第39号:中国の高等教育改革の現状および動向
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世界一流の大学育成を目指す中国の模索-「985工程」の概要

李 越(清華大学教育研究院副院長)/共著者 趙 可 2009年12月18日

李越

李越:清華大学教育研究院副院長

1962年8月生まれ。安徽省巣湖出身。
清華大学教育研究院副院長兼教授。研究分野は高等教育管理。


趙可

趙可:

1974年6月生まれ。吉林省出身。清華大学政策研究室・研究員助手。
研究分野は高等教育理論と政策。

 「985工程」は、複数の世界一流の大学や国際的に知名度の高い一群のハイレベル研究型大学を育成するために中国政府が展開しているプロジェクトである。1999年、国務院は教育部に対して『21世紀に向けた教育振興行動計画』の推進を指示し、北京大学清華大学といった特定の大学を世界一流の大学またはハイレベル大学として育成するため重点的に支援することを決定した。このプロジェクトを略して「985工程」という。2004年、国務院は教育部に対して『2003-2007年教育振興行動計画』を通達した。これにより「985工程」は継続され、複数の世界一流の大学や国際的に知名度の高い一群のハイレベル研究型大学の育成に力が注がれることになった。これが「985工程」第二期プロジェクトである。

1.背景

 改革開放以降、中国の教育事業は著しい成果を収めてきたが、総合的に評価して高等教育の推進は依然として低水準であり、加速する改革開放や近代化に対応できていない。高等教育の発展を阻害している主な原因として、深刻な経費不足に伴う教師への低待遇や劣悪な学校運営条件を挙げることができる。このような状況下において地域、学科、大学に応じた目標を設定し、少数の大学に的を絞った重点的な育成を行う必要がある。1993年に公表された『中国教育改革発展要綱』では、世界的な新技術革命に関連した挑戦に立ち向かうため、中央や地方などにおける各方面の力を結集し、約100カ所の重点大学および一群の重要学科または専攻分野を組織するとうたわれている。また21世紀初めまでに一群の大学、学科、専攻分野が教育の質、科学研究、管理などの面で世界的に高い水準に達するように努めると提起されている。こうして「211工程」がスタートし、21世紀に向けて約100カ所の大学と一群の重要学科が重点的に育成されることになった。「211工程」の実施により大学の運営条件は大幅に改善され、大学における総合的な経営力やハイレベルな創造型人材の育成力が向上した。画期的な発展に加えて総合的な高等教育事業の発展戦略が実現し、中国における世界一流の大学育成プロジェクトは幸先の良いスタートを切った。

 「211工程」は十分な成果を収めたものの、投入資金には限りがあり経費配分も理想的とは言えなかった。1996年から2000年に「211工程」に関連して合計196億800万元が投入された。インフラ建設経費に92億1900万元、公共サービスシステムに36億3500万元が投じられたが、重要学科の育成経費はわずか67億5400万元であり、教師陣育成経費に至っては資金の使用範囲にさえ含められなかった。ハードウェアが過度に重視されているのに対して人材育成は軽視されている。

 1998年末に中国科学院が展開した「知識イノベーション工程」の試行作業は、中央政府の大きなサポートを受け48億200万元の予算が計上された。「知識イノベーション工程」における資金援助の対象範囲は「211工程」よりも狭く割当金額が大きい。また明確で完成度の高い育成目標が掲げられた。操作性の高い科学研究プロジェクトが確立されたほか、人材育成、体制改革、構造転換などに関する目標も提起された。このことは「985工程」政策の登場を直接的に促進するものとなった。

2.スタート

 「985工程」における主要なコンセプトは「世界一流の大学の創設」である。同コンセプトは中国における一部の大学が掲げていた目標に基づいている。清華大学は1985年の時点で「世界一流であると同時に中国らしい社会主義大学を段階的に育成する」という目標提起をしていた。北京大学も1986年に「世界一流の大学の創設」を大学の発展目標として明確に掲げた。1993年には清華大学が世界一流の大学の創設という期限付きの努力目標とするほか、総合型、研究型、開放型の世界一流の大学を育成することを総合的な大学経営方針として定めた。また北京大学は1994年7月に「一流大学の創設」を総合育成目標として初めて確定した。

