【20-01】日本と中国における特許出願への助成制度の比較
2020年2月19日
涌井 謙一(ワクイ ケンイチ):(鈴木正次特許事務所所長)
略歴
東京理科大学理学部I部物理学科卒業。1984年4月~ 鈴木正次特許事務所に勤務。1996年弁理士試験合格、同年登録(登録番号:10894)。2004年、平成15年度特定侵害訴訟代理業務試験合格・登録。2006年1月~ 鈴木正次特許事務所副所長。2013年5月~ 鈴木正次特許事務所所長。
日本弁理士会における役職
2005年4月~ 日本弁理士会中央知的財産研究所副所長
著作(共著)
『弁理士が教えるビジネスモデル特許の本当の知識』(弁理士会研修所 実務総合研究部 編著)、『弁理士が教えるビジネスモデル特許の本当の知識 21世紀バージョン』(日本弁理士会研修所 実務総合研究部 編著)
はじめに
日本国特許庁が発行している「特許行政年次報告書2019年版」によれば、2008年に193万件であった世界の特許出願件数はその後の10年で1.64倍に増加し、2017年で316.9万件に達した。
図1 世界の特許出願件数の推移
(出典:「特許行政年次報告書2019年版」)
この中で中国特許庁が受け付けている特許出願の数は154.2万件(前年比11.6%増)で、世界の特許出願の半数近くなっている。
図2 五庁※における特許出願件数の推移
※五庁とは、日本国特許庁(JPO)、米国特許商標庁(USPTO)、欧州特許庁(EPO)、中国国家知識産権局(CNIPA)、韓国特許庁(KIPO)を指す。
(出典:「特許行政年次報告書2019年版」)
一方、我が国特許庁が受け付ける特許出願の数は、漸減を続け、2018年は31.4万件であった。
中国における特許出願件数の増加は、特許出願に対する公的機関からの種々の助成に支えられていると考えられる。我が国でも特許出願に対する公的機関からの助成は行われている。中国における助成制度と、我が国における助成制度とを比較して紹介する。
中国における特許出願への助成制度
中国では、そもそも、中央政府が2000年代半ばから「国家知的財産権戦略」を制定して特許出願を奨励している。中国政府が公布した「第12次5カ年計画」(2011~2015年)では、2015年までに1万人当たりの発明特許取得件数を3.3件に高めることが目標にされた。この目標は、2014年の段階で、1万人当たり発明特許取得件数4.9件(中国有効専利年度報告2014(国家知識産権局(2015))となって瞬く間に達成された。
同様に、各地方政府も特許出願を奨励する種々の政策を打ち出している。特許補助のための専用資金枠(専項資金)が多くの省で設立され、中央政府と同じく、特許出願数や登録数を「5ヵ年計画」で行政目標に定める地方政府が多い。
このような下で日本の特許庁にあたる中華人民共和国国家知識産権局による助成(補助)は次のようになっている。
中華人民共和国国家知識産権局による助成(参考資料:専利費用徴収軽減弁法)
助成を受けることができる者
(1)前年の平均月収が5,000元(年間60,000元)未満の個人
(2)前年に課税所得が100万元未満の企業
(3)公的機関、社会団体、非営利の科学研究機関
助成の内容
助成対象になるもの
特許出願料(オフィシャルフィー(公納金:950元))
特許出願の実態審査請求料金(オフィシャルフィー(公納金:2,500元))
1~6年目の毎年の特許料
(オフィシャルフィー(公納金:900元/1~3年の毎年
:1,200元/4~6年の毎年)
助成金額(割合)
単独の出願人で助成を受け得る者の場合:公納金の85%が減額
共同出願で出願人各自が助成を受け得る者の場合:公納金の70%が減額
なお、2011年に中国国家統計局が公表している基準によれば、従業員1,000人以上、売上高4億元/年以上の企業が大規模の工業企業、従業員300~1,000人、売上高2,000万~4億元/年の企業が中規模の工業企業とされている。
上述の中華人民共和国国家知識産権局による助成の他に、特許出願人、特許権者は、各地方政府からも助成を受けることができる。
一例として、北京市、上海市では次のような助成が行われている。
北京(参考資料:北京市専利資金管理弁法)
助成(補助)金を受け得る者:
北京に登録または登録されている者
助成金対象
特許出願、実用新案登録出願、意匠登録出願に関する代理人手数料
特許成立した後の7年目、8年目の特許料
PCTルートパリルートで海外特許出願することに要する費用
補助金の金額
中国国内特許出願:1,500元
中国国内実用新案登録出願:150元
7年目、8年目の特許料:
(オフィシャルフィー(公納金:2,000元/年))
ただし、年間の補助金額は5万元を越えない
外国への特許出願
出願人が支払う公納金(オフィシャルフィー)、代理人へ支払う代理人費用が助成金の対象になる
