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第128回中国研究会「中国経済の近況と今後~『新時代』と『一帯一路』~」(2019年6月12日開催)

「中国経済の近況と今後~『新時代』と『一帯一路』~」

開催日時: 2019年6月12日(水)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 大西 康雄
独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター 上席主任調査研究員

講演資料:「 第128回中国研究会講演資料」( PDFファイル 1.89MB )

講演詳報:「 第128回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 4.24MB )

中米経済摩擦は技術覇権争い 大西康雄氏が現状、見通し詳述

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 中国経済の動向に詳しい大西康雄日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所上席主任調査研究員が6月12日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンターで講演し、中米経済摩擦や、一帯一路構想に添った日中協力の現状と見通しについて詳しく語った。中米経済摩擦については、米国の国論が軟化する可能性を指摘しつつ、長期化する可能性が高いと見ていることをうかがわせた。一帯一路沿線地域のインフラ建設では、中国企業に競争力で及ばないものの、日本には中国企業が実行できない分野、技術などで協力するチャンスがありうる、との見方を示した。

「新常態」から「新時代」へ

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 大西氏は、習近平政権がまず「対外開放がリードする改革の再始動」によって、市場に決定的な役割を持たせる経済運営を目指したことを指摘した。具体的に挙げたのが、2013年に上海で始まった自由貿易試験区実験と、同じ時期に提起された「一帯一路構想」。伸び続けていたGDP(国内総生産)の成長率が落ち、成長を引っ張る新たな政策が必要とされたことから打ち出された。また、これら新たな経済運営の背景として、第三次産業の就業人口増やGDP成長に対する寄与度の上昇、私営・個人企業の急発展、都市化の進展といった国内経済の変化があることを、氏はさまざまなグラフを示して説明した。

 高度成長から持続可能な中高度成長への転換を目指す経済運営は、当初、習国家主席によって「新常態」と呼ばれたが、大西氏は、「新常態」から「新時代」への転換が図られている現状に注意を促した。「新時代」とは、2017年10月の中国共産党第十九次全国代表大会で習政権によって明示された方針だ。この新たな転換は「新しい政策パッケージを打ち出さざるを得なくなった」ことを意味する。具体的には、基礎研究強化などによる「革新型国家建設の加速」、国有企業改革、民営企業の発展支援、金融体制改革などによる「社会主義市場経済体制の充実化」、一帯一路建設を重点にハイレベルの貿易・投資自由化、円滑化など「全面的開放の新たな枠組みづくり」などが掲げられている。

一帯一路構想の狙いと成果

 大西氏が次に詳しく紹介したのは、習政権の経済運営の柱となっている一帯一路構想についての現状と見通し。氏によると同構想は、対外的な意図と国内向けの意図がある。対外的には、対外経済ポジションの変化に対応すると同時に、一帯一路沿線地域内のインフラの連結性を向上させ、自由貿易協定(FTA)網を構築することなどによって中国主導の経済圏構築を狙っている。一方、国内向けでは、中国の西部内陸地域に対する経済支援と同地域の対外開放を強化し、中国企業の海外支援を強化することなどによって、経済構造の転換と経済格差是正をともに目指している、と氏は指摘した。

 一帯一路構想はさらに、IT(情報技術)やインターネットなど「戦略的新興産業」や、高性能工作機械・ロボットなど10の重点分野を定めた「中国製造2025」などの産業政策との連動効果が期待されている、と大西氏は見ている。具体的には、先端技術の取得や、産業のレベルアップ加速などが狙いだ。

 一帯一路構想を進めることで期待できる経済効果として氏は、「大規模インフラ建設・物流改善」、「FTA網の拡充」、「直接投資の拡充・本格化」、「『中国標準』の浸透」の四つを挙げた。物流改善の効果が出ている具体例として紹介したのは、中国・欧州直通貨物列車の運行。2017年には2,800本の列車が25万標準コンテナを輸送、これまで20日以上かかっていた輸送時間を13~14日に短縮した。これによってコンテナ1個につき9,000ドルかかっていた費用を6,000~7,000ドルに減らす効果をもたらしている。

 さらに自由貿易協定(FTA)については、東南アジア諸国連合(ASEAN)のほか、アジア、オセアニア、欧州、中南米10カ国とすでに締結済みで、15カ国・機関と交渉、検討中だ。中国の海外直接投資も増えている。累積投資額を比較すると2017年末で中国は1万8,090億ドルと米国に次いで世界2位。このうちの8.5%は一帯一路関係国向けの投資となっている。

顕在化してきた問題も

 一帯一路構想の推進によって、さまざまな問題も顕在化している。無視できないのは、中国に対し返済しきれない債務を抱えている国が出てきたことだ。大西氏は、需要がはっきりしないにもかかわらず投資が行われている可能性があることを指摘し、たとえば、旧ソ連の共和国6カ国が加盟している集団安全保障条約機構(CSTO)の国でなんらかの問題が生じた場合、ロシアとの関係に調整が必要になるとの懸念を明らかにした。