 「世界一流の大学の創設」という目標は、一部の大学における育成計画から国家レベルの戦略また政策として引き上げられた。結果として面倒な根回し、画策、政治活動などが複雑に絡み合うようになっただけでなく、時期的な折り合いも気にしなくてはならなくなった。北京大学の創立100周年であった1998年、国家教育委員会などの政府機関責任者が創立記念式典の準備を進める同大学を相次いで訪問した。そして国家の推進する「科教興国(科学技術と教育による国家振興)」戦略に便乗し、中央政府に対して「世界一流の大学の創設」という育成目標を提起するよう提案した。そうすれば中央政府から、いっそう大きなサポートを勝ち取ることができると言うのである。同提案を受け入れた北京大学は、中央政府の政策決定に影響するような計画を制定するため、清華大学およびその他の教育関係者と協議を行った。

 北京大学の創立100周年式典案における最も重要な計画は、人民大会堂で開催する同大学の創立100周年記念祝賀会に当時の国家主席であった江沢民氏を招待し講演していただくというものであった。関連計画は速やかに受理され、同大学は式典における国家主席の講演原稿を準備し始めた。起草作業を担当したグループは原稿の中で政策目標について「近代化の実現のために、中国は世界先進レベルに達した社会主義的な一流大学が複数必要である」と表現した。送付された原稿を審査した江沢民氏は、「世界先進レベルに達した社会主義的な一流大学」を「世界先進レベルの一流大学」に修正した。こうして最高指導者の講演を通して高等教育界に「世界一流の大学を創設する」という政策目標が表明されたのである。

 1998 年5 月4 日、北京大学の人民大会堂において創立100周年記念祝賀会が華々しく開催された。国家主席の江沢民氏は講演の中で次のように語った。「近代化の実現のために、中国は世界先進レベルの一流大学を整備する必要がある。一流大学はハイレベルな創造型人材を育成する手段となる。また未知の世界や客観的真理を探求し、人類が抱えている重大課題を解決するために科学的根拠を提供する最先端拠点となるべきである。さらには知識イノベーションや科学技術の応用成果を実際の生産力に転化させる動力源、優秀な民族文化が世界の先進文明と交流また相互学習するための架け橋とならなければならない」。

 こうして世界一流の大学育成は中国中央政府の重要政策となった。1998年5月5日に教育部は会議を召集し、改めて最高指導者の講演における精神を学習かつ徹底的に貫いた。教育部長である陳至立氏は「知識経済に関する挑戦に立ち向かい中国の近代化を実現するため、 世界先進レベルの一流大学を複数育成することを重大で差し迫った任務としなければならない。そして知識イノベーション能力の向上やイノベーション人材育成分野において、いっそう貢献すべきである」と強調した。1998年6月25日、国務院レベルの国家科学技術教育指導グループが正式に発足し、国務院総理の朱鎔基氏がグループ長、副総理の李嵐清氏が副グループ長に就任した。指導グループの第二回作業会議において、教育部の提出した『21世紀に向けた教育振興行動計画』が審議を経て原則通過し、同年12月24日に公布された。

 『21世紀に向けた教育振興行動計画』では、間もなく到来する21世紀においてハイテクを中心とした知識経済が主導的な地位を占めるようになること、国家の総合力や国際競争力が、これまで以上に教育の発展、科学技術、知識イノベーションなどの水準に左右されるようになることが指摘されている。高等教育は国家の知識イノベーションシステムや近代化の建設のために必要な人材や知識を供給の面で貢献しなければならない。それゆえに世界一流の大学育成には重大な戦略的意義が関係しているのである。長期にわたる育成や蓄積を通して中国における特定の大学は、一部学科やハイテク分野において国際先進レベルに達するようになった。一群のハイレベルな教授陣が形成されており、特に本科教育課程の質は高く、世界一流の大学の条件を満たしている。この点を考慮して国家の限りある財力を相対的に結集し、各方面における自主性を調整すべきである。まずは重要学科の育成のための経費を拡大する必要がある。特定の大学やすでに国際先進レベルに接近もしくは到達している学科を対象として重点的な育成を実施しなければならない。複数の大学や一群の重点学科が、今後10~20年の間に世界一流レベルに達するよう尽力する。

3.「985工程」一期プロジェクトの過程

3.1 基本情况

 『21世紀に向けた教育振興行動計画』の公布は「985工程」が正式にスタートしたことを示している。教育部は1999年から2001年の3年間に、通常の大学経費とは別に、北京大学清華大学に対し各18億元を投入することを決定した。数年に及ぶ努力によって両校を世界先進レベルの一流大学に育成しようというわけである。これとは別に教育部、地方政府、主管部門は、共同で一群の大学を重点整備することで合意した。1999年7~11月にかけて各地方政府や主管部門は七つの大学の共同整備協議に署名した。以上の大学はは「985工程」において最初に経済援助を受けた大学であり、「2+7」大学と呼ばれている。国家による重点育成の対象となった9大学は中国の高等教育における精鋭部隊と言える。これらの大学は全国の高等教育機関の1%に過ぎないが、重点実験室の50%弱、年間科学研究経費の約1/3、大学院生の20%、博士候補生の30%を占めている 。