米国、日本、欧州特許庁への特許出願:
1特許出願につき2万元を上限として助成
「米国、日本、欧州特許庁」以外への特許出願
1特許出願につき1万元を上限として助成
ただし、1発明につき5か国・地域以内に限る
また、個々の申請者の年間付与の最大額は10万元を超えないものとする。
上海(参考資料:上海市専利費資助弁法)
助成金を受け得る者:
上海で登録または登録された会社、機関、社会グループ、および永住権登録者または永住権を持つ個人。
助成金対象
特許出願、実用新案登録出願、意匠登録出願に関する代理人手数料
特許成立した後の7年目、8年目の特許料
PCTルートパリルートで海外特許出願することに要する費用
補助金の金額
特許出願申請への補助は、2,500元を超えない範囲。
中小企業の特許出願申請への補助は、3,000元を超えない。
中国特許賞を受賞した国内の発明特許に対して11万元の一時資金
外国への特許出願
出願人が支払う公納金(オフィシャルフィー)、代理人へ支払う代理人費用が助成金の対象になる
PCTルートでの外国出願(5か国まで)
総額5万元を上限として助成
パリルートでの外国出願(5か国まで)
総額4万元を上限として助成
中国における助成制度と特許出願の数・質
上記で紹介した中国における特許出願に対する助成制度では、中華人民共和国国家知識産権局が特許出願などの際に特許庁(知識産権局)に納付する公納金(オフィシャルフィー)について助成し、各地方政府は公納金(オフィシャルフィー)以外の代理人手数料の部分にまで助成するようになっている。
中国における近年の特許出願件数の急増が、上記で紹介した助成制度に支えられているものであることは疑いがない。
ただし、上記の中国における特許出願に対する助成制度を紹介してくれた中国国際貿易促進委員会特許商標事務所(CCPIT)駐日本工業所有権連絡所 呉越弁理士によれば、このような手厚い助成に関しては、特許出願の質の向上を考慮した方向へ向かうよう修正されるのではないかとのことである。
中国における手厚い助成制度と中国における特許出願の質の関係に関して「中国における特許補助政策と特許の質」と題する研究報告が行われている(Economic Bulletin of Senshu University Vol. 51, No. 3, 183-204, 2017 李春霞)。
この研究では、外国出願の数、特に、特許協力条約(PCT)に基づく国際出願の数で特許の質を評価している。今後、被引用回数、権利維持期間、請求項の数などを指標として特許の質を評価する必要性に言及しているが、当該研究で検討した限りでは、政府の特許補助政策は、中国の特許出願の質と密接な関係があり、電子通信設備製造業、交通輸送設備製造業のいずれにおいても、特許協力条約(PCT)に基づく国際出願にプラスに影響していると認められている。一般に、外国へも出願される特許は質が高いと考えられることから、各省政府の特許出願補助政策が特許の質の改善にもある程度効果を与えたと評価できるとのことである。
我が国における特許出願などに対する助成制度
特許庁による減免措置
我が国では、中小企業、個人及び大学等を対象に、審査請求料と特許料(第1年分から第10年分)について、所定の条件が満たされた場合に、特許庁に納付するこれらの料金が1/3あるいは、1/2に減額される等の減免措置が特許庁によって講じられている
参考:特許庁「特許料等の減免制度」
従来の減免制度では適用を受ける条件が複雑であったが、2019年4月1日以降に審査請求が行われるものについては、例えば、製造業であれば、従業員数300人以下あるいは、資本金の額3億円以下のいずれかを満たしている等の中小企業であることを審査請求書などにおいて表明するだけで、証明書類などを提出することなしに、審査請求料が1/2に減額される、等の減免を受けることが可能になっている。
参考:特許庁「2019年4月1日以降に審査請求をした案件の減免制度(新減免制度)について」
また、中小企業等の場合、特許協力条約(PCT)に基づく国際出願を行う際に特許庁・国際事務局に納付する送付手数料・調査手数料が1/2に軽減される減免措置を受けることができる。
参考:特許庁「国際出願に係る手数料の軽減措置の申請手続(2019年4月1日以降に国際出願をする場合)」
更に、中小企業等は、国際出願手続完了後、所定の申請手続を特許庁に対して行うことで、国際出願に係る手数料(国際出願手数料、取扱手数料)の1/2に相当する金額を国際出願促進交付金として受けることができる。
参考:特許庁「国際出願促進交付金の交付申請手続」
この国際出願で受けることのできる減免措置も、上述した中小企業に相当してさえすれば、証明書類などを提出することなしに受けることができる。
