中国の法律事情
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【21-004】リモート裁判は国外まで届く

2021年03月08日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

リモート裁判の意義と欠席裁判の弊害

 リモート裁判すなわち遠隔裁判は遠く離れた場所で生活する相手当事者との間を一気に縮められますし、決まった時間にZoomなどのテレビ会議アプリを介して関係者を一堂に集められますから、新型コロナウイルス及びその変異種の蔓延を心配することもありません。この意味で、リモート裁判は有用であると言えます。

 このような例は日本でも既に進行中です。例えば、もう1年前の話になりますが、裁判の迅速化と負担軽減を狙って、民事裁判においてリモート裁判を既に実施しています[1]。報道によれば、Microsoft Teamsを介して裁判所に出頭していない当事者の表情を見ながら争点整理をしたり、訴訟関係者が一堂に集まることなく弁護士事務所などから参加したり、「争点整理案」を共有しその骨子に双方の主張を書き込んで完成させるなどの運用をしているそうです。実際に運用してみての初歩的な総括がそろそろ出てくるのではないかと個人的には関心があります。

 では、現代中国においてはどうなのでしょうか。中国においては法廷の実況中継をかなり前から導入していました。その始まりについて振り返ってみると上記のような趣旨ではなく、司法の透明性を確保することによって司法に対する訴求力を高めるという司法の生命にかかわる課題に対する取り組みからなのですが[2]、この流れがその後に裁判の中継というアプローチへと展開し、今では日本に居ながらでも中国の裁判中継を視聴できます[3]

 このようなリモート裁判の導入は、従来の当事者全員が一堂に集まってでなければ原則進行しなかった裁判制度が抱えていた問題の改善を期待できますから、歓迎すべき動きでしょう。そして、このコラムでは、この歓迎すべき点の1つに、欠席裁判の弊害に対する対応があると指摘してみたいと思います。

 そもそも欠席裁判とは、当事者の一方が法廷の審理をバックレていることによっていつまでも裁判の進行を停滞させておくわけにもいかないため、裁判所として一定の手続き(期間を含む)を経て、当事者が欠席したままでも判決を下す裁判のことを言います。バックレる方に責任が無いとは言いませんが、リモート裁判の無い時代では毎回の法廷審理に参加するための交通費が些少のものではなかったかもしれないことを思えば、すべての責任をバックレた方に負わせるのも情状酌量の余地があるようにも感じますね。

 しかし、世の中には欠席裁判を奇貨として悪用する人もいるようで、裁判所がまるで詐欺被害にあったかのような例も時々確認できます。最近の日本の例なのですが、九州地方のある裁判所で同様の例が発生しています[4]。一方の当事者が出廷し虚偽の事実を主張して裁判所を騙し、「付郵便送達」により相手方が訴状を受理せずに裁判を開始し、その反論の機会を奪ったうえで勝訴判決を騙取したようです。被害に遭った女性はバックレたわけではないうえ、預金通帳の記帳で差し押さえによって0円と表示されてようやく気付くという悲惨な目に遭遇しました。これはいわゆる訴訟詐欺の一種であり、この例が初めてというわけではありません[5]

 ちなみに、中国では虚偽の事実によって裁判所を騙す場合を「虚偽訴訟」として別に分類し、訴訟詐欺を無くすべく、騙取しようとした人あるいは騙取した人に制裁を科す仕組みまであります[6]。なぜなら、虚偽訴訟を可能にする土壌がなければ訴訟詐欺は成立し難くなるはずだからです。そのため中国では刑事罰まで用意しています。

 さて、このような欠席裁判の弊害も、冒頭で述べたリモート裁判の導入、そして社会のIT化のほか、国民総背番号制(いわゆるマイナンバー制度)の徹底によって解消されるのではないでしょうか。リモート裁判の導入を経て、当事者の表情を見ても見抜けないことはあるでしょうが、利害が対立する双方が一堂に集まっていれば見抜きやすくなることも否定できないでしょう。

 では、このリモート裁判が国外に居ても利用できる時代、裁判中継を視聴するのではなく実際に参加できる時代になったら何が起こるでしょうか?

