務の構造が改善していることが強調されている。

 さらに、今回の報告の中のコラムでは、金融収支の中の準備資産が安定していると、経常収支が黒字であれば非準備性金融収支(金融収支のうち準備資産増減以外の収支)は赤字(流出)となる鏡のような関係であることを指摘している。2020年は経常収支の黒字に対して金融収支は1,058億ドルの赤字であり、そのうち非準備性金融収支が778億ドルの赤字である。それは民間部門の対外純資産が増加した結果である。そして、対外純資産の増加は利潤、利息、配当などの投資収益をもたらす。中国の対外投資収益は2000年の123億ドルから2020年の2,244億ドルまで増加した。このような対外投資収益の増加は経常収支の黒字の大きな構成要素であると指摘されている。

 同時に、報告の中の別のコラムでは、香港―上海ストックコネクトなど金融市場の対外開放の施策を通じて、海外から中国に対する証券投資が増加してきたことが述べられている。中国から見ると直接投資よりコストが低い資金調達の増加となる。

 中国は今後、対外債権サイドにおいては投資収益の増加につながる対外直接投資を増やす一方、対外債務サイドでは対内直接投資の増勢は維持しつつ、投資収支改善のため、証券投資の拡大を図る施策をさらに進めていくことが予想される。

(了)