【20-03】新型コロナウイルスに対処する金融政策(その2)
2020年3月30日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行は、引き続き、新型コロナウイルスによる経済に対する悪影響に対処するため、矢継ぎ早に金融政策を発動し、頻繁に情報発信を行っている。今回もこれらの措置について検討してみたい。
矢継ぎ早の金融政策発動
前回の本コラム では、人民銀行が2月1日に公表した3000億元の感染症対策企業向け専用再貸出枠3000億元の設定、2月3日、4日に実施した合計1兆7千億元の銀行間市場への資金供給、2月17日の中期貸出ファシリティの金利の3.25%から3.15%への引下げ、2月20日の貸出市場報告金利(LPR)の4.15%から4.05%への引下げに至るまでの累次の金融緩和政策の発動について述べた。
その後、2月26日に企業の操業再開のために新たに5000億元の再貸出・再割引枠の増加を行った。また、3月16日には預金準備率について、一定の条件を満たす銀行について引下げを行った。農業生産、貧困層の消費、教育、中小零細企業などに対する貸出の基準を満たした銀行について0.5~1%引下げ、さらにこれに加えてこれらの条件に符合した株式制銀行に対してさらに1%の引下げを行った。大型商業銀行については従来の預金準備率の水準が12.5%であったので、最大11.5%まで引下げられたとみられる。人民銀行によるとこの預金準備率の引下げによって合計5500億元の資金が解放された。
また、3月1日付で銀行保険監督管理委員会、人民銀行、発展改革委員会など5部門連名で、銀行に対して中小零細企業に対する1月25日以降の貸出の満期償還と利払いを、企業からの申請に基づき状況に応じて最大2020年6月30日まで延期することを通知した。
人民銀行と銀行保険監督管理委員会は3月15日に記者会見を行った。この会見によると、3000億元の専用再貸出については3月13日までに1850億元の再貸出が実施済みであり、これを原資に全国性の銀行9行と地方性の銀行10行が4708の重点企業に優遇貸出1821億元を実施した。優遇貸出金利は加重平均で2.56%。財政による50%の補填後、企業の実質的な負担は1.28%となり、国務院が要求する1.6%以下を満たしている。
2月26日の企業の操業再開のための5000億元の再貸出枠については2500行の地方銀行を含むより広範な再貸出制度である。この制度では農業向け、小企業向け再貸出の金利を0.25%引下げた。この制度によって3月13日までに地方銀行は1075億元の優遇貸出を実施済み。農業向け貸出は205億元、加重平均金利4.40%、小企業向け貸出は385億元、同4.36%、再割引が485億元、同2.98%。国務院の要求するLPR+50bp(4.55%)以下を満たしている。1年物LPRは2月20日に0.1%引下げられ4.05%と、制度変更前の4.31%と比べ0.26%の低下となっている。これに対して2月の一般貸出金利は5.49%で昨年7月と比べ0.61%とより大きな低下幅を示している。
また、3月22日にも人民銀行、銀行保険監督管理委員会などが記者会見を行っているが、ここでは、1月25日以降、中小零細企業向け貸出の満期償還と利払いの約20%が延期の扱いを受けていると述べられた。
当局による積極的な情報発信
以上のような矢継ぎ早の金融政策の発動に加えて、1月末以降、人民銀行を含む中国の政府部門は頻繁に記者会見を行うなど、積極的な情報発信に努めている。
まず、政府の広報部門である国務院新聞弁公室のウェブサイトをみると、人民銀行や外交部などの政府部門、および国務院が部門横断的に立ち上げた新型コロナウイルス対策機構による、新型コロナウイルスや感染症抑制対策と銘打った政策のアナウンスが1月末からほぼ毎日のように掲載されている。このうち経済対策について最近の例をみると、3月13日には工業情報化部と銀行保険監督管理委員会、3月15日には中国人民銀行、銀行保険監督管理委員会、3月17日には国家発展改革委員会、3月19日には商務部、3月21日には発展改革委員会と財政部、そして3月22日には人民銀行と銀行保険監督管理委員会、証券監督管理委員会が立て続けに記者会見を開催し、それぞれの政策について詳しく説明した後、記者の質問に答えている。
また、人民銀行のウェブサイトの新着ニュース欄をみると2月1日以来3月27日までの間に、感染症対策とか企業の操業再開など新型コロナウイルス関連の表現が含まれた題名の情報公開が17件に上っており、前述の預金準備率の引下げのようにそのような表現を含まない政策も含めると、相当頻繁に情報発信が行われていることが分かる。1月末以降、中国政府が矢継ぎ早に政策を打ち出すだけでなく、情報発信にも非常に積極的な姿勢を示していることは注目に値する。
今後の展望
金融政策の今後について、国務院直轄のシンクタンクである中国社会科学院の徐奇渊研究員が、3月8日付「財経」誌に興味深い分析を掲載している。徐研究員は、今回の新型コロナウイルスが経済に与える影響を3つの段階に分け、マクロ経済政策の対応について次のような見方を示している(以下は筆者による概要のとりまとめである)。
第1段階は、旧正月の休暇期間中(1月25日から2月10日)で、もともと生産が行われない期間だったので、ショックは主に需要面で発生し、旅行業、飲食、映画館、交通運輸などの消費需要が影響を受けた。第2段階は、旧正月休暇終了後、企業の生産再開が困難となり、主に供給面でショックが生じている。第3段階は、国内の感染が基本的に制圧され、生産体制が正常に回復したのち、主に需要不足が問題となる段階である。消費や投資は1~3月期の減少から4~6月期には反発するかもしれないが、需要全体の減少を完全には補えない。
それぞれの段階に合わせた政策が必要である。第1段階には、需要ショックに見舞われた産業や地域に対して、減税と手数料減免、社会保障料の減免、貸出拡大などの支援政策が行われた。第2段階では、拡張的な総需要政策は適切ではない。金融政策は、十分な流動性を供給し信用システムを安定させ、財政政策は、減税を行い企業の生産コストを下げることで、供給ショックを和らげることができる。一方、主要な政策となるのは、生産体制の回復、人の流れと物流の回復を進める供給面の対応である。現在はこの段階にある。第3段階になれば、財政・金融政策を全面的に発動して需要不足を補う必要がある。
以上の徐研究員の見方に従って金融政策の推移をみると、人民銀行は、第1段階で特定の重点企業や地域に対して専用再貸出を優遇金利で行い、第2段階ではより広範な再貸出と預金準備率の引下げで十分な流動性を供給し、信用システムの安定を図ったということになる。金利も若干引下げたが、依然として金利を引下げる余地は大きい。LPRの金利水準の改定は毎月20日に行われるが、2月20日に0.1%引下げた後、3月20日には引下げが見送られた。また預金準備率も引下げの余地が十分ある。政策の余地を十分確保して第3段階に備え、4~6月期以降、供給サイドが充分回復した後、需要不足を補填するため、さらに積極的な金融政策が発動されることになるものと考えられる。
(了)