中国の「双循環」戦略と産業・技術政策―アジアへの影響と対応
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【22-04】「中国製造2025」後の産業技術政策(その2)

2022年03月22日 丸川知雄(東京大学社会科学研究所 教授)

その1 よりつづき)

2.3 IC産業政策

 以下では、ICと新エネルギー自動車・自動運転に焦点を当てて、最近の産業技術政策の動向をみていこう。これらはいずれも戦略的新興産業に含まれるうえ、近年の成長も著しい。2021年は新エネルギー自動車の生産台数が前年比2.5倍、産業用ロボットの生産台数が45%増、ICの生産量が33%増と、戦略的新興産業が急成長を見せた。まず、IC産業から見ていこう。

 中国政府は「中国製造2025」が公布された前年の2014年に「国家IC産業発展促進政策の概要」を公布しており、ICの国産化には並々ならぬ取り組みをしてきた。「中国製造2025」の技術ロードマップ(2015年版)でもICの国産化率を2020年に49%、2030年に75%に引き上げることを目標としていた。ところがこうした積極的な姿勢がかえって欧米や日本の警戒心を高めた。政府主導でIC産業の強化を図る中国に対抗するために、日本政府はIC産業への政府補助を可能にする法案を2021年12月に成立させ、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に新たに建設する工場に4000億円の補助を行う見込みだという。アメリカでも半導体産業に520億ドルの補助金を投じる法案が上院を通過した。

 さらにアメリカは中国の野心を打ち砕くために特定の中国企業をターゲットとする攻撃を仕掛けた。まず、2018年に通信機器大手の中興通訊(ZTE)がイランに不正に輸出したことに対する制裁だとして、ICをZTEに輸出することを禁じた。スマートフォン(スマホ)の基幹ICをクアルコムに頼っていたZTEは工場停止に陥った。2019年からは華為技術(ファーウェイ)に対するアメリカ産のICやソフトの輸出が規制された。ファーウェイは子会社のハイシリコンが設計したICや独自のアプリをスマホに搭載することで危機を乗り越えたかに見えた。2020年第2四半期にはファーウェイはスマホの世界シェアが20%と、世界トップのサムスンと肩を並べた(Counterpoint調べ)。

 そこでアメリカ政府は2020年5月に、アメリカ産のソフトや技術を使って作られたICについては他国産であってもファーウェイに向けて輸出する時には米商務省の許可が必要だとする規制を導入した。TSMCにICの製造を委託していたファーウェイは、これによって5Gスマホ用ICの供給を断たれ、2021年第1四半期には世界シェアを4%に落とした。

 ZTEとファーウェイが直面した危機は、いずれも最先端のICが中国国内では製造できない脆弱性を突かれたものであった。中国国内にも中芯国際(SMIC)というIC製造受託会社があるものの、アメリカ政府の圧力があるため、同社は10ナノメートル以下の微細加工を行うのに不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置を輸入することができず、加工技術がTSMCより優に4年は遅れている。

 アメリカ政府によってIC産業の脆弱性を突かれたことによって、中国のIC国産化に対する決心がいやがおうにも高まった。中国政府は2014年にIC国産化を促進するために国家IC産業投資基金(以下では「国家ICファンド1」)を設立していた。同基金は財政部、中国煙草、中国移動などから総計987億元の出資金を集め、2022年1月現在、81社のIC関連企業に出資している[6]。その出資先の情報を表2-1にまとめた。出資先の内訳は、投資会社が25社、ICの製造受託会社(ファウンドリー)が5社、パッケージング・テスト会社が6 社、IC設計専門会社(ファブレス)18社、ICの前工程を含む垂直統合型のICメーカー(IDM)8社、ICの各種材料メーカー8社、ICの製造設備メーカー6社、ディスクリート半導体(LEDチップ)のメーカー1社、ICの設計自動化ソフト(EDA)業者1社などとなっている。このほか、過去に出資していたがすでに持ち株を売却した出資先が14社ある。

表2-1 国家ICファンドの投資先内訳(単位:社、万元)
出典:各企業調査のデータ(2022年1月20~26日閲覧)および各社ホームページの記述(筆者分類・作成)
  国家ICファンド1 国家ICファンド2 ファンド1が出資した投資会社
  企業数 投資額 企業数 投資額 企業数 投資額
投資 25 2,774,064 0 0 26 520,209
ファウンドリー 5 3,136,871 5 2,662,249 6 2,045,824
パッケージング 6 208,251 1 95,000 4 9,905
設計 18 133,301 6 72,311 98 188,532
IDM 8 2,874,851 3 2,441,045 7 94,022
材料 8 374,618 4 2,415 16 44,664
設備 6 25,495 2 30,467 23 52,133
ディスクリート 1 33,461 0 0 15 17,564
ソフト 1 4,819 1 116 5 102,396
電子電気製品製造 0 0 0 0 14 13,602
その他 3 100,355 1 477 53 910,131
合計 81 9,666,087 23 5,304,080 267 3,998,981
(注)複数の投資ファンドが出資している企業もある。国家ICファンド1、2がともに出資しているのは3社、ファンド1が投資した投資会社の投資先のうち、ファンド1、2も出資しているものが31社ある。

