中国のEC発展の新たな動向(その1)
2020年8月11日 裘涵(阿里巴巴商学院副教授、浙江省現代互聯網研究院執行院長)、杜楽芸(阿里巴巴商学院大学院生)
中国のインターネット産業は近年、急速に発展し、活力に満ちた新興産業としてのECもすさまじい発展を見せている。2011年以降、中国国内のオンラインでの売上高は右肩上がりで、2018年には9兆元を突破した。中国の越境ECも発展を続け、「2018年度中国越境EC市場統計モニタリング報告」によると、2018年、中国の越境ECの取引額が前年同期比11.6%増の9兆元に達した。2019年の天猫「ダブル11(11月11日のネット通販イベント)」では、開始からわずか1時間3分59秒で、取引額が1,000億元を超え、16時間31分12秒の時点で、2018年の「ダブル11」の1日分の取引額を超えて2,135億元に達し、過去最多を更新した。最終的に、今年の取引額は2,684億元に達した。これは、中国全土の人々が力を合わせて起こしている消費の「奇跡」で、年に一度のEC界のカーニバルとなっている。2019年、中国のECリーディングカンパニー・阿里巴巴(アリババ)が創立20周年を迎えた。同社の現在の戦略的展開を分析すると、そこから中国のEC発展のいくつかの新たな動向が浮かび上がってくる。現在、アリババのEC業務は中国だけに限らず、中国が「一帯一路」(the Belt and Road)戦略を実施しているのを背景に、同社の「エコシステム」の一環であるアント・フィナンシャルや菜鳥物流、阿里雲(クラウド)なども積極的に中核業務であるECを下支えし、共に世界中で攻勢をかけている。2016年、アリババは「新小売(ニューリテール)」という概念を打ち出し、ECのオンライン・オフラインの延伸と融合を促進した。アリババのショッピングサイト・淘宝と天猫の消費ビッグデータの力が少しずつ形になって表れ始めており、消費データが製造業の継続的な変革を推進し、中国独特の製造業の変革ルートが形成されている。20年近くの間進化し続けてきた淘宝は今や、単なるECプラットフォームではなく、ソーシャルECやネット有名人のライブ配信など様々な要素とモデルが業界の垣根を超えてそこで革新的融合を果たし、今やEC分野の「新種」的存在になっている。
一、バーチャルスペースで世界の越境ECが急速に発展
インターネット技術が普及するにつれ、バーチャルオンラインスペースを活用した越境ECはグローバル商品のスピーディーな流動を加速させ、中国の輸出入は年々右肩上がりの増加傾向にある。税関総署の統計によると、2018年、税関越境EC管理プラットフォームを通して輸出入された商品総額は50%増の1,347億元(1元は約15.5円)に達した。内訳は輸出額が67%増の561億2,000万元、輸入が39.8%増の785億8,000万元だった。[1]
1.1アリババ:世界を視野に入れる目標掲げ中国の越境ECを引き続き牽引
2017年7月11日、アリババ集団は「グローバルネット企業家会議」を開催し、共同創始者の馬雲(ジャック・マー)氏が「世界中から買い」、「世界中で売り」、「世界中で決済ができるようにし」、「世界中で物流ネットワークを構築し」、「世界中に旅行できるようにする」という、「世界」に目を向けた5つの「小さな目標」を掲げた。
アリババは、世界をまたにかけるEC企業、プラットフォームを構築して、それをインフラとして世界にサービスを提供している。2019年9月6日、アリババは、ポータルサイト大手の・網易傘下で越境ECを運営する「網易考拉海購(ネットイースコアラ)」を20億ドルで買収した。それにより、アリババ傘下の越境ECモール・天猫国際に考拉を加えて、中国の輸入ECのシェア半分以上を占めることとなり、中国の輸入EC業務のトップ争いは終結した。アリババは現在、EC、金融、物流、クラウドコンピューティングなど、全ての中核業務において、足並みを速めて世界進出を試みている。
図1:アリババの「世界」に目を向けた5つの業務の説明図
1.1.1世界中から買い、世界中で売る
インターネットを活用した「売買」はアリババの中核業務だ。馬氏はこれまで、消費者20億人と企業数千万社にサービスを提供し、「世界中から買い」、「世界中で売る」ビジネスエコプラットフォームを構築するという、アリババの今後10年のビジョンを度々語ってきた。中国におけるEC分野のパイオニアであるアリババは越境ECの分野でも多くのプラットフォームを有するようになっている。
1.1.2 世界中で決済