 2000年以降、9大学は重点共同育成・発展計画を制定し、すでに実施している。 各大学の重点育成に関する方針は概ね一致している。すなわち学科整備を中心とした人材育成を要とすることに加え、インフラ改善、管理強化、効率化の促進を通してサポートを行うというものである。大学内部の管理体制改革に関しては、競争制度の導入、奨励制度の強化、職務委任制度の実施などによって、教師陣の自主性を刺激すると共に、優秀な人材を集めることに成功した。こうして大学や特定の重要学科が大いに発展するようになった。表1は各大学の資金源を列挙したものであり、教育部が64%を超える経費を提供していることが分かる。

表1 「985工程」第一期・大学資金援助の状況単位: 億元
大学 合計 教育部 地方+その他
北京大学 18 18
清華大学 18 18
南京大学 12 6 6
復旦大学 12 6 6
上海交通大学 12 6 6
中国科学技術大学 9 3 3+3
西安交通大学 9 6 3
浙江大学 6 7 7
ハルビン工業大学 10 3 4+3
合計 114 73 41
出処:中国教育年鑑 2000: 181-182

 2000~2003年にかけて、教育部は関係する省・市および部門と共同で25の重点大学を整備した。重点大学の共同育成により大学の改革や発展は加速し、学科レベルの向上、教師陣の最適化、インフラ設備の改善、内部改革の深化が実現した。こうして一流大学としての基礎が据えられたのである。

表2 「985工程」対象大学リスト
大学 協議時期 共同育成機関
南開大学 2000.12 教育部、天津市
天津大学 2000.12 教育部、天津市
武漢大学 2001.2 教育部、湖北省
華中科学技術大学 2001.2 教育部、湖北省、武漢市
吉林大学 2001.2 教育部、吉林省
廈門大学 2001.2 教育部、福建省、廈門市
東南大学 2001.2 教育部、江蘇省
山東大学 2001.2 教育部、山東省
中国海洋大学 2001.2 教育部、山東省、国家海洋局、青島市
湖南大学 2001.2 教育部、湖南省
中南大学 2001.2 教育部、湖南省
北京理工大学 2001.4 国防科工委、教育部、北京市
大連理工大学 2001.8 教育部、遼寧省、大連市
重慶大学 2001.9 教育部、重慶市
四川大学 2001.9 教育部、四川省
電子科学技術大学 2001.9 教育部、四川省、成都市
北京航空航天大学 2001.9 国防科工委、教育部、北京市
中山大学 2001.10 教育部、広東省
華南理工大学 2001.10 教育部、広東省
蘭州大学 2001.12 教育部、甘肅省
東北大学 2002.1 教育部、遼寧省、瀋陽市
西北工業大学 2002.1 国防科工委、教育部、陝西省、西安市
同済大学 2002.6 教育部、上海市
北京師範大学 2002.8 教育部、北京市
中国人民大学 2003.9 教育部、北京市
出典:教育部ホームページ http://www.moe.edu.cn/edoas/website18/94/info13494.htm

3.2 成果

 「985工程」一期プロジェクトの過程、中央や地方の政府は合計255億元の資金を準備し、世界一流の大学とハイレベル研究型大学の育成をスタートさせた。探究と経験蓄積を通して確かな土台が据えられたと言える。対象となった大学の総合力は強化され世界の一流大学との差は縮まった。このことは各種ランキングにおいて中国の大学の順位が急上昇したことから分かる 。

 学科構成は合理化の傾向にあり、相互協力に基づく学科グループが形成された。北京大学と北京医科大学の合併により、医学と別の学科の交流が実現した。基礎学科の水準を着実に向上させると同時に、国家と社会にとって差し迫った必要である一群の応用学科を重点的に発展させるため、学院や学際的な科学研究教育センターが組織された。清華大学は「工科の優位性および理科や管理学科の発展を加速させると共に、人文、社会科学、芸術、医学など学科構成を最適化し、生命科学学科における画期的成果を実現する」という学科育成方針に基づき、総合的な学科整備に関する作業を概ね完了させた。理、工、文、法、管理、芸術、医学など各分野を網羅することによって、世界一流の大学への基礎を固めた。

 また教師陣のレベルを引き上げ、学術エリートチームの育成や招聘が行われた。例えば清華大学は姚期智氏や何毓琦氏を始めとする著名な学者を「客員教授」として招聘するほか、中核人材として約200名の青年教員チームを確立した。また復旦大学は人材確保のための特別経費を計上し、「グループ招聘」や「臨時的かつ柔軟な招聘」などのモデルを通し、各分野の優秀な人材を3年間で111人招聘した。こうして優れた学科の確立や発展を促進した。

