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第137回中国研究会「激変する世界情勢下にある中国事業の新展開~外商投資法を中心とした新法令を踏まえて~」(2020年11月20日開催)

「激変する世界情勢下にある中国事業の新展開~外商投資法を中心とした新法令を踏まえて~」

開催日時: 2020年11月20日(金)15:00~16:00

言   語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講   師: 劉 新宇氏 北京市金杜法律事務所(King & Wood Mallesons)パートナー弁護士

講演資料:「 第137回中国研究会講演資料」( PDFファイル 3.08MB )

講演詳報:「 第137回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 8.33MB )

YouTube[JST Channel]:「第137回中国研究会動画

「日本企業にも新たなチャンス 中国の新法律を劉新宇氏解説」

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 新型コロナウイルス感染による経済的打撃からの急速な回復が進む中国では、この1年ほどの間に重要な法律が相次いでつくられている。いずれも海外からの投資を容易にする条項を含んでいる。11月20日に科学技術振興機構(JST)で開かれた中国研究会では、北京市金杜法律事務所パートナー弁護士の劉新宇氏が、海南島の三亜からビデオ会議システムを利用して講演し、外商投資法、民法典、輸出管理法という新しい法律の要点を詳しく解説した。劉氏は北京を拠点に多国籍企業の法律顧問としても活躍しており、貿易仲裁でも多くの実績を持つ。新しい法律が中国での活動を活発化しようとしている日本企業に及ぼす影響についても詳しく述べ、日本企業にとっては新たなチャンスの到来であることを強調した。

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劉新宇北京市金杜法律事務所パートナー弁護士

ネガティブリスト初めて法制化

 劉氏が最初に詳しく解説した法律は、今年1月に施行された外商投資法。旧「外資三法」(外資企業法、中外合弁経営企業法、中外合作経営企業法)に代わる外商投資に関する基本法となった。同法の第一の意義として挙げたのが、法律として「ネガティブリスト」制度を初めて定めたこと。ネガティブリストとは、中国政府が特定分野の外商投資を規定する参入特別管理措置をいう。ネガティブリストの「投資禁止」に指定された分野には、外国投資者は投資できず、「投資制限」に指定された分野に投資する場合には、ネガティブリストが定める条件に適合しなければならない。こうした制約を盛り込んだ一方、逆にネガティブリストに入っていなければ、投資に内資と異なる制約はないということを保証しているのが大きな特徴だ。

「自動車の合弁生産や一部の交通・運送などの特定分野を除くと自由に投資ができるようになった。政府の許認可が必要なくなるからだ」。日本企業にとっても有利になる点を劉氏はこのように解説している。一方、ネガティブリストへの適合性審査に関する最終的な責任を負う機関を定めていないことを紹介し、外国投資者自身の責任もまた大きくなった面もあることに留意するよう注意を促した。

「日本企業が安心できる」として劉氏が紹介したもう一つの外商投資法の特徴がある。政府部門の行為に対する制限だ。これまでは、地方政府が日本企業に対する優遇措置をやめ、日本企業が撤退せざるを得なくなるような事態も起こりえた。こうした場合、日本企業には対抗策がない。しかし劉氏は、外商投資法の25条が次のように定めていることを紹介し、地方政府がこのような行為ができなくなったことを強調した。

「地方各レベル人民政府およびその関連部門は、外国投資者、外商投資企業に対して法により行った政策にかかる承諾および法により締結した各種契約を履行しなければならない」、「国家利益、社会公共利益のために政策にかかる承諾、契約の約束を変更する必要がある場合、法定権限および手続に従い実施し、かつ、法により外国投資者、外商投資企業がそれにより受ける損失を補償しなければならない」

 一方、外商投資法が外商投資情報の報告義務を定めていることにも注意を促した。「外国投資者の中国国内での直接投資による会社、パートナー企業の設立(買収を含む)」、「外国(地区)企業による中国国内での生産経営活動への従事」、「外商投資企業の中国国内での投資(複数レベルの投資も含む)による企業の設立」などについては、当局に報告しなければならないとされた。「外国投資者も報告する義務の主体になりうる」と劉氏は日本企業に注意喚起している。

