【23-70】企業とコミュニティの距離は縮まるか? 成都で中国オープンソース年次総会
2023年12月06日
高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人
略歴
略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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10月28~29日の2日間、四川省成都市 で中国オープンソース年次総会 (COScon23, China Open Source conference 2023)が開かれた。コロナ禍でオンライン化されたこともあったが、2021年以降は3年連続、成都で開催されている。第1回が開かれてから9年目、コロナなどで休止したこともあったため、今回の開催は第8回となる(リンク)。
筆者は2019年にも会場で参加したが、当時と比べて今年のCOSconでは、オープンソース運動のコミュニティが、ゆっくりと確実に成長していることが実感でき、同時にビジネスベースの急速な普及とのギャップがあることも確認できた。
ビジネスと絡む部分が急拡大、コミュニティの価値が問われる
主催の開源社(China Open Source Alliance )は中国最大のオープンソースアライアンスだが、中国では珍しい愛好家中心のNPOである。中国でのオープンソース開発の普及や、世界への貢献を目的にして集まったオープンソース愛好家の団体だ。ここ数年、中国ではオープンソース開発が技術開発・普及を促進する上で、半導体や自動運転、組み込みOSなどさまざまなテーマのオープンソース団体が誕生し、中国各地でとても大規模なオープンソース大会を開いているが、そうした団体やイベントと、開源社主催のCOSconでは目的が違う。
業界団体的なオープンソース大会は、企業がホストとして自社のソリューションをオープンソース・ソフトウェア化して広げようとするものや、地方政府や政府系投資集団がホストとなるものだ。オープンソースが業界標準づくりやソリューション普及、ソフトウェア開発などについて有効な手法の一つとなったことで、先にビジネス的な狙いがあって後でオープンソース組織が作られるケースが中国では増えている。たとえば、以前レポートしたGOTC(global open source technology conference)全球開源技術峰会(上海)などはそうしたビジネス主導のイベントだ(リンク)。
上海で行われたGOTC全球開源技術峰会。産業地区のデベロッパーがホストで、大手企業のブース出展が目立った。
開源社はそうした産業主導の団体とは異なる。開源社が主催して毎年行われている中国オープンソース大会COSconも、近年の盛り上がりで企業出展が増え続けているものの、学生やソフトウェア開発愛好家のサークル単位での出展が中心で、より手作り感のあるイベントとなっている。
世界的なプログラム学習者のコミュニティ、Freecodecampのブース。
ボランティア中心の組織が、多くのVIPが集まる場に
結果として、オープンソース年次総会はユーザグループによるプライベートなイベントのまま、パネルセッションでは多くのVIPが壇上に並ぶ、ややチグハグさを感じるものとなった。
パネルディスカッションで並ぶVIP。
写真のパネルディスカッション「オープンソースFoundationとガバナンス方法」で登壇した6名は、開源社の初期メンバーだ。
右から
朱其罡:開放原子開源基金会部長
荘表偉:開源社執行長、天工開物副秘書長
楊軒:Linux Foundation APAC sub Director
李昊陽:OpenInfla Foundation APAC Director
姜寧:Apache Software Foundation 理事
陳陽:開源社理事長
(敬称略)
10年前からオープンソース・ソフトウェアのコミュニティで開発していた彼らの中には、ファーウェイ やマイクロソフト中国などの大手テクノロジー企業の社員も、ユーザコミュニティのメンバーもいるが、この10年でそれぞれ出世し、VIPとなっている。
朱其罡氏の開放原子開源基金会は、中国工業・情報化部 が設立した、政府主導のオープンソース団体だ(リンク)。朱氏も政府の人間だ。
荘表偉氏はファーウェイでオープンソース方式開発の普及推進を行っている。Linux Foundation、OpenInflra Foundation, Apache Software Foundationという海外団体の理事をしている楊軒、李昊陽、姜寧の各氏も、支持者の多い有名なオープンソースプロジェクトを率いている。
開源社の理事である姜寧氏は、マイクロソフトリサーチ北京の管理職の一人だ。それぞれ、業界団体のオープンソース大会ではキーノートを担うようなVIPだが、今回のCOSconで集まった聴衆は百名程度だった。
主催者発表によると、2日間で来場者は1000人超を記録したが、中国のイベントではそれほど多い方ではない。
オンラインの視聴者は168,610回、録画含めると248,725回を数えたことや、昨年に比べると会場での来場者も多く、企業やコミュニティ含めた参加団体も増えていて、中国においてもオープンソース運動を支えるコミュニティが順調に拡大していることが感じさせるが、同時に政府や企業などの目的をもった組織が引っ張っている様子を感じさせるイベントでもあった(主催者発表のレポート)。
入場時の待機列。大規模ではないが、来場者の熱気が感じられる。
強固なコミュニティ形成では意味のあるイベント
パネルディスカッションやトークは業界団体のイベントでも大きく変わらないものだが、COSconでは「中国のオープンソース運動の現在地は?」「世界への貢献をどうしていく?」など、よりオープンソース運動そのものにフォーカスした、コミュニティの内側に向けたメタな視点のものが多かった。
会場内でもエンジニアによるマラソンや会食、果ては「オープンソース応援ソング」の発表が行われるなど、集まった1000人程度の人々の結束を強め、開放原子開源基金会(政府機関)など、新しくコミュニティに参加するプレイヤーとの関係を強化し、全体のつながりを強くしていく意図が感じられた。
オープンソースハードウェア分科会での一コマ。少ない人数の会議だが、活発な議論が行われた。
こうしたイベントのあり方は、中国のオープンソースコミュニティが、立ち上げやサバイバルの段階を抜け、より質的な向上を目指す段階に入ったこと、そしてビジネス主導の動きに比べるとゆっくりとした進化であるものの、オープンソースコミュニティが継続的に拡大し、ネットワークが強くなっていることを感じさせる。
「世界の工場」から抜け出して、中国から世界標準を出していく。中国が世界の技術開発の中心となっていくことが、中国社会の大きな目標だ。同時に、テクノロジーだけでなくコミュニティや文化の面で向上していくこともオープンソース運動では期待されている。
ビジネスや政府の関与は武器にもなるが、コミュニティを歪める要因にもなりえる。今のところは中国のオープンソースコミュニティは、健全にゆっくりとした発展を続けているようだが、今後も調査していきたい。