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【19-014】虚偽訴訟と真のリスク

2019年6月14日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

一、情報の読み解き方の必要性(3)

 前回 に続いて情報の読み解き方の第3の方法をご紹介致します。前回までにご紹介した方法は、「読み解く時点」、「新旧条文の比較方法」でした。今回ご紹介する第3の方法は、「裁判例分析①」です。とはいえ、何かの裁判例をガッツリと紹介するというものではなく、今回は、その動向から読み解く方法についてです。因みに、その②はガッツリと分析する方法です。次回以降でご紹介する予定ですが、判決のネット公開(以前のコラムを参照ください )が進んでいる現在、リスク管理という意味ではそちらこそ必要な方法かもしれません。

 最近の現代中国における裁判例の動向分析について言えば、以前に比べて格段に検討しやすくなっています。それも彼の国の司法改革の延長線上で、指導性裁判例制度が最高人民法院と最高人民検察院によって継続的に展開されているからです。指導性裁判例とは、裁判所と検察のトップに位置する両院が、その下部組織に対して実務運用の指針や知識として示す裁判例です。その反射的効果として、人々に対して「何ができ、何ができないか」を判断する行動の指針を示しているものでもあります。

 以前に比べて格段に検討しやすくなったというのは、データを私たちが収集し分析する手間を省けるようになっただけでなく、国家権力が何を考えているかを自ら示してくれるようになったからです。以前はCNKI中国知網の裁判例データベース等を利用して収集し分析していました。現在でも同コンテンツは提供されています[1]

 このように書くと、「あいつは中国政府の回し者だ」などと言われるのですが、私ごときがそんな役割を担えるはずはありません。私は、事実に照らして対中アプローチを単に模索しているだけにすぎません。そして、自分で蒐集する事実には当然に無意識のうちに選別プロセスが入っているだろうと思うからこそ、第三者が収集した事実に照らして研究するという普通のことを行なっているだけです。

 さて、そこで今回は、情報の読み解き方の必要性の3回目として「裁判例分析①」をご紹介致します。そのための題材として、先月公表された最高人民検察院の第14回指導性裁判例群(2019年5月21日公表) を取り上げることにします。今回の指導性裁判例群の公表意図は、「虚偽訴訟」の取締り強化にあります。なお、昨年の段階で関連する司法解釈についてご紹介したことがあります(ご興味のある方はこちら も合わせてご覧下さい)。

二、虚偽訴訟とは何か?

 虚偽訴訟とは、当事者が虚偽の事実や捏造した法律関係、或いは偽造した証拠を提出して虚偽の訴訟を行なうことです。いわば司法という国家権力を使って自らの目的を不当に実現し、他人の合法的な権利利益を侵害する行為であり、この行為は結果として社会秩序を混乱させ、司法の公平・公正を損なわせる行為でもあります。

 もちろん日本(法)にも似たような現象はあります。例えば、虚偽告訴等罪(刑法172条)があります。虚偽告訴等罪は、虚偽の告訴、告発その他の申告を行なうことによって、国家の適正な刑事司法作用を害すること、及び個人の私生活の平穏を害することから保護するために設けられたと解されています。

 現代中国(法)の場合、虚偽訴訟罪(中国刑法307条の1)を2015年10月の刑法改正で追加し、2018年9月に司法解釈を公布して内容を充実させていたところでした。同条の条文を確認しておくと、次のとおりです。

刑法307条の1

❶捏造した事実により民事訴訟を提起し、司法秩序を妨害し、又は他人の合法的権利利益を重大に侵害する場合は、3年以下の有期懲役、拘禁又は管制(行動監視の意)に処し、併せて罰金を科す。情状が重い時は、3年以上7年以下の有期懲役に処し、併せて罰金を科す。

❷単位(組織の意)が前項の罪を犯す場合は、単位に対して罰金を科し、併せてその直接の責任を負う主管者及びその他の直接の責任を負う人員を、前項の規定に照らして処罰する。

❸第1項の行為が存在し、他人の財産を不法に占有するか、又は合法な債務を回避し、又その他の犯罪を構成する場合は、処罰の軽重の規定に照らして重い罪で処罰する。

❹司法従事者が職権を利用して、他人と共同して前3項の行為を行なう場合は、重きに従って処罰する。同時にその他の犯罪を構成する時は、処罰の軽重の規定に照らして重い罪で処罰する。

 要するに、この中国刑法の規定する虚偽訴訟罪は、民事裁判における訴訟詐欺を対象とする犯罪です。もちろん、民事訴訟法にも虚偽訴訟に対する規定は存在していました(中国民訴112条、113条)。虚偽訴訟であると判断した場合に人民法院が行なえることとして、その請求の取消し、罰金や拘留の処分のほか、犯罪を構成する場合には刑事責任を追及できるとはしていましたが、これだけでした。

