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【21-26】豪との対立脱炭素化促進か 中国鉄鋼業の動向予測

2021年11月19日 小岩井忠道(科学記者)

 世界の粗鋼生産量の約6割を占める中国鉄鋼業の脱炭素化を目指す取り組みが、オーストラリアと中国の対立によって促進される可能性があるとする報告書を日本総合研究所が公表した。一方、中国にインドと日本を加えた粗鋼生産量上位3カ国の二酸化炭素(CO2)排出量削減計画が順調に進展したとしても、今世紀半ばに鉄鋼業の脱炭素化が実現する可能性は低い、という厳しい見通しも示している。

 さまざまな産業で大量に用いられている鉄の重要性は引き続き変わらないとみられる一方、鉄鋼製品の生産は大量のCO2を排出し続けている。鉄鋼業のカーボンニュートラルを実現することは、経済成長と環境保全を両立するために不可欠。15日公表された熊谷章太郎主任調査員による報告書「脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来」は、こうした観点から中国、インド、日本の鉄鋼業の現状と脱炭素化に向けた取り組みを詳しく紹介している。

粗鋼生産量2050年まで減らず

 鉄鋼製品に対する需要は経済成長に伴い増え続け、世界の粗鋼生産量は2000年に約9億トンだったのが2020年に約19億トンと倍以上に増加した。一方、鉄鋼業は製鉄の過程で石炭からつくられるコークスに加え、大量の電力も使用するため環境への影響が極めて大きい。世界のCO2排出量を部門別にみると、製造業が全体の18%と、電力・熱供給の47%、運輸の25%に次ぐ大きな排出源となっている。製造業の排出量のうち3分の1(33%)という最も大量のCO2を排出しているのが鉄鋼業だ。

 

鉱物別生産量(2019年)

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(出所)熊谷[2021]"脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来"
日本総合研究所 環太平洋ビジネス情報 RIM 2021 Vol.21 No.83図表1

 

部門別の世界のCO2排出量(2018年)

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(出所)熊谷[2021]"脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来"
日本総合研究所 環太平洋ビジネス情報 RIM 2021 Vol.21 No.83図表4

 粗鋼生産量増加の大半は中国によるもので、世界の粗鋼生産量に占めるシェアは2000年の15%から2020年には56%に高まった。企業をみても粗鋼生産量トップ10の大半を中国企業が占めている。2020年に欧州企業のアルセロール・ミタルを抜き世界第1位になった宝武鉄鋼集団をはじめ、上位10社中7社が中国企業だ。

 環境志向の強まりなどもあり、今後、中国政府がCO2排出量の削減に向けて、付加価値の高い高級鋼材以外の生産能力を大幅に削減させる政策を進める可能性は高い。しかし、世界的な鉄鋼分析機関WSD(World Steel Dynamics)は、中国の年間粗鋼生産量が2050年にかけて2億トン以上減少するものの、中国以外の新興国の生産量が同程度増加するため、世界の粗鋼生産量は現在と変わらないとみている。

 

世界の粗鋼生産量

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(資料)World Steel Association
(出所)熊谷[2021]"脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来"
日本総合研究所 環太平洋ビジネス情報 RIM 2021 Vol.21 No.83図表5

 

粗鋼生産量トップ10企業(2020年)

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(資料)World Steel Association
(出所)熊谷[2021]"脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来"
日本総合研究所 環太平洋ビジネス情報 RIM 2021 Vol.21 No.83図表6

 

国別粗鋼生産(2019年実績と2050年予測値)

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(出所)熊谷[2021]"脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来"
日本総合研究所 環太平洋ビジネス情報 RIM 2021 Vol.21 No.83図表12

進む中国のCO2排出削減対策

 中国政府はCO2をはじめとする温室効果ガスの排出量削減を目指す世界各国の動きに同調、温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指すカーボンニュートラルを2060年に達成するという目標もすでに公表済み。鉄鋼業についても過剰生産能力の解消と生産方式の見直しを進めている。具体的には全生産能力の80%に相当する生産設備について、2025年までにCO2排出量の削減につながる設備更新を完了することを目指している。2021年には、新規設備の建設時に生産能力を削減することを義務付ける「鉄鋼業生産能力置換実施便法」を厳格化した。