 大西氏によると、既に習政権も問題の存在に気づいている。2018年8月に北京で開かれた「『一帯一路』建設任務5周年座談会」で習国家主席が行った重要講話では、「一帯一路」構想で得られた成果を強調すると同時に、構想が「中国クラブ」を形成するものでなく、どの国も参加可能な開かれたプラットフォームである点が強調された。さらに、企業の投資・経営における法の順守や、環境保護、社会的責任も明示している。

 今年4月25~27日に北京で開催された「第2回『一帯一路』国際協力ハイレベルフォーラム」では、さらに踏み込んだ演説を習国家主席は行っている。「国際ルールを順守したプロジェクト建設」と、「ビジネスと財政の持続可能性を確保」することを重ねて強調したのだ。シルクロード基金などによる資金供給を継続し、国際金融機関・各国金融機関との第三国協力も推進するとしている。

 また習国家主席は「貿易・投資における保護主義に反対」、「各国との科学技術交流・人的交流を促進」、「中国の企業・留学生・学者への平等な処遇を希望」する意思も明確にしている。大西氏は、米中摩擦の影響がこうした習国家主席の一連の発言に出ていることを指摘した。

中米経済摩擦で世界経済は悪化

 中米経済摩擦の今後の見通しはどうか。貿易赤字の解消という米国の主張は口実で、中国の産業政策、技術政策に干渉するのが米国の意図。「中国製造2025」などの産業政策で企業に補助金を与えているのは自由貿易の精神に反するといった米国の主張は、これから先進国になろうとしている中国にとって受け入れられない。中米経済摩擦は技術覇権争いに移っている...との見方を大西氏は示した。

 中国が米国から輸入している中で最も多額なのは農水産品。これに対し米国が中国から輸入している最大のものは機械類だから、米中の貿易収支が米国の赤字になるのは当たり前。追加関税をかけると米国民が苦しむのは米国も分かっている...。こうした現状認識を明らかにした上で大西氏は、楽観シナリオとして、今後、米国の対中赤字が減少せず、米企業の損失拡大が続き、米景気が後退すれば、妥協の機運が出てくる可能性を示した。

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 一方、悲観シナリオとしては、米国から技術、部品が提供されないため中国が核心的技術の国産化に力を注ぎ、別の技術システムを目指す可能性がある。対外関係では一帯一路沿線国への傾斜を強め、対外開放政策を推進するという現在の主張も摩擦が長期化すれば不透明となる。当面、株安、人民元安となれば、中国が、製品の輸出先を東南アジアなどに変更して米国へのう回輸出をしたり、生産拠点そのものを他国に移転する事態が進行することが考えられる。これに対し、米国では、株高、ドル高が継続し、貿易赤字はむしろ拡大することになる。結論として大西氏は、米中摩擦が長期化する可能性の方が高いことを示唆した。

 最後に大西氏は、一帯一路構想の下での日中協力の見通しにも触れた。2017年11月のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議の際に行われた安倍晋三首相と習近平国家主席との会談で「日中第三国市場協力」が合意されている。民間企業間のビジネスを促進し、第三国でも日中のビジネスを展開していくことが,両国と対象国の発展にとって有益であることを確認したものだ。翌2018年10月、7年ぶりに中国訪問した安倍首相と李克強中国首相との会談でもあらためて協力推進が確認され、併せて開催された「第1回日中第三国市場協力フォーラム」で、日中の政府関係機関・企業・経済団体の間で52件に及ぶ協力覚書が締結された。

 大西氏は、52件の協力案件には具体化しているものは少ないことを指摘しつつ、協力が進む可能性を指摘した。充電規格、水素ステーション建設、液化天然ガスプラント建設など日本が得意とする協力も含まれていることを理由に挙げている。第三国でのインフラ建設に関しても、競争力では中国企業が上だが、中国の企業が実行できない分野、技術などで日本企業にもニッチ(隙間的)なチャンスはある、との見方を示した。

 同時に米中の技術覇権争いの中で、中国が米国との対抗上、「中国標準」づくりを進めた場合、日本は難しい対応を迫られる可能性があることも、大西氏は指摘した。

(写真 CRSC編集部)

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大西康雄

大西 康雄(おおにし やすお)氏:  独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター 上席主任調査研究員

略歴

早稲田大学政治経済学部卒業。1977年 アジア経済研究所入所。在中国日本国大使館専門調査員、海外調査員(中国社会科学院工業経済研究所・客員研究員)、地域研究センター長、ジェトロ上海センター所長、新領域研究センター長を経て、2013年より現職。専門は、中国経済、中国の対外経済関係、中国の物流業、中国の地域発展。
著書に『東アジア物流新時代―グローバル化への対応と課題』(共編著、アジ研選書No.8、アジア経済研究所、2007年)、『中国 調和社会への模索―胡錦涛政権二期目の課題』(編著、情勢分析レポートNo.9、アジア経済研究所、2008年)、『習近平政権の中国―「調和」の次に来るもの』(編著、情勢分析レポートNo.20、アジア経済研究所、2013年)、『習近平時代の中国経済』(単著、情勢分析レポートNo.24、アジア経済研究所、2015年)、『習近平「新時代」の中国』(編著、アジ研選書No.50、アジア経済研究所、2019年)ほか。