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【20-004】中国の債務問題「異論」(その1)

2020年5月29日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

日本で飛び交う中国債務のデマ情報

 前回の日中論壇では新型ウィルスと今後の中国経済について述べた。

 米国では中国の情報開示遅れを問題とし、早く情報公開していたら爆発は防げたとの意見もある。トランプ大統領もそう語る。だが武漢封鎖は1月25日であるが、巨大都市の衝撃的封鎖後も米国や日本、欧州のウィルス対策は緩やかだった。

 米国では武漢閉鎖後も各地で祭りやイベントが通常どおり行われ、国民のマスク着用すらなかなか進まなかった。大統領自らマスクを否定していては進むはずはない。

 武漢の状況が持ち直す転換点になった一つは軽症者の収容施設をつくり施設への隔離を進めたことである。短期間の突貫工事で簡易収容施設をつくり隔離した。だがその工事風景を伝えた日本のメディアの多くは嘲笑的にすらそれを伝えていた。

 日本も武漢の方式を学んでいない。日本政府が「原則宿泊療養」に転じたのははるか先の4月23日である。しかし今なお無症状や軽症者の「宿泊療養」は中途半端なままである。

 各国が緊急事態発動や外出規制に向かうのは武漢封鎖後かなりの日数が経過してからだ。武漢の封鎖後でもそうなのに「原因不明の肺炎で多数の死者」程度の情報で対策が進むなどありえないのは封鎖後の各国の対応を見るとわかる。トランプ大統領が言う早期情報公開云々は責任転嫁の言以外の何ものでもない。

 それはともかく、 これまで成長を続け世界経済を牽引した中国経済は大きな試練を迎えている。日本でも中国経済の危機を強調する論評が目立つようになった。

 先日もあるテレビ局はニュース番組で中国の失業率を取り上げ実態はもっと深刻。中国の某証券が述べた実際の失業率は20%との言を引用し、政府公表の失業率を懐疑的に報道していた。

 しかし筆者はその報道は正しくないと考える。その20%には根拠が無い。なぜか。今のコロナ問題の状況下、正しい失業率を掴むことは中国の場合は非常に困難で把握できない。

 今、中国企業は雇用する労働者に対し種々の対応をしている。政府のコロナ特別措置のもと地域最低賃金を払い自宅待機させる企業。それも地域で異なる。基本給の80%で対応し政府もそれを認めるところもある。当然、雇用契約の解除をする企業も多い。一方で雇用者への経済保障が発生し踏み切れない企業も多い。経済が本格的に動き出す時を考えるとむやみに人員削減もできない。政府から返済不要の多額の助成金支給を受け雇用を継続する企業もある。筆者が関係する日系企業もそうしている。だが自宅待機をしても雇用される側は最低賃金では生活できない。不満で退職する人も多い。それは自発的退職である。

 筆者は以前にこの欄で中国の失業率について取り上げた。中国の失業率統計には農民工は入っていない。農民工を統計に加えると中国の失業率は極端に下がる。それでは統計の意味が無いので入れていない。農民工の失業の多くは自発的失業である。今回のコロナ問題ではそうでなく企業からの労働契約解除も多い。しかし自発的失業も相当数ある。

 リーマンショック時と同じように、ウィルスを避けるためにもしばらく故郷の農村に返り農業をしながら待機する人も相当数いる。彼らを失業統計に入れるとしても失業者なのかどうかとらえきれない。

 件の失業率20%云々はそんな実情を考慮していないだろうが、センセーショナルなので日本ではメディアが取り上げる。さらに中国は今、産業構造の転換の真っただ中にある。その中でコロナ問題が起きた。産業構造の転換には三つの中身がある。一つは工業からサービス業への転換。一つは沿海から内陸への成長の転換と人材の流動。一つは5Gに代表される中国製造2025の工業構造の転換。それらは全て労働者の産業間移動を伴う。

 もちろん新型コロナ問題でまだ工業も飲食業もサービス業も大変である。しかし徐々にそれも動き出している。人材の流動の意味では、今の失業問題が今後の中国経済には前向きに作用する面もある。筆者の身の回りでもコロナ禍で労働者を解雇する企業もあれば、人手不足で募集を増やしている企業もある。そんな実態を無視して日本では中国経済の大変調、失速が報じられている。これまで繰り返されて来たパターンではあるが。

 これから中国政府は面子にかけても経済的影響を抑える対策をとるだろう。その要になるのは財政出動とそれに伴う消費刺激策である。

 中国政府が財政出動を行えば、日本では中国の債務問題をメディアや識者が取り上げ過剰債務、信用膨張による中国経済リスクが指摘されると思う。だから今回の「日中論壇」は中国の債務問題の現状を整理したい。

