第156号
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宇宙版「一帯一路」への道筋―シリーズ・21世紀のスプートニク・ショック(3)

2019年9月6日

青木節子

青木 節子 AOKI Setsuko:
慶應義塾大学大学院法務研究科 教授

略歴

防衛大学校社会科学教室助教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2016年4月より慶應義塾大学大学院法務研究科教授。1983年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、90年カナダ、マッギル大学法学部附属航空・宇宙法研究所博士課程修了。法学博士(93年)。専門は国際法、宇宙法。

今は各分野で火花を散らす米中だが、30年ほど前は両国が宇宙協定を結ぶ蜜月の時もあった。やがて、中国が米国から情報を窃取し、ミサイル開発に転用。両国の宇宙協力は途絶した。そこで中国は途上国に接近し、現在の宇宙版「一帯一路」への道筋が開けてきた。

外交の「飛び道具」

 兵器として、他の衛星を攻撃するものでない限り、軍事衛星を打ち上げることが非難されることはありませんが、近年の衛星は軍事目的なのか民生利用なのかが必ずしも明らかではありません。多くの衛星は、軍事にも産業にも利用されている、という状況です。宇宙を利用する力が増すと、軍事ばかりか経済を強くする目的にも役立ちます。

 外交の「飛び道具」にもなります。地上局のネットワークなど、外国を巻き込んでいくことで、対象となる国と長年にわたる親密な関係を築くことも狙えますから。

 そうやって得た力を、また宇宙に振り向けていけばいい。そんな好循環は、およそ宇宙開発を目指す国なら、日本を含めどの国も追い求めるべきものですが、中国の場合、意図に明白なものを感じます。

 ちなみに軍事と経済、これら両目的に相乗効果を狙うところは、昨今、ついに衛星破壊(Anti-Satellite/ASAT)実験に踏み切ったインドについても、同じように見て取れます。長い間、インドは宇宙を経済目的で開発利用していると言われていましたが、総合的な国力増大のための宇宙利用を隠さなくなりました。その象徴がASAT実験でしょう。

 日本には、2008年まで、宇宙開発は非軍事利用に限るべしとする考えがありました。けれども、コレは非軍事利用、アレは軍事目的、などと、きれいに分けられると思うのはもともと非現実的だったのです。

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今年3月27日、インドのモディ首相は、テレビを通じて、ミサイルで人工衛星を破壊する実験に成功したと発表。(ロイター/アフロ)

米中間にあった宇宙協定

 ここで時計を30年近く巻き戻し、冷戦終焉当時の米中関係をみてみると、そこには今と全然違う絵柄がありました。

 1989年から90年にかけて、米中間に、3つの宇宙協定ができます。それによって、米国の通信衛星打ち上げを、中国が肩代わりすることが可能になったのです。

 世界が新規に打ち上げる衛星のうち、当時の米国は、その8割までを一手に製造していました。それはよいとして、問題は打ち上げ用ロケットの不足でした。ソ連のロケットを使うわけにはいきません。そこで、当時「友好的非同盟国」と位置づけられていた中国に委託してはどうかということになり、くだんの協定につながります。

 天安門事件が起き、さすがに同協定は破棄されました。けれども米中蜜月がこれで一気に冷え込んだわけではありません。第二次協定が締結されます。

 ところがその後、米国で通信衛星の打ち上げ失敗(ヒューズ社、ロラール社による)が起きます。原因を探る過程で、米国企業は、中国と協調しました。次回の打ち上げを成功させるためです。事故調査に関連する外国への情報提供は、技術の輸出に当たり、本来は、国務省からの輸出許可―技術支援契約(Technical Assistance Agreement/TAA)―が必要なはずでしたが、必要な許可を取っていませんでした。

米国から盗んだ情報でミサイル開発

 この状況を利用して中国は、米国から情報を窃取したのです。やがて、それが中国における多弾頭ミサイルの開発に転用されたことが判明するに及んで、米中宇宙協力は途絶します。

多弾頭ミサイル

多数の弾頭を搭載したミサイル。攻撃の精度を高め、ミサイル迎撃による撃墜を防ぐために、単一だった弾頭が複数化された。多弾頭ミサイルによる攻撃は、弾道ミサイルの発射を早期警戒衛星で探知し、迎撃ミサイルで撃破する防衛構想を困難にする。米国は1968年に大陸間弾道ミサイルや、水中発射の中距離弾道ミサイルの多弾頭化に成功した。

 米製技術を含む衛星を、中国は打ち上げられなくなりました。宇宙開発に関わる製品、技術を、米国が中国に売ることは、禁止されました。

 これは今日まで変わらず続いています。米国の輸出管理法制はオバマ政権時代に大改正されますが、対中国では変化はありませんでした。

 米国・米企業以外の第三国・外国企業が中国に衛星打ち上げを委託しようとする場合でも、もしその衛星に米製技術が一定割合以上使われていれば、自動的に禁止です。

 となると、中国は誰をカスタマーにすればいいか。輸出管理が緩い、あるいは米国の輸出管理体制に従おうとしない国や、そうした国の企業、ということになるわけで、ここから、中国は途上国にその「営業努力」を向けていくことになるのです。

 一足飛びに結論を言っておきますと、米国との関係からはじき出された結果、途上国に向かうことを半ば強制されたとはいえ、外交上、思わぬ成果を生んでいきます。「一帯一路」の宇宙版といえる道筋が、開けていきます。そうするだけの自力が、中国にはあったと評することもできそうです。


※本稿は、ニッポンドットコム「「宇宙大国」中国の実力|シリーズ・21世紀のスプートニク・ショック(3)」(2019年8月19日)をニッポンドットコムの許諾を得て転載したものである。
転載元:https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c06503/

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