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第132回中国研究会「北京を中心とした中国のイノベーション・ベンチャー事情」(2020年1月29日開催)

「北京を中心とした中国のイノベーション・ベンチャー事情」

開催日時: 2020年1月29日(水)10:00~12:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館2F会議室A

講  師: 大川 龍郎: 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)北京事務所 所長

講演資料:「 第132回中国研究会講演資料」( PDFファイル 6.72MB )

中国発ビジネスモデル世界が追随 大川龍郎氏が予測

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 中国企業の最新動向に詳しい大川龍郎新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)北京事務所長が1月29日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演、中国の巨大新興企業やスタートアップ企業の最新動向を詳述した。法的規制が後から行われるなど中国独特の実情も具体例を挙げて詳しく解説し、中国発のビジネスモデルを世界が追随する時代が間もなく来るという予測も示した。

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 大川氏がまず紹介したのは、中国のベンチャー投資の最新状況。2017年時点で中国のベンチャー投資は4,822件で3兆3,630億円に上る。日本は1,579件、1,976億円だから額は15倍もの差がある。2018年には件数は微増だったが、額は1.6倍に増えた。2014年以降、新規ベンチャーキャピタルの設立と投資前の資金調達は、外貨建に比べ、人民元建の伸びがはるかに大きかった。しかし、2018年は人民元建が大幅に減少したのに対し、外貨建が大きく伸びるという変化もみられたことに、氏は注目している。

北京に集まるユニコーン企業

 中国のユニコーン企業(時価総額が10億ドル以上で創業10年未満の企業)が、世界の中で存在感を増していることにも、大川氏は注意を促している。2017年8月、2018年8月、2019年9月時点のユニコーン企業の数は、「日経CBインサイツ」の資料によると、米国が最も多く、しかも107、119、196と数を増やしている。一方、2番目に多い中国も56、76、97と伸びは止まらない。新しいユニコーン企業には、顔認証システムの開発で知られる曠視科技(Megvii)や、ニュースアプリやショート動画で成長した字節跳動(Byte Dance)など人工知能(AI)を活用したハイテク企業が多い。それを米国が脅威と感じるようになったことが米中貿易摩擦の原因の一つ、との見方を大川氏は明らかにした。

 こうした中国の最新状況は、日本のマスコミが注目している深圳だけでなく、北京に目を向けないと正確に理解できない、と大川氏は注意喚起している。最先端企業が最も集中している都市は、深圳ではなく北京。中国科学技術部火炬中心(タイマツセンター)の報告書によると2017年時点で、164ある中国のユニコーン企業のうち70が北京に集中している。ほとんどが北京の中関村と呼ばれる地域だ。中関村は産学連携に熱心な清華大学や北京大学のキャンパスに隣接しており、新興企業が集まっていることから中国のシリコンバレーとも呼ばれている。北京に続いて多いのは上海で36、次いで杭州の17となっており、深圳は14と4番目だ。

 スタートアップ企業やベンチャー企業にベンチャーキャピタルがどれだけ投資しているかで見た場合も、2018年時点で1位は北京で、投資額は1,771件301億ドル。深圳がある広東省は、2位の上海に次ぐ3位で、投資額は921件103億ドルと額は北京の3分の1強にとどまる。最先端の技術として世界各国が力を入れている人工知能に関わる企業も、北京に最も多く368社に上る。2位の広東省(185社)のほぼ2倍にあたる多さだ。清華大学、北京大学をはじめ有力大学が多い北京の利点を、ベンチャー集積の大きな理由に大川氏は挙げた。

 大学の果たした役割について大川氏は、特に学生の貢献を指摘している。中国の毎年の大学卒業生は約700万人と日本の10倍近い多さ。理学・工学分野の修士課程、博士課程に在籍する大学院生の数も日本の10倍以上。さらに海外留学からの帰国生も年間約52万人いる。こうした数字を示し、氏は大学が創業の人材供給源になっているとしている。学生に起業させて自分は顧問のような形で支援する大学教授も多く、年間56万人もの学生が起業にかかわっているという実態も紹介した。

進む有力スタートアップ企業の「ケイレツ化」

 最近の特徴として大川氏が挙げている一つに、ベンチャーの「ケイレツ化」がある。BATと呼ばれる阿里巴巴集団(アリババ)、騰訊(テンセント)、百度(バイドゥ)の3大新興企業はそれぞれ電子商取引、ゲームとソーシャル・ネットワーキング・サービス、検索エンジンというサービスを本業として急速に発展したが、今やコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)として、事業の多角化を図っている。CVCというのは、本来、投資を本業としない事業会社が、自社の事業分野とうまくかみ合ってともに発展する可能性のあるベンチャー企業に対して投資を行う行為や組織を指す。

 BATに、電子商取引企業として急成長した京東商城(ジンドン)とスマートフォンをはじめとする総合家電メーカーの小米科技(シャオミ)などの多くのITジャイアントが、今やCVCとしてさまざまな企業に投資している現状に大川氏は注意を促した。ただし投資先が、従来のCVCとはだいぶ異なり、エンターテインメント、教育、ヘルスケア、交通、企業サービス、不動産、人工知能、金融と幅広いのが特徴。本業とうまく提携できる企業もあれば全く畑違いの企業もある。投資先の状況や投資目的もさまざまだ、創業後間もない企業家から、IPO(新規公開株)上場前、IPO上場企業、戦略投資、M&Aなどいろいろな段階にわたっている。