従来から行われている、2019年3月31日までに審査請求されたものに対する減免措置は現在も実施されており、これによれば審査請求料が1/3に減免される等の軽減を受けることも可能である。しかし、助成対象となる中小企業の範囲に条件が課されていることからすべての中小企業が助成対象になるものでなく、また、必要な証明書をその都度提出しなければならない等、手続が煩雑になっている。
2019年4月1日以降に審査請求や、国際出願が行われるものに対して実施されている減免措置は、上述した従業員数、資本金の額のいずれかの条件を満たすすべての中小企業に適用され、また、証明書の提出等が不要であることから、使い勝手の良いものになっている。
外国への特許出願に対する助成
中小企業等に対して、外国への特許出願に要する費用の半額が助成される制度が設けられている。
参考:特許庁「外国出願に要する費用の半額を補助します」
一企業に対する上限額は300万円(複数案件の場合)で、外国出願の際に発生する外国特許庁への出願料、国内・現地代理人費用、翻訳費用等が助成対象経費となり、発生した経費の1/2の助成を受けることができる。
助成事業者は、都道府県の中小企業支援センター等の地域実施機関と、ジェトロ(全国実施機関)である。毎年、各実施機関が定めている所定の期間に、各実施機関が定めている様式に従って、各実施機関が要求する書類を提出し、各実施機関で審査を受けて交付決定を受けた中小企業のみが助成を受ける。
上述した特許庁の減免措置とは異なり、公納金(オフィシャルフィー)等の実費だけでなく、代理人手数料についても助成の対象になる。
助成金申請のための書類準備、助成を受けた後の毎年の実績報告等、助成を受ける中小企業にとっては決して簡単な手続ではないが、上述した特許庁の減免措置とは異なり、代理人の手数料についても助成対象になることから外国への特許出願時に高額の費用が発生する中小企業にとっては利用価値が小さくない。
日本国への特許出願に対する助成
東京都における外国特許出願助成事業の実施機関である東京都知的財産総合センター(公益社団法人東京都中小企業振興公社)のウェブサイトには、都内の自治体が行っている当該自治体所在の中小企業による日本国特許庁への特許出願への助成制度が紹介されている。
参考:東京都中小企業振興公社「中小企業の国内出願に対する助成制度(都内自治体等実施分)」
地方自治体の中には当該自治体所在の中小企業による日本国特許庁への特許出願へ費用助成を行うところがあり、その場合に、公納金(オフィシャルフィー)等の実費だけでなく、代理人手数料についても助成の対象にしているところがある。
むすび
我が国の中小企業はおよそ358万社と全企業数の99.7%を占めることから特許庁は「イノベーションを促進させる上で中小企業の果たす役割は大きい」と考えている(特許行政年次報告書2019年版)。上記で紹介した中小企業の特許出願などに対する減免措置もこの考えによるものと思われる。
しかし、近年の内国人の特許出願件数に占める中小企業の割合は14.9%に過ぎない(特許行政年次報告書2019年版)。
韓国特許庁は昨年末、2019年における特許、商標などの産業財産権の出願件数が初めて年間50万件を突破し、1946年に韓国で初の発明品が出願されて以来73年目で達成し、日本、米国、中国に次ぐ4番目の記録になったと公表した。
韓国特許庁によれば、2016年から小幅に減少していた特許出願の数が2018年から増加に転じ、特に、2018年に比較して出願件数が10.4%増加した中小企業による特許出願が年間50万件突破の背景にあるとされている。韓国では、中小企業による特許出願の数が2015年から大手企業を上回り、かつては大手企業が中心であった特許出願が中小企業を中心としたものになっている(2018年の韓国特許出願に占める中小企業の出願は全体の23.3%、大手企業の出願は全体の17.5%)とのことである。
中小企業による特許出願への公的機関からの助成が韓国でどのようになっているか前述の韓国特許庁からの公表データでは紹介されていない。どのレベルの企業を中小企業と定義するのか等々、統計の取り方にもよると思われるが、全企業数の99.7%を占める中小企業による特許出願が全体の14.9%に過ぎない我が国との違いには目を見張るものがある。
中国では中央政府や地方政府による手厚い助成が特許出願数の増加にとどまらず、特許出願されている発明の質の向上に結びつきつつあると認められている。
「イノベーションを促進させる上で果たす役割は大きい」と特許庁が認識している我が国の中小企業による特許出願活動について、公的機関からの助成の面からだけにとどまらず、活性化のために検討すべき点があると思われる。
以上
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