 さらに現在、主流となっている鉄鉱石とコークスを原材料とする高炉を用いた生産方式から、CO2排出量が少ない電炉による生産方式への転換も目指している。中国は、主要粗鋼生産国の中でも飛び抜けて高炉方式が多い国となっており、粗鋼生産の約9割を高炉方式が占める。中国政府は現在、約1割しかない電炉の比率を2025年までに2割に引き上げる目標を示し、この政府方針に沿って、粗鋼生産量世界1位の宝武鋼鉄集団や3位の河北鉄鋼集団が電炉での生産拡大に向け、新規の電炉建設計画を進めている。

 

電炉と高炉の生産シェア(2020年)

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(出所)熊谷[2021]"脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来"
日本総合研究所 環太平洋ビジネス情報 RIM 2021 Vol.21 No.83図表14

水素活用、CCUS導入の計画も

 高炉での生産方式の見直しに向けた動きも出始めている。中国大手鉄鋼メーカーはこれまで熱風の代わりに酸素だけを吹き込む「酸素高炉」という技術の開発を進めてきたが、よりCO2排出量を少なくできる水素活用還元技術を含む新たな生産方式の開発も進めている。これまでの水素を活用した製鉄に関する特許出願件数に基づけば、宝武鋼鉄集団、鞍山鋼鉄集団、甘粛酒鋼集団などが特に積極的に技術開発を進めていることがうかがえる。

 水素の生産・供給については、2019年、中国政府が指導する水素エネルギー・燃料電池産業戦略創新連盟が「中国水素エネルギー燃料電池産業白書」を発表した。2050年までに全エネルギーの1割を水素で賄うとともに、生産コストを1キログラム当たり10元にするといった目標を含んでいる。今年7月、国有企業の3分の1以上が水素エネルギー関連の事業計画を策定している、と中国政府は発表した。水素とともに再生可能エネルギーや原子力を活用することで、1次エネルギーに占める化石燃料の割合を2050年に5割以下に引き下げるのが、政府の目標となっている。発電源に占める再生可能エネルギーのシェアは2020年に約1割と、ほぼ0%だった2010年から大きく上昇した.

 石油や石炭などを燃料とする火力発電で大量に排出されるCO2を回収・有効利用・貯留しようというCCUSの導入に向けた政策も具体化しつつある。CCUSで2050年までに現在の排出量の4分の1に相当する24億トンの排出量削減を目指すロードマップを2015年に作成済みだが、科学技術省・社会開発科学技術局と政府の環境政策にかかわる専門家のワーキンググループによる新たなロードマップも策定された。今年7月に国有企業の中国石油化工集団が中国初の大規模CCUSの取り組みを発表するなど、具体的な動きも出始めている。

 報告書は、こうした積極的な動きを紹介する一方、「政府が目指すペースで化石燃料への依存度を低下させることは容易ではない」との見方も示している。再生可能エネルギーの導入促進の一役を担っていた固定価格買取制度(FIT:Feed in Tarif)を段階的に廃止し、加えて原子力発電比率を当面現状と同程度にとどめる方針を中国政府が明らかにしている事実を、その理由として挙げている。

日豪対立政治から経済に拡大

 このような中国の脱炭素化に向けた取り組みを詳しく紹介したうえで報告書が新たな要因として指摘するのが、オーストラリアとの間に生じた政治的対立が及ぼす影響。オーストラリアは中国にとって鉄鋼業に欠かせない鉄鉱石や石炭の主要調達先で、鉄鉱石に関しては輸入の約6割をオーストラリアに依存している。しかし2020年4月、中国の新型コロナウイルスに対する初期対応を巡り、オーストラリア政府が世界保健機関(WHO)以外の独立機関による調査を実施することを提案して以降、両国の関係は急速に冷え込んだ。中国政府によるオーストラリア産の大麦やワインに対する関税の導入、一部の食肉の輸入停止、石炭の輸入規制など、政治的対立から経済面にも波及している。