 81社の出資先への出資額については1社を除いてはすべて「企査査」に記載があるので、それを合計すると表2-1のように967億元弱となる。投資金額をみると、IC製造の前工程を含むファウンドリーとIDMへの投資が多く、この二分野を合わせると総投資額の62%を占めている。

 2019年10月には財政部、国開金融、中国煙草などの出資による国家IC産業投資基金の第2期(国家ICファンド2)がスタートした。こちらは登録資本金が2041億元と第1期よりもさらに巨額であるが、2022年1月現在の実際の出資金は408億元弱にとどまっている。当初の計画では、投資の重点をIC設計に置き、自動運転、AI、IoT、スマートグリッドなどに注力するとしていた[7]。だが、2022年1月現在の出資をみると、投資会社への出資がない以外は国家ICファンド1と同様の傾向を示しており、IDMとファウンドリーへの投資が投資額全体の96%を占めている。二つのファンドから最も多くの支援を受けたのはSMICで、6社の子会社に対して総額431億元の出資をうけた。2番目は紫光集団で、ICメモリの工場と移動通信ICの設計会社に総額286億元の出資を受けている。

 中国政府のIC産業に対する支援はこの二つのファンドだけにとどまらない。北京市、上海市、湖北省、広東省、深圳市など17以上の地方政府がIC産業への投資を目的とするファンドを設立している[8]。国家ICファンド1が出資した25社の投資会社にはこうした地方政府のファンドや民間企業なども出資し、IC産業への投資の大きな流れを作り出している。「企査査」のデータによれば国家ICファンド1の直接の投資先は81社だが、投資先が投資するという形で間接的に出資している企業の数は総計965社にも上る。

 国家ICファンド1が投資した投資会社のなかでも規模の大きさで目を引くのが上海集成電路産業投資基金である。同基金には、上海市国有資産監督管理委員会と上海汽車集団の子会社がそれぞれ35%と21%を出資し、そこに国家ICファンド1からの30億元(出資比率10.5%)の投資も加わって、総計272億元を集めて13社に出資している。

 国家ICファンド1の投資先企業がさらに投資する、という間接投資の現状をつかむために、2-1の右側2列では国家ICファンド1が出資した投資会社25社がどのような企業に出資しているかを集計した。つまり、これらは国家ICファンド1からみて孫会社に当たる。

 投資会社25社を通じた投資の規模は、国家ICファンド1,2が直接行う投資に比べて一件当たりの投資規模がかなり小さい。ICファンド1が平均12億元、同2が23億元なのに対して、投資会社25社による出資は1件あたり1.5億元である。25社の投資会社のうち上海集成電路産業投資基金は例外的に投資規模が大きいが、それ以外の投資会社は多数の中小企業に少額ずつ投資している。特にIC設計の分野では98社に対して1件あたり1924万元という比較的少額の投資を行っている。

 国家ICファンドによる直接・間接の投資の全体をみると、少数のファウンドリーやIDMに大規模な出資を行ってICの製造能力の拡張を後押しする一方、設計、材料、設備に関しては多数の新興企業に少額の投資をばらまいて成長を促している。設計の分野で投資されている企業を見ると、指紋や画像などの各種センサー、時計やUSBメモリのコントローラー、電源管理など、さまざまな電子電気製品に組み込むICを開発するファブレスが多い。中国の電子電気産業から派生するIC需要の獲得を目指して実に多数のIC設計会社が立ち上がっていることが窺える。

 他方で、CPUコア、GPU、FPGA、スマホ用ベースバンドICなど有力なグローバルメーカーが寡占的な地位を築いているジャンルに挑む中国企業も投資の対象に含まれている。AI関連のNPU(neural processing unit)を設計する会社や、GaN、GaAs、SiCなどの新たな半導体材料およびそれを用いたディスクリート半導体やICのメーカーも投資先に含まれており、国家ICファンドが単にICの全産業チェーンの国産化だけでなく、将来へ向けた布石を打っていることもわかる[9]

 材料や製造設備では中国のIC産業はまだ輸入に依存する部分が大きい。半導体材料の国産化率は19.8%、シリコンウエハーは10%以下だとされている。半導体製造設備の国産化率は2019年時点で17%とされ、例えばエッチング設備でいえば、国産の設備で作れるのは線幅90ナノメートルまでだという[10]。国家ICファンドは直接・間接に材料メーカー28社、設備メーカー31社に出資することを通じてなるべくICの産業チェーンを国内に構築しようとしている。