 教育概念の変化により、一群のイノベーション型人材が育成されるようになった。各大学は積極的な学生構成の調整によって大学院生の割合を大幅に増やし、科学研究力を強化した。また本科生に対するさまざまなイノベーションの試みも実施した。例えば北京大学は学生イノベーション研究基金を設立し、本科生が科学研究活動を展開できるよう支援した。また清華大学は「大学生研究訓練計画」を推進し、学生が早く専門分野に進むよう奨励した。

 科学研究水準の急速な向上は、中国の科学技術イノベーションにおける主要な力となった。985工程第一期が実施されることにより、各大学は学科や人材の育成を強化することができた。同時に科学研究水準は急速に向上し、国家の重大科学研究プロジェクトを担う能力が著しく強化された。実際に象徴的意義や独創性に富む科学技術成果が生み出されている。北京大学が3年の間に担当した理科分野における国家レベルの各種重大課題は、合計248項目であった。また文科分野が担当した国家レベルの教育・人文社会科学基金は、合計100項目だった。このうち二つのプロジェクトにおける研究成果が2001年度全国基礎研究成果十大ニュースに入選し、三つのプロジェクトにおける成果が中国大学十大科学成果に選ばれた。清華大学は基礎研究と応用研究を同様に重視すると同時に、国家戦略に関する必要を第一に考え、第四世代超高温ガス冷却型原子炉の研究開発や小型衛星「航天清華一号」の打ち上げ成功といった影響力の大きな研究成果を残した。

 大学運営条件の改善によっても一流大学としての物理的基礎が整えられた。長期にわたって中国の大学における教育・科学研究環境は芳しくなかったが、「985工程」によって各大学の環境改善の条件が整った。教室面積、実験室や設備、図書館の蔵書など多方面にわたり著しい進歩改善があった。

 産学研連携が立体的に深化したため、科学技術成果の転移が促進されるようになった。各大学は大学科学技術パークを構築することによって、科学技術成果を実際の生産力に転換することに努めた。こうして中国のハイテク技術産業の発展や国力の総合的な向上に貢献した。例えば清華科学技術パークはベンチャー企業のインキュベーターおよびイノベーション人材や科学技術成果転移の重要拠点となっており、進出企業約120社の総売上高は75億元に達した。ハルピン工業大学は宇宙飛行や国防工業を基軸として国民経済と密接に関係のある分野で研究を行っている。国民経済に向けて大型の高度先端技術工程プロジェクトに基づき科学技術成果の転移を促進することによって、科学技術産業コロニーが形成されている。

 国際化が進むに伴い、大学は国際的な科学技術協力や交流の重要な窓口となっている。開放性や国際化は世界一流の大学の必然的な特徴と言える。「985工程」の推進により、各大学は開放的な思想と姿勢で国際舞台に進出するようになった。北京大学は49ヵ国における約200の大学と大学間提携協議を締結するほか、国際的に著名な大学と共同で研究センターや実験室を設立した。清華大学は海外における130の大学と締結した提携協議に基づき「名門校交流計画」を制定また推進している。特にハーバード大学、マサチューセッツ工科大学といった一流大学10校との提携に力を入れている。

 数年にわたる活動を通して「985工程」は中国における高等教育の改革や発展に関して最大の実績、最高の成果、最も貴重な経験を残してきたため、同プロジェクトが成功であることは疑いようがない。また同プロジェクトは困難な条件下にある発展途上国が、世界先進レベルを目指すための積極的な発展モデルともなっている 。

3.3 問題点

 「985工程」は、ある意味において偶発的に登場したと言えるため、全面的な計画や設計の面で不十分な点が存在した。育成目標や実施方法、計画や戦略、組織管理、審査や評価といった面で系統だった制度がなく、詳細な政策文書さえ存在しない。

 「985工程」における大学選定に関しては、公開された透明性のある選考体制を欠いていた。基本的に中国で最も良い大学と見なされている大学が選定されてはいるが、選定時期は前後しており、社会的認知の差を引き起こす恐れがある。

 経費の投入と使用に関する規範的管理も不十分であった。教育部が地方政府や主管部門との協同育成協議を締結した際、明らかにされたのは投入資金の総額だけであったため、実際の支給時期に様々な問題が生じ、費用対効果の評価が困難となった。