リモート裁判に関する司法解釈

 中国は、その時代に向けて一歩さらに歩を進めるようです。それが2月3日に最高人民法院が公表した「最高人民法院关于为跨境诉讼当事人提供网上立案服务的若干规定(国境を越えた訴訟当事者にネット上の立案サービスを提供することに関する若干の規定)」です[7]

 日本語の「立案」とは案・計画を立てることを意味しますが、中国語の場合は訴訟を提起すること、登録を行なうことを意味します。今回の司法解釈が定義するところによれば、立案サービスとは、「立案指导(登録手続きの指導)」、「查询(問い合わせ)」、「委托代理视频见证(ビデオ参加)」、「登记立案(起訴の登録)」のことだそうです(同1条)。要するに、人民法院はあなたが中国国内に居なくとも中国の裁判に参加せざるを得なくなった場合に、リモート裁判に参加するための登録手続きを指導し、問い合せに応じ、ビデオ参加を保証するというわけです。

 利用するにはまず認証手続きを行ないます(同4条)。個人であれば、パスポートを使って自分が誰であるかを証明すれば良いようです。一方、企業などの組織の場合、その組織代表者と訴訟参加者が訴訟に参加することを証明する必要があるとし、所在国の中国領事館の認証を経ることを求めるようです。中国と国交を結んでいない国の個人や組織の場合は、中国と国交を結んでいる第三国にある中国領事館の認証を求めています。

 認証手続きを通過すると、中国国内の弁護士に訴訟代理を委託したうえで、受理裁判所に対してビデオ参加を申請するという次のステップへ入ります。中国語が分からない場合は通訳者を同席させても良いようです。その一方で、裁判官は受託した弁護士及びその在籍弁護士事務所並びにその委託行為が、国外から参加する訴訟当事者(つまり、あなた)の真実の意思かどうかを確認すると言明しています(同6条)。虚偽訴訟を予防する意識が見えますね。

 そして、いよいよ起訴登録の段階です。あなたは、起訴状、自分の身分証や主張を補強する証拠資料を、インターネットを介して提出します(同7条)。もちろんインターネットを介して提出するだけでなく、従来どおり委託した中国国内の弁護士に代理提出してもらうことも認められています。裁判所は、法令の規定に合致していれば速やかに起訴登録を行ないますが、不備がある場合はその補正を求め、たいていの場合は15日以内の再提出が求められます。

 つまり、(従来からそうですが)起訴状が受理されたからと言って、そのまま訴訟が始まるのではなく、起訴登録が終わってようやく訴訟が始まるため、ここにタイムラグがあります。そのため、進捗状況を問い合わせることができるとされています(同9条)。

 ちなみに、提出する資料の内容に、例えば「国家主権、領土の完全性及び安全を害するもの」であったり、「国家の統一、民族の団結および宗教政策を破壊するもの」であったり、さらには「法令違反、国家機密の暴露および国家利益を損なうもの」であったりが確認されると、裁判所は当然に起訴登録しないそうですから(同10条)、ご注意ください。中国法の考え方に照らせば常に合法性の検証がつきまといますから、国家秩序を乱しそうな要素は極力俎上に上らせないDNAが働くのでしょう。日本では公開法廷としないで非公開審理する途があるだけ寛容な気がしますね。

 以上がリモート裁判に関する今回の司法解釈の要点です。中国も弁護士強制主義を原則採用しないので、ネット上の立案サービスの提供という新しい試みにあたって、中国国内の弁護士への訴訟代理を委託することを加えている点は、手堅い印象があります。

 確かに中国国内の司法について、私たち海外の目は非常に懐疑的でした。例えば、自分の起訴状がキチンと提出されているのか? 起訴状の内容が知らないうちに改ざんされていないか? 相手弁護士・弁護士事務所と裏でつながっているのではないか? など不信の声は少なくありませんでしたし、日本企業の勝訴例が何度報道されようとも、米中対立の中で政治的な思惑が働いたからではないか? など今でも不信の声は聞こえてきます。そのため、自分自身の手で起訴登録までの段階を進められる今回の立法は歓迎されるべきだろうと思われます。

 しかしながら、一歩引いて今回の司法解釈を読み直してみると、中国国内の事情(法的価値を含む)を国外へ静かに波及させようとしている様にも見受けられます。

リモート裁判の将来-異文化における法的理解が不可欠な時代へ?

