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【22-58】OSSへの注力が高まる中国、推進団体が続々設立される

2022年11月01日

高須正和

高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

 中国は社会・企業・政府が一体となって、オープンソースソフトウェア(OSS)への注力を加速している。特にここ1-2年は、個別のソフトウェアや技術でなく、優れたソフトウェアを生み出すコミュニティ、ライセンス、支援活動などのエコシステム全体に注目している。

 これまでレポートしてきたように、世界的な組織に中国人が参加していく動きも活発だが、同時に中国国内でOSSの振興活動を行う組織も相次いで設立されている。

政府系シンクタンクがOSSエコシステムについてレポート

 2022年9月に政府系シンクタンクのCAICT 中国信通院が「全球开源生态研究报告(2022年)」( PDFダウンロード )を発布した。これは世界全体のオープンソース活動がどういうプレイヤーとエコシステムで動いているかを分析したものだ。

 報告の中には中国政府への提言として、「中国国内でのオープンソース支援団体、コミュニティの拡充と、それに向けた産官学のサポート」が語られている。具体的には大学教育の中でオープンソースコミュニティでの活動を含めたソフトウェア開発、学歴だけでなく国際的なコミュニティ運営者への優遇、中国国内での組織拡充などだ。

 OSSは実際に動作するソフトウェアだけでなく、ソフトウェアに機能を追加し、メンテナンスし続けるコミュニティがないと機能しない。一人だけでメンテナンスしていたOSSで、発起人がモチベーションをなくして価値を失うプロジェクトはとても多い。それを防ぐために、Linux FoundationやApache Software Foundationはソフトウェアのメンテナンスの仕方、機能追加などの意思決定方法、さらに意思決定に携わる人員を選ぶ仕組みなどを含めたプロジェクトの運営について指導する「インキュベーション」という過程を提供している。

 米Google等もLinux Foundationなどの組織にソフトウェアを寄贈し、より開かれた運営のOSSとしている。中国企業もこうした組織への貢献を増やし、ここ数年のインキュベーション事例が最も多い国となっている。

 それに加えて、中国国内でも目的や分野別に様々なOSS支援団体が生まれている。また、中国計算機学会や中国科学院など、既存のイノベーション支援組織内に、OSS推進の委員会が設置されることも増えている。代表的なものをいくつか紹介する。

中国計算機学会 開源発展委員会 
 2021年12月17日、中国計算機学会(CCF=China Computing Foundation)内にオープンソース運動の推進を意図した委員会が成立した。成立の理由に、「14次五カ年計画でのOSS普及を受けて」とある。

 大学を中心としたプロジェクトのインキュベーション、大学・高校でのソフトウェア教育、コンピュータ教育へのOSSプロジェクトの導入、また学生がソフトウェア開発の手法を学ぶ際にOSSコミュニティの活用方法を学ぶこと、知財について学ぶ中でオープンソース戦略を活用できることなどを目的にしている。

OSSそのものを推進する団体も続々登場

 Apache Software Foundationなど、国際的なOSS Foundationは英語を公用語にしていて、主要なドキュメントや会議は英語だ。ルール策定も世界対応が前提になる。そうした活動の中国語訳も行われているが、それとは別に「中国語で議論できて、中国社会を前提のルールづくりや普及活動」をする集団もあったほうがいい。以下に紹介する3つはそうした組織である。

開源社 
 有志によるNPOで、中国の横断的なOSS組織では最初期にあたる2014年頃から自然発生的に活動している。毎年年度レポートとOSS大会を開催していて、他の組織同士をつなげる役割を果たしている。

木蘭開源社区 
 2019年、中国政府の政策である「云计算和大数据开源社区生态系统(クラウドコンピューティングとビッグデータについてのオープンソースコミュニティ構築)」に従って成立。2012年から中国政府が推進している中国开源云联盟(COSCL China Open Source Clowd League)とほぼ一体で、中国版OSSライセンスやOSSプロジェクトのインキュベーションなどの新しい活動を含めてリスタートしたもの。COSCLも引き続き活動を続けている。

開放原子基金会 
 2020年6月、中国政府工信部の指導で設立された半国営のOSS組織。国内プロジェクトのインキュベートなど、Apache Software FoundationやLinux Foundationにあたる役割を中国国内で果たすことを目的にしている。国営であることから、標準化や教育でのOSS利用促進など、行政組織でのオープンソース利用を促進している。

 Harmony OS, Tencent OS Tinyなどはこの基金会がインキュベートしている。

 民間で自然発生した開源社に加えて、2020年に産学が主体の木蘭開源社区が成立し、さらに2021年に行政主体の開放原子基金会が設立されたのは、中国政府のOSSへの注力が高まっていることを表している。

高須正和氏記事バックナンバー

2022年10月18日 RISC-Vにより結びつく中国政府の政策と中小企業の活動

2022年08月09日 中国のオープンハードウェアM5Stackが日本の研究者の間で広く使われている理由

2022年07月07日 中国のオープン推進を引っ張る産学の連携

2022年05月20日 中国政府、14次五カ年計画に「オープンソースの知財戦略」を組み込む

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