露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-10】量的金融緩和政策に対する中国人民銀行の見方

2021年10月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 このところ、中国人民銀行から、量的金融緩和、あるいは中央銀行による資産購入プログラムに対する考え方が頻繁に示されている。それらの内容を概観することとしたい。

世界金融危機とコロナ禍対応

 2021年8月9日に公表された2021年第2四半期金融政策執行報告には「通貨とインフレの関係を正確に認識する」と題されたボックスが設けられている。そこでは、2008年のリーマンショック以降の量的緩和政策と2020年のコロナ禍対応としての同様の政策を区別して、概要以下のように述べられている。

 リーマンショック後、米国、ユーロ圏、日本の中央銀行は量的金融緩和政策を行い、ベースマネーを大幅に増加させたが、2008年第3四半期末から2017年末まで、広義通貨量の年平均増加率はそれぞれ6.5%、2.5%、2.6%であり、同時期のそれぞれの名目GDP増加率3.1%、1.8%、0.4%とそれほど乖離しない程度にとどまった。信用創造の直接の主体は銀行であって中央銀行ではない。中央銀行が国債などを購入する量的緩和が通貨の増加をもたらすと必然性はない。ベースマネーは通貨と同じではなく、通貨は銀行が貸出などの資産拡大を通じて創造するものである。米国など先進国の中央銀行は国債を購入し銀行システムの超過準備を増加させた。しかし、市場から国債を購入しており、財政赤字を直接支援するものではないため、銀行システムの通貨創造に対する積極性は高まらなかった。その結果、通貨量は明らかな増加を示さなかった。2008年8月末から2017年末の間に、米国、ユーロ圏、日本の中央銀行のバランスシートはそれぞれ375%、209%、375%拡大した。同時期の通貨量はそれぞれ80%、30%、27%の増加であり、拡大幅は大幅に低位にとどまっている。

 2020年以降、コロナ禍対応として、中央銀行は財政支出と並走して通貨を大量に増加させる量的緩和政策を実施した。中央銀行が国債を購入して超過準備を増加させ、政府は国債を増発し銀行の超過準備を政府預金にシフトさせた。政府は、家計や企業に対して支出を行い、政府預金を家計と企業の預金に転化させた。この結果、通貨が増加した。2020年、米FRBは国債の新規発行分の52%を購入し、これによる財政支出がもたらした通貨量の増加はM2新規増加の61%を占めた。2020年末の米国、ユーロ圏、日本の通貨量はそれぞれ前年同期比24.9%、12.3%、7.6%増加したが、名目GDPは-2.3%、-5%、-4%であり、通貨の増加幅は名目GDPの伸び率と大幅に乖離した。米国の乖離が最大であり、2021年6月末のCPI上昇率は5.4%と13年ぶりの水準に達し、インフレ懸念が深刻である。ユーロ圏と日本でもそれぞれ2.2%、1.4%となっている。通貨量の増加がインフレをもたらすという関係は従来と変わっていない。

 政府主導の通貨量増加は、財政規律を破壊し、銀行システムが市場で行う通貨創造能力に損害を与え、経済の内生的活力を失わせるなど多くの深刻な後遺症をもたらす。

資産購入に対する評価

 2021年9月28日に人民銀行易綱総裁の「中国の金利体系と金利自由化改革」と題する論文が人民銀行のウエブサイトに公表された。中国の金利自由化が着実に進展しているが、依然として途上であり、今後も引き続き金利自由化を進めていくという内容で、金利に対するコントロールが残存していることを認めている。同論文の中で中央銀行による資産購入政策についても触れられており、概要以下のように述べられている。

 資産購入政策は、正常な状況における金融政策手段ではなく、市場で問題が生じ、中央銀行が実施を強いられた手段である。中央銀行が長期にわたって資産購入を実施し続けることは、市場機能を害し、財政赤字を推し進め、中央銀行の信用を毀損する可能性がある。また、市場の機能不全を解決することと金融政策との境界を曖昧にしてしまい、モラルハザードなど多くの問題を引き起こす。資産購入政策の実施はできるだけ避けるべきであり、もし実施するのであれば、以下の3原則を堅持すべきである。第1に、中央銀行の介入は市場が正常な運行を回復することを支持する目的で行われるべきであり、市場を代替すべきではない。第2に、中央銀行の介入措置はできるだけ市場機能を牽引し、迅速に市場を安定させるべきものであって、市場の機能不全をさらに悪化させるものであってはならない。第3に、できるだけ資産購入規模を小さく、期間を短くすべきであり、資産購入の実施レベルは市場機能の損壊レベルと一致させるよう努めなければならない。先進国の一部では金利が低下し、ゼロやマイナス金利になっている。中国の潜在成長率は依然として5~6%を維持しており、正常な金融政策を実施している。中国は正常な金融政策を実施する期間をできる限り引き延ばすつもりであり、現状、資産購入プログラムを実施する必要はない。

米FRBの資産購入縮減について

 2021年10月21日には、人民銀行潘功勝副総裁が行った「量的緩和政策:退出と外部への影響」と題する講演の内容が公表された。米FRBの資産購入縮減の動きを中心に概要以下のように述べられている。

 先進国ではコロナ禍からの回復が始まり、強靭な需要の増加が供給の回復を上回り、インフレ圧力が高まっている。米FRBの資産購入の削減はまもなく開始される可能性が高い。

 FRBが2014年に行った前回の資産購入縮減では、米ドル為替レートが急上昇し、新興国通貨は大幅に減価、主要な新興国では巨額の資本流出が生じた。2015年から17年の間、中国の外為市場も大きなショックを受け、人民元は資本流出に伴い減価し、外貨準備が減少した。

 今回は、米国と他国の間での経済成長の差や金融政策の方向の違いは前回と比べて小さく、米ドル増価の余地は限られている。

 中国の外為市場がFRBの金融政策から受ける影響もコントロール可能とみられる。前回、中国経済は下方圧力にさらされていたが、今回は回復状態にあり、主要なマクロ経済指標も落ち着いている。人民元為替レートの弾力性も増強している。資本流入の構造面を見ても人民元建て債券に対する長期投資がメインとなってきており、安定性が改善している。人民元為替レートは合理的な水準で安定するだろう。

中国は量的緩和に否定的

 以上が人民銀行の見方である。中国は、日本のバブル崩壊やアメリカのリーマンショックなどの教訓を詳しく研究している。量的金融緩和政策については批判的であり、中央銀行がどうしても実施しなければならない状況に追い込まれて実施する政策と位置付けている。この判断は極めて常識的である。従って、ゼロ金利やマイナス金利に陥らず正常な金融政策をできるだけ長く続けられるよう、経済の安定的な成長を維持する方針を示している。また、米国の資産購入政策からの脱却が人民元の為替レートや中国の資本流出に与える影響は当面大きくないものと判断しており、外為市場の安定的運行に自信を示している。

 中国人民銀行が、できるだけ長期にわたって日、米、ユーロ圏のような資産購入政策に追い込まれないためには、これからも金融政策を適切に運営して行くことが必要であろう。今後の動向を注視していきたい。

(了)