 こうしたCVCによって、ベンチャーの「ケイレツ化」が進んでいることに大川氏は注意を促している。化石燃料で動く現在の自動車に置き換わるとみられている電気自動車(EV)の新興メーカーに対しては、蔚来汽車(NIO)に騰訊が京東商城や百度とともに22億ドルを投資している一方、阿里巴巴集団は、鴻海(ホンハイ)などとともに小鵬汽車(Xpeng)に25億元を投資しているという具合だ。蔚来汽車は、投資した時点ではまだ1万台程度の生産実績しかなかった。阿里巴巴集団にとっても小鵬汽車への投資は、新規の事業だったが、現在、年間15万台の生産能力を持つ工場を建設中。多くのベンチャーがしのぎを削る人工知能の分野でも、BATのCVCによってベンチャーの系列化が進んでいることも紹介された。このような動きは、ある事業領域において「BATなどから巨額の出資を受けているベンチャー」があれば、それ以外のベンチャーはその分野で勝負しにくくなることも紹介された。

制度は事後に調整

 大川氏が、詳しく紹介したもう一つは中国の特有なビジネス環境だった。政府が推進する事業領域や市民生活に大きなメリットが考えられるものなどでは、法律的に明らかに違法な事業であっても黙認されるという現実がある。その後、取り締まりの対象になることもあるが、成長が期待されるとみなされれば、事後的に関連の制度が整備され、合法化されるということが珍しくない。

 シェア自転車に対しては法的整備がないままにビジネスが始まった。急速に普及した後の2017年5月になって制度が公表されている。利用者は2015年に245万人だったのが2016年には1,886万人に増え、制度が整備された直後の2017年7月時点では1億3,000万人が利用するまでに普及した。そこまで普及した時点で、「各都市は、合理的に自転車交通網と駐輪場を整備する」といった制度整備が行われている。地方政府は、シェア自転車を取り締まるどころか、駐車場整備といった義務を負わされたことになる。現在、北京、深圳などではシェア自転車はバス、地下鉄に次いで3番目に多く利用されている生活の足になっていることも大川氏は紹介した。

 小型低速電動車の場合は、法律的な位置づけがないまま急速に普及した後の2018年12月に、工業信息化部などが、違法な小型低速電動車を取り締まり、期間をかけて既存の車を廃止するという方針を発表した。生産企業の新規設立は当分の間禁止され、販売済みの車は、一定期間の過渡期後に買い替えや廃棄されることになった。小型低速電気自動車の制度ができるまで新規の工場に対する投資も凍結された。この時点で、年間100万台が出荷されており、それまでの5年間で事故による死者が1万5,000人も出ているという数字も紹介された。

 こうしたことが起こりうるのも、中国と日本や米国とのビジネス環境に大きな違いがあるため。日本企業のビジネス活動は合法的な活動範囲をほとんどはみ出さないのに対し、米国企業は合法と違法のグレーゾーンにも活動範囲を広げることがある。中国はさらに違法な領域でも柔軟な法律の執行により事業が行われる場合があるなど政府や警察の判断にビジネス環境が大きく影響している。

 一方で、ニュースアプリで急成長した今日頭条(Toutiao)が、低俗なコンテンツに誘導していることを理由にサービスの一部を停止させられたり、騰訊がオンラインゲームの配信停止を命じられるなど、突然政府の規制を受ける事態も一方で生じていることを大川氏は紹介した。

"2010年仮説"

 中国に有力なベンチャー企業が次々に誕生した理由の説明として、大川氏が唱えるのが"2010年仮説"。2000年代は、中国に限らず世界が米国発の新ビジネス形態を取り込むことに注力していた。しかし2010年ごろを境にして、中国では大学生・理系大学院生が増加、豊富な人材の供給が可能になったことと、経済発展、株価上昇などによって資金供給も容易になったことで、ベンチャー企業誕生の環境が整い出したという見方だ。まず、e-コマースやシェアリング企業といったサービスイノベーションが発展し、キャッチアップ型の研究開発や既存技術を応用した組立型製造業の発展を促した。

 サービスイノベーションは、まずアリペイやWechatペイなどモバイル決済やシェアリング自転車などの消費者にわかりやすいサービスが2018年までに急速に普及した。しかし、現在はロジスティクの効率化など「BtoBサービス」(企業間取引サービス)へと拡大しつつある。さらに今後は、キャッチアップ型研究開発や組立型製造業としての発展から、より研究開発と実用化に時間がかかる革新的な技術開発へと新たな発展が期待できる、と大川氏は見ている。具体的に挙げているのは、人工知能やバイオなどの新領域だ。

 中国のビジネスは外国企業にとって分かりにくい。しかし、中国発のビジネスモデルを世界がフォローする時代に入りつつある。こうした予測を示して、大川氏は講演を締めた。

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(写真 CRSC編集部)

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