 その後、法に依る網を被せていきます。前述した中国刑法の部分改正のほか、2015年6月に最高人民法院が「虚偽訴訟の予防及び制裁に関する指導意見」を、また2018年9月には最高人民検察院と合同で「虚偽訴訟に係わる刑事事件における法適用の若干問題の処理に関する解釈」を公表することで充実させてゆきました。そして、第14回指導性裁判例群において、民事裁判における一連の訴訟詐欺について、実務上の運用指針や予備知識のほか、人々に対して「何ができないか」を示したわけです。

 平たく言えば、こうして経験を積んで総括することによって虚偽訴訟に対するリスク提示を国内外に対して行なった、ということですね。

三、虚偽訴訟に対して提示されたリスク

 どうして検察が民事裁判に口を出すのだろう?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。が、現代中国の検察は「法秩序を守ること」を役割として担っていますので、それは刑事裁判であろうと民事裁判であろうと関係ありません。ですから、当然のように民事裁判にも口を出します。この点について法律監督という社会主義法の特徴であると言ってしまうと説明が長くなるので、今回は割愛させて頂きます。とはいえ、民事裁判は主として裁判所が担当しますから、これまで検察はあくまで事後監督というスタンスで虚偽訴訟と対峙してきました(興味のある方は以前のコラム をご参照ください)。

 そして、今回の指導性裁判例群の公表に関するプレス発表の中で、その事後監督において裁判所に対して「虚偽訴訟である」と通報したもの(抗訴)および「法運用に問題があるので再審理を求める」と通報したもの(検察建議)が計3927件あったと発表し、虚偽訴訟の多くが民間ローン紛争(56%)、不動産の権利紛争(4.3%)、労働報酬に係わる紛争(12%)で発生していると把握していることを開陳しました。

 このデータによれば、民間ローン紛争が突出していると言えそうですね。また、プレス発表の中では、これに関連して農村における土地請負経営権や立ち退きに伴う補償に係わる虚偽訴訟を重点的に取り締まる浙江省の動向が指摘されていました。

 さて、本題です。このような民事裁判における虚偽訴訟について、当事者の一方が、又は原告と被告(或いは第三者)が意思疎通し、証拠の偽造や虚偽の陳述を通して法律関係を捏造し、偽の民事紛争を引き起こして訴えを提起する行為であり、訴訟、仲裁、或いは調停等の方法を通じて、国家の利益、社会公共の利益及び他人の合法的な権利利益を侵害するだけでなく、司法秩序を妨害する行為であると現代中国の検察は解釈しているようです。

 そして、虚偽訴訟を行なう当事者同士が疎通し、表面的には対立しているように見せて、裏では手を握っているために一審で結審させて上訴しなかったり、調停和解して事を収めて事後監督をやり過ごそうとしており、その隠蔽手段が悪質で、時には審判官[法官]を買収している場合もあるとの認識さえも当の本人たちが披露していました。要するに、一般の民事裁判と異なり虚偽訴訟は発見し難い事件であるということなのでしょう。

 プレス発表の説明の限りですが、虚偽訴訟による利益侵害が多方面に及び、結果として国家のガバナンスを損ねている点に、彼ら自身が根本的な脅威を感じているようです。その際、例として挙げたのが次の事例です。すなわち、張三が王五に10万元借金しており、返済したくない場合に李四に自分を訴えさせて、20万元の借金がある「ことにする」というものです。虚偽訴訟を通じて李四に20万元の借金があるとされてしまえば王五の債権は実現できなくなる。たとえ張三との裁判に勝訴したとしても、(張三は李四への借金があるため)執行できなくなってしまうというのです。

虚偽訴訟の例として紹介された事例

図

虚偽訴訟の例として紹介された事例

 そこで民事検察監督を強化してゆくと言明するのですが、そこは人間の行なうことですから、限界があります。そのため、裁判所や公安などの他の司法機関等との協力体制を構築するとともに、情報技術を用いた監督体制を波及させてゆくと言います。いわば民事裁判文書のデータベースをAIにより管理させることによって、虚偽訴訟の疑いがある事例を発見するシステムを構築するというわけですね。実際に浙江省紹興市では「民事裁判文書AI監督システム」なるものが、また江蘇省常州市では「常検雲」ビッグデータプラットフォームが運用されているそうです。

 以上のリスクは、傾向と対策というような日常のリスク管理を考える上で役に立つかもしれません。他に借金があって返済できないと言われてしまう場合は、念のための確認が必要ですね。しかし、本コラムで紹介したいリスクは、このリスクでなく、紹介された事例の背後にある真のリスクの方です。

四、虚偽訴訟に隠されている真のリスク

 先の事例でも確認できることなのですが、それは合法(的権利利益)対合法(的権利利益)、そして違法(的権利利益)対違法(的権利利益)について、中国的権利論は対処できないという理論上の限界が隠れています。だから、張三と李四の間の虚偽の借金関係を合法化させてしまうのは拙いのです。

