露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-09】中国金融安定報告と人民元国際化報告

2021年09月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は、2021年9月3日に「中国金融安定報告2021」、9月19日に「2021年人民元国際化報告」をそれぞれ公表した。今回は、この2つの報告書のいくつかのポイントを取り上げてみたい。

銀行業金融機関の健全性

 中国で「銀行業金融機関」という場合、政策性銀行や商業銀行など銀行と名の付く機関のほかに、農村信用社などの農村金融機関や、非銀行金融機関と呼ばれる企業集団財務会社、オートファイナンス会社、リース会社、消費者金融会社なども含んでいる。金融安定報告によると、「銀行業金融機関」の2020年末の総資産残高は319.74兆元、2019年末の290兆元に比べて10.25%増加、増加幅は昨年の増加幅に比べて2.14%上昇。純利益は2.26兆元、前年比5.85%減少、純利鞘は1.98%、前年比0.09%ポイント縮小した。収益能力は前年と比べて若干低下したとされている。昨年の総資産の拡大は、コロナ禍対応として、人民銀行から貸出の拡大を要請されたことが作用しており、利鞘の縮小は中小零細企業に対する貸出金利の低下を求められた結果であろう。ただし、人民銀行は過度の利鞘の縮小を避けるため、預金金利の低下も促している。

 2020年末の商業銀行の自己資本比率は14.70%、同0.06%上昇となった。

 報告では、「2020年に、中国の金融業は総体として穏健に運行し、金融機関の資産負債は平穏に増加、自己資本比率は平穏に上昇、収益能力は基本的に安定している」、と評価している。

 金融安定報告では、銀行など金融機関についてストレステストを行っている。異なった程度のストレスシナリオに応じて銀行の経営状況の変化を試算するもので、例えば、GDPの伸び率については2021年7.28%、22年4.78%、23年4.08%と比較的高い成長率を仮定する軽度のストレスシナリオや、21年5.12%、22年2.80%、23年2.08%という低めの成長率を仮定する重度のストレスシナリオなどが用意されている。大手・中堅30行の自己資本比率をみると、重度シナリオでも全体で、22年13.01%、23年13.09%と監督当局が要求する10.5%を上回る。ただし、各行別に見ると、30行のうち、軽度シナリオでも2022年末に9行、23年末に2行、重度シナリオの場合22年末に16行、23年末に14行が未達となる。

 このような状況に対して、報告では、2020年末の30行全体の貸倒引当金カバー率が213%と非常に高い水準にあることと、銀行の収益による自己資本拡充によって多くの銀行が自己資本比率を拡充できることによって、対応可能と評価している。

中小銀行の自己資本拡充

 一方、3985行の中小銀行については、不良貸出比率が現状の2倍、3倍、4倍になった場合それぞれについて、全体の自己資本比率は10.53%、8.52%、4.5%となり、未達行はそれぞれ、1390、2011、2590行に達するとしている。全体で見ると、不良貸出比率が現在の3.54%から7.05%まで上昇しても、引当金カバー率100%、自己資本比率10.5%は維持できる。コロナ禍によって、中小銀行の収益水準と資産の健全性が影響を受け、自己資本を拡充する必要性が高まったが、2020年以降、当局は以下のような方策により大きな成果を挙げた、と評価されている。

 第1に、銀行保険監督管理委員会と関係部門共同で地方政府が中小銀行の資本拡充を進めるよう促し、地方政府は中小銀行の譲渡可能債購入などによる資本拡充を進めてきた。

 第2に、地方政府による特別債の発行である。2020年7月1日、国務院常務会議は地方政府が特別債を発行して中小銀行の資本拡充を行うことを許可すると決定した。財政部は2000億元の発行枠を認めた。

 第3に、人民銀行は中小銀行が永久債やtier2対象債券(一定の劣後条件の発生によって他の債券より返済が後順位となる劣後債券など)のような新型資本調達手段を発行することを促した。2019年2月の本コラム で説明した通り、2019年1月に中国銀行が初めて永久債を発行した。永久債は自己資本の計算上、主要な自己資本であるtier1自己資本に計上される。2020年末までに都市商業銀行と農村商業銀行が合計1280億元の永久債を発行済みである。2020年には中小銀行80行が永久債とtier2資本債券を発行し、合計発行額は2000億元を超えた。

 第4に、中小銀行の永久債発行を容易にするため、人民銀行は毎月一回中央銀行売出手形スワップ(CBS)を実施し、2020年の累計実施額は610億元となった。CBSは担保に使いやすい人民銀行売出手形と永久債を交換することによって、中小銀行発行の永久債を他の金融機関が購入しやすくする。

 第5に、株式上場による自己資本拡充である。2020年には、渤海銀行と威海銀行が香港H株市場に上場し、それぞれ134.7憶香港ドル、28.3億香港ドルを調達した。また、厦門銀行、重慶銀行、斉魯銀行、端豊銀行、上海農商銀行は国内A株市場に上場し、それぞれ17.7億元、37.6億元、24.55億元、12.26億元、85.84億元を調達した。

 今回の報告では、今後も、中小銀行の資本拡充をさらに促進し、健全性を高める方針が示されている。

人民元国際化の進展

 人民元国際化報告によると、2020年のクロスボーダー人民元受払額は28.39兆元、前年比44.3%の大幅増加となった。人民元受払額が中国の対外受払額全体に占める比率は46.2%と、2019年の38.1%を大幅に上回り、史上最高となった。2021年1~6月期でも、クロスボーダー人民元受払額は17.57兆元、全体に占める比率は48.2%、前年同期に比べ2.4%ポイントの上昇となった。

 経常収支項目のクロスボーダー人民元受払額は6.77兆元、前年比12.1%の増加、対外受払額全体に占める比率は17.8%、前年に比べ1.7%ポイントの上昇である。

 中国の対外取引に占める人民元決済の比率は着実に上昇したが、その要因として、コロナ禍対応として2020年2月にコロナ対応関連のクロスボーダー取引の手続き簡略化を行ったことや、2020年5月に人民元建て海外適格機関投資家制度(RQFII)の投資限度枠を撤廃したことなどが挙げられている。

 人民銀行と国家外貨管理局は2020年12月にクロスボーダー人民元決済の手続きをさらに簡略化する通知を公布し、2021年9月には広東・香港・マカオ・グレーターベイエリアで域内のクロスボーダーの適格投資商品の購入を相互に認めるウエルネスマネジメント・コネクトを開始するなど、人民元国際化をさらに推し進める努力を行っている。また、今後については、RCEPによって参加国間の貿易投資拡大が見込まれ、人民元の使用も増加させ得ること、コモディティ取引への人民元の使用を推し進めることなどが挙げられている。

 一方、2021年6月のSWIFTの国際送金貨幣中、人民元のシェアは2.5%で5位、IMFによる世界の公的外貨準備統計でも2021年3月末で人民元のシェアは同じく2.5%で5位である。世界的に広範に使用される通貨としては未だに低い地位にとどまっている。

 筆者は人民元の国際化について中国の対外取引に占める人民元決済比率を上昇させることと、人民元が世界的に広範に利用されることを分けて考えている。前者の対外取引の人民元比率の向上は今後も着実に進展していくことが見込まれる。しかし未だに資本取引が規制され、特に短期の資本取引が厳格に規制されているため、人民元は海外で自由に調達することが不便な通貨である。後者の国際的な送金通貨や公的準備通貨などに幅広く利用される通貨になるには、今しばらく時間が必要と考えられる。

(了)