高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【21-06】第17回 先端ゲノム編集食品技術開発(ステージ2)①開発の幅(品目など)の広がり

2021年08月04日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

 筆者は昨年、本コラムにて、3回にわたり中国におけるゲノム編集食品開発状況を報告した(2020年4月20日 、6月10日 、7月20日 )。

 それからほぼ1年が経ったが中国におけるゲノム編集食品開発の進展はめざましく、日本や世界をリードする態勢と質量を誇るようになった。

 日本では、中国におけるゲノム編集食品開発の全体的状況が報告されることはほとんどないことなどをも踏まえ、今度をステージ2として、本テーマを取り上げることとした。

 まず、筆者が中国知産権局のデータから把握できた範囲では、最近の動きを次の3点にまとめることができる。

1.ゲノム編集食品開発の幅(品目など)が広がった。・・・今回

2.特許権成立案件の量的増加、質的向上が確認された。・・・次回以降

3.食品分野への新しいゲノム編集技術の拡大が確認された。・・・同上

 以下、この3点について述べよう。

 なお赤字表示は中国国家特許権成立事例を示す。それ以外は特許権申請中の事例である。今回、再びこのテーマを取り上げたのは、中国で得た特許権にはどのようなものがあるかを紹介することが理由の一つでもある。

 この分野に関するもので中国の特許権を申請したものの中にはアメリカ、日本、ヨーロッパ発のものも多数ある。逆に中国の大学や研究機関が日本やアメリカに特許申請する事例も多数あり、実際に取得した事例もある。

 傾向としては中国とアメリカに申請する例が多いが、ゲノム編集技術を使って食品を製造したり製法を改善する需要がこの2つの国に多いことが背景にある。特に中国が今後、ゲノム編集食品開発や商品化の大市場となる可能性を見込んでいる場合が多いと思われる。

1.ゲノム編集食品開発の幅拡大について

(1)穀物について

1)イネ作物

 さすがに世界の穀物生産の4分の1程度を占める農業大国で、なおかつ人口大国のことはあり、ゲノム編集技術の応用という面でも、ますます豊富な取組みが見られるようになった。なかでも、集中的な研究開発がとりくまれているのはイネである。たとえば次である。

●イネゲノムにおけるいもち病抵抗性部位DNAの編集・改変方法およびベクター

●イネいもち病の広域耐性イネ遺伝資源の作出方法

●米粒の砕けを軽減する分子改良法

●米粒のカドミウム含有量を低減する育種法

●CRISPR/Cas9システムを用いたイネPHYB遺伝子の部位特異的変異法

●イネ千粒重を達成する遺伝子OsPK3とその応用

 これらには、イネの大敵であるいもち病の克服、中国の水田稲作上いまだ解決されていないカドミウム汚染への対策、一房当たりコメ粒数の増加策、コメに付きまとう砕米の減少対策など、中国の稲作技術上の解決に向けた意思が反映されている。

 ここで、「イネ千粒重を達成する遺伝子OsPK3とその応用」とはどういう内容のものか、以下に概要を紹介しておきたい(青色表示)。

 イネの千粒重を達成するための遺伝子OsPK3とその応用の研究である。

 遺伝子のヌクレオチド配列は、配列番号2に示されるヌクレオチド配列であるか、または配列番号2に示されるヌクレオチド配列の置換である。

 1つまたは複数のヌクレオチドの削除および/または追加、同じ機能性タンパク質をコードすることができるのがヌクレオチド配列である。

 本応用研究は、マップベースのクローニングの方法により、新しい遺伝子OsPK3を特定しCRISPR/Cas9システムを使用して遺伝子OsPK3をノックアウトし(切り出し)、トランスジェニック変異株を形成する。この遺伝子はイネの千粒重を制御する遺伝子であり、高収量・安定収量の育種に利用できる。

