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【19-28】中国経済V字回復の鍵は制度改革 柯隆氏が政策決定仕組み見直し提言

2019年10月8日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 中国の経済状況に詳しい柯隆東京財団政策研究所主席研究員が4日、東京都内で講演し、急減速している中国経済をV字回復させるには、政策決定のプロセスとメカニズムを改善する必要があると提言した。また、中国は米中貿易戦争をむしろ制度改革を進める外圧として利用すべきだ、という持論をあらためて展開している。

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東京財団政策研究所主催フォーラム「中国の政策決定メカニズム」会場の様子

政府主導の産業政策

 東京財団政策研究所主催のフォーラム「中国の政策決定メカニズム」で講演した柯隆氏は、9月に同名の論文を東京財団政策研究所の機関誌に発表したばかり。この論文に沿い、講演では、まずなぜ中国の経済成長が鈍化したかを詳しく解説した。柯氏が特に重視しているのが政策決定の仕組み。北京大学の2人の経済学者、張維迎教授と林毅夫教授との間で2017年に交わされたという激しい議論を紹介した。

 戦後、日本の鉄鋼政策と自動車政策が成功した例を挙げて「中国も日本と同様な産業政策を実施すべきだ」と主張したのが、林教授。これに対し、張教授は「政府主導の産業政策は資源配分のミスマッチをもたらす。産業の発展は企業と産業に任せるべきだ」と反論した。この論争について、「産業政策の必要性と有効性を議論する前に、まず産業政策を実施する前提を明らかにすべきだ」というのが、柯氏の主張。柯氏は、まさに産業政策を中核的な部分とするこれまでの「国民経済5カ年計画」が、ことごとくその主役が政府であって企業ではないことの問題を指摘した。「計画は実施されてきたが、その目標を達成できたかどうかについてほとんど検証されていない」という厳しい指摘だ。

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フォーラム参加者の質問に答える柯隆東京財団政策研究所主席研究員(右)

シンクタンクの役割も問題

 さらに氏は政策決定に当たってシンクタンクが果たしてきた役割についても厳しい目を向けている。「改革・開放政策」以来、中国でも小規模な民間のシンクタンクが設立されている。しかし、データ収集が原則禁止されているなど影響力は小さく、重要な役割を果たしているのは政府系シンクタンクに限られる。社会科学院や国務院発展研究センター、国家発展改革委員会マクロ経済研究院など中国国家認定の25機関・企業だ。

 これらの国家認定シンクタンクは直属の政府機関から委託研究を受ける場合、直属の政府機関以外の政府機関や企業などから委託研究を受ける場合のいずれにおいても経済的メリットが大きい。一方、政府機関にとっても国家認定シンクタンクに委託研究を外注するメリットは大きい。例えばある地方政府が地下鉄建設プロジェクトのフィージビリティスタディを国家認定のシンクタンクに委託すると、プロジェクトの許認可を受けやすくなるという大きな見返りが期待できるからだ。

 こうしたシンクタンクの役割が、基本的に独立した研究で得られた成果を基に政策提言をする米国などのシンクタンクとは大きく異なることを柯氏は指摘し、「中国政府の政策決定にシンクタンクは重要な役割を果たしているが、それは『策略』を提言する役割にとどまっている」との見方を示した。

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柯隆主席研究員の論文が掲載されている東京財団政策研究所機関誌

市場との対話欠く政策立案者

 これまで40年間、中国は実質GDP(国内総生産)の伸び率が年平均9%を超える経済成長を成し遂げてきた。ところが2019年第1四半期の成長率は6.4%、第2四半期は6.2%と急減速している。経済成長を妨げているのは制度改革の遅れ、強いて言えば市場開放の遅れが原因。この背景には、ポリシーメーカー(政策立案者)たちが、市場と対話する発表を怠っている現実がある。ポリシーメーカーたちは、市場から情報をくみ取るよりも、指導者に迎合することを優先しがちで、市場がポリシーメーカーから受け取るメッセージも著しく不足している状況をもたらしている。こうした見方を示した上で柯氏は、中国政府が政策決定のプロセスとメカニズムを改善する必要があることを強調している。

 市場開放の重要性を強調する根拠として、これまで中国が改革を実施する上で、外圧をうまく利用してきた実績を柯氏は指摘している。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟に備えて1990年代後半から市場開放を進め、市場経済改革に取り組んだことだ。現在、日増しに激化している米国との貿易戦争に対しても、むしろポジティブに捉え、大胆な市場開放を進めることによって改革を深化できるという見方を示した。

 柯氏は、当サイト「サイエンスポータルチャイナ」に8月1日掲載された寄稿「米中貿易戦争の中国経済へのよき影響」の中でも、次のように書いている。

「現在の市場経済の制度基盤は2003年に退任した朱鎔基元首相の時代に築き上げられた。その後、これらの改革の多くはほとんど道半ばとなり、遅々として進まない。米国との貿易戦争危機を、改革を加速させるチャンスに転換させることができれば、中国経済を再び成長の軌道に乗せることができる。貿易戦争をネガティブに捉えず、落ち込む経済成長を手当しつつ、改革に真剣に取り組んでいくことが重要だ」

関連サイト

東京財団政策研究所REVIEW柯隆主席研究員「中国の政策決定メカニズム」

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