露口洋介の金融から見る中国経済
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【22-03】金融制裁とCIPS

2022年03月23日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 ロシアに対する金融制裁が行われる中で、中国の人民元対外決済ステムであるCIPS(Cross-border Interbank Payment System)が注目を集めている。今回は、金融制裁とCIPSについて考えてみたい。

CIPSとは

 CIPSは、中国と海外との間の取引に伴う人民元の決済を行うシステムである。直接参加銀行はCIPSの中に決済用の口座を持つ。2022年2月末の時点で直接参加銀行は76行あり、そのうち海外所在の直接参加行は36行である。国内外の間接参加銀行1212行は直接参加銀行に決済口座を保有する。

 日本の企業が日本国内の間接参加銀行Aに口座を持ち、中国国内の間接参加銀行Bに口座を持つ中国企業に人民元で送金を行う場合について決済の仕組みを見てみよう。

 日本企業が間接参加銀行Aに人民元送金を依頼すると、銀行Aは中国国内の直接参加銀行Cにその情報を伝達し、銀行Aが直接参加銀行Cに保有する口座から人民元が引き落とされる。直接参加銀行CはCIPSに対し、中国国内の間接参加銀行Bが口座を保有する直接参加銀行Dに送金することを依頼する。直接参加行C、DそしてCIPSは、中国人民銀行の人民元決済システムであるCNAPS(China National Advanced Payment System)にそれぞれ口座を持っている。直接参加行はCNAPSに保有する口座からCIPSの口座に毎日の朝、必要な資金を振り込み、CIPSはCIPS内の直接参加行の口座に当該資金を振り込んでおく。直接参加行CからDへの送金を依頼されたCIPSは、CIPS内のCの口座からDの口座に資金を振り替える。CIPSで資金を受け取った直接参加行Dはその資金を見合いに間接参加行Bの口座に受け取った資金を振り込み、Bは受け取った資金を見合いに中国企業の口座に資金を振り込み送金決済は終了する。なお、営業終了時間にはCIPS内の直接参加行の口座残高は全てCNAPS内のCIPSの口座からCNAPS内の直接参加行の口座に戻され、CIPS内の直接参加銀行の残高はゼロとなる。

 中国国外の間接参加銀行Aと中国国内の直接参加銀行Cの間の情報伝達はSWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)で行われる。直接参加銀行とCIPSの間の情報伝達はCIPSの専用回線で行われる。

 SWIFTは多種の通貨について海外の銀行間の情報伝達機能を行い、CIPSは情報伝達機能と口座間の決済機能を持つが送金通貨は人民元に限られる。

金融制裁はどのように行われるか

 米国外における米ドルの決済について考えてみよう。米国にはCHIPS(Clearing House Interbank Payment System)と呼ばれる決済システムがあり、その機能は原理的には中国のCIPSと同じである。CHIPS参加銀行は米国内の銀行であり、海外の銀行は米国の銀行にドル口座を保有し、CHIPS参加銀行を経由して最終的にはニューヨーク連銀にあるCHIPS口座と参加銀行の口座の振り替えによって送金決済を行う。海外の銀行が決済用の口座を持つ米国内の銀行をコルレス銀行、保有するドル口座をコルレス口座と呼ぶ。海外の銀行とコルレス銀行の間の情報伝達はSWIFTで行われる。このような決済方法は、円やドルなど他の通貨についても原理的には同様であり、海外の銀行が通貨発行国の銀行にコルレス口座を持ち、両者の間で情報伝達することで行われる。

 従って、金融制裁として銀行を通じた送金決済を止める方法としては、第1に特定の銀行をSWIFTから排除し、ドル、円、ルーブルなどあらゆる通貨について他国の銀行との間の情報伝達を困難とすること、第2に、国内の銀行に対して、海外の銀行や企業などにコルレス口座を通じる送金サービスを禁じ、その国の通貨について海外の銀行や企業などが送金を行うことをできなくすることである。

 今回の対ロシア金融制裁では、2022年3月2日にSWIFTからのロシアの大手中堅銀行7行の排除が決定された。対象の7行は、どの通貨建てであれ、海外の銀行との送金情報伝達が困難となった。ただし、ロシア最大のズベルバンクやガスプロムバンクは排除されなかった。そして、米国政府は2月24日にズベルバンクを含むロシアの大手5行について米国内のコルレス口座を凍結した。これらの銀行はドル決済ができなくなった。現状では、ズベルバンクなどはユーロやルーブルなどドル以外の通貨建てで海外との送金決済を行うことが可能であるし、米国のコルレス口座凍結の対象になっておらずSWIFTから排除されてもいないその他のロシアの銀行が、ドルやその他の通貨で海外と送金決済を行うことも可能である。

CIPSと金融制裁

 対ロシア金融制裁の対象になっている銀行にとってCIPSは制裁回避の手段になれるだろうか。海外直接参加銀行とCIPSの間の情報伝達は専用ラインか一般ラインで行われる。ロシアにおける直接参加行である中国工商銀行モスクワ支店とCIPSの間ではSWIFTを使用せずに専用ラインによって情報を伝達できる可能性がある。従来中国との取引を人民元で送金してきたロシア企業は、同支店に人民元口座を開設することによって人民元送金を継続することが可能であろう。さらに日米欧などの企業とロシア企業との間の送金をCIPS経由で行うことも可能である。しかし、CIPSの送金通貨は人民元に限られる。CIPSがSWIFTに替わる情報伝達手段として機能するためには、日米欧などの企業がロシア企業と人民元で送金することに同意する必要があるが、これはかなり難しいことと思われる。CIPSがSWIFTを充分に代替することは、現状では困難であろう。

 また、ロシアの銀行が中国の銀行にドル口座を保有し、中国の銀行が米国内に保有するコルレス口座を経由して、ロシアの銀行のために米ドルの送金決済を行うという形の制裁回避が考えられる。これについては、北朝鮮に対する金融制裁に際して、中国の丹東銀行が北朝鮮のドル決済を支援したとして、米国政府が2017年6月に米国内の銀行に対し丹東銀行との取引を禁止するという制裁を行った例がある。中国の銀行がロシアの銀行の制裁逃れを支援すると、個別に米国から金融制裁を受ける可能性があるだろう。

 もう一つ考えておくべきは、将来中国自身が今回のロシアと同様に金融制裁を受ける可能性である。中国人民銀行の「2021年人民元国際化報告」によると、2020年の中国の対外受払に占める人民元建ての比率は46.2%に達している。対外取引の半分程度は人民元による送金決済が可能ということになる。しかし、同報告によると、経常取引については対外取引の人民元建て比率は17.8%にとどまっている。また地域別に見ると人民元建て取引の相手先は香港が46.0%を占める(香港との取引は対外取引として計上されている)。中国の人民元建て対外取引は、香港経由の資本取引が重要な部分を占めていることになる。海外と香港との間の送金は大部分ドルやユーロなどの外貨で行われ、香港で人民元に交換されて、中国本土との間の送金が行われているものと考えられる。香港を中国に含めると、中国の対外取引に占める人民元比率は大きく低下すると思われる。従って、中国に対して金融制裁を行う場合は香港所在の金融機関を金融制裁の対象に含めることが重要ということになる。しかし、2021年9月の世界金融センター指数(GFCI)によると、香港は、ニューヨーク、ロンドンに次ぐ世界第3位の金融センターである(東京は第9位)。モスクワは50位にすぎない。対ロシアの金融制裁に比べ、香港を含めた中国に対する金融制裁は世界の金融市場を大きく混乱させる可能性があることに注意すべきであろう。

(了)