 国家ICファンドの投資先としてIC設計に使われるEDA(電子設計自動化)ツールなどのソフトを開発する会社が直接・間接に7社入っているのも興味深い。EDAツールの分野ではアメリカの3社(シノプシス、ケイデンス、メンター)が世界シェアの8割を占めている。そのため、世界のICメーカーはこれら3社のソフトなくしてはICを作れず、そのことがアメリカ政府に介入の口実を与えてきた。アメリカ政府はファーウェイにアメリカ製EDAの使用を禁じることによってTSMCからのICの調達をできないようにした[11]。中国では2009年に創業した華大九天という会社がEDAツールを開発しており、国家ICファンドも同社に出資しているが、こうした企業が育たないとアメリカ政府にIC産業の息の根を止められるリスクがある。

 以上のように、中国政府は国家ICファンドを通じてIC産業の弱点克服のための布石を打ってきた。だが、中国のICの国産化率は筆者推計によれば2020年時点でも24%であり、輸入に依存する状況が続いている[12]。そもそもIC産業は、研究開発や設備投資などの固定費が大きい一方で、輸送コストが小さいため、世界の中でもごく少数の企業が少数の拠点で集中的に生産するのに適している。他の産業では輸送や販売の便を考慮して、世界最大の市場である中国で現地生産しようという動きになることが多いが、ICの場合には、市場のある国に営業や技術サポートの拠点を置く動機はあっても、生産の現地化に踏み切る動機には乏しい。

 このように、IC産業ではグローバルに生産と供給が行われるのが一般的であって、その潮流に反して国産化を進めることは容易ではない。たしかに、アメリカ政府の禁輸措置によってファーウェイはスマホ事業の大幅な縮小を余儀なくされたが、これが中国の「経済安全保障」を揺るがす事態だったというのは大げさである。なぜなら、シャオミなど他のスマホメーカーによるICの輸入には支障は生じておらず、中国は5G端末の普及台数が世界の8割に達するなど、5Gの発展にも支障が生じていないからである。アメリカの中国に対するICの輸出も、トランプ政権以降むしろ急増しており、2017年には53億ドルだったのが、2021年は1~10月で104億ドルも輸出されている。

 IC産業で世界をリードするアメリカが中国へのIC輸出を規制することが、中国にとってはいわば受け身の幼稚産業保護政策となってIC産業が成長する可能性も考えられたが、実際には中国へのIC輸出はむしろ増えている。そのため、中国のICメーカーは外国メーカーとの競争にさらされる。2021年7月に紫光集団が破産したこともそうした文脈で理解できよう。紫光集団はもともと清華大学の研究成果の産業化を目指す目立たない国有企業にすぎなかったが、新疆の不動産事業で儲けた趙偉国が2009年に資本の49%を取得して経営を掌握してから半導体事業に力を注ぐようになった。同社は2013年に携帯電話用ICのファブレス・メーカー、展訊(Spreadtrum)と鋭迪科(RDA)の2社を買収し、この2社を統合してユニソック(紫光展鋭)とすることで、半導体産業への参入を果たした。その後、長江メモリ、武漢新芯、成都紫光、南京紫光等のメモリの大型工場を次々と立ち上げた。これらの事業の資金は銀行からの借り入れや社債の発行で調達したほか、国家ICファンドからも多額の支援を受けている。しかし、紫光集団の半導体事業は、最初に買収したユニソック以外はうまく行っていないようである。紫光集団が破綻したため、長江メモリの二期事業は湖北省や武漢市の政府の投資ファンドや国家ICファンド2からの投資によって2021年12月にスタートしているが、ますます国営色を深めた事業が果たして競争力のある製品を作れるのかは疑問である。

その3 へつづく)


6. 当初の計画では登録資本金1370億元の予定であったが、2022年1月現在の資本金は987億元である。

7. 蘇建南・馮華「中国国家和地方集成電路産業基金概況」尹麗波編『集成電路作業発展報告(2018-2019)』(社会科学文献出版社、2019年)、196~203ページ。

8. 同前論文、198ページ。

9. 筆者は国家ICファンドおよびその投資先の投資会社が投資したのべ371社のIC・IC関連企業の資本金や事業内容に関するリストを作成しており、希望者には提供する。

10. 中投産業研究院『2021-2025 年中国半導体行業産業鏈深度調研及投資前景預測報告』(中投産業研究院、2021年)140、195、207ページ。

11.『21世紀経済報道』2021年8月6日、「(ニュース解説)EDA断絶でファーウェイ締め上げ 何としても先端ICは作らせない」『日経クロステック』2020年7月6日

12.IBS Inc.のハンデル・ジョーンズ氏の推計では2020年の中国の半導体国産化率は16.6%だという。但し、この推計には中国で生産する外資企業の生産を含んでいない。SEMI Japanでの発表資料(2021年12月15日)。