高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【19-04】第4回 土壌動物および微生物利用による土壌重金属汚染の対策

2019年10月16日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会会長
研究領域 中国農業問題全般

中国、最近の新型肥料

 中国は官民挙げて、有機農業の推進に力を傾注して久しい。前回 、紹介したように農地土壌が重金属を中心とする深刻な汚染に見舞われて、各地でそれが有力な原因の一つと認識されるようになって、また一方では穀物、野菜、果樹を問わず、品質面の低下もしくは病気等の発生が有機農業(中国では緑色農業と呼ぶことが一般的)への関心を呼び起こし、広げる作用をしてきた。

 とくに、最近、化学肥料と農薬依存農業への反省と転換が広がりを見せてきたことが注目される。日本では、筆者も実際に経験したことだが、農薬メーカーの一部ではなお「農薬は安全」と信じて疑わない風潮が残っているくらいで、中国に遅れをとり始めている。

 一方、中国ではできることなら、安全な自然農法を基軸にした農業技術を開発したいとの思いが拡大して、徐々に農村にまで浸透する気配を見せている。8月に訪れた中国南部の水田を歩き、農薬の空袋を拾いあげて、農薬名と「注意事項」を読んだ限り危険なものは見つけられなかった。

 10年前は、百草枯(パラコート)だの、六六六(ヘキサクロロシクロヘキサン)だの、滴滴涕(DDT)だのの空袋やプラスチック製の空容器が、あぜ道のそこかしこに散らばっていたものだ。いまでも、これらの空袋や空容器を見かける場合は少なくはないが、その機会がめっきり減ったことも事実である。

 中国の化学肥料や農薬からの脱却が、急速に進んでいると思わせる事実が「新型肥料」という意識の成長だ。

「新型肥料」とは、ひとことでいうと、化学肥料と農薬を減らし、化学肥料のような肥効と農薬のような機能を併せ持つ生物肥料のことだと思えばいい。一部には、化学肥料や農薬の効用を捨てきれず、はたまた営業上なくしたり急減させることができない遠慮やしがらみがあって、生物肥料のみが「新型肥料」と規定できない向きもあるようだが、基本的には農業にとって有用な土壌動物や土壌微生物を主剤とする、肥効と農薬的な効用を併せ持つものを指している。

 全国新型肥料協作組と国家微生物肥料技術推進センターが共催し、2019年6月末成都で開いた第八回中国生物肥料産業発展論壇では、生物肥料産業や研究機関、大学などが300組織以上集まり、技術研究や市場動向を巡って情報交換の機会が設けられた。

土壌動物と土壌微生物の利用

 中国の有機農業で注目されるのは、土壌動物と土壌微生物であり、後述するように、製品化も盛んだ。日本でも同様の動きが確認できるが、広がりに欠ける面がある。

 この方面の専門的研究では、一般に土壌動物はミミズや線虫、土壌微生物はバクテリア(細菌)、放線菌、糸状菌、藻類などに分類されるが、詳細な分類をするとその数は驚くほどだという。

 このうちミミズは重金属を摂食し、重金属を分解した排泄物を出すとする種類、スーパーミミズが発見されるなど、急速に見直されつつある。

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中国で一般的なミミズ[1]

 線虫も種類が多いといわれるが、日本の研究者、岡田浩明氏(農業環境技術研究所)によると、悪玉と思われてきた線虫にも農産物の病害を抑制したり一部の糸状菌を摂食するなどの善玉があることが分かって来たようだ。線虫は農産物の連作障害を引き起こす原因の一つと考えられてきただけに、新しい発見といえよう。

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中国の線虫写真[2]

 線虫は人糞などを未発酵の状態で肥料にして撒くと生息を活発にし、広がるといわれるが、中国ではいまなおこうした肥料が使われている。しかし、これを害とばかりはいえない可能性を示唆するもので、なぜ、中国で低価格の化学肥料が広範に普及し、入手しやすくなったにもかかわらず人糞肥料が消えないのか、科学的な理由があったともいえるかもしれない。

 また、今年の10月初旬、HIROTSUバイオサイエンスという日本のベンチャー企業が、ある種の線虫を使い人間の尿を検査すると、がん患者かどうかが判るバイオ技術を発見し、間もなく実用化するとのニュースが報じられた。

 このニュースを聞いて筆者が真っ先に思ったことは、確かに明るい発見ではあるが、中国には健康な農民が多かったことが人糞の使用をながらく維持できている理由の一つではないかということだった。この技術は、がん患者の尿には線虫が集まるという発見だが、もし、これが真実であれば、健康な人糞だからこそ、線虫を避けてきたともいえるではないか。それが、だれ思うともなく人糞の使用をながらく許してきたもう一つの理由ではないのか・・・・?