アリババがグローバル化という目標を達成するために欠かせないのが「世界中で決済」という部分で、同社の「世界中から爆買い」を下支えしているのは、支付宝(アリペイ)を中核とするアント・フィナンシャルが構築したグローバル決済ネットワークだ。
2019年6月の時点で、支付宝とそのローカルウォレットの提携パートナーは世界中のユーザー12億人以上にサービスを提供している。アント・フィナンシャルは、韓国やシンガポール、タイなど多くの国・地域に進出して猛烈な勢いで展開を強化しており、現地と技術や経験を共有することでローカル版「支付宝」を構築している。現在、支付宝は世界の金融機関250以上と提携し、海外の業者やユーザーにオンライン決済サービスを提供する一方で、中国人消費者に世界の54ヶ国・地域でオフライン決済サービスを提供している。[2]
1.1.3「世界中で物流ネットワークを構築」
「世界中から買い」、「世界中に売る」大量の注文を受けているのは、「グローバルエキスプレス」の重責を担っている菜鳥だ。「世界中で物流ネットワークを構築」というのは、中国と世界だけでなく、世界と世界を繋げるというのがその目標だ。
2017年の「グローバルネット企業家会議」で、馬氏は、7年後に、24時間以内の商品配達、10年後には72時間以内に世界のどこにでも配達を実現するという目標を掲げた。菜鳥はアリババのビッグデータを活用して宅配業務のデータ化を加速させて、效率を向上させ、売り手と買い手により一層便利な越境物流サービスを提供している。アリババの物流システムは当初の陸運、海運から、今では空運、各地での買い入れ、スマート在庫管理などを推進して、世界を膨大な物流連携体系に変えている。
1.1.4世界中に旅行
アリババ傘下の旅行予約プラットフォーム「飛猪(Fliggy)」は、「世界中を旅行」という目標を担っている。世界の旅行者と旅行業者が連絡を取り合うことができるプラットフォームを構築しており、スマホとパスポートさえあれば、「飛猪」を通して、世界のどこにでも行けることも、既に夢ではなくなっている。将来的には、パスポートもスマホもいらず、顔認証システムを使って世界のどこにでも行けるという日が来るかもしれない。
現在、「飛猪」は、マリオット、アコーホテルズ、シャングリ・ラ・ホテルなどといった中国国内外のホテルグループとさまざまなレベルの提携を展開している。アリババは今後、決済能力や金融体系などの資源を活用して「飛猪」の発展をサポートし続ける。「世界中に旅行」というイノベーション能力に引きつけられ、世界の旅行業者がそこに進出しており、飛猪は中国国内外の大手航空会社、ホテルグループ、海外の人気観光地の「第二のオフィシャルサイト」となっている。
「世界中から買い」、「世界中で売り」、「世界中で決済ができるようにし」、「世界中で物流ネットワークを構築し」、「世界中に旅行できるようにする」という、「世界」に目を向けた5つのグローバル化目標のアリババにとっての最も大きな意義とは、世界中で新たな成長源を見つけ、国内の中核業務の発展が頭打ちする前に準備を進める一方で、世界範囲における資源、人材、技術を統合することができ、世界における競争力アップにもつながる点だ。
二、産業内で、ニューリテールという新しい概念が台頭
2016年10月にアリババが開催したコンピューティング会議で、馬氏は初めて、新小売(ニューリテール)、新金融、新製造、新技術、新エネルギーという「5大新戦略」を打ち出した。そして、「10年後、20年後には、ECという概念は古く、『ニューリテール』という概念しかなくなる」との見方を示した。中国の純粋なオンラインEC時代は既に終わり、オンライン・オフラインを融合させたニューリテール産業が既に業界の新たなバロメーターとなっていることを示している。
2.1「ニューリテール」という概念登場の裏には
ニューリテールとは、企業がインターネットをよりどころに、ビッグデータや人工知能などの先端の技術手段を活用し、商品の生産、流通、販売のプロセスを高度化させることで、業態構造・エコシステムを再構築し、オンラインサービス、オフライン体験及び近代化物流などとの融合を深化させた小売りの新スタイルだ。
「ニューリテール」という概念が打ち出された裏には、伝統的な商業チェーンのデジタル化変革がある。アリババが提起した「ニューリテール」という概念は、オンラインとオフラインを分けて考えるのではなく、両者を組み合わせ、その利益の「最大公約数」を求めようという考えだ。ニューリテールは、デジタル化変革を通して、各業界の「人」、「物」、「場」の3要素を再構築するというのがその実質だ。