 これだけでは何のことか分からないと思いますので、中国的権利論の解説で私が使う事例をご紹介しておきます。それは所有者Aがその占有者であるBと、Aの所有物を何らかの理由で占有することになったCという三者間の法律関係で、AがBやCに対して何の請求が行なえるか?という単純な事例です。日本法の場合、基本的にはAがどうしたいかに委ねられており、例外的にCが善意である(=Aの持ち物だとは知らなかった)場合にその保護を考えようというスタンスで対処するはずです。しかし、中国的権利論に照らせば(1)Bが合法に占有しているか否か。(2)Cが合法に占有しているか否か。そして(3)BとCの間での移動が有償か否かによって、Aの請求できる内容が決定済みとなります。

所有者Aが占有者B・第三者Cに請求できることは何か?
(注)→の向きは、請求の対象を示す
第三者C(合法に占有) 第三者C(違法に占有)
有償の場合 無償の場合 有償の場合 無償の場合
占有者B(合法に占有) ↑返還 ↑返還 ↑返還
占有者B(違法に占有) ←賠償 ↑返還 ↑返還 ↑返還

 この表で興味深いところは2点です。1つは、違法すなわちAの持ち物だと知っていた悪意のCが、Aの返還請求に応じた場合の損害について、違法なBから有償でこの所有物を移動していた場合にCはBに賠償請求できるのか?です(無償の場合はCに損失はありませんから、Bに何ら請求することもありません)。単純な解としては、合法な権利利益しか法は保護しないので、保護しない。要するに、BとCの当人同士の間で結着させればそれで良い、ということになります。プレス発表における上記の例は、まさにこれです。

 しかしながら、もう1つの場合は正しく理論上の限界を示します。合法な占有者が合法な第三者に有償で譲渡した場合なんてことが有り得るのか?です。この点を回避するための立法は、民法通則(旧法)の制定時に1つの答えが示されていました。紙幅の都合上、本コラムでは割愛いたしますが、単純化して示せば、合法対合法は矛盾なのだから、存在させてはならない。そのために「民事行為」「民事法律行為」という2つの法的概念を組み込んだのでした(ご興味のある方は、こちら をご覧ください)。

 そうすると、日本では有り得るかな?という次の指導性裁判例55事件も、中国的権利論に照らせば、合法的権利利益であることの根拠を得る手段としては有り得ることで、それを「民度が低い」と一笑に付すことはリスク管理を放棄していることに等しいでしょう。

 指導性裁判例55事件は、甲が乙に対する金銭債権を優先的に受けることを目的に、乙の子で、X会社の法定代表者である丙と通謀して、甲らに414,700元の未払い賃金があることにして、労働仲裁を申請し、虚偽の仲裁調停書を取得した事例です。会社が清算に追い込まれた場合、残余の会社財産から債権者は弁済を受け、その際に優先順位があることは日本でも中国でも同じです。そして、賃金は一般債権よりも優先して弁済を受けられる優先債権とされることも同じです。つまり、甲が取得したこの虚偽の仲裁調停書は、通常は一般債権として賃金に劣後するはずの自らの債権に優先権を付与するものであり、その他の債権者の合法な権利利益を害することになると言えます。

 この件について、検察は虚偽訴訟であることを発見した後に、労働人事争議仲裁委員会と人民法院へ検察建議を提出し、労働人事争議仲裁員会には仲裁調停書の取消を、人民法院には執行の裁定による終了を行なわせました。また、甲と丙を虚偽訴訟罪で起訴しました。

 このように、一見すると合法に見える結果を、事後的にAIを通じて検査してゆくという未来予想図を描けるわけですが、果たして常に正確にAIが見抜けるのでしょうか。実社会の争いを少し考えてみれば、紛争当事者は、お互いが正しいと認識している中で対立していることの方が多いのではないでしょうか?そして面倒なことは、AIの解を無批判に受け入れる私たち全員が出現したとしたら、どうなるのでしょうか?

 これをワニ裁判と同じである、とまでは言いませんけれども、AIに完全に委ねることに対する警告は必要でしょう。それとも、人間の感情が入らない分、客観的であるとして、AIに委ねる世界を望みますか?もし回答がイエスなのであれば、人間であることを止めた方が良いと思います。

 今回の裁判例の動向分析から読み取れることの1つは、虚偽訴訟という彼の国の権利論の理論的限界に迫る問題に対して、国家権力として現状で打つべき手段を打ったということです。その一方で、私は中国的権利論の限界を解消するのは、その前提の下で生活する人々の関係性(法意識を含む)に他ならないと見ています。別の途としては、中国的権利論を放棄して、私たちの前提である権利論の下で生活することも有り得ます。が、打つべき手段を打ったということは、まだ放棄する段階にないということでしょう。とはいえ、それでは私たちの権利論は完璧なのかといえば、そういうわけでもありません。もし完璧だと思うのであれば、それこそ人間であることを止めた方が良いでしょう。

 現存のシステムに満足する限り、真のリスクを発見することはできません。それゆえに、現代中国の裁判例の動向分析は、私たちが認識していない人間の行動を教えてくれる題材であり、対中国の情報の読み解き方において不可欠の方法となるのです。

(了)


[1] CNKI法律知识服务平台http://law.cnki.net/

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