 土壌微生物のうちで、中国で注目されているのはPGPR(Plant Growth Promoting Rhizobacteria:植物成長促進根圏微生物)である。この微生物は細菌の一種であり、三つの機能がある点に関心が集まっている。

 その三つの機能とは、(1)農産物を重金属被害から助けること、(2)農産物を病気の進行から守ること、(3)農産物の成長を助けることである。

(1)は中国で特に深刻な問題となっている、土壌のカドミウム汚染対策にも効果が認められている。このメカニズムは、PGPR(根圏細菌)が分泌物を介して農産物(特にトウモロコシ)の根に土壌中のカドミウムを凝縮し、化学反応を通じて、その重金属毒性を溶解もしくは軽くすると見られているものである(張乃明等編著『重金属汚染土壌修復理論と実践』2019、pp.158-160)。

(2)は農産物の細菌性の病害を抑制する働きがあるというもので、日本でも広く認められている。

(3)は農産物の有益細菌の共生機能を通じて健全な細菌群の増殖と成長を促進、農産物の成長を促すという機能である。

 なお、土壌微生物の重金属汚染からの修復のメカニズムは下記のように、やや複雑である(張前掲書)。

(1)微生物固定

 これには子嚢菌(しのうきん)類のトリコデルマ、ペニシリウムスピヌロスなどのカビによる①生物凝縮修復、そして醸造酵母、大腸バチルス、リゾプス、藻などを吸着させて修復する②生物吸着修復、さらに土壌菌株Aなどを集積し硬くして土壌中の重金属の転移能力を削ぐ③生物沈殿修復の3つがある。

(2)微生物転化修復

 これには①生物溶解修復、②生物酸化―還元修復、③生物メチル化と脱メチル化修復がある。

(3)微生物強化修復

 これには①PGPR修復(前述)、②AMF修復(①と同類なので、説明を省略)がある。

(4)微生物表面展示技術

 これは一種のゲノム編集技術を通じて、細菌の表面積を拡大し、重金属の付着を多くする技術である。この技術は細菌の表面積を最大65倍とする例もあるとされる。

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土壌微生物利用製品の開発と普及

 中国では、農産物の安全志向の高まりと、その実践気運の向上を機に、以上紹介した微生物利用の土壌修復と安全な成長剤などの製品化が進められている。その一例としてA有限公司の製品を紹介する。

 例えば同社が開発販売する中国語商品名「侧孢芽孢杆菌」(バチルス・リケニフォルミス(英訳の読み):写真)は次の効能があるとされる。特に6番目の下線部の効能がPGPRの特徴を示す。

  1. 植物の根の成長を促進し、根の吸収能力を高め、それによって作物の収穫量を増やす。
  2. 植物の内外への病原菌の繁殖を抑制し、害虫や病気を減らし、残留農薬を減らす。
  3. ゆるい土壌を改善し、土壌圧縮の現象を解決して、土壌を活性化し、肥料利用率を改善する。
  4. 植物の代謝を高め、光合成を促進し、葉の保護膜を強化して病原菌に抵抗する。
  5. 光合成を促進し、肥料の利用を増やし、硝酸塩含有量を減らす。
  6. 特定の重金属を硬化させ、植物の重金属含有量を減らす(含菌量: 200億/g)。
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バチルス・リケニフォルミスの原体写真[3]

 以上、土壌動物と土壌微生物が農産物の成長を促すだけでなく、重金属汚染を緩和もしくは解消する働きをする点に着目した。今後は、最近注目され始めたゲノム編集技術の展開が広範に進むと思われることから、この方面の一層の発展が予想されよう。

 なお、農業関係について、ゲノム編集技術の応用にあたってはプラス・マイナス両方があろう。時を見計らって、この点の中国に於ける現状を述べることにしたい。


[1] 出典:https://image.baidu.com/search/detail?ct=503316480&z=0&ipn=d&word=%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%
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[3] 出典:https://image.baidu.com/search/detail?ct=503316480&z=0&ipn=d&word=%E4%BE%A7%E5%AD%A2%E8%
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