【23-49】2023年上半期の金融統計といくつかの論点
2023年07月26日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行は2023年7月11日に2023年上半期の各種金融統計を公表し、同14日に記者説明会を開催した。その中で示された論点をいくつか取り上げたい。
上半期の金融統計
まず、人民銀行の劉国強副総裁が上半期の金融統計の概要について以下のように説明を行った。
人民銀行は2023年3月に預金準備率を0.25%引き下げるという金融緩和的措置をとった。この結果、6月末の広義通貨総量(M2)は前年同月比11.3%、社会融資総量は同9.0%、人民元貸出量は同11.3%、それぞれ増加した。
次に貸出構造についてみると、構造性金融政策手段によって、小企業への貸出や、科学技術イノベーション、環境関連、インフラ投資などへの貸出がより促進された(構造性金融政策手段については2023年5月の本コラム参照)。上半期中、製造業向け中長期貸出残高は40.3%増加し、貸出全体の増加11.3%を29%ポイント上回った。インフラ建設向け中長期貸出は15.8%増、中小企業向け貸出は20.4%増、小型零細企業向け貸出は26.1%増とそれぞれ貸出全体の伸びを上回った。
金利面では、6月20日に銀行貸出金利の基準となる貸出市場報告金利(LPR)1年物と5年以上物を0.1%ポイント引下げそれぞれ3.55%、4.2%とした。上半期の新規企業向け貸出加重平均金利は3.96%、前年同期比0.25%ポイント低下、新規個人住宅ローン加重平均金利は4.18%、前年同期比1.07%ポイント低下した。
預金金利のコントロール
貸出金利が低下している中、預金金利も相応に低下しなければ、銀行の利ザヤは縮小してしまう。貸出金利と預金金利の関係と預金金利の引き下げに関する記者の質問に対して、人民銀行の鄒瀾金融政策局長が、以下のように回答した。
2022年4月、人民銀行は銀行の業界団体である金利自律機構を指導し、「預金金利市場化調整メカニズム」を導入した。それによって、各銀行に対し市場金利の変化を参考に預金金利を合理的に調整するよう誘導した。2022年9月から2023年4月まで各銀行は第1ラウンドの預金金利引き下げを行った。最近の数か月では定期預金の増加とその満期の長期化が進み、銀行の純利ザヤは1.7%付近まで縮小した。このような状況を受けて、6月8日以降国有商業銀行や株式制商業銀行が市場金利の変化や自身の経営状況を考慮し、再度預金金利の引き下げを行った。この結果、2023年6月中の要求払い預金加重平均金利は0.02%、前年同期比0.09%ポイント低下、定期預金加重平均金利は2.22%、前年同期比0.12%ポイント低下となった。このような動きは銀行の負債コストを引き下げ、貸出金利引下げにとっても良好な条件をもたらす。それと同時に金利自律機構の協力のもと、各銀行は秩序だった預金金利の引き下げを行っており、銀行預金は依然として増加し続け、その分布も安定している。
以上の鄒瀾局長の発言から、人民銀行は金利水準全体の引き下げによって経済の活性化を図る一方で、利ザヤの縮小による銀行経営に対する悪影響を抑制し、貸出金利と預金金利の過当競争を回避するよう、銀行に対して注意深くコントロールを行っていることが伺える。中国では預金・貸出金利は依然として人民銀行によって充分に規制されている。
小型・零細企業、民営企業に対する金融面の支援
2023年6月の本コラムで取り上げた6月16日公表の金融による農業分野への支援拡充策において、構造性金融政策手段のさらなる活用が予告されていた。これを受けて6月30日に、人民銀行は農業支援再貸出、小企業支援再貸出、農業や零細企業支援に利用される再割引についてそれぞれ実施上限枠を400億元、1200億元、400億元、合計2000億元増額した。増枠後の上限はそれぞれ8000億元、1兆7600億元、7400億元となった。本件に関する記者からの質問に対し、鄒瀾局長は小型・零細企業、民営企業向け貸出について以下のように回答した。
第1に、多種類の政策手段を採用している。6月30日の2000億元の増枠以外にも、2021年12月に開始した小型零細企業向貸出支持手段を継続しており、すでに人民銀行から地方銀行に対する資金供給は累計398億元となり、銀行の小型零細企業向け貸出増加額2.2兆元をバックアップしている。同支持手段の実施時期は今年6月末までであったものを2024年末に延長した。
第2に中小、零細企業向け貸出のインセンティブメカニズムの強化を図っている。銀行内部で支店の採算を決定する本支店レートについて、全国的に展開する商業銀行ではこれらの貸出について0.5%ポイント以上の優遇レートを適用している。また、支店の成績評価においてこれらの貸出の比重は10%以上とされている。
第3に、資金調達チャンネルの多元化である。人民銀行は民営企業債券発行支持手段について2022年11月に増強を図り、その後、民営企業が行った債券発行284億元を再貸出によって支援した。また、銀行の資金調達手段も増加し、今年1~6月に銀行は小型・零細企業向け資金調達を図るための専用金融債を1240億元発行した。
これらの結果、2023年6月末の小型零細企業向け貸出残高は27.7兆元、前年同期比26%増となり、5月の小型零細企業向け新規貸出加重平均金利は4.57%と歴史的低水準となった。
鄒瀾局長は、今後も引き続き小型・零細企業、民営企業向けの銀行貸出の増加を図っていく方針を示した。
不動産市場の状況が金融機関に与える影響
不動産市場に対する人民銀行のテコ入れ策については今年5月の本コラムで取り上げた。不動産市場の動向について記者から問われ、鄒瀾局長は以下の二つのテコ入れ策に言及した。
まず、2022年12月に不動産引き渡し保証貸出支援プロジェクトが導入された。不動産開発業者の資金逼迫により、マンションを購入しすでに購入金額を支払った者が約定通りの時期に不動産の引き渡しを受けられない状態を改善するために、開発業者の資金逼迫を緩和する銀行貸出について、2000億元を限度に人民銀行が無利息で資金供給を行う。
次に2023年1月、賃貸住宅購入貸出支援プログラムが導入された。金融機関の賃貸住宅購入向け資金の貸出全額に対し人民銀行が1000億元まで資金を供与する。
また、鄒瀾局長は、不動産市場の状況と金融機関に対する影響について以下のように述べた。
不動産開発企業の債務は大きく拡大しているが、その7割は不動産引き渡し前の個人からの先払い金と不動産企業の取引先企業による立替払い金であり、金融負債は31%に過ぎず、そのうち銀行貸出は半分に満たない。
銀行の不動産関連貸出の残高は50兆元強に達しているが、個人の住宅ローンが40兆元を占めている。そのほとんどが自ら住むための購入であり、家計の収入から毎月返済され、不良債権比率は長期にわたって0.5%以下である。販売済みにもかかわらず、完工時期を過ぎても引き渡されない住宅に関する住宅ローンについては返済が拒否されるなど、銀行にとってリスクが存在する。しかしその金額は非常に少なくリスクはコントロール可能である。不動産開発貸出残高は13兆元前後であり、そのうち、国家が保有する土地開発と低所得者向け保障住宅建設向け貸出が約6兆元で、返済が保障されている。従って銀行が実質的にリスクを負う貸出残高は6~7兆元に過ぎない。一部の不動産開発企業が経営危機に陥っても、銀行貸出総量228兆元に比べるとその影響は小さい。
以上のように、人民銀行は不動産市場関連で問題が起きたとしても、金融機関経営に与える影響は小さいと判断している。
(了)