「鉄スクラップを原材料とする電炉による鉄鋼生産の拡大や、水素活用還元技術の自主開発を積極的に進めることで石炭を利用しない製鉄方法を導入、さらに鉄鉱石の調達先の多様化などを通じて、オーストラリアへの鉄鉱石・石炭輸入依存の低下を図るだろう」。報告書をまとめた熊谷主任調査員はこのように語り、オーストラリアとの対立が電炉による生産方式の拡大や水素の活用といった中国鉄鋼業の脱炭素化を目指す取り組みを促進する可能性が高いという見方を示した。

鉄鋼業脱炭素化4つのポイント

「高炉から鉄スクラップを原材料とする電炉へのシフト」、「高炉での水素活用還元技術などの革新的技術の導入」、「再生可能エネルギー由来の電力や水素の利用拡大」、「CCUS技術の導入」。中国が進めるこれら4つの取り組みは、中国以外の粗鋼生産量が多い国も取り組むべきCO2排出量削減に向けた生産方式の見直しのポイント、と報告書はみている。

 一方、これら新たな生産方式への移行は技術的課題を多く抱えており、必要な技術開発、設備導入、関連インフラの整備はばく大な資金を必要とする。さらに、新たな生産方式への移行に伴う鉄鋼製品の価格の上昇は、短期的に景気にマイナス圧力をもたらしかねない。こうした問題も指摘し、短期的には各国とも実用化に必要な技術が確立されている電炉の生産拡大や再生可能エネルギー由来の発電拡大に注力するとの見通しを示した。さらに中長期では高炉での水素活用還元技術やCCUSの導入を目指すという段階的な脱炭素対対応を進めるとみている。

 中国に次ぐ粗鋼生産国であるインドが、再生可能エネルギーの導入拡大や水素の国内生産に力を注ぐ一方、高炉の水素活用還元技術やCCUSなどについては海外から技術を輸入することで対応しようとしていることを紹介し、粗鋼生産量第3位の日本に対しては脱炭素に関する技術開発を産官学の連携により強化していくことが不可欠である、と提言している。

21世紀半ばの脱炭素化は困難

 報告書は同時に「鉄鋼生産の主要国の動向を踏まえると、現在各国が掲げる計画が順調に実現したとしても、21世紀半ばに脱炭素を実現出来る可能性は低いと言わざるを得ない」という厳しい見方も示した。今後、2050年にかけて、中国、インド、日本3カ国の鉄鋼の生産構造が大幅に見直され、「電炉による生産比率が5割に達する」、「電炉で使用される電力の5割が再生可能エネルギーで生産される」、「高炉での水素活用還元技術を活用した製鉄のシェアが5割に達する」という構造変化が起こったとしても、鉄鋼業のCO2排出量削減効果は7割程度にとどまる、との見通しを示している。

 特に多くの技術的課題の中で政策の具体化が遅れているCCUSに関する議論を加速させなければカーボンニュートラルの実現は不可能であるとし、中でも遅れているCO2貯留に関する取り組みを推進する必要を強調している。既存の枠組みにとらわれないアイデアと業界内や国家間の連携が加速することを求めた。

 報告書で現状と取り組みが詳しく紹介された中国、インド、日本の3カ国には、鉄鋼業からのCO2排出量が多いことに加え、さらに大きなCO2排出源となっている石炭火力発電の依存度が高いという共通点がある。10月31日から11月13日まで英国グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、温室効果ガス排出量実質ゼロを実現するための真剣な議論が交わされた。世界の平均気温の上昇を1.5度未満に抑えるための排出削減強化を各国に求める成果文書が採択されるなど成果を評価する声は多い。しかし、主催国、英国のジョンソン首相やシャルマCOP26事務局長などが成果文書に盛り込むことを強く望んだ「石炭火力発電の段階的な廃止を加速する」という表現は、会議の最終段階でインドの強い反対もあり、「段階的な削減」に表現が弱められた。中国、日本とも石炭火力発電の廃止に消極的な姿勢はCOP26でも変わらなかった。

関連サイト

日本総研経済・政策レポート「脱炭素社会への移行が迫るアジアの鉄鋼業の将来

外務省「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)」結果概要

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