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【19-14】中国語における日本語由来の外来語に関する判定議論と性質研究

2019年7月26日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.9-2006.6 山東大学文史哲研究院 修士
2007.9-2010.9 浙江大学古籍研究所 博士
(2009.9-2010.9) 早稲田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11-2013.3 浙江大学哲学系 補佐研究員
2011.11-2013.3 浙江大学博士後聯誼会 副理事長
2013.3-2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09-現在 山東大学(威海)文化伝播学院 准教授
2016.09-2017.08 早稲田大学文学研究科 訪問学者
2018.10-2019.01 北海商科大学 公費派遣

 1950-60年代は現代中国語の確定・規範化の核心的な時期であった。中国語における外来語は、現代中国語語彙の重要な源の1つであり、その定義や分類、性質などの問題は、自ずと学術界から注目されることとなった。高名凱、劉正埮の「現代漢語外来詞研究」(1958)は最も影響が大きかった。中国語における日本語由来の外来語は、中国語の外来語のうち特殊かつキーとなる構成部分であり、その定義付けについては学者の間で盛んに議論された。

①  中国語における日本語由来の外来語の判定に関する議論

 これはすなわち、どのような日本語の語句が中国語における日本語由来の外来語と見なせるかどうか、という議論である。王立達は、当時の日本語由来の外来語の中国語体系における実際使用状況と結び付け、次のような詳細な分類を行った。「(1)もともとは日本が『外来語』を音訳した際に漢字を当てた語句(これを日本人は「当て字」と呼ぶ)を中国語に借用したもの(例:『瓦斯』、『倶楽部』)。(2)漢字で書かれているが、『訓読み』のみで『音読み』がない日本語の語句(例:『入口』、『出口』)。(3)日本人が『意訳法』で翻訳した外国語語彙で、漢字の読み方としては『音読み』のみで『訓読み』を用いないもの(例:『絶対』、『相対』)。(4)もともと日本語の語彙だが、中国語の語彙として借用された後、意味が元の意味と異なったもの(例:『労働者』、『弁護士』)。(5)もともとは古代中国語の語彙だったものが、後に日本人が西洋近代専門用語の意訳語として借用し、現在では中国人が日本から借用して古代中国語の意味と異なる現代中国語の語彙になったもの(例:『索引』、『組織』)。(6)漢字の形・意味ともに日本人が創作し、中国でもそれを引用したもの(例:『腺』、『癌』)。(7)次のような現代中国語語彙は、中国人が日本語を翻訳する際に創り出したもの(例:『基于』、『関于』)。(8)20世紀初めに借用されたが、現在では使われていない日本語の語彙(例:『労働組合』、『労農政府』)。(9)協和語」[1]。王立達の日本語由来の外来語語彙に対する分類は細分化され、広範囲にわたっており、中国語における日本語由来の外来語の範囲を拡大し、その後の研究に大きな影響を与えた。それと比べると、王力の中国語における日本語由来の外来語の定義は非常に厳しいものだ。王力は、「日本から中国に伝わった意訳語はおおむね2種類に分けられる。1つは古代中国語にもともとあった語句を利用し、新しい意味を与えたもの。2つ目は2つの漢字を使って二音節語を構成したもので、こうした二音節語は中国語のもともとの意味とも整合性が取れている」[2]と考えていた。この2種類目の分類はさらに2つに分けられる。(1)漢字本来の意味と比較的似ているもの(例:「歴史」、「政策」、「政党」、「独裁」)。(2)漢字の本来の意味とは大きく異なるもの(例:「前提」、「企業」、「絶対」、「抽象」)。このほか、王力は中国語における日本語由来の外来語と見なせない状況、つまり日本から語形や語義を借用したが音は借用しなかった一部の外来語についても指摘している。例えば「取締」(torishimari)、「引渡」(hikiwatashi)、「見習」(minarai)、「手続き」(tetsuzuki)といったものだ。王力は、外来語は音と意味を借用したものであるという基準に厳格に基づき、日本語由来の外来語のうち、語形や語義は借用したが音を借用していないものを除外した。王力が行った分類は学術界に非常に大きな影響を与えたが、日本語と中国語がかつては同一の文字で表記を行っていたことを考えると、こうした西洋言語由来の外来語に対する区分基準を踏襲できるか否かについては議論の余地があった。そのため、自然と中国語における日本語由来の外来語の性質に関する議論が起こることとなった。

②  中国語における日本語由来の外来語の性質に関する研究

 これはすなわち中国語における日本語由来の外来語を中国語の外来語と見なせるかという議論である。この問題を解決するためには、外来語かどうかを判断する基準が「音の借用」か「形の借用」か、それとも「意味の借用」か、あるいはこのうちどれか2項目または3項目の結合なのか、を確定することが前提となる。そのため、中国語における日本語由来の外来語の性質問題においては、次の2つの異なる観点が存在した。

1)日本語由来の外来語を外来語と見なさないという主張

 呂叔湘は「中国文法要略」(1943)で、中国語における外来語は「音訳した語句」と「部分的に音訳した語句」に限られ、音の借用基準に従って、日本語由来の外来語語彙を、中国語における外来語の範疇から除外するべきだと指摘した。前述した通り、王力は日本語由来の外来語は、語形と意味を借用しているが音は借用していないと考えており、呂叔湘の観点にほぼ賛同していた。同時に王力は、「現代中国語における意訳語は、ほとんどが中国人自身で翻訳したものではなく、日本人の原訳を採用したものである。言い換えれば、中国語が吸収した西洋の語句は、日本語を通して吸収したものだ」[3]との見方を示した。つまり、日本語由来の外来語について、「(1)意訳に属する。(2)日本語がオリジナルではないため、『日本語由来/日本から伝播』に分類すべきではない。ましてや中国語における外来語と見なすべきではない」と主張した。

2)日本語由来の外来語を外来語と見なすという主張

 孫常叙は「漢語詞彙」(1957)において、「中国語の外来語には借用語と訳語の2種類があり、借用語は、音の形式の借用でも表記形式の借用でもよく、中国語における日本語由来の外来語はすなわち表記形式を借用した部分にあたる」とする説を唱えた。胡裕樹は「現代漢語」(1962)において、「現代中国語が借用して取り入れた外来語には、主に次の3つの形式がある。1.音訳の外来語、2.音訳兼表意の外来語。3.日本語の文章から吸収した借用語」[4]とする説を唱えた。同様の観点を持つ学者には、ほかに鄭奠(「談現代漢語中的『日語詞彙』」,1958)、王立達(「現代漢語中従日語借来的詞彙」,1958)、周祖謨(「漢語詞彙講話」,1959)などがある。

 上記の2つの観点はそれぞれ狭義の外来語観と広義の外来語観を代表している。現在に至っても、学術界では中国語におけるさまざまな形式の日本語由来の外来語について依然として多くの論争があるが、全体としては広義の日本語由来外来語の定義が受け入れられつつある。例えば劉正埮は、理論上は「音の借用兼意味の借用」説を取っているが、高名凱などと共同で編纂した「漢語外来詞詞典」では、多くの広義の日本語由来外来語を収録している。これは中国語言語学界の中日文化交流の成果をますます評価する傾向と、さまざまなものを差別なく広く取り入れようとする態度の現れでもある。


[1] 王立達:「現代漢語中従日語借来的詞彙」,中国語文,1958, (2).

[2] 王力:「漢語史稿」,中華書局1980年版,518ページ。

[3] 王力:「漢語史稿」,中華書局1980年版,518ページ。

[4] 胡裕樹:「現代漢語」,上海教育出版社1987年版,292ページ。

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