 イネに次いで広く取り組まれている品目は大豆である。大豆のゲノム編集技術の応用例として以下がある。大豆の不稔性(種子形成しない異常性)対策、特定の遺伝子の発見・作成とその育種への応用研究が盛んである。

2)大豆

●大豆不稔遺伝子変異体、大豆不稔化系統の構築の用途及び方法

●大豆GmHsps_p23遺伝子とその応用

●大豆sHSP16.9遺伝子とその応用

●大豆sHSP26遺伝子とその応用

●大豆CRISPR/Cas9システムの構築と大豆遺伝子改変への応用

 中国では、大豆の国内需要の85%、約1億トンを輸入に頼っているが、国内自給はほぼ不可能な事情を抱えている。かといって、消費者の反対から遺伝子組み換え大豆の商品化はほぼ無理な情勢にあり、ゲノム編集技術がこれに代わる技術として成長し、政府も、この方面の応用に期待を寄せ、遺伝子組み換え食品の轍を踏まぬよう慎重に取組んでいる。

3)トウモロコシ

 またトウモロコシについてのゲノム編集技術の研究開発も盛んである。以下はその例である。

●トウモロコシにおける雄花序の性決定および/または複数の穂の発生の調節におけるGT1遺伝子の応用

●ゲノム編集技術を用いたトウモロコシdd化素材の作製方法

●ゲノム編集技術を利用したトウモロコシ高茎素材の作出方法

●高アミローストウモロコシ遺伝資源の作出方法

●トウモロコシ穂列数関連タンパク質とそのコード遺伝子とその応用

●トウモロコシ種子蛍光レポーター基を含むCRISPR/Cas9ゲノム編集システムとその応用

●CRISPR/Cas9システムを用いたトウモロコシ遺伝子の部位特異的変異法

 中国におけるトウモロコシの主な供給先は畜産飼料であり、品種も飼料専用種が多くを占める。最近は、生食用トウモロコシの品種改良も盛んになった。美味しいトウモロコシの需要が増えたからだ。

 中国のホテルのバイキング式朝食の一品として必ずといってよいほど揃えられる輪切りされたトウモロコシは、筆者の経験によればおおむね2種類に分かれる。生食用と飼料用である。生食用の場合、黄色が薄くむしろ白色系、飼料用は黄色が濃い。飼料用も食べられるので気にしなければ何の問題もないが、甘みと柔らかみがやや弱い。

 いま中国で特に不足しているのは、飼料用トウモロコシである。

 最近は畜産物消費の増加、中でも牛肉や酪農といった飼料消費の多い大型家畜の飼養が増加し、それにつれて、トウモロコシ需要の増加が急速に進んでいる。

 ところが需要の増加に国内供給が追い付かず、2020年の場合、前年の2倍1,130万トンを輸入した。この重量は日本のコメ生産量の1.3倍にも匹敵する。

4)小麦

 穀物の最後は、小麦のゲノム編集研究開発の事例である。

●コムギうどんこ病関連BFRタンパク質とそのコード遺伝子とその応用

●うどんこ病および鞘枯病に対するコムギ抵抗性調節におけるTaVQ25遺伝子の応用

●コムギ塩ストレス関連タンパク質TaCSN5とそのコード遺伝子とその応用

●コムギのTaVQ5遺伝子の発現を阻害することによるコムギ病害抵抗性向上方法

●コムギTaARF12遺伝子とその応用

 小麦のゲノム編集技術の応用研究も生食用品種の育成、大敵のうどん粉病耐性あるいは病害回避対策など多方面に及び出した。

 中国の小麦主産地は昔から「南水稲北小麦」といわれてきたように、どちらかというと華北平原と東北平原である。栽培品種も50種以上と豊富だが、収量偏重から食味重視へと徐々に転換も進んできた。西農979という品種の収量は10アール当たり700から1,000キログラムという。

