和中清の日中論壇
トップ  > コラム&リポート 和中清の日中論壇 >  【20-007】中国の債務問題「異論」(その4)

【20-007】中国の債務問題「異論」(その4)

2020年5月29日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

その3よりつづき)

米国発の怪しげな中国債務情報

 まとめとして政府と民間を合わせた総債務について考える。

 冒頭のグラフで示したように2018年の中国の政府と民間の総債務は205兆元、同年の名目GDPに対し228%になる。

 筆者はBIS(国際決済銀行)の中国債務計算は過大と考える。その数値を基に日本では多くの機関が分析している。内閣府の「世界における民間債務の現状」も経済産業省の通商白書の「中国経済リスク」も民間シンクタンクの研究レポートもしかりである。

 BISの分析も過大と思われるのに、その上を行く国際機関の分析もある。

 2019年1月28日の日本経済新聞電子版は以下のように報じている。

「IIF(国際金融協会)のティモシー・アダムス最高経営責任者(CEO)は、国内総生産(GDP)比で300%に達した中国の債務について『借金で生みだされた資金の多くは国有企業に回り、十分な経済成長につながっていない』と警告した。国有企業を保護しすぎる現状では債務の膨張に歯止めがかからず、危機を招きかねないと警告を鳴らした」

 IIFは2018年末の中国総債務を対GDP比300%、270兆元としている。BISの分析と比べてもかなり過大である。

 筆者推計の債務残高とは65兆元も差がある。270兆元は同年末の社会融資規模の1.35倍、

貨幣供給量(M2残高)の1.48倍に相当する。筆者との差の65兆元は社会融資規模残高の約32.4%、M2残高の約35.6%、GDPの約72.2%に相当する。

 2018年の中国の経済成長率は6.3%で前年の成長率から0.8%低下した。

 IIFやティモシー・アダムス氏には65兆元もの大量の資金が中国経済のどこにまわり、なぜ2018年の成長率が低下したのか、ぜひ、納得のいく説明をいただきたいとも願う。

 次の表は2018年の中国の債務に関するIIF計算と筆者計算との比較である。

image

 表のようにIIFの300%の中身はおよそ次のようになっている。政府債務50%、家庭債務50%、非金融企業債務160%、金融債務40%である。

 IIFの分析は不思議な分析である。通常、国の総債務を計算するのに金融業の債務は含めない。それを含めると債務が二重計上になってしまう。企業の連結決算と同じで、国も企業と考えると連結対象同士で重なる債権、債務は除外しなければならない。

 しかし、重複する金融業債務を除いてもIIFの総債務はまだ大きい。非金融企業の中の政府隠れ債務を大きく捉えていると思われる。そして日本では氏の発言をうけて、多くのメディアや識者が「中国の総債務はGDP比300%」を叫んでいる。

 さらにティモシー・アダムス氏の発言には別の問題もある。

 2018年の企業債務の中の国有企業債務は約58.1兆元(隠れ債務を含まない)である。

 確かに国有企業債務は他の債務よりも金額は大きい。隠れ債務を含まなくても2018年の中国総債務額の28.6%を占めるが、IIF会長の発言はさも債務の多くを国有企業が取り込んだような言い方であるがそうでもない。

 次のグラフは2013年から2018年までの債務者別の債務増加率を表わしている。その中で非金融企業の債務増加率は一番低い。増加率で大きいのは個人と地方政府の隠れ債務である。

image

 また、次のグラフは国有工業企業の負債と純資産(その合計は総資産)の推移を表わす。

image

 このグラフを見ても国有企業債務の増加は抑えられ、一方で純資産が増加している。

 氏の発言は国有企業の全てが悪のような言い方であるが、この点でも国有企業への正しい認識がなされていない。

 多くの国有企業は事業会社で、中国経済とその成長を支えた存在でもある。全ての国有企業が破綻企業、ゾンビ企業でもない。前回の日中論壇で述べた「成長の大回廊」の高速鉄道網を建設し運営するのも国有企業である。北京と上海間の1,318㎞の「京滬高鉄」を運営するのも国有企業である。その2018年の営業収入は311億元で、世界の鉄道の中でも最高収益路線の一つである。鉄路、橋、トンネルをつくり鉄道網を建設する各地の中鉄(中国鉄建)集団も国有企業で、これまでの経済成長を支えてきた存在でもある。