2.2アリババのニューリテール戦略
ニューリテールというコンセプトは既に各分野に浸透しており、アリババも既にその大規模エコシステムを構築している。アリババのニューリテールにおける全体的なアプローチは、ECプラットフォームの流通総額(GMV)を継続して拡大させると同時に、さまざまなタイプの小売の分野の提携パートナーと共に業界のデジタル化変革をやり遂げるということだ。
アリババはオンラインの流動性が最も高いECの流れの入口のほか、クラウドコンピューティング、倉庫保管・物流、金融決済の三大インフラを掌握し、業界における強力なシナジー効果を生み出し、内部の育成、外部の投資、M&Aを通して、より多くの小売の分野のさまざまなタイプのパートナーと共に小売業界のデジタル化を推し進めている。
図2を通して、アリババが8つの分野で必要な業務を展開していることが分かる。うち、天猫は各種小売ブランドのデジタル化の高度化のメインステージだ。アリババが出資している蘇寧は、家電デジタル業界のニューリテールプラットフォームで、アリババが傘下に収める中国の有名ショッピング施設・銀泰商業はファッション関係のニューリテールプラットフォーム、天猫優品、天猫小店などは、アリババのプラットフォームから派生した革新的なニューリテール業務だ。また、アリババが資本参加する家具・インテリア販売大手・居然之家は今後、中国の家具業界のニューリテールを牽引するプラットフォームとなるだろう。
図2:アリババの8つの分野の業務展開
アリババがニューリテールにおける戦略的展開は、本質的には、小売業者にオンライン・オフラインのデジタル化ソリューションを提供することで、スーパーや百貨店、コンビ二、小売店、オンライン小売業者など、各種小売主体がデジタル化を進めることができるようエネルギーを注入することだ。
図3:アリババがニューリテール実現のため小売業者に提供するデジタル化ソリューシ | ||
プラットフォーム | 対象/サービス | |
オンライン ソリューション |
淘宝、天猫、聚劃算、淘宝低価 | オンライン小売業者 |
オフライン ソリューション |
盒馬鮮生、銀泰商業、零售通、無人店 | |
技術ソリューション | 阿里雲(アリクラウド) | 新小売技術・インフラ |
新マーケティング ソリューション |
阿里媽媽 | 全域のマーケティングサービス |
2.3アリババニューリテールビジョン:3キロ理想生活圏を構築
図4:「3キロ理想生活圏」
「3キロ生活圏」とは、コミュニティの住民を対象として、周囲3キロを範囲に、ターゲットを絞って小売サービスを提供することを指す。インターネット技術の持続的な世帯交代を背景に、「3キロ生活圏」を実現するための「距離」や「時間」をめぐる問題が解決される可能性が現れ、「人」と「物」の距離が急速に縮まり、「人」と「店舗」、「商品」と「店舗」を超えて存在するようになっている。
オンライン・オフラインが密接につながる「3キロ生活圏」を実現するために、サービスネットワークを構築するというのが今後の小売サービスの発展の方向性だ。天猫の旗艦店数千店が「2時間以内配達」のネットワークに続々と加入し、天猫超市も中国全土に配送所を数百ヶ所設置しており、消費者は天猫超市で注文を済ませてから60分以内に商品を受け取ることができるようになっている。ニューリテールの新型スーパー「盒馬」の店舗数は2019年に150店以上に達し、各店舗の周辺3キロ以内に住む消費者は、注文してから30分以内に商品を受け取ることができる。アリババ傘下のオンラインフードデリバリープラットフォーム「Eleme」は、デリバリーサービスを活用した強大な立体型即時配送ネットワークを有し、分単位での配送を可能にし、ニューリテール時代における現地密着型サービスの中核プラットフォームとなっている。
2018年4月、アリババはアント・フィナンシャルと共同で、95億ドルという巨額の資金を投じて、「Eleme」を買収した。この買収は業界では「割に合わない」と見られていた。アリババが買収を決行したのは、「Eleme」が中国各地で構築した強大な即時配送ネットワークに目を付けたからだ。
このように、「天猫旗艦店2時間以内配達」、「天猫超市1時間以内配達」、「盒馬30分以内配達」、「Eleme即時配達」が、各種ニューリテールの形態の物流インフラを下支えし、アリババが打ち出すニューリテールの「3キロ理想生活圏」を構築している。
(その2へつづく)