 中国人の食生活に欠かすことができないマントウ、餃子、ラーメンなどには強筋小麦、中国の品種では新麦26、済麦44、済麦229、師欒02-1などが合うとされるが、パン食の普及などから質量面での不足が起こり、それが即効性の高いゲノム編集技術の応用に向かった理由の一つとなった。

 もう一つの背景は小麦輸入の増加に対する反応である。2020年の輸入量は前年の1.4倍838万トンに及び、穀物輸入全体の増加の一因ともなっていることが挙げられる。

(2)青果物

●CRISPR/Cas12a技術に基づくリンゴ茎溝ウイルス視覚的検出システムおよび検出方法

●果実固形分高含有トマト素材の製造方法

●果実高リコピン含有トマト素材の製法

●ブドウ種子の発育を制御する遺伝子VvMADS39とその応用

●トマトCRISPR/Cas9ゲノム編集効率を向上させる方法

●Cas9タンパク質の方法と応用、CRISPR/Cas9システム、きのこ遺伝子編集

●2種類のサツマイモU6遺伝子プロモーターIbU6のクローニングと応用

●アスパラガスU6遺伝子プロモーターAspU6p3とそのクローニングと応用

●トマト遺伝子雄性不稔系統の確立におけるトマトSlMPK20遺伝子の応用

●キャベツ系菜種皮色を制御する遺伝子、黄色キャベツ系菜種変異体の取得方法及びその応用

●パパイヤU6プロモーター遺伝子とその応用

 野菜、果物、たばこなどの品種改良も盛んに行われているが、特にトマトのゲノム編集技術開発は競争が激化している。日本と同様に、健康志向食品への人気の向上を背景とするものも多くなった。また高級品志向も強まり、新品種登場への消費者の希求には根強いものがある。

(3)畜産物・魚介類

●魚卵保存液を用いたCRISPR/Cas9ゲノム編集・継代の効率を上げる魚の飼育方法

●金魚のゲノム編集技術とそれを利用した金魚の新種作出方法

●CRISPR/Cas9によるウロコ欠損ゼブラフィッシュモデルとその樹立方法

●無毛モデル豚の再生卵とその製法およびモデル豚の製法

●遺伝子ノックアウト法による魚CRISPR/Cas9系ベクターの構築及びその構築方法

●豚CD13遺伝子とそのコーディングDNAを特異的に認識するためのsgRNA の完全なセットと応用

●ガチョウ由来のアストロウイルス核酸CRISPR/Cas13a検出システムとRPAプライマーペアおよびcrRNA

●ゼブラフィッシュslc26a4遺伝子のノックアウト方法(医学利用も多い)

●豚腸内コロナウイルス組換えウイルスを効率的かつ迅速に構築する方法

●ブタ遺伝子編集のための高効率特異的sgRNA認識部位ガイド配列とスクリーニング法

●CRISPR/Cas9によるミツバチのゲノム編集方法と編集資料

 畜産物・魚介類のゲノム編集技術の需要先は食品に限らない。医学関係の実験用動物への需要も大きい。たとえばゼブラフィッシュの改良はガン治療などから注目されている。

 豚の品種改良需要は非常に大きいが、ゲノム編集技術は、その有力な手段の一つとなっている。飼料の節約ができる豚、これと一部重なることだが成長の早い豚、コレラやその他病害に耐性のある豚、肉質の良い豚などである。

 中国では衛生管理上の問題から従来のような豚の飼養を変える動きが政府筋から出ているが、無菌豚の普及のためにも、飼養環境の改善に適合する豚品種への期待もある。

 なお、これまで最も先端的だったCrispr/Cas9に加わるかたちでCRISPR/Cas12やCRISPR/Cas13aのような新しい技術も実用化段階に入った。「ガチョウ由来のアストロウイルス核酸CRISPR/Cas13a検出システムとRPAプライマーペアおよびcrRNA」はその一つである。

 この点については、次回以降、実例を踏まえ本コラムで紹介していきたい。