 リモート裁判の将来という中長期的な視点から見ると、各国の裁判所がリモート裁判を導入し、訴訟当事者が不在のまま裁判が行われない状況を作り出すことには大きな意義があります。それは、欠席裁判の弊害を解消できるだけでなく、自らの判決(書)の真正性を訴訟当事者が直接関与していることにより飛躍的に高められることを、論理的に承認できるためです。そして、その結果として自らの判決書を他国でそのまま執行すべきことさえ推進できる根拠になるでしょう。これは、外国判決の承認という古典的な論点で、外国の裁判所が下した判決を国内で執行することは可能だろうか? 国内の法秩序と抵触する判決であっても承認すべきなのか? などの問いが立てられ議論されてきました。

 現状については管見の限りで恐縮ですが、「相互保証の原則」の枠組みの中で外国判決の執行を進めています。相互保証の原則とは、相手国の裁判所が自国の裁判所が下した判決を執行してくれているのであれば、自国でも相手国の裁判所が下した判決を執行するという原則のことです。この原則を基盤にして、各法分野・法領域において、例えば外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(所謂「ニューヨーク条約」)の約束に照らし、締結国のものであれば外国の仲裁判断について日本の裁判所は形式審査のみを行ない、問題が無ければ執行するという運用がされています。

 そして、これはある日系企業の例ですが、中国南方の仲裁機関を介在させて訴訟詐欺的に仲裁裁決を獲得し、これをニューヨーク条約を背景にして日本国内での執行を求めた紛争について、私は取材させていただいたことがあります。中国国内において民事裁判を訴えて仲裁裁決を取り消させることが正攻法だろうと思われたのですが、現地の委託弁護士は、虚偽訴訟や訴訟詐欺の要件を満たさない(問題の仲裁裁決は「仲裁」の当事者であり、「裁判」の当事者でない)ことから難色を示す一方で、日本国内の執行裁判で請求棄却を求めて戦うという二方面を同時に相手にしなければならないという状況でした。

 問題の株取引については、新旧の関連法令の施行前後という微妙な時期のもので、論述の仕方によっては誤認しそうなところでの取引行為に基づくものでしたので、相手は中々に曲者のように思われました。事実関係を精査すると、旧法では株取引には管轄機関の承認が必要である一方、新法では管轄機関の承認が不要で当事者間での合意のみで良いと定められており、問題の株取引の契約締結日時が旧法時点でした。つまり、実質審査を行ないさえすれば法令適用の誤りは明らかであり、その誤りに基づいて下された仲裁裁決は本来的に無効なものとなるのが当然の論理的帰結です。しかしながら、最高裁判所は形式審査に徹し、相手側の請求を認容する判断を行ないました。

 以上の例を参考にリモート裁判の将来を考えてみると、中国国内の訴訟詐欺的な振る舞いを規制できる可能性がある一方で、直接自らの参加によって法廷審理を経ての結論(判決、仲裁裁決など)なのであるからその真正性を争う必要はなく、形式審査で十分であるとの最高裁の従来の態度が益々強固なものになるかもしれません。そして、その後に待ち受けるものは、相互承認の原則の不要な世界になるやもしれません。

 そのため、この中国国内の事情を海外へ静かに波及させる司法解釈の公表は、中国法を法であると評価すべきでないという前近代的な視点でなく、異文化に基づく法的理解が更に不可欠な時代の到来という私たちに対する警鐘であると視るべきではないでしょうか。

(了)


1. news.microsoft.com/ja-jp/2020/01/09/200109-microsoft-teams-adopts-it-for-court-civil-procedure/ 参照

2. この点については、コラム「判決のネット公開」で紹介しました。

3. tingshen.court.gov.cn/ 参照

4. 「知らぬ間「敗訴」は違法 ウソ住所書き、差し押さえ」『日本経済新聞』2021年2月11日 参照

5. 訴訟詐欺については、コラム「訴訟詐欺は無くなるか?」で紹介しました。

6. 虚偽訴訟については、コラム「虚偽訴訟と真のリスク」で紹介しました。

7. 原文については court.gov.cn/zixun-xiangqing-286341.html 参照