 全体的に見れば、「985工程」第一期における政策過程の多くは「補償的」資金の支給であり、各大学が累積してきた問題を支給した経費で解決させるためのものだった。こういった経緯を考えると、同プロジェクトは概ね探究や経験の蓄積と経験のためのものだったと言える。 

4.「985工程」第二期プロジェクトの過程

 「985工程」第二期プロジェクトの目標は次のとおりである。第一期プロジェクトの成果を強固なものとし、世界一流の大学や国際的知名度の高い一群の高度研究型大学を育成するための基礎を固める。また特定の学科が世界一流学科のレベルに接近もしくは到達するよう努力する。さらに長期間な目標として複数の世界一流の大学を育成する。

4.1 スタート

 2004年3月、教育部の『2003-2007年教育振興行動計画』が国務院に許可され、他の部門にも配布された。「985工程」を引き続き推進し、一群のハイレベル大学と重点学科の育成に努めることが強調されている。『行動計画』によると、世界一流の大学とハイレベル大学の育成は党と国家の重大政策であり、高等教育における総合力や中国の国際競争力を向上させる面で重要な戦略的意義を持っている。今後5年の間に各方面の資源を十分に結集することによって、学科整備、人材育成、科学技術イノベーション、研究チーム養成、国際協力といった実務を総合的に管理しなければならない。また改革の徹底や革新の推進を通して重点大学や重点学科の水準を大幅に向上させる必要がある。こうした努力は、中国の高等教育が健全かつ調和のとれた方法で急速に発展し続けることにつながる。国家イノベーションシステムの確立、優れた資源の結集、高水準、開放型、国際化といった特徴を持つ一群の科学技術イノベーションプラットフォームや人文・社会科学研究拠点の創設、学術専門家やイノベーションチームの育成などを緊密に結び合わせる必要がある。そうすれば国際的地位の確保や資源共有の促進が実現し、国家の近代化に大きな貢献をすることができる。同時に大学の組織的水準や総合力の底上げも達成される。

 『行動計画』を徹底するため、教育部と財政部は合同で『「985工程」育成プロジェクトの継続実施に関する意見』を公表した。同文書は「985工程」第二期における基本方針、育成目標、育成作業を詳細に説明しており、育成資金に関する制度や組織管理についても具体的に規定されている。制度の構築に関して財政部と教育部は『「985工程」特別プロジェクト資金管理弁法』を公布した。同弁法は財源および用途や使用に関する原則を明確にしているほか、予算、支出、決算、評価などの作業を具体的に規定している。「985工程」における統一的な指導や調整の強化、育成目標の確実な実現、投資対効果の改善を実現するため、教育部と財政部は組織上の取り決めとして、「985工程」指導グループ、作業グループ、事務所を設立することを決めた。教育部長の周済氏が指導グループリーダー、教育部副部長の呉啓迪氏が作業グループリーダーを務める。また各大学に対してプロジェクトの計画や実施を担うための対応する機関を設立するように求めた。

 2004年6月8日、「985工程」第二期育成作業会議が北京で開催された。教育部部長の周済氏、副部長の趙沁平氏と呉啓迪氏、財政部部長補佐の張少春氏が会議に出席した。会議において大学を対象とした「985工程」育成プロジェクトの詳細が決められ、「985工程」第二期プロジェクトが正式にスタートした。周済氏は講演の中で、複数の世界一流の大学と一群のハイレベル研究型大学を育成することが、極めて困難ではあるが崇高な努力目標であると強調した。国家イノベーションシステムを基軸として確立し、イノベーションプラットフォームの構築や優位性のある学科の育成に努めなければならない。慎重な計画と徹底した組織化により、「985工程」第二期プロジェクトを首尾よく進行させる必要がある。第二期プロジェクトの全体構想は、国家が制定を目指している中長期科学技術発展計画をチャンスとして捉え、国家イノベーションシステムの確立とも緊密に連携しながら、一群の高度科学技術イノベーションプラットフォームおよび哲学・社会科学イノベーション拠点を重点的に育成することである。こうして形成される一群の世界一流学科が科学技術の世界最先端の位置に立てるようにしなければならない。そうすれば理論や応用に関する重要問題が解決されるだけでなく、関連する学科の発展を推進する重要拠点ともなる。結果として大学は国家イノベーションシステムにおける主要な力となるのである。

 「985工程」第二期プロジェクトの対象大学は従来の34校に加えて、新たに5校が選定され39校となった。

表3 「985工程」第二期で新たに選定された大学
大学 時間 共同育成機関
中国農業大学 2004.6 教育部、農業部
中央民族大学 2004.7 教育部、国家民委
西北農林科学技術大学 2004.6 教育部、農業部
国防科学技術大学 2004
華東師範大学 2006.9 教育部、上海市

