【19-21】中国文化を海外に広く伝えるための価値体系の研究(一)
2019年11月13日
朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授
中國山東省聊城市生まれ。
2003.9-2006.6 山東大学文史哲研究院 修士
2007.9-2010.9 浙江大学古籍研究所 博士
(2009.9-2010.9) 早稲田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11-2013.3 浙江大学哲学系 補佐研究員
2011.11-2013.3 浙江大学博士後聯誼会 副理事長
2013.3-2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09-現在 山東大学(威海)文化伝播学院 准教授
2016.09-2017.08 早稲田大学文学研究科 訪問学者
2018.10-2019.01 北海商科大学 公費派遣
『民報』(清末の中国同盟会の機関誌。1905年から1910年まで26号が刊行された)第7号に掲載された「国学講習会序」には、「夫国学者,国家所以成立之源泉也。吾聞処競争之世,徒恃国学固不足以立国矣,而吾未聞国学不興而国能自立者也......故今日国学之無人興起,即将影響于国家之存滅,是不亦視前世為尤岌岌乎?」(国学者は国家の成立する源泉である。競争の世においては、国学をいたずらにありがたがっていては立国の役には足りないと聞く。だが国学を興すことなく国が自立できるとの説も聞かない......今日、国学を誰も興さないことは、国家の存亡に影響することになる。現在は危ない世の中と言えないだろうか)と書かれている。中華文化の伝承は対内的なものにとどまらず、対外的なものでもある。根本的に考えると、中華文化は人類の文明を構成する重要な一部だといえる。
中華文化の海外普及を推し進めることは、その国際的な影響力を高めるための重要なコンテンツである。近年、中華文化の海外普及の効果は目覚ましいものがあるが、認識上の違いにおいて一部統一すべき点がある。価値、内容、方法の面でコンセンサスが得られてこそ、海外普及に実際の効果が上がるためだ。価値のコンセンサスは、なぜ中華文化を伝えるのかという問いに答えるためのものであり、その実効性を高めるための基盤となる。内容のコンセンサスは、どの中華文化を伝えるのかという問いに答えるためのものであり、その実効性を高めるための鍵となる。また、方法のコンセンサスは、どのようにして中華文化を伝えるのかという問いに答えるためのものであり、その実効性を高めるための保証となる(張恒軍、曹波「提高文化走出去的能力」『人民日報』、2018年5月9日)。本稿では、海外に伝えられる中華文化の内容の面で、そのコンセンサスを明らかにしたい。
本稿では、世界的な視野での中国語国際教育においては、綱領性・根本性・根源性を持つ中華文化の一部の要素または理念を伝えることに力を入れるべきであり、操作性のある中華文化の教材の編纂が急務であると考える。このような教材を編集する上で、真っ先に面する問題とは中華文化の定義であるため、まずは内容のコンセンサスを形成しなければならない。
したがって、中華文化の海外普及を推し進めるためには、内容の明確な指向性が必要であり、かつ、その内容を更新し続けることが求められる。内容の普及においては次の2つの点に注意すべきである。第一に、海外に伝えられる中華文化の内容が一般化される傾向を解決し、中華文化の核心的内容を際立たせることである。文化は理念、制度および道具の3つの階層に分けられ、なかでも理念の階層が核心的内容となる。中華文化を海外へ伝えるプロセスにおいてはその重点を際立たせ、豊富で多彩な文化的手段を用いて中華文化の精髄を示すべきである。第二に、「伝統を重んじ、現代を軽んじる」傾向を改め、現代的な中華文化を海外に広く伝えることを重視することである。改革開放以降、中国の各民族・人民が世界から注目を集めるような発展と成果を遂げていること自体がある種の文化現象であり、海外の人々から高い関心を集めている。中華文化を海外に伝えるプロセスにおいては、優れた伝統文化を伝えると共に、現代文化を伝えることも重視しなければならない。
このような認識に基づき、本稿では海外に伝えられる中国文化の価値体系の定義づけを趣旨とし、通時性と共時性を交差させながら検証した上で、広がりと奥行きのある中国文化体系を設計することを目指す。マクロ的に見れば、中国文化には文化、思想、芸術の3つの階層が含まれるべきある。中華文化を科学的かつ系統的に定義づけることは、まさに習近平総書記の打ち出す「路線的な自信、理論的な自信、制度的な自信、文化的な自信の堅持」の具体的な実践である。特に指摘すべきことは、本稿では海外の受け手における受容度を十分に考慮し、文化セクターの設計に際しては、中国的な精神を代表するとともに、中国文化の伝えやすい価値体系を広く伝える対象として選んでいることである。
一、文化
1.総論:中華文化の核心の趣旨
中華伝統文化の内容は非常に複雑である。なかでも四つの思想が最も重要であり、概括性もある。四つの思想とは、第一に基本哲理としての陰陽五行思想であり、第二に大自然と人類社会との関係を理解するための天人合一思想であり、第三に社会問題の解決を導く中和中庸思想であり、第四に自らに対峙する方法を導く修身・克己の思想である。
2.中華文明の起源