 劉氏が最後にまとめた外商投資法と関連法規が日本企業に及ぼす影響についての結論は次のようだった。「政府調達への平等な参加」と「自由意思原則およびビジネス規則に基づく技術提携の展開」を可能にする新たなチャンスが生まれた。一方、「一部の政府部門による承諾、政府部門との契約」と「中国との合弁企業の持分譲渡」については具体的なやり方などを留意する必要がある。

民事法を集大成した民法典

 外商投資法に加え、劉氏は「民法典」と「輸出管理法」という重要な法律についても日本に大きな影響を及ぼすとみられる条項を詳しく解説した。来年1月1日に施行される「民法典」は、新中国成立以降の民事法を集大成した法典とされる。「法典」と名のつく法律は新中国成立後、初めてということからもこの法典の重要性が分かる。日本企業が中国で活動する際にこの法典に従わなければならないことは多い。劉氏は「契約」「個人情報保護」「環境保護・生態保護の責任」の三つを重要視し、それぞれ日本企業が留意すべきことを詳しく述べた。

「契約」に関しては、まず挙げられたのが「定型約款」に関する条項。「定型約款」を採用して契約を結ぶ場合、双方が守らなければならないことが明記されている。「定形約款」が無効とされる四つケースが明記されている条項をはじめ、「契約について許可などの手続きを行うべき当事者の義務」や、「経営範囲を超えたことのみをもって、契約の無効を確認してはならない」ことを定めた条項、さらに「契約解除ができるケース」を定めた条項について、日本企業が留意すべきことを劉氏は詳しく解説した。

「日本企業にとってインパクトは極めて大きいと思う」と劉氏が特に注意を促したのは、次の条項だ。「法律、行政法規の規定に基づき、契約について認可等の手続を行わなければならない場合、その規定に準じる。認可等の手続を行わないことにより契約の発効に影響を与えた場合、契約における認可申請等の義務の条項および関連条項の効力に影響を与えない。認可申請等の手続を行うべき当事者が義務を履行しない場合、相手方は、当該義務違反の責任の負担を請求できる」(502条2項)。契約したのに許認可が出ないという日本企業が一方的に不利益を被るようなケースは避けられるということだ。

「定型約款」「認可取得条項の効力」「経営範囲を超える契約の効力」について記したこうした条項に加え、「高利貸の禁止」や、「保証契約における保証責任」について明記された条項も紹介し、「これら五つのポイントが民法典では極めて重要」としている。

個人情報、環境保護・生態破壊も明記

 個人情報に関して「民法典」は、個人情報「処理」の概念を初めて定め、個人情報に関わる全ての行為を規制している。「情報処理者は、その収集・保存した個人情報を漏えいまたは改ざんしてはならず、加工を経て特定の個人が識別できず、かつ回復できない場合を除き、自然人の同意を得ない限り、他人に対してその個人情報を違法に提供してはならない」(1038条)などだ。ただし、現在、一般個人情報(医療データ等、重要データに該当する一部の個人情報を除く)の国を越えた伝送は禁止されていないなど、日本企業が注意すべき点についても、劉氏は指摘した。

 環境保護・生態破壊の責任が明記されたことに関し、劉氏が特に注意を促したのは、「環境破壊をすると修復の責任を負わされる」こと。「国の規定に違反して生態環境の損害を生じさせた場合、国が定める機関または法律が定める組織は、権利侵害者に下記の損害および費用の賠償を請求することができる」(1235条)を紹介し、「土壌汚染などで損害賠償を求められることもあるから日本企業にとってインパクトは大きい」と注意喚起した。

外貨管理の規制緩和

 近年の大きな変化として劉氏は「外貨管理の規制緩和」にも触れた。5年前に外商投資企業は支払いが発生しなくても自社都合で人民元に換金できるようになったことで、日本企業も中国国内での投資が容易になった。2017年には借入可能な外債枠が純資産を基準に計算するという規制緩和が行われ、さらに今年にはさらなる緩和により、一般企業の借入可能枠が純資産の2倍から2.5倍に拡大した。劉氏はこうした外貨管理の緩和により「越境投資の便利さが期待できる」と日本企業への影響も大きいことを指摘した。

