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【21-05】【現代編4】潘建偉~最もノーベル賞受賞に近いと言われる中国人研究者

2021年02月15日

林 幸秀

林 幸秀(はやし ゆきひで)
公益財団法人ライフサイエンス振興財団 理事長兼上席研究フェロー 国際科学技術アナリスト

<学歴>

昭和48年03月 東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士課程卒業
昭和52年12月 米国イリノイ大学大学院工業工学専攻修士課程卒業

<略歴>

昭和48年04月 科学技術庁入庁
平成15年01月 文部科学省 科学技術・学術政策局長
平成16年01月 内閣府 政策統括官(科学技術政策担当)
平成18年01月 文部科学省 文部科学審議官
平成20年07月 文部科学省退官 文部科学省顧問
平成20年10月 独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 副理事長
平成22年09月 独立行政法人 科学技術振興機構 
            研究開発戦略センター上席フェロー(海外ユニット担当)
平成29年06月 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団理事長(現職)
平成31年04月 同財団 上席研究フェロー(兼務)
令和 2年09月 国立研究開発法人 科学技術振興機構
            中国総合研究・さくらサイエンスセンター特任フェロー(兼務)

はじめに

 今回は現役バリバリの研究者で、すでに数々の画期的と思われる成果を挙げ中国で最もノーベル賞受賞に近いと期待されている潘建偉博士を紹介したい。なお同氏の業績は、このサイエンスポータルチャイナで何度も取り上げられている。

生い立ちと国内での教育

 潘建偉は、1970年に上海の南西に位置する浙江省の東陽に生まれた。東陽は浙江省の内陸部にある金華市の一部であり、同市の名を冠した金華ハムは地域の特産品として有名である。同じ金華市の一部で東陽の西隣に位置する義烏(ぎう)には、義烏国際商貿城を始めとした日用品の卸売市場が立地し、世界的な日用品取引の中心地である。我々が重宝している百円ショップの商品の多くは、この義烏国際商貿城を介して日本に入って来ると言われている。

 潘建偉は、1987年に地元の東陽中学(日本の高校に相当)を卒業し、安徽省合肥にある中国科学技術大学に入学して物理学を専攻した。中国科学技術大学は、世界最大の研究機関と言われる中国科学院傘下の大学であり、理工系中心の大学として北京大学や清華大学などと並ぶ中国屈指の有名大学である。

 潘建偉は、1992年に同大学から学士号を、1995年に修士号を取得し、卒業後に同大学の助教となった。

オーストリアに留学し、ザイリンガー教授に師事

 中国科学技術大学の助教となった一年後の1996年に、潘建偉はオーストリアのインスブルック大学に留学し、同大学でアントン・ザイリンガー(Anton Zeilinger)教授の指導を受けた。ザイリンガー教授は量子物理学を専攻し、米国のグリーンバーガー、ホーン両博士とともに量子もつれの状態「グリーンバーガー=ホーン=ザイリンガー状態」についての論文を1989年に公表した量子科学研究の先駆者である。国際的な名声はすでに確立しており、2008年にアイザック・ニュートン・メダル、2010年にウルフ賞物理学部門などを受賞している。

 ザイリンガー教授がウィーン大学に移ったため潘建偉もウィーン大学に移動し、1999年に同大学から博士号を取得した後も、引き続きポスドクとしてザイリンガー教授の元で量子科学の研究を続けた。研究テーマは量子通信の実験であり、ザイリンガー教授とともにネイチャーなどに論文を投稿している。

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潘建偉中国科学技術大学教授

百人計画で中国科学技術大学教授へ

 2001年に、中国科学院が実施していた百人計画の一つである「海外傑出人材導入計画」に選抜され、母校である中国科学技術大学の物理学科の教授に就任した。31歳という若き教授の誕生であった。

 中国科学技術大学で引き続き量子科学研究に没頭し、2004年には中国科学技術大学のスタッフとともに自らをラストオーサーとする"Experimental Demonstration of Five-photon Entanglement and Open-destination Quantum Teleportation"をネイチャーに発表するなど精力的に研究を続行し、中国科学技術大学を量子科学研究の中心に育てていった。

 潘建偉は中国に戻った後も、ザイリンガー教授と共同研究を実施したり、ドイツのハイデルベルグ大学の客員教授に就任したりして、ヨーロッパの量子科学研究者と強いつながりを維持している。