4.2 審議基準

 2004年7月21~23日、教育部と財政部に属する「985工程」事務所は、国家の中長期的な科学技術発展計画に関する戦略研究特別テーマの報告会を開催した。同会議の目的は「985工程」における科学技術イノベーションプラットフォームの構築が国家目標と緊密に関連するようにし、プラットフォームの上層設計を強化することであった。会議の後、『「985工程」第二期プロジェクトの企画および「985工程」プロジェクトのフィージビリティスタディ報告の作成を成功させるための通知』と添付資料が配布された。第二期プロジェクトには第一期プロジェクトではなかった規範的文書が存在する。これらの文書を提出した教育部は、関連大学からプラットフォームの構築案や拠点プロジェクトに関する意見を広く集めた。組織された専門家チームは、収集した意向に基づくと共に大学の実情や優位性も検討しながら、科学技術イノベーションプラットフォームおよび哲学・社会科学イノベーション拠点の構築分野と方向性に関する意見を提出したのである。

 前述した文書の指導の下、大学は「985工程」における具体的な目標や任務に基づくと共に、大学の三大計画(発展戦略計画、学科整備・教師陣育成計画、キャンパス建設計画)も考慮しながら、大学のプロジェクトフィージビリティスタディ報告およびプラットフォームや拠点の構築プロジェクトに関する論証報告を作成した。「985工程」の指導グループが組織した専門家は、大学の提出したプラットフォームや拠点の構築プロジェクトに関する報告を審議した。公正な競争を経て構築候補となるプラットフォームや拠点の構築プロジェクトが推薦された。次いで教育部と財政部による審査を経て、プロジェクトの確定と実行の段階へと進んだ。プロジェクトにおいて教育部と財政部は、プロジェクト内容の検査、監査、業績評価などを行い、結果に基づいてプロジェクトや資金に対して調整を施す。プロジェクトの完了後には、教育部と財政部の組織する専門家委員会が関連部門と共に検収を行う。

 「985工程」第二期プロジェクトは、科学技術イノベーションプラットフォームを2種類に分類している。I類のプラットフォームは学科に関する総合大型プラットフォームであり、学際的な交流研究の推進およびイノベーションに焦点を合わせた新しいタイプの学際を優先的に支援する先端分野に着目している。また国家の重大戦略に関する分野あるいは中国的特色や優位性のある分野にも注目している。少なくとも二つ以上の一級学科によって構成されており、国家実験室、国家重点実験室、省・部クラス実験室を主体とするピラミッド構造が形成されている。II類のプラットフォームは技術イノベーションに関する総合大型プラットフォームであり、国家科学技術産業発展計画との緊密な結びつきを基礎としている。国際的なハイテク分野における発展の方向性や戦略的産業を意識しており、全面的な小康社会(ややゆとりのある社会)の構築や国家経済建設における重大なニーズと関係している。また多学科による交流、革新力、必要条件などの強化を目的としている。少なくとも二つの重点学科によって構成されており、国家工程研究センター、国家工程技術研究センター、省・部クラス工程(技術)研究センターを主体とするピラミッド構造が形成されている。これら2種類のプラットフォームにおいて総合学科、開放的なシステム、柔軟な制度といった大学の優位性が生かされる。

表4 「985工程」における I類プラットフォームの学科分野と方向性
分野 方向性
基礎科学における最先端 数学研究、凝縮性物質と量子特性、量子制御と将来的な情報科学の基礎、非線形科学と複雑系、新型光源、分子科学、新物質の製造と変換に関する化学的過程、エネルギー、生命、材料、環境分野に関する基礎的な重要化学問題、グリーン化学
人口と健康 生物情報学、重大疾病の予防と抑制、医薬生物技術、生物医学工学
農業 農業生物学と生物技術、農作物の遺伝子組み換え、節水農業
エネルギー 新エネルギーとエネルギー新技術、石油、天然ガス探査と開発
情報 マイクロナノと光集積回路技術、ソフトウェアと制御技術、ネットワークと通信技術、地球空間情報
材料 一般的材料の変性、紡織工業における新材料とグリーン製造技術、情報機能材料、先進材料、材料製造工程、空間材料
資源と環境 海洋環境と資源、地球システムプロセスと資源、環境、災害、地域資源と環境
製造 マイクロナノと精密製造、インテリジェント化、デジタル化製造、重要設備製造
社会発展と国家安全 社会発展、航空と宇宙、公共安全