輸出管理法および関連法令の公布

 最後に劉氏が触れた法律が、10月17日に全人代常務委員会で採択され、12月1日に施行される「輸出管理法」。国家の安全や中国企業の利益を損ねる外国企業とみなされて「信頼できない企業リスト」に載せられると、米国企業だけでなく日本企業も大きな不利益を被る。劉氏は、日本企業に対して「輸出管理法の管理規定をよく勉強しておいた方がよい」と勧めた。

日本企業との提携望む中国企業

 劉氏は中国の新法律を詳しく解説する前に、中国経済の近況と日本企業による対中投資の状況も分かりやすく紹介している。中国経済は、新型コロナウイルス流行から早期回復が図られ、今年第一四半期には前年同期比10.8%減となった外資利用額が、4月に前年同期比11.8%増、5月には同7.5%増と急回復を果たした。国内総生産(GDP)も今年第一四半期こそ前年同期比6.8%減と落ち込んだものの、第二四半期には前年同期比3.2%増、第三四半期には同4.9%増と急回復している。劉氏はこの理由として、新型コロナウイルス流行を早期に収束したことに加え、新産業、新ビジネスモデルの発展による貢献も大きかったことを挙げている。

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(劉新宇氏講演資料から)

経済発展・外商投資の最新動向

 一方、在中国日系企業の経営環境は、人事コスト上昇・費用増加や米中貿易摩擦、新型コロナの影響などさまざまな要因によって変化を強いられている。中国での製造を米国、日本国内または第三国に移管したり、関税引き上げによる増加コスト分を販売価格に上乗せせざるを得ないなど、中国からの撤退・再編(生産縮小)が進む要因はある。実際に今年1~4月の日本企業の対中直接投資は、前年同期比で8.4%減少している。

 しかし、米中摩擦は、中国企業が日本企業との提携を強化するという方向に働く、というのが劉氏の見立て。中国のナビゲーション会社と新エネルギー商用車管理サービスを手掛ける合弁会社を北京に設立した日本の電子メーカー。世界トップ500に評価される中国の金融・多産業会社の子会社と産業コンサルティング会社を北京に設立した日本の総合商社。中国の自動車メーカーなど5社とともに、燃料電池を研究開発する会社を北京に設立する日本の自動車メーカー。最近相次いでいるこうした中国企業と日本企業による合弁会社設立の事例を挙げて「5月以降、一部日系会社は中国事業を拡大している」と劉氏は指摘した。

 新型コロナウイルスの最初の感染拡大地となった武漢市は自動車産業の集積地。操業停止により中国からの部品輸入が途絶えた日本の自動車メーカーが生産停止に追い込まれるなど日本国内で製造業のサプライチェーンが寸断されたことから、日本政府はサプライチェーン強化に補助金を出すという対応をとっている。しかし、これによる日本国内の投資拡大はマスクなど一部に限られ、中国からの日本企業の大規模撤退はない、というのが劉氏の見立てだ。

 中国側も外国からの投資拡大政策に力を入れている新しい動きとして劉氏は、中国海南自由貿易港の建設計画を詳しく紹介した。海南島は中国の最南端に位置しており、海南省は、200万平方キロメートルに上る中国最大の海域面積を持つ。国際的な高水準の経済貿易規則を整備し、完備された海南自由貿易港体系を確立して、より多くの国内外の投資を誘致する。具体的には、2025年までに段階的に関税をゼロにし、日本の法人税に当たる企業所得税を15%という低税率とするなど多くの優遇政策が導入される。こうした優遇措置を紹介して「日本企業にとっても魅力であるはずだ」と劉氏は指摘した。

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(劉新宇氏講演資料から)

