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【19-07】《亜洲創客》民間の試みをブーストしたメイカースペースバブル

2019年6月17日

高須正和

高須正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加し、パートナーを開拓している。
ほか、インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長、JETRO「アジアの起業とスタートアップ」研究員、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師など。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

 中国は世界最大の官僚機構と公務員を抱える大国である。1980年代に始まった鄧小平以降の改革開放路線はすっかり中国の既定路線となり、あらゆる官庁でスリム化と民間への権限委譲は進んでいるが、人がみな公務員だった国の成り立ちや社会主義計画経済は今も完全に消えたわけではない。

 完全に消えていったと言っていいのは「なんでも官が始め、止めない」というアプローチだ。毛沢東の時代に雀を害鳥と見なして駆除活動を行った結果イナゴが大発生したという話は故事となり、今では「どこかでうまくいった経済政策を官が後押しする、他の地方に展開する」という例が多い。

 2015年から行われ今も続いている「大衆創業・万衆創新」という大政策は、世界的な盛り上がりを見せているメイカームーブメントの、特にアメリカでの様子に大きく影響されたものだった。2012年のクリス・アンダーセン「メイカーズ」出版、2014年にオバマ大統領がホワイトハウスでメイカーフェアを開くなど、2014-17年は世界的に「メイカームーブメント」がバブル的に持てはやされた時代と言えるだろう。一頃のWeb2.0、今のAIに近い形で、どれも実質的な価値のある重要な事柄だが、バブル的な過度の注目によって多くの誤解も生まれた。

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メイカーフェア深圳2015。中国に吹き荒れたメイカーブームの只中で行われた、街区をまるごと会場にする大規模なフェア。

 大衆創業・万衆創新とは、エリート主導の雰囲気が強かった中国で、草の根からのイノベーションを多く生み出そうという政策である。

具体的には

  1. 市井のモノづくり空間であるメイカースペースの支援
  2. それまで投資家になるのが難しかった許認可の大幅な緩和でベンチャーキャピタルを生み出す
  3. それまで社長になり人を雇うのが難しかった許認可の大幅な緩和で起業家を生み出す
  4. 大学内などに創業支援スペースを置く
  5. 社会を失敗に寛容な雰囲気をつくるために、テレビなどに起業家をたくさん出してプロパガンダを行う

 などの政策からなっている。イノベーションのために失敗に寛容な雰囲気をつくるのは慧眼と言える。

 実際に効果を現した施策も多かった。僕は中国深圳をベースに世界中のメイカームーブメントを繋げる活動をしている。友達が所属・経営するベンチャーも多いが、そうした社員数十名の中小企業に李克強首相が訪れている写真をどこでも見た。中国でも小企業は親の反対によって優秀な学生を採用しづらいし、融資も受けづらい。李克強のパフォーマンスによって企業価値の上がったベンチャーは多い。こうした部分はむしろ日本が学ぶべきかもしれない。高校生の野球大会と同程度にプログラミングやロボットの大会が注目を浴びるようになったら、良い影響があるだろう。

 問題は、中国の国家計画に多く見られる「やりすぎ」だ。大衆創業・万衆創新の出発点となった、中国の柴火創客空間(メイカースペース)は小学校の教室ぐらいの小さいスペースだが、そこに李克強首相が訪れて手作りのロボットアームに注目し、メイカースペースの名誉会員章にサインする姿はネットで何度もリピートされ、2015年は「創客」(大陸ではメイカーにこの字を当てる。余談だが台湾では自造者と当てて違う。大陸の方がアントレプレナー的な側面、台湾の方がエンジニア的な側面が強いと感じる)が中国ネット一番の流行語となった。

 年配の人なら「文化住宅」「文化包丁」などを思い出すようなバブルぶりで、深圳には今でも創客酒店(メイカーホテル)やメイカー理髪店などがある。

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柴火創客空間。ブームの火付け役となった彼らは、バブルから最も遠い、身の丈の活動をするメイカーたちだった。

 結果として、中国全土に補助金だけの名前だけのメイカースペースがあふれた。名前だけのメイカースペース、実際は単なる貸しオフィスやさらには喫茶店などが溢れ、3年後の2018年、の補助金終了とともに多くが廃業した。

 柴火創客空間の発起人であり、中国ふくめ世界のメイカームーブメントのキープレイヤーと言えるSeeed社長エリック・パンは、ブームの只中に行われた2015年の深圳メイカーフェアで、「今は深圳全体で200ものメイカースペースがあるらしいけど、僕は深圳のメイカーを200人も知らないけどなあ(笑)」という名言で警鐘を鳴らしている。

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「メイカー理髪店なんてものまである」「Well known, well missunderstand」と警鐘をならした、エリック・パンのメイカーフェア2015でのプレゼン

崩壊後に残った、「起業」と「教育」

 2014年以前にも、中国にはいくつかのメイカースペースが稼働していた。先ほど紹介した柴火のほか、上海にも成都にも商売にならない中で純粋なモチベーションから始めたメイカースペースがあった。数ではバブル後のものにくらべて1割に満たないであろう彼らオリジネイターたちは、今も粛々と活動している。ブームの火付け役になった柴火創客空間は今もメイカーフェア深圳の主催をはじめとして、メイカームーブメントを主導している。

 起業促進ほかのマスイノベーション政策は今もさまざまに形を変えて続いている。2016~17年頃のVC投資バブルに比べると多少落ち着いたが、中国は今でも起業大国で、この起業志向は少なくとも向こう数年は続くだろう。アリババやテンセント・シャオミといった民間のビッグプレイヤーも、成功すると中小企業への支援にまわり、そこにはエコシステムが生まれている。

 また、メイカーという言葉が下火になり、3Dプリンタなどの工作ツールが普及してニュース性がなくなっても、メイカー教育・STEM教育といった創造性支援、特にコンピュータとネットワークを使ったシステムを作る力を支援する教育は年々普及している。2021年からは中国の各省でAIを中心としたコンピュータ教育が義務化される。それに備え、各地で地元のベンチャー企業と教育機関・地方政府が一体となった試行錯誤が行われている。小企業に政治家が手当たり次第に訪問し掘り起こしを行うことや、さまざまなイベントを開いて出会いをつくることは、バブル崩壊後の今もそれなりに行われている。

 こうしてみると、バブル前から活動していたメイカースペースたちは騒動に巻き込まれて大混乱し、いい迷惑を被ったが、今ではバブルが去って正常化しつつあると言えるかもしれない。2018年11月8日、中国のメディアXIXTH TONEが「Made in China: The Boom and Bust of Makerspaces[1]」という特集記事を公開し、僕も日本ほかアジアのメイカー伝道師として記事に登場しているが、そこではバブルが去った今の状態をBack on Trackと表現している。この記事は許可を得て翻訳をFabcrossにて公開している。(中国メイカースペースバブルと崩壊後[2]

 バブルの情勢と崩壊で膨大なエネルギーが費やされたし、僕も当事者の一端として文句を言いたくなることは多々ある。しかし、別に人が死んだり環境が破壊されたわけじゃなし、公共投資としてはそれなりに意味があったのかもしれない。


[1] Made in China: The Boom and Bust of Makerspaces https://www.sixthtone.com/news/1003171/made-in-china-the-boom-and-bust-of-makerspaces

[2] 中国メイカースペースバブルと崩壊後 https://fabcross.jp/topics/tks/20190117_made_in_china.html

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