 「985工程」第二期プロジェクトでは、哲学・社会科学イノベーション拠点を2種類に分類している。I類の拠点は大規模な総合社会科学研究拠点であり、最先端の学際分野、国家的な重要ニーズに関連した応用分野、中国的特徴や優位性のある分野などを優先的に支援する。教育部の人文・社会科学重点研究拠点や国家哲学・社会科学重点学科が基礎となっており、少なくとも一つの重点研究拠点または二つの重点学科が含まれる。II類の拠点は最先端の学際分野、国家的なニーズに関連した応用分野、大学独自の特徴や優位性を持つ分野などを主に支援する。哲学・社会科学博士コースが基礎となっており、理工科大学には少なくとも一つの文科博士コース、総合大学および文科系学院や大学には一つの教育部に属する人文・社会科学重点研究拠点または国家レベルの哲学・社会科学重点学科が含まれる。拠点育成の主旨は、総合的なイノベーション能力を備えた哲学・社会科学の段階的なイノベーションシステムを形成することにある。そして党や政府に対する政策諮問サービス、社会主義の近代化促進、社会主義的な物質文明の構築、政治文明と精神文明に関するサービスなどの面で貢献することが望まれている。中国的特色を持つ社会主義の近代化のための「シンクタンク」や「人材バンク」としての役割が期待されている。

4.3 審議プロセスと結果

 2004年に実施された「985工程」第二期プロジェクトに対する審査は、二段階に分けて行われた。第一段階では主に申請されたプロジェクトが「985工程」第二期プロジェクトにおける任務や目標に合致しているかが審査された。教育部は55名の院士を含む100名以上の専門家を招聘した。第二段階では大学の総合建設計画に関連した審査が行われた。審査の重点は各大学の構築するプラットフォーム、特にI類のプラットフォームが大学の特徴や優位性および国家のニーズを明確に反映しているか、国家イノベーションシステムに関するプロジェクトや高等教育の長期的発展戦略に合致しているか、大学のプラットフォームにおけるシステム構成が科学的かつ合理的であるか、プラットフォーム間の関係が明確であるか、大学における全体的なプラットフォームの配置およびプロジェクト予算や使用状況は科学的かつ合理的であるかなどである。第二段階の審査には78名の専門家に加えて申請大学38校の大学校長が審査委員として招聘された。2006年末までに「985工程」第二期プロジェクトとして、合計372の科学技術イノベーションプラットフォームおよび哲学・社会科学イノベーション拠点が認可された。このうちプラットフォームプロジェクトは258件、拠点プロジェクトは114件(華東師範大学は2006年に6つのプラットフォームプロジェクトと4つの拠点プロジェクトの認可を受けた。このため「985工程」第二期プロジェクトの総数は審査時より10件増加した)であった。

表5 「985工程」第二期プロジェクトの申請および認可の情况 2004年
申請 認可
I類プラットフォーム 95 84
II類プラットフォーム 223 168
I類拠点 94 75
II類拠点 31 35
合計 443 362
注:II類拠点プロジェクトの一部は、I類プロジェクトの調整によるものであり、実際の数量が申請数より多くなっている。

 統計によると、「985工程」第二期プロジェクトにおける資金総額は426億元に達した。このうち中央財政特別プロジェクト資金は189億元、部門や地方による関連資金は140億元、大学の自己資金は97億元だった。下表で示す経費用途を見ると、中央からの交付金は主に人材育成やプラットフォーム拠点の構築に用いられている。

表6 「985工程」第二期経費の使用状況単位:億元
用途 総額 中央特別プロジェクト 比率
人材育成 60 40 66.67%
プラットフォーム拠点 258 129 50.00%
環境サポート 78 16 20.51%
国際交流 10 2.5 25.00%
その他 20 1.5 7.50%
合計 426 189 44.37%

4.4 プロジェクトの進展状況

 教育部と財政部はプロジェクト承認プロセスに基づき、大学の提出した「985工程」第二期プロジェクト案件に対する審査を完了した。次いで2004年度の「985工程」第二期プロジェクト資金が交付され、各大学は育成作業に着手した。2005年8月29~30日、教育部は「985工程」第二期プロジェクトの経験交流会を北京で開催した。教育部部長の周済氏や副部長の呉啓迪氏が会議に出席し講演を行った。北京大学を始めとする10大学による代表スピーチやグループ別の交流や研究討論も行われた。教育部として代表例を把握することにより、点の成果を面に広げ「985工程」プロジェクトを新しい段階に進めようというわけである。「985工程」の対象大学は、科学技術イノベーションプラットフォームや拠点管理制度の改革を積極的に模索し、初歩的な成功を収めた。またプロジェクト作業を細分化し責任者を明確にした。各大学は学科整備、研究チームの組織、科学研究、人材育成、社会サービスなどにおいて際立った成果を上げている。世界先進レベルの学科指導者やイノベーションチームを招聘することによってイノベーション能力や競争力が向上しただけでなく、国家イノベーションシステムにおける重要な構成部分となっている。

