【24-20】学際的手段によって中医薬の発展を推進
羅朝淑(科技日報記者) 2024年03月05日
ビャクシやサンザシ、ゾウコウカなどの中医薬材料の薬用価値と効能を若い医師に説明するベテラン医師(中央)。(画像提供:視覚中国)
「本草」は中医薬の総称で、植物を主体とする自然薬を広く指し、それらが何千もの中成薬(錠剤や経口液剤、乾燥懸濁液などすぐに使える形にした中医薬製剤)や処方を構成している。中医薬は近年、各種疾患の治療で発揮した効果が業界の注目を集めるようになっている。最近開催された「本草物質科学と臨床医学」をテーマにした香山科学会議では、中国工程院院士(アカデミー会員)で天津中医薬大学の張伯礼教授が「中医薬の発展のためには、正しい道を守りながらイノベーションを図らなければならない。正しい道とは、中医薬に対して畏敬の念を抱き、尊重することを意味する。一方、イノベーションとは、型にはまらず学際的手段によって研究に取り組むことを指す」と語った。
複数疾患の治療研究で大きなポテンシャルを示す中医薬
糖尿病患者に使われる血糖値を下げる働きがあるメトホルミンは当初、フレンチライラックから抽出されていた。また、血糖値を下げる働きがあるSGLT2阻害薬はドイツのミズヤナギの樹皮から抽出され、臨床で幅広い用途があるアセチルサリチル酸(アスピリン)は当初、なんとリンゴの樹皮から抽出されていた......。
中国科学技術大学生命科学・医学部の翁建平教授は「約100年にわたり、科学分析手段を用いて本草という自然資源から抽出された物質が臨床に応用され、数えきれない人々の命を救ってきた」と語った。
心血管疾患の研究に従事している中国科学院院士で復旦大学附属中山医院の葛均波教授は「中医薬は汎血管疾患(pan vascular disease)の研究において、非常に大きなポテンシャルを秘めている。伝統的な治療法である中医薬は、複数の成分で複数のターゲットに作用することで総合的な効果を発揮するとの特徴を持っており、治療の大きなポテンシャルも秘めている。本草物質科学の研究を通じて、汎血管疾患の臨床先進評価技術体系と組み合わせることで、研究者はさらに効果が高い汎血管疾患の治療法を発見できる可能性がある」との見解を述べた。
上海交通大学附属瑞金医院で主任医師を務める趙維莅教授は「中医薬はリンパ腫の治療でも非常に大きなポテンシャルを示している。特にキバナオウギやオウゴンといった薬材は、腸内フローラの構成を変え、免疫系のがんに対抗する能力を高めることができる。リンパ腫の臨床医学評価体系と組み合わせて、臨床効果のある中医薬を対象にした本草物質科学研究を行うことで、リンパ腫の併用療法や補助療法に新たなプランや方法が提供できるようになる」と指摘した。
中国医学科学院北京協和医院の荊志成教授は、肺高血圧症の治療における中医薬の見通しについて説明した。同教授率いるチームは、地域的特色を備えた中医薬であるカンゾウの活性化成分である18β-グリチルレチン酸の肺高血圧症治療における働きとそのメカニズムを評価した。また、伝統的な中医薬であるインヨウカクから抽出したPDE5阻害剤が、肺高血圧症の治療に効果的であることを解明した。
香山科学会議に参加した専門家は、中医学と西洋医学の協同発展が、中医薬の持続可能な発展にとって重要な方向性であるとの認識を示した。特に、がんや心血管、呼吸、内分泌などの慢性疾患においては、さらに踏み込んだ融合を実施し、連携する学科を構築することで、研究から臨床に至る中医学と西洋医学の連携を行い、中医学や中医薬の早期介入により、各種疾患の罹患率や死亡率を低下させることが可能となる。
緊密に結び付く本草物質の科学研究と臨床医学研究
現代テクノロジーとその方法をフル活用し、現代中医薬イノベーション体系を構築するというのが、近年の中医薬科学研究の主な方向性となっている。軍事医学科学院毒物薬物研究所の張学敏研究員は「現代医学では、疾患は複数の要素が重なって発生したもので、その発生・進行メカニズムも複雑であることが分かっている。伝統的な研究スタイルでは、複雑な中医薬治療による複雑な疾患の科学原理に関する問題を解決することは難しく、研究スタイルの変革やイノベーションが必要だ。本草物質の科学研究と臨床医学研究を組み合わせることで、中医薬の治療効果を解明するための革新的な研究パラダイムを提供できるようになる」と分析した。