後世に伝わっている文献と出土した考古学的文献によれば、中華文明の起源は多元的である。「中華文明探源工程」(中華文明起源探究プロジェクト)の研究成果によれば、今から5,800年前ごろに黄河、長江中流・下流ならびに西遼河などの地域で文明の起源となる予兆が現れた。遼寧省の紅山文化、河姆渡文化、東夷文化、良渚文化などが互いに競争し、相対的に独立した発展プロセスをたどりつつも相互に交流し、参考にし合い、徐々に一体化の兆しが現れた。また、中原地域でこれら性質の異なるものもすべて受け入れる核心が出現した。我々はこれを「中華文明の多元的一体」と概括している。また同時に、「多元的一体」によって夏・殷・周の3つの代の文明の基礎が築かれ、中華民族と多民族による統一国家が形成される原因とルーツとなった。中華文明の起源には民族的起源、地理沿革、姓の起源、王朝の序列、著名な政治家などが含まれる。
3.中国の漢字文化
文明誕生の重要なシンボルの一つは文字の誕生である。中国の漢字は文章を絵画化したものから始まって絵文字となり、徐々に一つの体系へと発展し、成熟した文字となった。甲骨文、金文、小篆、隷書、章草、草書、行書、楷書などの文字形体の変化を経て、漢字は中華文化の基本的媒体となっただけでなく、中華文化の核心的な内容・道理を徐々に育むとともに対外的に広め、最終的に漢字文化圏を形成した。文字を使った記述によって、中華文化は多元的な発展が可能となり、あまたの思想的宗派が生まれた。なかでも最も重要なのが儒教、道教、仏教であり、これら三つの宗教の同時的存在によって中国文化の最も核心をなす調和共存の思想が体現されている。調和共存は、現代の異文化交流においても活力を持っている。
4.中国の儒教文化
孔子とその後進を代表として始まった儒教は、中華文化の核心の一つとなった。その際立った特徴は礼楽文明を核心とする学説・理念であり、中国人特有の文化的遺伝子となって中国人の言動・挙動および処世訓として内面化された。その本質からいえば、儒教文化とは礼楽文化である。また、礼楽文明の核心は礼にある。士冠礼、士相見礼、冠礼、笄礼などは現在なお東アジア文化圏に残されている。「儒教を治療しなければ『社会に出る』ことはできない」という概念においては、「有為」の精神が強調されるため、「現実」的な特徴がある。代表的な典籍に『周易』、『詩経』、『論語』、『孟子』等がある。
5.中華の道教文化
老子、荘子を代表とする道教では柔弱、知足、処下、自然、無為などが尊重され、個人の独立意志、思想の自由が重視される。これは、17-18世紀のヨーロッパが自然法論に熱狂したのと相通じるところがある。前漢末期には儒教が盛んになって道教が衰え、道教と儒教の地位が入れ代わり、道教は政治的優位性を失っていわば「野党」のような存在となった。しかし、その後の長い期間にわたり、中国の思想世界で道教は依然として最大の「反対党」であり続けた。「道教を治療しなければ『社会を超える』ことはできない」という概念においては、「無為」の精神が強調されるため、「超現実」という特徴がある。代表的な典籍に『老子』、『荘子』、『淮南子』などがある。
6.中国の仏教文化
インド仏教の中には、中央アジアと新疆を経て中原に伝わり、本土化・世俗化された仏教があり、天台宗や華厳宗、禅宗などのさまざまな宗派を形成した。このうち、海外への影響が最も大きいものは禅宗の思想である。「仏道をおさめることができなければ『出世』(俗世間の煩悩を解脱し、悟りを得ること)できない」という概念においては、ある種の「無」の精神が強調されるため、「非現実」という特徴がある。代表的な典籍に『金剛経』、『般若波羅蜜多心経』、『壇経』などがある。
7.中国の現代文化
中国現代文化の伝承には秩序があり、海外に広く伝える際の特徴と結びつけ、はっきりと見て取れる大きなものが選択される。主に食文化、すなわち茶の文化や酒の文化、料理の文化が含まれる。代表的な典籍に『茶経』、『酒経』、『随園食単』などがあり、『舌尖上的中国』(A Bite of China)などの権威あるドキュメンタリー作品とタイアップされている。
2013年11月26日、習近平主席は山東省を視察した際に「一つの国家、一つの民族の繁栄は常に文化の振興によって支えられる。中華民族の偉大な復興には、中華文化の発展・繁栄が条件として必要である」と指摘し、有名な「四個講清楚」(四つのはっきりさせるべきこと)理論を打ち出した。
「四個講清楚」の明確な要件は、次のとおりである。第一に、それぞれの国・民族の歴史・伝統、文化的な蓄積、基本的な国情の違いをはっきりさせる必要があり、その発展の道のりには必然的に各自の特色があること。第二に、中華文化は中華民族の最も深い精神的追求の積み重ねであり、中華民族が次世代に向けて発展し、反映するための豊かな栄養であること。第三に、優れた中華伝統文化は中華民族の際立った優位性であり、中国人の最も深い文化的なソフトパワーであることをはっきりさせること。第四に、中国の特色ある社会主義は中華文化の豊かな土壌に根を下ろし、中国人民の願いを反映し、中国と時代の発展・進歩の要求に適応し、それには深い歴史的根源と広範な現実的基盤があることをはっきりさせることである。
中国現代文化において最も時代性を持つのは、「社会主義核心価値観」と「新時代」の壮大な青写真である。「新時代の中国の特色ある社会主義」とは現代中国の最も鮮明な文化的特徴であり、習近平総書記が中国共産党第19回全国代表大会において「中国の特色ある社会主義は新時代に入った。これは、中国の発展における新たな歴史的方向・位置である」と厳かに宣言したことによる。この報告では「新時代」、「新思想」、「新矛盾」、「新目標」、「新方策」等の重大な科学的判断が打ち出され、中華民族が「站起来」(立ち上がり)、「富起来(豊かになり)、「強起来」(強くなる)上での重要な転換期になされた政治宣言として、中国共産党員が全国人民をリードして中華民族の偉大なる復興と「中国夢」(中国の夢)を実現しようという新たな様相が示され、新たな時代背景における中国の特色ある社会主義文化のイノベーション戦略を打ち出す上で重要な理論的根拠と実践上の指南を提供している。
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