 地方政府傘下の国有企業は数も資産総額も中央国有企業より多い。2018年には資産総額の61.6%を地方国有企業が占める。地方のインフラ整備を進めるのも、その多くが地方国有企業である。国有企業は事業経営を通じて国有資本経営収入を財政にもたらす。2018年の収入額は3,574億元である。国有企業の全てを一からげで問題指摘すれば、それは分析ではなく感情論になる。

ギリシャやスペインを引き合いに中国は語れない

 IMF(国際通貨基金)の年次報告には「いくつかの例外を除き、債務残高のGDP比が5年間で30%以上高まった場合、成長率の大幅な低下や金融危機が発生し、特にGDP比が100%を超えてから債務が急増したケースは皆酷い結果に終わっている」とのコメントがあり、日本でもIMFの言説を引き合いに中国の債務リスクが語られる。

 確かに中国の債務は5年間で大きく伸びた。IMFが言う30%どころではない。しかしその中身は債務の主体で異なる。中央政府と企業債務は全体に比べても増加率は低い。日本で言われる民間企業の過剰債務の指摘は間違いであることは既に述べた。

 大きく増加したのは地方政府債務と個人債務である。個人債務も家計の住宅取得に伴う住宅ローンの増加が背景にある。筆者の回りでも、地方から出てきて都会の会社で働き、そこで住宅を取得する企業の中間管理者が目立って増えている。

 その多くがローンを組んでいる。それが個人債務の増加に現れている。

 国の監理、指導強化で地方政府の裏の隠れ債務も債券発行などで表の債務にまわっている。それが増加の原因にもなった。ギリシャなど金融危機に見舞われた国を引き合いに中国リスクを語ること自体に無理がある。

 ギリシャやスペインの経済と中国経済は明らかに違う。成長率が落ちたとは言え、中国はまだ6%の経済成長を続け、成熟国家でなく国民の所得も上昇を続けている。 

 2009年から2018年までの10年間の都市住民一人当たり可処分所得の平均伸び率(幾何計算)は9.7%である。財政収入も年々増加が続く。

 IMFの年次報告には当てはまらないのが中国だろう。その原因の最たるものは中国の人口と思う。14億人の市場経済と経済成長は人類の歴史にない。経済成長の恩恵が14億人全てに行きわたるにはまだ長い年月が必要である。習近平主席が語る「新時代」は「共同富裕」に向かう時代である。IMFの蓄積データには14億人経済の経験値がない。

中国は迅速な対応で危機を乗り切る

 筆者は中国の債務リスクより日本の債務リスクの方がはるかに切実な問題と思う。「中国が抱える過剰債務問題」は実は「日本が抱える過剰債務問題」と思う。

 2018年末の中国の総債務(政府、企業、個人)はGDPに対し227.8%である。

 だが、日本は2016年の一般政府債務だけの残高が1,294兆円、対GDP比235.6%、世界で188番目の最悪の水準にある。

 日本では多額の政府債務の一方で、国に多額の資産があるとの意見もある。だが資産のうちの流動資産以外はすぐに現金化できない。企業に例えると、保有する資産には現金預金や有価証券など流動性のある資産がある反面、多くの資産は土地や建物、機械設備などの固定資産である。それらは企業が借金返済に困ってもすぐに処分できない。処分すれば後の経営は維持できない。資産があるからとむやみに借金を続けるのは放漫経営以外の何者でもない。借金は否応なく返済期日が来る。返済が必要な借金と処分できない資産を同じ土俵で考えて問題ないとの意見はノーテンキな現実無視の論である。企業も国も同じである。

