露口洋介の金融から見る中国経済
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【20-05】全人代とコロナ対応の金融政策

2020年5月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 3月に開催される予定だった中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)は、新型コロナウイルスの影響で延期され、5月22日にようやく開催された。今回は全人代の政府活動報告と金融政策の動向について考えてみたい。

2020年の政府活動方針

 今年も例年通り全人代開幕初日に、李克強総理による政府活動報告が行われた。例年であればその中で今年1年の実質GDP成長目標が明らかにされることが恒例となっており、昨年の政府活動報告では6%から6.5%とされていた。しかし今年は、都市部新規就業者数や財政赤字率など多くの数値には目標が設定されたが、実質GDP成長率目標の設定は見送られた。その理由として、世界の新型コロナ感染状況と経済貿易同校の不確定性が大きく、中国の経済が予測のむつかしい要因に直面していることを挙げている。

 中国では2012年11月に開催された共産党全国代表大会において、共産党成立百周年の2021年までに全面的に小康社会を打ち立てること、中華人民共和国建国百周年の2049年までに社会主義現代化国家を実現することという「二つの百年」構想を打ち出している。第1の百年の具体的な数値目標として、GDPと都市住民の一人当たり収入をそれぞれ2020年に2010年の2倍にすることが定められている。2020年のGDPを2010年の2倍にするためには、今年のGDP成長率は5.6%以上となる必要がある。今年1~3月期のGDP成長率は新型コロナウイルスの影響で-6.8%と大きく落ち込んだ。5.6%を実現するためには4~6月期以降の3四半期に9%~10%程度の高成長が必要となる。そこで、全人代で示される今年の成長目標が、一つ目の百年の目標実現にこだわるものになるかどうかが注目されていた。

 この点について、3月の本コラムでも引用した国務院直属のシンクタンクである社会科学院の徐奇渊研究員は、今後の各四半期において、潜在成長率(5~6%程度と想定される)まで需要を刺激するために財政金融政策を充分発動することは重要であるが、それを超えて、すでに発生してしまったマイナスを取り返すために大規模な政策を発動することは、避けるべきと主張している。潜在成長率を超えた経済成長を目指すと、資源配分が偏り、中長期的に経済構造をゆがめてしまう恐れがある。それは、2つ目の百年目標の達成をかえって困難にしてしまうからである。

 そうした過度な成長刺激策の発動を回避するという観点から見ると、成長目標の設定を見送ったことは望ましいことといえる。

 5月23日付の人民日報紙は、習近平国家主席が「もし新型コロナウイルスの影響がない一般的な状況の下であれば、経済成長目標は6%前後としただろう。しかし新型コロナの感染が広がったのち、世界経済の落ち込みは避けられず、我々はそこから大きな影響を受ける。不確定性が大きい」と述べたと伝えている。また同主席が「成長率目標をしっかりと設定してしまえば、成長率にばかり注目してしまうことになる。追求すべきは人民の幸福ですばらしい生活である。その過程で間接的にGDP成長率の低下を防ぐこともあるだろうが、GDP成長率に集中すべきではない」と述べたとも報じている。

 また、国家発展改革委員会の何立峯主任は5月22日に全人代会場で開催した記者会見で、「もし今年1年の成長率が1%なら、2010年のGDPの1.91倍、成長率が3%なら1.95倍、5%なら1.99倍になる。いずれにしても目標に非常に近い数字である。また一人当たり収入については成長率が1.75%で目標を達成することができる」と述べている。

 習主席や何主任の発言からも、今年は特定の成長率にこだわらないということが示されている。

金融政策の動向

 今年2月3月の本コラムで、新型コロナウイルスに対処する金融政策の動向について概観した。その後の動きについてみると、人民銀行は、まず預金準備率について、今年1月6日と3月16日の引下げに続いて、農村商業銀行など中小銀行について4月15日と5月15日にそれぞれ0.5%ずつ合計1%引き下げることを4月3日に発表した。また、4月7日には超過準備預金に対する付利水準を0.72%から0.35%に引き下げた。

 次に、1月31日の3000億元、2月26日の5000億元に続いて、4月20日にさらに1兆元(約15兆円)の優遇金利による再貸出・再割引枠を設定した。

 同じく4月20日には、金融機関の貸出金利の基準となる貸出市場報告金利(LPR)を1年物で4.05%から3.85%、5年物が4.75%から4.65%に引き下げた。1年物の引き下げ幅は0.2%ポイントと比較的大きなものであった。このように、4月に入ってからも人民銀行は矢継ぎ早に金融緩和政策を打ち出している。

 今回の全人代の政府活動報告において、今後の金融政策については、「穏健な金融政策をさらに柔軟かつ適度なものにする」と述べられている。さらに「預金準備率の引下げ、再貸出等の手段を総合的に運用し、広義通貨供給量(M2)と社会融資規模の増加率を昨年より明らかに高くする」、「企業がスムーズに資金を調達することができるようにし、金利を引き続き引き下げていく」とされている。

今後の展望

 人民銀行の易綱総裁は、「全人代期間中に重点問題について記者の質問に答える」という形で、5月26日付で人民銀行のウェブサイトで様々な問題について考えを示している。その中で金融政策の動向について、新型コロナウイルス対策としてこれまで行ってきた金融政策手段について説明した後、今後の方針として、「政府活動報告に従って、穏健な金融政策をより柔軟かつ適度なものとし、多種類の金融政策手段を総合的に運用、開発し、合理的に充足した流動性を確保し、M2と社会融資規模の増加率を昨年より明らかに高くする」と述べている。財政政策について、政府は「積極的な財政政策」という言葉を使い続けている一方で、金融政策については、ことここに至って明らかに金融緩和を行っているにもかかわらず、いまだに「穏健な」という言葉を使い続けているのは興味深い。中国経済の落ち込みは比較的短期間で収束し、潜在成長率近辺の回復軌道に戻ることができるという見方がベースにあり、潜在成長率を超える成長を追求するような急速かつ大幅な金融緩和は行わないということを示しているようにうかがえる。

 現状、預金準備率は業態によって異なるが、平均9.4%となっており、いまだに引き下げの余地は十分ある。また金利についても貸出金利の基準となるLPR1年物の水準は3.85%であり、こちらも引下げの余地が充分存在する。人民銀行の意向を反映しているとみられる上海銀行間市場金利(SHIBOR)の動向をみても、各期間の金利で2月から4月下旬にかけて急速な低下を示した後、5月下旬に至るまで、横ばい圏内の動きとなっている。現時点では金融政策発動の余地を維持しながら、今後、潜在成長率を回復するのに必要かつ十分な程度の金融政策を行っていくことになるものと思われる。

(了)