【21-06】人民銀行幹部による金融政策関連の発言
2021年06月30日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
上海で開催されたフォーラムにおいて、中国人民銀行幹部が相次いて講演を行った。その発言内容を検討してみたい。
易綱総裁の講演内容
6月10~11日に、中国人民銀行と上海市政府共催の金融フォーラムが上海において開催された。易綱総裁など中国人民銀行幹部が初日の開幕式で講演を行った。
まず、易綱総裁は歓迎講演において、中国の潜在成長率が人口構成の変化などの構造的要因によって一定程度減速しているとしたうえで、2020年と2021年を平均すると中国は潜在成長率近辺の成長を実現すると予測した。金融政策については昨年のコロナ期間においても正常な金融政策を堅持しており、今後も経済状況が潜在成長率近辺で合理的な範囲内で推移することを勘案すると、安定を最優先とする金融政策を堅持する方針とした。そして適切な総量政策の下で、二つの構造性金融政策の重要性を強調した。構造性金融政策とは2020年8月の本コラム でも説明したが、特定の分野に金融機関の貸出を誘導する政策である。
第1はグリーン金融の発展を促進することである。環境問題に対応し、カーボンニュートラルの実現に向けて構造性金融政策手段を積極的に運用することとしている。第2が金融包摂の推進である。零細企業や個人企業などに対する金融サポートを拡充し、就業と民生を保護し、収入の増加と消費の拡大を目指す方針が示された。
郭樹清副総裁の講演内容
続いて、人民銀行共産党委員会書記でもある郭樹清副総裁が講演を行った。郭副総裁は銀行保険監督管理委員会の主席も兼務している。金融政策については概要以下のような指摘が行われた。まず、コロナ禍によって先進国は未曽有の金融緩和政策を実施した。FRBのバランスシートは約2倍に拡大し、ECBも1倍半を超え、日銀は4分の1を超える拡張を行った。これらの結果短期的には市場の安定をもたらした一方、世界全体で負担しなければならないマイナスの効果も生じた。例えば、株や不動産価格の大幅な上昇が生じており、一部の先進国の緩和収束の予測に伴って新興国では利上げを迫られている。
中国のマクロ経済政策も少なからぬレベルの対応を行った。金融政策で見ると、2020年の銀行貸出は前年比12.8%増加と、世界的にもまれな大きな増加を示した。マクロ経済政策の効果で、2020年はプラス成長を実現し、貿易相手国の経済回復を促進し、世界経済の下支えに貢献した。しかし、人民銀行のバランスシートは特に拡大していない。人民銀行のバランスシートの特徴として、多年に亘る金融政策の結果、預金準備率が高い水準にあることが挙げられる。人民銀行は預金準備率を引き下げ、信用供与分野を特定した再貸出を適切に増加させることによって、商業銀行の実体経済に対する貸出増加を促進することができる。
郭副総裁は、金融リスクの防止に関しても概要以下のように述べた。まず、不良債権の再拡大に対応することが必要である。コロナ禍対応による貸出の元利払いの猶予措置により、将来的にこれらの貸出の一定比率が不良債権に転ずる可能性がある。銀行は資産分類を行い、引当金の積み増しを行う必要がある。第2にシャドーバンキングの復活を防止する必要がある。中国のシャドーバンキングは他国と異なり、銀行システム内での貸出類似行為であるという特徴を有する。監督管理を引き締めなければならない。第3に違法な証券の公開発行を取り締まることである。私募の名目で公募を行っている商品が大量に存在する。第4に金融デリバティブ商品に対するリスクを防止する。第5に元本保証高収益を謳うような詐欺行為への警戒を強化する。
潘功勝副総裁の講演
最後に、国家外貨管理局局長を兼務する潘功勝副総裁が、講演した。人民元の対ドル為替レートについて上下双方向の変動が常態化している中で、相対的に安定していると述べた後、資本取引の自由化について概要以下のように述べた。
資本取引の3類型のうち、直接投資については基本的に自由化を実現している。証券投資については、適格投資家制度やストックコネクトなどによる海外投資家の国内市場参入を中心にクロスボーダー投資制度を整備している。クロスボーダーの債務借り入れについてはマクロプルーデンス政策の枠組みの下で市場主体が自主的に行っている。今後、資本取引に関しては秩序だった穏健なやり方で開放レベルを高めていく。人民元国際化と金融市場の双方向の開放を重点とし、上海を人民元金融資産の集積地、リスク管理センターとしていく。
具体的な施策として以下のような例を示した。①外為市場商品と国内外の参加主体の多様化を図る。中国外貨交易センターと上海清算センターがグローバルなインフラとして機能するよう能力の向上を図る。②私募株投資ファンドのクロスボーダー投資改革を促進する。適格国内有限責任組合員(QDLP)と適格海外有限責任組合員(QFLP)のパイロットプログラムを拡大し、上海をグローバルな資産管理市場としていく。③中国居住者の海外資産運用の余地を拡大する。上海・香港ストックコネクトを通じて国内適格投資家制度(QDII)の規模を拡大し、広東省、香港、マカオの間で資産運用が可能となるクロスボーダー・ウェルスマネージメント・コネクト(跨境理財通)を推し進める。
金融政策と人民元国際化
易総裁の発言にあった成長率については、2020年の成長率が2.3%、2021年はIMFの予測では8.4%なので、ならすと5%超となり、中国の潜在成長率と考えられる5~6%とほぼ一致する。
郭副総裁は、人民銀行のバランスシートはコロナ禍対策でも拡大していないと述べている。2020年末の人民銀行の総資産残高は38兆7675億元で前年比4.4%の増加、直近の2021年5月末では38兆6,916億元、前年比5.2%の増加にとどまっており、日米欧の先進国の中央銀行と比べると確かにほとんど拡大していない。
中国では依然として金利が幅広く規制されている中で、銀行貸出増加額を窓口指導でコントロールしている。コロナ禍対策で人民銀行が2020年1月31日に実施した3,000億元の再貸出は企業の実質的な支払金利が1.26%と非常に低く、一方で貸出量の拡大は人民銀行が銀行に供給する3,000億元に限られている。先進国の中央銀行は金利がゼロに低下したことによって、金利を利用した金融政策が困難となり、バランスシートの拡大を伴う非伝統的金融政策に移行したが、中国では銀行の加重平均貸出金利が5%超と、金利が依然として高い水準を維持している中で銀行の貸出総量をコントロールしている。日本でいえば、窓口指導を廃止した1991年以前の状態である。
従って、そもそも先進国の中央銀行のように、バランスシートを大幅に拡大する必要がない。銀行貸出が増加し、通貨総量が増加すれば、それに応じて必要なだけ準備預金を供給すればよいが、郭副総裁が言うように、預金準備率を引き下げたことによって、その必要すら低減され、バランスシートの拡大が小さなものにとどまった。
一方、潘副総裁が指摘するように、資本取引の自由化も長期の取引に関しては双方向で着実に進展している。人民元の国際化も相応に進展している。しかし、本コラムで何度も述べているように、金融政策が貸出総量のコントロールに依存している限り、短期の資本取引について自由化することは困難である。人民元国際化もゆっくりとしたテンポで進むものと見られる。
(了)