 また、日本には多額の対外資産があるとの意見もある。しかし政府と企業と個人の対外負債を控除した対外純資産は一般政府債務の26%程度に過ぎない。

 日本の巨額債務問題が表面化する時は、同時に日本経済が停滞しリスクが叫ばれる状況だろう。その時には保有する多くの資産価値も低下する。

 日本には巨額の金融資産があり問題ないと言う人もいるが、金融資産の大部分を保有するのは個人と民間企業である。2018年末では個人が1,843兆円、企業が1,160兆円である。日本の巨額債務問題が浮上する時は、国債の引き受け手が無く金利が暴騰する時でもある。金利が暴騰すれば国債価格は暴落する。2019年9月現在の国債残高は1,141兆元、その43.9%を日銀が保有し、35.5%を銀行、保険、年金基金が保有する。国債価格が暴落すればそれを保有する銀行や企業に巨額損失が生じる。

 日銀の総資産のうち国債は約90%を占める。日銀はいわばその資産を担保に巨額の日本銀行券、紙幣を発行し、預金準備としての当座預金勘定を持つ。日銀の資産価値が暴落することは日本の信用が暴落することでもある。そして円の価値が急落して日本経済が崩壊に向かう。銀行に巨額損失が発生し、経営危機になれば個人金融資産もただの紙切れになりかねない。金融資産があるから問題ないとの言は、国家危機に際し、預金をチャラにして国のために犠牲になれという言でもある。国のために犠牲になるだけならあきらめもつくかも知れないが、しかしそれは企業が事業運営に困り、個人は生活に困り耐乏生活を余儀なくされることであり、日本経済が破綻することでもある。

 新型ウィルスで日本経済に大きな影響が出ている。観光客も減り旅行産業は大きな痛手を受けている。新型ウィルス問題が終息しても、当面は中国人観光客や海外からの観光客の減少は続き、飲食店やホテル、観光地の収入やデパート売上は低迷する。日銀の国債買い入れと円安誘導に多くを頼ってきた結果がそこに現れる。国債買い入れは経済の足腰を強めるものではない。新型ウィルスがそれを証明したのではと思う。

 新型ウィルス問題で日本経済は大変である。窮地を乗り切るためにさらに国の借金も増え続ける。「日本には多額の金融資産があるので大丈夫」論者は今こそ声を大にしてそれを叫ばなければならない。「金融資産を吐き出して国家と困窮する人たちのために使え」と叫ばなければならないが、"ばつ"が悪くなったのかそんな声は聞かれない。不思議である。

 中国の債務に全く問題が無いとは言わない。だが日本の多くの論で指摘されるような中国に債務危機が訪れるような状況では無い。

 1990年から2016年までの日本の実質平均経済成長率は幾何平均で僅か1.1%である。その間の中国の実質平均成長率は9.6%だった。

 新型ウィルスで中国経済は一時的にかなりのダメージを受ける。しかし中国経済の潮流が大きく変わることはない。政府の財政出動と消費刺激策が進むとウィルス問題で休止した反動で再び中国経済は動き出すだろう。なによりも中国経済は危機に強く、政府の対応スピードが速い。四川地震からの復興、リーマンショック時の対応を見ていればわかる。政治体制の強みもあり、中国は危機を乗りきるだろう。

なぜ日本の中国情報は米国発情報を咀嚼して伝えないのか

 中国の債務問題を考えながら筆者が非常に憂慮する事柄がある。

 IIF会長の「借金で生みだされた資金の多くは国有企業に回り」というコメントは、米中貿易摩擦での一連の中国政府叩きと同じ類の根拠のない批判と筆者は思う。

 IIFはワシントンに本部を置き、ティモシー・アダムス氏は元米財務次官である。米国中心の通貨金融体制にどっぷり身を置いてきた人物としてはそんな発言になるのだろう。

 氏が述べる「中国の総債務はGDPの300%」というのは根拠も無く、債務計算が間違っていると思う。

 氏が故意にその情報を流したのか、誤解なのかはわからないが、新疆の200万人強制収容と同じ米国発の怪しげな情報と思う。

 この日中論壇の原稿を書くにあたり、筆者は日本の中国債務に関する論評を整理した。そこでわかったことは冷静な分析の反面、ティモシー・アダムス氏の発言のような根拠が不明確な米国発情報を基にした意見も多いことである。