 劉氏自身も深くかかわっているという中国海南自由貿易港の建設は6月から始まっている。すでに現地の金融会社から日本からの資本導入に期待する声を聴いているほか、誘致関係者から医療産業など日系企業に来てほしいという声が寄せられている。こうした現状を紹介した上で劉氏は「米中関係の悪化により、日本との関係強化を望む現地企業と海南省政府の期待が背景にある」との見方も示した。

(写真 CRSC編集部)

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劉 新宇

劉 新宇(リュウ・シンウ)氏 
北京市金杜法律事務所(King & Wood Mallesons)パートナー弁護士

<略歴>

北京市金杜法律事務所(King & Wood Mallesons)パートナー弁護士、中国政法大学大学院特任教授。仲裁人等としても活躍。得意分野は、外商投資、再編を含む企業M&A、会社法務、労働人事、国際貿易・商事仲裁で、最近では独占禁止法、反商業賄賂、税関・外貨管理及び紛争解決にも注力。多くの日中団体、多国籍企業の法律顧問を務める。

上海復旦大学法学部卒業、早稲田大学大学院法学研究科修士(民法)。卒業後、中華人民共和国労働省に入省、同省直轄の国際経済合作公司に勤務(総務副部長、法務部長を歴任)、1995年北京莫少平法律事務所に入所、2001年から丸紅株式会社法務部にて中国法顧問を務め、2005年2月に金杜法律事務所に入所、現在、コーポレート業務担当のパートナー弁護士。金杜法律事務所管理委員会委員(管理パートナー)をも務める。

中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)仲裁人、一般社団法人日本商事仲裁協会(JCA)仲裁人、中国政法大学大学院特任教授、中国人民大学税関・外為法研究所所長、中日民商法研究会副会長、中国社会科学院法学研究所私法研究センター研究員、最高人民検察院民事行政案件諮問専門家、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員、中華全国弁護士協会渉外法律服務委員会委員、北京市弁護士協会国際投資・貿易法律委員会委員長、国家外貨管理局法律顧問。

主要著書
「対外経済貿易実用法律手引」(中国法律出版社、中国語、共著)
「中国赴任者のための法務相談事例集」(商事法務、日本語、監修)
「チェンジング・チャイナの人的資源管理」 (白桃書房、日本語、共著)
「事例でわかる国際企業法務入門」(中央経済社、日本語、共著)
「中国進出企業 再編・撤退の実務」(商事法務、日本語、編著)
「企業M&A独禁法審査制度の理論と実践」(中国法律出版社、中国語、共著)
「中国商業賄賂規制コンプライアンスの実務」(商事法務、日本語、監修)

論文 (近年の代表的な日本語文献)
「『新常態』下における中国ビジネスの新動向―法的リスクマネジメントの観点から」(監査役、2016年5月号)
「営業秘密保護に関する中国の法制度と最新実務(上)、(下)」(NBL 2016年9月、11月)
「中国外資参入法制度をめぐる重大な改革」(JCAジャーナル、2016年10月号)
「『民法総則』の解説」(NBL 2017年5月号)
「中国における商業賄賂の立法及び法執行の新動向-不正競争防止法の改正をはじめとする商業賄賂規制の留意点」(監査役、2018年6月号)
「『新時代』に突入した中国外商投資法実務の変貌 - 外商投資法の制定に際して」 (JCAジャーナル、2019年6月号)
「中国外商投資の新時代における法整備と実務の変化」(商事法務No2221、2020年5月号)
「新型コロナウイルス流行の影響下の中国における国際商事契約の履行と紛争解決」(JCAジャーナル、2020年5月号)
「『突発事件』発生時における在中日系企業の対応-新型コロナウイルス流行による影響の観点から」(監査役、2020年5月号)
「日系企業が注目すべき中国輸出管理立法の最新動向」(日本貿易会月報、2020年5・6月号)
「中国における『民法典時代』の到来 ―ビジネスの観点からみたその要点」(NBL 、2020年7月15日号)
「中国の新税関監督管理体制下における商品分類問題」(貿易と関税、2020年8月号)
「中国独禁法の改正動向と四ガイドライン」(公正取引協会、2020年10月号)