【22-05】「中国製造2025」後の産業技術政策(その3)
2022年03月22日 丸川知雄(東京大学社会科学研究所 教授)
(その2 よりつづき)
2.4 新エネルギー自動車・自動運転
「中国製造2025」で挙げられていた重点産業のうち、最近特に目覚ましい発展を遂げているのが新エネルギー自動車である。新エネルギー自動車(NEV)とは、純電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)を指すが、中国ではBEVが8割強、PHEVが2割弱を占めている。
中国のNEV販売台数は2014年の8万台から2018年の126万台まで快調に伸びたが、2019年後半に購入に対する補助金が打ち切られたことから、2019年は前年に比べて4%減少した。2020年前半は、コロナ禍もあって生産と販売がさらに落ち込んだが、4月に購入補助金が2022年末まで延長されることが発表されたことで、年後半には急回復し、年間では137万台のNEVが販売された。2021年に入るといっそう伸び、年間の販売台数は352万台にも及んだ。2020年10月に国務院が公布した「新エネルギー自動車産業発展計画(2021~2035年)」では、2025年に新車販売台数の20%前後をNEVにすることを目標としていたが、2021年の実績は13.5%であった。ただ、尻上がりにNEVの販売比率が高まっており、12月には19%になった。20%前後をNEVにするという目標は前倒しで達成できそうである。
NEVを含む自動車産業は中国の各産業のなかでも最も保護された産業の一つであった。完成車に対する輸入関税率は2018年までは25%と高いうえ、外国自動車メーカーが関税を回避するために中国国内で生産しようとすると、中国の自動車メーカーとの合弁企業を設立する必要があった。しかも、2015年には工業信息化部が「自動車用動力蓄電池産業規範条件」という政策を打ち出し、当局が示したリストに載ってない蓄電池を搭載したEVは購入に際しての補助金を受け取れないと規定した。このリストのなかにパナソニック、LG化学、サムスン電子は掲載されなかったため、事実上中国で生産されるEVには国内電池メーカーの蓄電池を搭載することを義務付けるものとなった。
しかし、2018年以降、こうした保護政策が次々と転換されている。まず、2018年6、7月には自動車に対する輸入関税が15%に引き下げられ、外資単独出資によるEVメーカーの設立も認められるようになった。さらに、2019年6月には蓄電池に対する規制も廃止された。この規制緩和を受けて、アメリカのテスラが2019年に上海に単独出資によるEV工場を設立した。テスラが上海で生産するEVにはパナソニック、LG化学、および中国の蓄電池メーカー、寧徳時代(CATL)の電池が搭載されている。自動運転の機能も持つテスラのEVは中国で人気を博し、2020年前半には販売台数トップを独走した。
そのテスラから販売台数トップの座を奪ったのが、2020年9月に発売された上汽GM五菱の「宏光Mini EV」である。この車は街乗りに機能を限定し、一回の充電で走れる距離は短い代わりに、車両価格が1台50~80万円ととても安いのが特長である。
出典:乗用車市場信息連席会、2019年、2020年の数値は『中国汽車工業年鑑2021版』によって補充 | ||||
2015年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | |
BYD | 58,869 | 219,362 | 181,765 | 584,020 |
上汽GM五菱 | - | 60,050 | 155,466 | 431,130 |
テスラ | - | - | 137,459 | 320,743 |
長城汽車 | - | 39,509 | 56,261 | 133,997 |
広汽埃安 | - | 42,205 | 60,033 | 126,962 |
上汽乗用車 | 11,123 | 70,987 | 44,792 | 110,065 |
小鵬汽車 | - | 16,608 | 26,159 | 98,155 |
奇瑞汽車 | 14,147 | 46,827 | 43,651 | 97,625 |
蔚来汽車 | - | 20,946 | 43,728 | 91,429 |
理想汽車 | - | - | 32,624 | 90,491 |
吉利汽車 | 26,554 | 70,599 | 29,853 | 80,694 |
長安汽車 | 1,500 | 28,235 | 18,237 | 76,466 |
一汽VW | 2,414 | 30,813 | 70,383 | |
合衆汽車 | 10,006 | 15,091 | 61,674 | |
上汽VW | - | 39,433 | 28,517 | 61,064 |
江淮汽車 | 10,420 | 33,919 | 49,017 | |
北京汽車 | 17,060 | 148,657 | 25,914 | |
華晨BMW | - | 32,157 | 23,463 | |
東風乗用車 | - | 24,437 | 6,287 | |
衆泰汽車 | 24,408 | 1,937 | 510 | |
その他 | 12,733 | 179,926 | 236,649 | 901,002 |