 ウォール・ストリート・ジャーナルは2015年2月の論評で、中国の総債務はGDP比282%と述べている。2014年のGDPは64.1兆元なので債務総額は181兆元になる。筆者の推計とは58兆元もの差がある。同誌のデータの出処は米マッキンゼー国際研究所と思うが、同誌は債務を分析することなく債務総額で危機を煽ったように思える。最近も同誌は「2020年は中国の金融が深刻な混乱に見舞われる危険性が高まっている」と論評している。

 筆者は常々、同誌の中国情報には偏見が多いと思っている。冒頭述べたように日中論壇で中国失業率の論評の誤りを指摘したことがある。

 同誌の複数の記者が中国より追放になり米国は報復を考えているようだが、報道の自由が大切な反面、一方ではジャーナリストのマナーや節度も必要である。冒頭で述べた日本のテレビ番組と同じだ。影響力の大きいメディアが軽率に中国リスクに結び付けることに空恐ろしさを覚える。

 一方、問題は日本にもある。中国情報には米国内でも種々の意見があるだろう。しかし日本に流れる情報には中国への偏見が目立つ情報が多い。発信窓口が一つのような感もある。情報を伝える日本のメディアも咀嚼せずに米国発の偏った情報をそのまま流すことも多い。そして多くの人は「ウォール・ストリート・ジャーナル」や「IIF」の固有名詞に幻惑されて疑問を持たずに情報を受け入れる。

 情報を伝える日本のメディアも意識的また無意識的にも中国と米国でダブルスタンダードになるきらいがある。先日、日本のある新聞で中国の「一帯一路」に対抗する米国によるインド太平洋地域の主要港湾でのインフラ整備への支援が報道された。パキスタンのグワダル港整備などに対して「中国は国際情勢変化で将来的に軍事利用する可能性はある」と述べ、米国に対しては「日米関係筋によると米政府はインフラ支援した港湾を軍事利用することは考えていない」と報道される。出処も怪しい「日米関係筋」を登場させるなら、中国にも「日中関係筋によると軍事利用は考えていない」の報道にならなければいけないが、なぜか日本の報道はダブルスタンダードになりやすい。

 また、つい最近もあるテレビ局はウィルス問題から立ち直りつつある中国に対し「世界が新型ウィルスの対応に追われる中、中国は国益の拡大に邁進している」と報じていた。ウィルス問題で中国も多大な損失を被った。それが終息すれば国をあげて復興に向かうのは当然である。それが当然だが国益にもつながる。しかし中国はさも国益だけを考え進んでいると思わせる表現になる。どうして中国にはそんな表現になるのか不思議である。

 以上述べたように中国の債務分析では、日本の多くの機関がBISデータを引用している。内閣府や経済産業省までもがデータをそのまま使用している。

 筆者は、なぜ中国内の研究分析や情報も集めて、そと照らし合わせて分析し、日本固有の情報発信をしないのだろうかと不思議に思う。「中国」の情報はそれほど信じられないものなのかと疑問も持つ。

 一国の債務額を正確につかむことは非常に困難な作業と思う。まして中国の債務には不透明な部分も多い。地方政府の隠れ債務は複雑で、郷鎮債務などその裾野はかなり拡がる。そうであればなおさら中国内の分析が一番それに迫れるはずと思う。

 隠れ債務を掴むには、政府の隅々まで調査しなければ全容は掴めない。国家審計所も隠れ債務を調査している。それが信用できないなら、他の中国内の諸機関や研究者の情報も集めて推計する以外に方法はないと思う。中国内の情報を軽視して欧米からの情報に信憑性があると考えることに日本の中国情報の問題が潜む。

 以前、この日中論壇で電力量をもとに「中国の成長率はウソ」と語る言論の胡散臭さについて指摘した。債務計算も同じで債務額を掴むには膨大な調査と資料が必要であり、屋台の叩き売りのように300兆元、600兆元、800兆元と語れることでもない。

「新疆の200万人強制収容」と同じで、少し冷静になり情報を咀嚼すれば、それがデマであることに気づくはずと思う。デマに惑わされず冷静に中国を読むことが大切と思うが、それは何十年も日本で続く問題であり、それを思うとため息が出るばかりである。