中国の「双循環」戦略と産業・技術政策―アジアへの影響と対応
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【22-11】中国のデジタル産業・DX基盤の現状と方向性(その1)

2022年04月07日 金堅敏(富士通株式会社グローバルマーケティング部門 チーフデジタルエコノミスト)

はじめに

 中国の経済成長は数十年にわたって様々な困難に直面しながらグローバル化の潮流に乗って高度成長のトレンドを維持してきたが、世界金融危機を契機に量から質重視の新たなステージに移行するためにイノベーション駆動の発展戦略への転換を図ってきている。同時に、世界的には米中貿易紛争で認められたように、貿易や投資の自由化に代表されたグローバリズムに逆行する自国/地域優先の産業技術政策が台頭しはじめている。また、コロナのパンデミックで経済社会の営みに新たなレジリアンス確保の仕組みが求められている。さらに、地球温暖化対策を推進するCOP26の合意を契機にカーボンニュートラルを目指して脱炭素の取組と経済成長を両立させなければならないことになった。

 このように、国内外における経済社会が激変する背景の下で、中国が新たに考え出したのは、内需を基本とし内外連携を図りつつ、対外技術の過剰依存からの脱却を歌った「技術の独立」や強靭なサプライチェーンの構築を目指す「双循環」発展戦略である。新しい発展戦略で高いプライオリティを置かれているのがほかならないデジタル経済である。なぜなら、デジタル経済の主役はかならずしも大企業と限らず、ベンチャーなどの新興企業も大きな役割を果たせること、データがこれまでの石油に替えて重要な資産となること、14億人の人口規模が豊富な技術応用シーンを提供できること、などの優位性が中国に備わっているからであり、マクロ的にはデジタル消費の拡大、デジタルインフラ投資の拡大、電子商取引(EC)に代表されるデジタル貿易の拡大が期待できるからである。つまり、デジタル経済の振興には自国の優位性が発揮できると中国は判断したと思われる。確かに、デジタル技術・産業は経済成長の原動力になりつつあり、世界各国はそろってデジタルイノベーションやデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を経済社会政策の中心に据え置き、取組を加速させている。デジタル競争力は国際競争力のコア要素となっている。

 本稿は、デジタル経済の政策や発展状況をレビューしつつ、デジタル基盤・DX基盤整備に関する政策動向、そして個別分野の事例としての半導体、5Gについて考察を行い、アジア・日本への示唆を考える。

5.1 「14・5計画」から見た中国経済社会のデジタル化

 中国のガバナンス体制から考えると、政府が5年ごとに制定する「5ヵ年計画」で挙げられる方針や政策目標、政策手段を検証することによって経済発展の現状や将来の方向性が見えてくる。したがって、本稿の研究課題である中国デジタル経済やデジタル基盤への考察に当たっては、2021年3月の全国人民代表大会で決定された「第14次5ヵ年計画」におけるデジタル経済の目標や産業技術振興政策を概観する作業が欠かせない。

5.1.1 進化する中国の情報化・デジタル化

 主要先進国と比べ、中国の情報化・デジタル化は時期の差はあっても、徐々に進化してきている。1980年代初期に始まった企業の情報化(情報化1.0)から、1990年代後半からのITシステムの統合化(情報化2.0)、さらに2010年前後からのデジタルトランスフォーメーション(DX化:情報化3.0)へ進化し、そしてコロナパンデミックを契機に産業界に止まらず、個人、政府の各セクターを巻き込んだ社会経済システム全体のガバナンスのDX化(情報化4.0)へ進んできている。まさに、デジタル技術は経済に留まらず、社会発展、ガバナンスの近代化を支える次世代インフラ基盤技術となって、真のデジタル化が始まったのである(図5-1)。

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 上記で記述した情報1.0と情報2.0段階においては、中国発のIT技術は少なく米国などIT先進国をキャッチアップするプロセスであった。情報化製品やサービスを提供する有力なIT産業が存在せず、欧米日本などのIT先進国の多国籍企業が中国市場の主役であった。