これに基づき、中国科学院大連化学物理研究所の梁鑫淼研究員は「臨床に始まり、臨床に帰する」という現代中医薬イノベーション体系の構築を提起した。この体系では、臨床において疾患の表現型を有する伝統的な中医薬から始まり、本草物質の科学的方法・技術を利用して物質の基礎と作用メカニズムを解明し、臨床医学研究と結び付けて、中医薬臨床表現型の有効性とその「ターゲット-経路-ネットワーク-疾患」の関係性を明らかにし、最終的に臨床応用に帰結することで、現代中医薬の研究パラダイムを形成する。梁氏率いるチームは、中医薬の複雑な体系に対して、本草物質の科学研究施設の事前研究装置も構築した。同装置は中医薬物質の基礎や作用ターゲット、協同メカニズムなどに関連した科学的問題を体系的に解決するために、画期的なツールを提供している。
近年、陽電子放出断層撮影(PET)分子イメージング技術を利用して中医薬の研究を行っている浙江大学医学院附属第二医院の張宏教授は「本草物質のin vivo可視化が中医薬の研究・応用推進の重要な支えとなる。PET分子イメージング技術を応用すれば、分子の認識と放射性トレーサーの原理に基づいて、有機体機能の定性的・定量的な非侵襲的生体評価が可能となり、本草物質の科学発展を推進する重要な方法になる可能性がある」と述べた。
そして「PET分子イメージング技術は、感度が極めて高く、放射性トレーサーの本草薬物成分に対して、可視化した薬物動態学分析ができるだけでなく、本草薬物を対象にナノメートル級の分子細胞レベルの薬力学分析も行うことができ、受容体や酵素、抗原、遺伝子などのレベルで、本草薬物の作用を検証したり、本草薬物の治療メカニズムの模索が可能となる。さらに、PET分子イメージングは、イメージング深度の制限を受けず、疾患の診断・治療の全過程における生体の状態を可視化し、本草薬物の基礎研究から臨床応用への実用化を大幅に加速させることができる。本草物質科学の現代化発展の過程において、分子イメージングは中医薬の有効物質解析やin vivo作用メカニズムの探究の面で貢献できる」と語った。
複数成分、マルチターゲットの中医薬研究が今後の方向性に
中国医学科学院薬用植物研究所の張衛東教授は「中医学と西洋医学は、医学体系は異なるが発展理念の方向性は同じだ。中医学と西洋医学の融合を強化し、中医薬の現代化研究を推進し、臨床治療計画を整備しなければならない。ただし、中医薬の現代化研究は、中医薬理論に基づき、明確な臨床効果がある中医薬を対象とし、複数成分が複数のターゲットに作用することで総合作用メカニズムを模索し、その有効成分を明確にした上で、革新的な治療薬のコンポーネントまたは単体を最適化すべきだ。中医薬の活性化成分に基づく新薬創製は中国の新薬研究開発の特色であり、優位分野でもある」と強調。「本草物質の科学研究は、新成分発見志向から生物活性志向の自然物研究に移行し、表現型に基づく生物活性スクリーニングプラットフォームを構築し、生物活性と密接な関係がある伝統的な自然物研究の盲点と難点に注目する必要がある」と提案した。
これに対し、復旦大学附属華山医院の張文宏教授も「中医薬は巨大な宝庫であり、アルテミシニンはその典型的な成功例だ。現在の中医薬研究は主に、単一分子抽出物、単一薬物抽出物、または『復方』(2種類以上の薬物を配合した薬)を研究している。今後は、複数成分や複数のターゲットの中医薬研究を発展の方向性とすべきだ。本草物質科学は、中医薬の現代化を実現する重要な手段であるものの、中医薬の発展には破壊的イノベーションが必要であるほか、中医薬の臨床的有効性における科学的で厳密な評価体系を構築する必要がある」と述べた。
張伯礼氏によると、中医薬の質の高い発展を促すべく、同教授率いる研究チームが近年、先導的で革新的な一連の活動を展開している。彼らは「成分中医薬」を対象に、包括的な中医薬新薬研究開発体系を確立した。そして「成分中医薬」理論とキーテクノロジーのほか、「標準成分、成分と効果の関係、成分の適合性、設計の最適化」という「成分中医薬」の研究開発スタイルを構築し、「主要効果を強化し、副次的効果にも配慮し、副作用を減らす」という適合戦略を打ち出した。同チームはさらに、中医薬成分のハイスループット調合、化学表現、有効成分のスクリーニング、配合活性、安全性評価といったキーテクノロジーを発展させ、77種類の「成分中医薬」の開発に成功した。
同チームはまた、中成薬の二次開発を実施し、品質のデジタル化を中心とした中医薬スマート製造のキーテクノロジーを確立し、中医薬という伝統産業の高度化・トランスフォーメーションを推進するとともに、「中医薬世界連盟」を立ち上げ、中医薬のグローバル化を牽引している。
※本稿は、科技日報「以多学科交叉手段推动中医药发展」(2023年12月21日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。
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