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第130回中国研究会「上海から見えた日中関係」(2019年9月13日開催)

「上海から見えた日中関係」

開催日時: 2019年9月13日(金)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 片山 和之: 外務省研修所長(大使)

講演資料:「 第130回中国研究会講演資料」( PDFファイル 0.98MB )

講演詳報:「 第130回中国研究会講演詳報」( PDFファイル 1.54MB )

冷静・客観的な中国認識を 片山和之氏が新たな日中関係構築提言

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 今年1月まで上海総領事を務めるなど中国との関りが深い片山和之外務省研修所長が9月13日科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンターで講演し、感情に左右された主観的な見方を排し、冷静・客観的に中国を認識する必要など中国との新しい関係構築に関するさまざまな提言を行った。氏はさらに高杉晋作ら日本の若者が幕府の使節随行員として長崎から上海にわたり、2カ月間滞在して中国の現状を見聞したことで痛感した危機感が日本の開国を実現する原動力の一つになったとする見方を示し、特に日本の若者が中国で起きていることを正しく認識する必要を訴えた。

 片山氏は今年1月まで3年4カ月間、上海総領事を務める以前にも、駐中国公使など4度にわたる北京駐在の経験を持つ。国内での中国課勤務を含めるとこれまで36年の外務省勤務中、3分の1以上の期間は中国にかかわってきた。氏はまず、中国に対する基本認識として三つを挙げた。経済面では日本の発展は中国の発展でもあるという相互互恵関係にあり、永遠の隣人である中国との文化・人物交流が両国民間の理解増進の重要手段。さらに政治・安全保障面では、基本的価値を共有しないことから、必要な備えはする、というものだ。

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上海総領事館のビザ発給数世界の3分の1

 こうした基本認識に立って、上海を中心とする上海総領事の管轄区域(上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省)と日本の結びつきが特に大きな意味を持つ現実を詳しく紹介した。上海市の4万4,000人を含めこの地域に住む日本人(登録在留邦人)は5万7,000人に上り、中国全土の在留邦人の46%が集中する。日系企業の拠点が世界で最も多い地域となっており、上海市の1万を含め2万拠点と中国全土の70%が集中する。日本の対中国投資の80%、貿易の45%がこの地域を対象にしている。ビザ発給数は2018年1年間で約225万件と全世界で発給されるビザの3分の1を占める。上海市の日本人学校の生徒数は2,200人と世界で2位の多さ。世界で唯一の高等部もある。

 氏はさらに、中間層・富裕層にみられる対日好感度の高さ、青年層の日本文化(アニメ、漫画、小説、日本料理など)への関心の高さ、国際的、実際的で、洗練された実業家といったこの地域の特徴も挙げた。こうした傾向を裏付けるデータとして、日本のNPO法人「日本の言論NPO」と中国国際出版集団が実施した日中共同世論調査結果も示した。日本に好感度を持つ中国人が近年増えているのと対照的に中国に親しみを感じない日本人が相変わらず多いという結果だ。

目立つ日本の存在低下

 かつて、中国を訪れる外国人は日本人が最も多かったのが今は、ピーク時の6割程度。観光地の表示も英語や韓国語だけで日本語はないものもある。日本の存在はかつてに比べ低下している。一方、上海の大型書店が毎月、公表している売り上げベストセラー上位10冊の中には、東野圭吾、村上春樹の小説が3,4冊は入っており、稲盛和夫氏の著書、あるいは日本の料理文化などを紹介した本も書店に平積みされている。

 こうしたアンバランスをもたらしている背景として片山氏は、日本国内で中国の現状、変化の速さや規模に対する認識が不十分で、多くの日本人が相変わらず古い情報とステレオタイプの認識に基づいて中国を批評していることを指摘している。中国の名目GDP(国内総生産)が、1978年から2017年の40年間で225倍に増大し、現在は日本の2.6倍の規模となり、輸出額も230倍に増えた。港湾コンテナ取扱量は上海港が世界一で、上位10港のうち7港は中国。新幹線路線総距離は日本の約8倍。米国の大学に留学した中国人は約35万人で1万9,000人の日本人留学生数をはるかにしのぐ。企業総収入に基づく米フォーチューン誌のベスト500社に入った企業は115社と日本の51社よりはるかに多い。2016年あるいは2017年、2018年のこうした数字を列挙して、中国の変化の速さと規模の大きさを氏は詳しく紹介した。

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中国の変化理解若者に期待

 こうした現状を直視して、日中関係は今後どうあるべきか。片山氏は特に時間を割いていくつかの具体的方向、考え方を提示した。人権の重視や法の支配といった基本的な価値に関して日中間に大きな違いがあることを前提に、氏が強調したのは「戦略的互恵関係の構築」や、感情に左右された主観的な対中間を排除した「冷静・客観的な相手国認識」、さらにはスマホ時代における「世論外交の重要性」などだ。政治的には集権化が進む一方で市民社会の多様化も進む中国と、信頼関係に基づいた関係をどう構築するかが大きな課題、という考えに基づく提言だ。

 中国と量的に競争するのは限界がある。中国が提供できない日本の独自性を生かした魅力を世界に発信することが大事。日本は強大化する中国にとって、支援を受けないと済まない存在であり続けることが重要だ、と片山氏は提言した。最後に訴えたのが、若い世代に対する期待。今から157年前の1862年に長州藩士、高杉晋作ら日本の若者が、幕府の使節随行員として上海を訪れ、数カ月の滞在中に欧米の租界が設けられ、大平天国の乱が起きた直後の上海の実情を見聞したことが、その後の日本開国の原動力になった。こうした見方を示し、日本の若者が近代以降の日中関係、そして今中国で起こっている変化の規模と速度をよく知ることの重要性を強調し、講演を終えた。

(写真 CRSC編集部)

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片山和之

片山 和之(かたやま かずゆき)氏:外務省研修所長(大使)

略歴

1983年 京都大学法学部卒業(法学士)
1984年~1986年 香港中文大学,北京語言学院,北京大学留学
1986年~1987年 スタンフォード大学大学院,ハーバード大学大学院留学
1987年 ハーバード大学大学院修士課程卒業・修士号取得(MA 地域研究)
2007年~2011年 マラヤ大学大学院博士課程留学
2011年 マラヤ大学大学院博士課程卒業・博士号取得(PhD 国際関係論)

職歴

1983年4月 外務省入省
1987年6月 在中国日本国大使館二等書記官
1989年7月 外務省経済局経済安全保障室事務官,課長補佐
1992年1月 外務省アジア局中国課補佐,天皇皇后両陛下御訪中準備室補佐
1994年6月 外務省アジア局中国課首席事務官
1994年9月 外務省大臣官房外務報道官組織海外広報課首席事務官
1996年4月 内閣官房副長官(事務)秘書官(橋本内閣)
1997年7月 在中国日本国大使館一等書記官
1999年8月 在米国日本国大使館一等書記官
2000年1月 在米国日本国大使館参事官
2002年8月 外務省経済局国際エネルギー課長
2004年8月 外務省大臣官房広報文化交流部文化交流課長
2006年8月 在マレーシア日本国大使館公使(次席)
2008年8月 在中国日本国大使館公使(経済部長)
2010年8月 在ベルギー日本国大使館公使(次席)
2013年9月 在デトロイト日本国総領事
2015年8月 在上海日本国総領事
2019年1月 現職 

著書

「対中外交の蹉跌 上海と日本人外交官」日本僑報社 2017年
China's Rise and Japan's Malaysia Policy. Kuala Lumpur: University of Malaya Press, 2013.
「ワシントンから眺めた中国」東京図書出版会 2003年