 情報3.0から次世代デジタル技術が実装するようになり、BAT(Baidu、Alibaba、Tencent)のような新興ネット企業が登場するにつれて、中国発のビジネスモデルや技術も出てきた。特に、中国のネット新興企業は中国の社会課題に着目し、デジタル技術を駆使して課題解決を図る社会実装型イノベーションが盛んとなった。このような市場志向型デジタルイノベーションは消費者に価値をもたらし、かつよい体験を提供したことでデジタル市場が拡大しつつけてきた。このような経済市場動向は政府の目を引きづけ、ついに政府もデジタル経済振興政策に乗り出し、デジタル市場とデジタル産業のさらなる拡大を図ったのである。

5.1.2 「14・5計画」のデジタル経済関連のKPI設定とデジタル化政策の具体化

 中国のデジタル経済推進政策は産業経済発展状況に応じて調整してきている。例えば、「第13次5ヵ年計画」(2016-2020年)のイノベーション駆動の重要指標としてインターネット普及率の数字目標(デジタル経済に対する間接目標)が設定されたが、「第14次5ヵ年計画」(2021-2025年)では、デジタル経済コア産業の付加価値対GDPのシェア(2020年の7.8%から2025年に10%へ拡大する目標)が設定された。

(1)デジタル化推進の政策フレームワーク:デジタルチャイナ構築

 図5-2は「第14次5ヵ年計画」(第5編)のデジタルチャイナを推進するデジタル政策のフレームワーク(対象、政策)を示すものである。その目的としては、デジタル経済、デジタル社会、デジタル政府を構築し、デジタルトランスフォーメーション(DX)を通じて生産モデル、生活モデル、ガバナンスモデルの変革を駆動することが挙げられている。

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 図5-2が示すように、社会実装分野となるデジタル社会とデジタル政府と異なり、デジタル経済はそれ自身がデジタル技術の実装対象でありながら、デジタル技術やデジタル基盤を提供する役割を担っている。また、このデジタルフレームワークはデジタル経済、デジタル社会、デジタル政府の各セクターに関わる制度整備(ソフト的基盤)整備についても規定が置かれている。従来、中国政府は国内資本に対して、大枠でネット産業に対して奨励政策も少なく、規制も余りとらない状況であったが、最近では、ルール化を図っているので、その方向性を見ておくべきである。

(2)デジタル技術、デジタル産業の重点分野

 デジタル化編には、政策的取組の重点分野が規定されている。全体的には、以下のようにコア技術戦略、デジタル技術の産業化政策、産業のデジタル化政策といった三つに纏められる。

① 優位性を発揮するための技術戦略(産業の弱さを克服する政策を含む)

・ 優先されるコア技術の開発には、ハード分野ではハイエンドチップとIoTの基盤となるセンサー技術; ソフト分野ではOS製品とコアAIアルゴリズムがそれぞれ挙げられている。

・ 中長期的な未来技術については、量子コンピューティング、量子通信、ニューロチップ、DNAチップの四つが言及されている。

② デジタル技術と産業化

・ AI、ビッグデータ、ブロックチェーン、クラウド、ネットセキュリティー、5Gを含む通信設備、コア電子部品などの産業化及び社会実装の加速。

・ 5Gのバーティカル採用促進については、5G+スマート交通、5G+スマートエネルギー、5G+医療などが挙げられている。

・ ソフトの制度整備に関しては、民間データの標準化、オープン化、共有化(流通促進)の奨励などを規定した。

③ 既存産業のデジタル化

・ クラウドネーティブ、データドリブン、エンドツイエンド(E2E)のデジタル化の推進

・ スマート農業の推進

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 図5-3が示すように、中国のデジタル経済振興政策には、デジタル技術や産業基盤としてのデジタルインフラとデジタル技術の社会実装(デジタル技術の産業化と既存産業のDX)からなる。また、デジタルインフラは、通信インフラと次世代デジタル技術インフラ及び計算能力インフラの三つの部分を指す。日本の経済産業省が考えるデジタル産業の主要構成要素(半導体、5G、データセンター、クラウドなど)と比較してみると、日本は特に半導体やセキュリティが列挙されているのに対して、中国には産業インターネットや衛星インターネットが書かれている。日中両国とも、デジタルインフラの振興が重視されていると考えられる。

 このように、これまで中国のデジタル化について社会実装(見える能力)に目を引くが、これからは、社会実装とともにデジタルインフラ(見えない技術)の振興がより重視されると考えられる。以下、デジタルインフラの重要分野の事例として半導体、5Gについて技術産業の発展動向を検証する。

その2 へつづく)