合計 | 176,814 | 1,088,214 | 1,246,289 | 3,335,900 |
表2-2には主要なNEVメーカーの販売台数を示している。EVに早くから取り組んできたBYDがトップを走っているが、テスラと上汽GM五菱というアメリカ系2社が猛追している。かつては地元の北京を中心に多くの販売台数を誇ってきた北京汽車(北汽新能源)が急速にシェアを落とすなど変動も激しい。もともとガソリンエンジン車を作っていた自動車メーカーが別事業ないし別会社を作ってEVに参入するケースが多いものの、EVから自動車生産に参入するテスラのような企業が中国にもある。中国でそうしたメーカーは「造車新勢力」と呼ばれているが、表2-2でいえば小鵬汽車、蔚来汽車、理想汽車、合衆汽車がそれにあたる。
これからの自動車産業の変革の方向としてNEV化と並んで注目されているのは自動運転とネットワークへの接続である。中国政府は両者をまとめて「知能ネット自動車」と呼び、2018年から発展を後押しするようになった。2020年2月には国家発展改革委員会など11部門の連名により「知能自動車創新発展戦略」が公布された。その目標は、2025年までに知能ネット自動車の産業体系のみならず、それに関わる法規や標準、インフラ、製品の認証システム、ネットワークの安全など自動運転を社会的に可能とする条件を整えることである。そのことによって、一定の条件下のもとで自動運転ができる知能ネット自動車の量産が実現し、無人運転など高度な自動運転を一定の範囲で実現することも可能となる[13]。
このように、自動運転を含む知能ネット自動車の普及は、単に自動車を生産する側の取り組みにとどまらず、交通やインターネットの安全、製品認証など様々な省庁にまたがる取り組みとなっている。そしてその実現に向けてリーダーシップをとっているのは大手IT企業である。
例えば、百度は2013年から自動車メーカーと組んで自動運転の実用化試験を続けてきた。2021年7月には北京汽車グループのEVに自動運転システムを搭載した「アポロ・ムーン」を発表したが、その特徴は、自動運転が可能なのに、車両コストが820万円と、比較的安いことである。百度の自動運転タクシーは、河北省滄州市、長沙市、広州市、北京市の亦荘地区などの実験区域ですでに運行している。
また、ファーウェイは2019年からネット接続や自動運転などの面から自動車生産を支える事業を始めている。ファーウェイは自社で自動車は作らず、既存の自動車メーカーと提携して「ファーウェイ・インサイド」の自動車を作り始めた。その方式で作られた最初のEVが北京汽車グループの北京藍谷極狐汽車の「極狐(Arcfox)アルファT」である。ファーウェイはこのほか国有自動車メーカーの長安汽車や広州汽車とも同様の提携をしている。
ファーウェイが開発しているのは、主に自動車と他の車や信号機や通行人などとの通信にかかわる部分である。そうした通信はV2X(vehicle to everything)と総称されているが、その技術は世界に二種類ある。一つは欧米や日本などで開発が進められているDSRC(dedicated short range communication)と呼ばれる技術体系で、これはWIFI技術をもとにしている。技術の主な担い手はNXP、シスコ、および欧米や日本の自動車メーカーである。それに対して中国が中心となって推進しているのがC(cellular)-V2Xという技術体系で、こちらはLTEや5Gなど移動通信の技術や部品を自動車に応用するものである。その主な担い手はファーウェイと大唐電信であり、これにかかわる特許の52%は中国企業が申請したものであるという[14]。中国では、無錫市で広いエリアにC-V2Xのネットワークが敷設されるなど、C-V2Xによって国内の知能ネット自動車のインフラを整備しつつある。前述の「知能自動車創新発展戦略」のなかでは国際標準の制定にも参加していく、との記述もあり、中国がC-V2Xを国際標準にすることを目指しているとも解釈できる。ただ、まずは国内での制度の整備と商業化の成功が先決であろう。
おわりに
本章ではここ数年の中国の産業技術政策を検討したが、2018~2020年の間に産業政策の大きな潮流の変化があったと結論できる。「中国製造2025」は撤回され、「中国標準2035」を作る計画も消滅した。自動車産業政策は保護から開放に転換し、NEVでは外資系メーカーが大きなシェアを獲得している。ICの国産化政策は、国家ICファンドが存続しているからまだ続いているものの、主要な支援対象であった紫光集団が破産したことは従来の投資方針に大きな反省を強いることになろう。智能ネット自動車をめぐる産業政策は、中国がキャッチアップの段階を脱し、世界のどの国にも経験のない新分野を切り開くようになったことを示している。政府の役割は、新産業が立ち上がるのに必要な社会的条件を整えることである。中国政府がその試みが成功すれば、国際標準の策定においても大きな貢献をするようになるだろう。
(おわり)
13. 政策のドラフト段階では数値目標も示されていたが、公布された政策では数値目標はない。
14. 中国汽車工程研究院股份有限公司等編『中国智能網聯汽車産業発展年鑑2020』電子工業出版社、2021年、85~90ページ。