 中国債務に関する日本の報道や論文には種々の情報が飛び交い、その債務リスクを指摘する論はおよそ次のように区分される。

1. 非金融企業の債務膨張とリスクを指摘する論

2. 非金融企業と個人信用膨張による民間債務リスクを指摘する論

3. 政府債務、殊に地方政府債務の膨張を問題視する論

4. 中国の総債務の膨張による中国リスクを語る論

 多くの分析では債務の金額もまちまちである。冷静な分析もあるが、債務総額を煽るデマ情報が目立つ。

 あるコラムを読むと「中国金融機関の企業貸出は約300兆元にも達している」と述べ、同時に「一部の推定によると、中国の総債務は経済規模の3倍に達している」と書かれている。中国の経済規模である2018年のGDPは90兆元でその3倍は270兆元である。全く辻褄が合わない矛盾した論であるが、書いている御本人は矛盾に気づいていないのか。そんな怪しげな情報をもとに「中国叩き」が行われている。

 デマ情報には中国の総債務が500兆元、600兆元、中には800兆元(約1京3千兆円)まであり、まるで屋台の叩き売りである。「煽り」が目的なので中身は関係ないのだろう。

 600兆元と述べる論では2019年1月に中国人民大学の向松祚教授が上海講演で述べた「600兆元」が引用されている。だが、正しくは向教授の言では無い。向教授は中国の過剰債務を強調するため、かつて朱鎔基元総理の長男、元中国国際金融有限公司の責任者だった朱雲来氏の言を引き合いに出した。そうなれば「600兆元」は経済分析から離れて生臭い政治的色彩を持ちその金額も怪しくなる。

 600兆元、800兆元は馬鹿々々しくて話にもならないが、冗談とばかりに聞き流すわけにはいかない。日本ではそんな奇怪な言さえ反中本や「ヘイト本」の姿で堂々と書店に並ぶ。

 どうして中国情報に関してはデマ情報が頻繁に飛び交うのか不思議である。先日もある民放テレビの2時間番組の中でウイグル、監視社会、国家情報活動への協力の三つを取り上げていた。ジャーナリストの解説者が一方的に生徒役の出演者に説明を行い、出演者が「そうだったの、知らなかった!」と驚きの声を発する有名な番組である。監視社会に関しては政府が国民を点数付けして利用しているという。国家情報活動への協力では、中国では国民や企業は政府のスパイ活動に協力しなければならないと番組で語られた。

 筆者はそれを聞き、思わず笑ってしまい、なるほど日本人はこのように情報操作に巻き込まれていくのかと感心して見ていた。

 日本でも公安調査庁は特定個人情報を集める。金融機関も与信情報、ブラックリストを活用する。当然だが警察は犯罪歴を把握する。そんな情報利用以外で、中国では国民にどんな格付を実施しているというのか。広東や上海や北京など筆者の身の回りでそれを事実と思う中国人も、それを感じている人もいない。

 もちろん中国ではもの凄い勢いで社会の情報化が進んでいる。情報の漏洩や目的外利用を心配する中国人も多い。だが、漏洩や目的外利用の心配なら日本でもある。

 その心配と政府の利用や国民の格付けとは別問題で断定することはできない。

 中国のどこかの市長が市民のモラルを高めるために格付けを思い立ったことを"中国では"に置き換えたのなら報道モラルの問題になる。

 さらに、国民や民間企業がスパイ活動を強制された事実がいつ、どこであったのか。米国ですらファーウェイ問題で証拠を示せていない。少し皮肉を交えて言えば、番組ではスパイ活動の強制を断言していたので、きっと件のジャーナリストやテレビ局は米国情報機関以上の調査力を持ち、証拠を握っているに違いない。ぜひその事実を開示していただきたい。事実もなく「スパイ活動」に誘導したなら局やジャーナリストの品格が問われる。

 筆者は多くの中国情報の報道で米国の憶測が事実のように報道されることが多々あると感じる。新型ウィルスでの武漢研究所云々もそこにあるのは米国の欺瞞と情報工作である。今回の日中論壇で述べる債務問題も同じで米国の憶測が事実に化けている。

 いつか件の番組で上述の600兆元や800兆元が語られ、「そうだったの、知らなかった!」と驚嘆されて事実のように化ける日が来るかもしれない。

なぜ中国債務の分析はわかりにくいのか

 中国の総債務がいくらあるのか。中国国内でも多くの論があり、デマ情報も多い。

 種々の情報が出回り、混乱する原因は、地方政府に多額の隠れ債務が存在するためである。隠れ債務とは、地方政府が系列の融資平台(地方政府の資金調達窓口として地方政府が設立した企業等)を通じで借りた債務で、政府統計の表に出ない債務である。