 2007年4~6月、教育部と財政部に属する「985工程」事務所は、「985工程」第二期プロジェクトの実施情况について段階的な検査業務を展開した。実施状況に関する検査は大学による自主検査を主体として行われた。調査結果は「985工程」第二期プロジェクトが順調に進行していることを明らかにした。各大学は人を基本とする精神を堅持し、優秀な人材を幅広く受入れている。また教師陣の育成を大学業務における最優先課題としており、人材関連業務に関する指導が継続的に強化されている。優秀な人材を確保するためのプロジェクトが全面的に実施されている。世界最先端の科学技術や国家の必要とする重要課題に根ざした特色ある画期的な発展が目標となっている。経済や社会の発展に関連した重大問題を意識したプラットフォームや拠点が育成されている。また公共サービスシステム、公共インフラ施設、実験室などの環境について一連の改善が施された。全面的で開放的な発展戦略が徹底的に実施されており、学校の対外開放性は段階的に拡大し、国際的な協力や交流も豊富になっている。実質面を追求し、高効率で長期的な協力を通して国際化の水準が次第に高まっている。さらに管理体制や運営制度のイノベーションを通して、世界一流の大学に相応しい新制度を積極的に探究した。

 2008年12月、教育部と財政部は2009年に「985工程」第二期プロジェクトの審査を実施することを決定した。各大学に対してプロジェクトにおける最終作業や資金使用計画を完遂するようにと指示が下され、プロジェクトの総括と国家による審査の準備が始まった。各大学は概ね総括報告を完成させ、教育部への報告を終えている。

5.総括

 中国中央政府の重大政策である「985工程」は、実施されて10年が経過した。同プロジェクトは中国における高等教育の構造や発展に大きな影響を及ぼした。

 「985工程」プロジェクトの全体構想は次のとおりである。複数の世界一流の大学と国際的に知名度の高い一群のハイレベル研究型大学の育成を目標として、大学における新しい管理体制や運営制度の確立を目指す。そのために機を逸することなく資源を結集する必要がある。重点を際立たせると共に特徴や優位性を生かしながら、大学の科学技術イノベーション能力や国際競争力を高めるよう真剣に努力しなければならない。中国的特徴を持った世界一流の大学を目指すのである。

 「985工程」プロジェクトにおける具体的な作業には制度のイノベーション、人材の確保、プラットフォームや拠点の構築、条件支援、国際協力や交流という五つの分野がある。制度のイノベーションに関しては、改革とイノベーションを堅持することによって大学内の管理体制や運営制度を改善し、世界一流の大学に相応しいものとすることが求められている。人材の確保に関しては、世界一流レベルの学術指導者や革新チームの養成や招聘を通して、世界一流の大学に相応しい教師陣、管理人材、技術支援人材を速やかに確保することが求められている。プラットフォームや拠点の構築は、国家イノベーションシステムの確立とも密接に関連している。国家目標を指針とし、世界先進レベルや国家の必要とする重要課題に的を絞った一群のイノベーションプラットフォームやイノベーション拠点を重点的に育成しなければならない。世界一流の学科の形成を促進することにより、科学技術の世界最先端の地位を捉える必要がある。そうすれば理論や応用に関する重要問題が解決されるだけでなく、関連する学科の発展を推進する重要拠点ともなる。結果として大学は国家イノベーションシステムにおける主要な力となり、国家の主要な競争力も向上するのである。条件支援に関しては、公共資源と機器設備の共有プラットフォームの構築、設備の整った教育・科学研究用施設の合理的な配置、対象大学の教育・科学研究関連のインフラ施設の継続的な改善などが求められている。国際協力や交流に関しては、世界一流の大学や学術機構との内容のある協力関係を強化し、中国における高等教育の国際化プロセスを推進することが求められている。

 「985工程」に関連した10年にわたる努力により、中国の高等教育は基本的な大学運営条件などの面で大幅な改善を実現した。しかし中国のような発展途上国が世界一流の大学を育成するということは、歴史的に前例がない。必然的に多くの困難や問題が発生し、長く苦しい道のりとなっている。政府による教育投資は、世界一流の大学育成のために物理的な基礎条件を提供するものであり、継続的な投資拡大は依然として必要不可欠である。同時に大学の理念や文化といった側面においても、いっそう開かれた思想が必要である。近代的な大学管理制度を確立し、世界一流の大学育成を目指して前進し続けなければならない。