人工衛星「墨子」を打ち上げ、量子通信実験を実施

 潘建偉は、国内の地点を結んでの量子通信実験や欧州や米国などとの共同の実験を繰り返した後、地上と宇宙を結んでの量子通信実験に取りかかることとした。中国科学院はこの潘建偉の構想を全面的にサポートするためプロジェクトチームを立ち上げ、そのヘッドに潘建偉を指名した。

「墨子号」と名付けられた量子通信衛星は2016年8月、甘粛省のゴビ砂漠にある酒泉衛星発射センターから打ち上げられ、無事に軌道に投入された。潘建偉はこの墨子号を利用して、中国国内や恩師ザイリンガーのいるオーストリアなどの地上地点と宇宙を結んでの量子通信実験を無事に成功させた。史上初となる画期的な実験であり、ネイチャーの2018年のトップニュースで取り上げられるとともに、サイエンスにも掲載された。

量子コンピュータ開発でも成果を

 潘建偉は、量子通信だけではなく、量子科学のもう一つの重要な応用と考えられる量子コンピュータの開発にも近年取り組んでいる。

 2020年末に、この量子コンピュータについての大きなニュースが中国からもたらされた。潘建偉ら中国科学技術大学のチームが、量子コンピュータのプロトタイプ「九章」の構築に成功し、優れた計算能力を確認したというものである。現在世界最速のスパコン「富岳」で6億年かかると考えられる計算課題を、わずか200秒で解決出来ることを示したという。先立つこと3か月前に、米国のグーグル社のチームが量子チップを搭載したプロセッサー「シカモア」を用い当時世界最速のスパコン「サミット」で2日かかる数学アルゴリズムの計算を200秒で行ったとの発表があり、潘建偉らのチームはこのグーグル社の快挙に続くものであった。

 現在コロナ対策などでも活躍している「富岳」などの汎用スパコンとの対比で言えば、量子コンピュータはまだ原理実証中の段階にあり今後更に多くの成果を積み上げていく必要があるが、潜在的な計算能力の高さを示したことは間違いない。潘建偉らの成果を論文として掲載したサイエンスの査読者は「最先端の実験」、「重大な成果」と評価している。

中国科学技術大学常務副学長

 数々の画期的な成果を受けて、潘建偉の国内での地位は確固たるものである。2011年には、国内の最高栄誉である中国科学院の院士となり、2015年から中国科学技術大学の常務副学長を務めている。

世界最先端を目指す研究

 量子通信や量子コンピュータについては、現在欧米や日本の科学者・技術者がその開発にしのぎを削っている。例えば、日本の古澤明東京大学教授もこれらの研究で世界最先端の位置にいる。またグーグルだけではなく、IBMやマイクロソフトなど他の民間企業も量子コンピュータの開発に全力を挙げていると言われている。潘建偉は、これらの世界トップグループに並んで健闘しているのである。

 中国では、鄧小平により改革開放政策が開始され、これに伴う経済発展によって科学技術は急速に発展してきたが、これまでは欧米などの先導的な研究を受けての二番煎じ的な研究が多かった。しかし潘建偉のこれまでの業績は、オーストリアに留学しザイリンガー教授の指導を仰いだとは言え、その後の研究開発成果の積み重ねは従来の二番煎じではなく欧米や日本のトップグループに並ぶ画期的なものである。

 ただ、中国が期待する潘建偉のノーベル賞受賞は、量子通信や量子コンピュータが実用化された暁に潘建偉の研究がどの程度貢献したかにより決まることになるが、その時期はかなり先の将来と考えられる。

参考資料

  • ・JWPan,DBouwmeester,MDaniell,HWeinfurter,AZeilinger,Experimental Test of Quantum Nonlocality in Three-Photon Greenberger-Horne-Zeilinger Entanglement,Nature, 2000, 403: 515.
  • ・ZZhao, YAChen, ANZhang, TYang,HBriegel, JW Pan, Experimental Demonstration of Five-photon Entanglement and Open-destination Quantum Teleportation, Nature, 2004, 430:54.
  • ・Han-Sen Zhong, ..., Jian-Wei Pan, Quantum computational advantage using photons, Science, 18 Dec 2020, Vol. 370, Issue 6523, pp.1460-1463
  • ・中国網日本語版(チャイナネット):「『Nature』10大科学人物「量子の父」潘建偉氏が入選」 2017年12月21日
  • ・Xinhua News/AFPBB News:「中国の量子コンピューター、世界最速スパコンで6億年要する計算を200秒で完了」 2020年12月8日

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