 その隠れ債務を政府債務とするのか企業債務とするのかも中国債務を考える上で重要な論点であり、その捉え方の違いで中国リスクの読み方も変わる。

 隠れ債務は融資平台を通じ、地方政府の信用を基礎にして借りた債務である。それは銀行の直接融資もあれば、城投債(主に都市建設のために発行された債券形式の債務)やリース契約、PPP(Public- Private Partnership, 政府と民間社会資本の合作など、主にインフラ建設や建設後の運営サービスで実行されるプロジェクトの推進方式)項目での債務、地方政府の交通インフラや保障性住宅建設で政府がBT方式(建設後引き渡し)で発注した工事に伴う債務、さらに政府末端の郷鎮政府融資平台債務など多岐にわたり内容は複雑である。

 多くの融資平台は地方政府傘下の地方国有企業である。そのため地方政府の隠れ債務は企業債務でもある。中国国内の分析を見てもそれを政府債務としているのか企業債務としているのか、わかりにくい面もある。そのため、政府と企業債務の二重計上となっていると思われる分析も見られる。

 中国国内の分析でもそうなので、まして海外諸機関の分析はさらに不明確になる。例えば後に述べるようにBIS(国際決済銀行)は2018年3月末の総債務をGDP比261%、235兆元としているがIIF(国際金融協会)は2018年末の総債務をGDP比300%、270兆元としCredit Suisse(クレディ・スイス)はそれをもとにリサーチ・インスティテュートでの中国債務分析をしている。以上を前提に、筆者なりに、中国統計や中国内の諸機関、専門家の見解を整理して債務を分析した。

政府債務はいくらか

 日本の分析の殆どは隠れ債務を企業債務として扱っているように見られる。しかし筆者は、後に述べる理由で隠れ債務を地方政府債務として集計した。

 その上で、地方政府の明確債務(中国では顕性債務)である地方政府債務(その1)と隠れ債務(隠性債務)である地方政府債務(その2)として区分した。

 政府債務のうち、中央政府の債務額は統計上も明らかで、中国債務分析でも差が生じることは少ない。政府債務で問題になるのは地方債務で、債券発行で統計上も表に現れた債務以外の融資平台が調達した債務が問題になる。

 中国国内でも隠れ債務額には種々の計算があり、どれが正しいと言い切るのも難しい。例えば中国経済信息社が設立した新華信用(Xinhua Credit)は「地方政府債務風険(リスク)研究報告」(2019年第三期報告)で隠れ債務の推計額を8.9兆元~43兆元としながらも45.96兆元の可能性を示唆している。新華信用は地方債務を省や都市ごとに捉え詳細な分析をしている。それらも勘案して、中国統計や中国社会科学院の研究論文、中国国内の研究者の資料を参考に隠れ債務を含む地方政府債務と中央政府債務を推計したのが次のグラフである。

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「影の銀行」が問題になった時、郷鎮債務など政府末端に行くほど不明な部分が増えた。

 その後、中国政府は地方の隠れ債務の監察、指導を強めた。国務院は2014年に地方債務の管理意見をまとめ債務の整理も進め、地方の債券発行を許可して2015年には地方予算法を執行して予算外借入を禁止し、地方財政の透明化を進めた。だから地方債務はこの金額より増えるとしても、それほど大きな額にはならないと思われる。

 政府債務の名目GDPに対する比率(債務比率)の推移は次のグラフである。

 中国の政府総債務は2018年末で名目GDPの74.5%になる。

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家計債務と企業債務はいくらか

 次に家計(個人)債務と企業債務は以下グラフのように推移している。その名目GDPに対する比率もその次のグラフのようになっている。GDPに対する比率では、個人債務が増加傾向にあるが、企業債務は2015年から100%の手前で止まっている。企業と家計債務は銀行ローンだけでなく、信用合作社や財務公司、信託投資会社、リース会社や自動車金融会社など広義の金融業からの債務も含んでいる。いわゆる影の銀行からの債務も含む。

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 ただし、この非金融企業債務は地方政府の隠れ債務を含まず、中国統計の金融機構人民元信貸収支表に現れた債務額である。その中には企業債券発行額、2018年末現在では20.5兆元、を含む。

中国の総債務はいくらか

 以上の結果、中国の政府、企業、家計の総債務の推移とそのGDPに対する比率、2018年末の債務構成を表わしたのが以下の3つのグラフである。

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 2018年末の政府総債務と民間総債務合計の総債務は約205兆元、GDPに対し228%である。ただ、地方政府債務その2の金額以外に、さらに穏性債務がいくらあるかの問題も残る。

 一方、次のグラフは中国統計の社会融資残高の推移を表わしている。

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 社会融資残高のうちで大きな比重を占めるのは人民元貸付である。その他に企業や政府の債券発行もある。2018年末の社会融資規模残高は200.7兆元である。

 隠性債務がさらに増えるとしても、総債務と社会融資規模を比較すれば、そう大きな額にはならないと考えられる。仮に増えても10兆元ほどではないかと考えている。

その2へつづく)