【19-30】人材育成の重要さ浮き彫りに さくらサイエンスプラン5周年シンポジウム
2019年11月14日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
アジアを中心に多くの若者を日本に招いている科学技術振興機構(JST)の「日本・アジア青少年サイエンス交流事業」(さくらサイエンスプラン)の5周年シンポジウムが11日、東京都内の東京大学弥生講堂で開かれた。交流事業で日本を訪問したことがある研究者や大学生、さらに送り出し機関、受け入れ機関の関係者たちの講演や発言から浮き彫りになったのは、人材育成の重要性。さくらサイエンスプランのさらなる拡大、充実を求める発言も内外の登壇者たちから相次いだ。
大連理工大学学長さらなる交流呼びかけ
中国・大連理工大学の郭東明学長が基調講演し、世界レベルの大学は協力して人材育成を進める責務があることを繰り返し訴えた。大連理工大学の創立は、新中国建国の1949年。現在、世界レベルを目指す「双一流A類大学」に指定されている36大学のひとつとして、中国政府から毎年特別の予算が投入されている。郭学長は、日本の大学との提携、交流に最も熱心な学長として知られる。2014年にスタートした「さくらサイエンスプラン」を高く評価し、昨年度までの5年間で207人の学生を日本に送り出した。今年度も約200人の学生の来日が見込まれている。郭学長自身、何度も日本の大学を訪れ、提携強化に努めている。
郭東明大連理工大学学長
今年5月には大連理工大学で、大学創立70周年とさくらサイエンスプランに対する返礼の意味もかねて「中日大学生交流大会」が開かれた。日本の27の大学とJSTから招かれた大学生、教職員は、約400人に上る。「招待した294人の日本人大学生の40%が、留学するなら大連理工大学を選ぶ、と考えてくれたことが分かった」。郭学長は講演で、「中日大学生交流大会」の成果をこのように語り、さらに日本との交流に力を入れたいという強い意欲を示した。郭学長が、既に立ち上げている外国人学生呼び込み策が「同窓友情イニシアティブ」と名づけたプログラム。「中国人学生と外国人学生は、英語で一緒に授業を受け、大学生活も共にする。質の高い教員を採用し、世界レベルの人材を育成するモデルをつくる」。「同窓友情イニシアティブ」のさらなる充実に努めていることを強調し、大連理工大学に学生を送り出してほしいと日本の一流大学に呼びかけていることを、郭学長は明らかにした。
同大学が日本の大学との交流に力を入れてきたことを示すものに1987年から始めている日本語強化コースがある。学部学生が対象で、期間は普通より1年長い5年というコース。機械工学、材料科学工学などの学科に置かれている。東京工業大学の教授による日本語の授業もあり、同大学を退官した教授を専任教授として迎えてもいる。「入学時は日本語が分からない学生が、卒業時には日本語が話せる立派な科学技術人材になる」と、郭学長は日本語強化コースの実績を強調した。
日本重視を示すもう一つの例として知られているのが、2013年に立命館大学と共同でつくった国際情報ソフトウェア学部。全ての授業が日本語で行われており、3年次には日本で立命館大学の授業を受ける。「卒業生の70%は学問の道に進み、残りはよく知られている企業に就職している」。郭学長は、こちらのほうも目的通りの実績を挙げていることを明らかにした。「科学技術、マネジメントを中国で学びたいという学生は、ぜひ大連理工大学を選んでほしい」と会場の日本人参加者たちに呼びかけた。
基調講演に先立って行われた夏鳴九駐日中国公使参事官とラージ・クマール・スリバスタバ(Raj Kumar Srivastava)駐日インド臨時代理大使(Charge d' Affairres a.i.)のあいさつでも、それぞれ若い研究者や学生の交流の重要性を強調し、さくらサイエンスプランに対する高い評価と期待が表明された。
夏鳴九駐日中国公使参事官
ラージ・クマール・スリバスタバ駐日インド臨時代理大使
共同研究にも強い期待
さらにその前に行われた成果発表会では、研究者や大学生、高校生を送り出した中国、タイ、インド、ベトナム、スリランカの政府や大学関係者と、受け入れた日本の大学、企業などの関係者たちから、具体的な交流の成果が報告された。5年間で全訪日者の3分の1に当たる8,904人の高校生、引率教師、大学生、大学院生、研究者その他の科学技術関係者を送り出した中国からは、姜小平科学技術部一級調研員が、交流が研究協力に発展した例などさくらサイエンスプランの成果を評価する言葉とともに、日中両国の友好に寄与することへの期待が述べられた。一方、姜氏は、日本政府に対する要望も述べている。さらなる交流拡大のため、中国の学生や研究者が訪日する際に求められている査証(ビザ)申請手続きを省略してほしい、というものだ。
姜小平中国科学技術部一級調研員
さくらサイエンスプランによる訪日者が、中国に次いで多いのは、タイ。昨年度までの5年間に訪れた高校生、引率教師、大学生、大学院生、研究者その他の科学技術関係者たちは2,854人に上る。アーティアン・ショティプリック(Artiwan Shotipruk)チュラロンコン大学(Chulalongkorn University)教授は、「さくらサイエンスプランはよいところばかりだ」と褒めた。チュラロンコン大学は、これまで300人以上の学生や研究者を送り出している。2014~2018年にはJSTが進める戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)を熊本大学、フィリピンの大学と実施した。持続可能な発展のためのエネルギー源として期待されているバイオマスから触媒をつくりだし、その触媒の力でバイオマスを有用化合物に転換することを目的にした研究プログラムだ。ショティプリック教授は、バイオマス転換プロセスを担当したタイ側の研究代表者を務めた。
アーティアン・ショティプリック・チュラロンコン大学教授
「JSTが受け入れ役、われわれの大学が送り出し役となり、地球温暖化やエネルギーなどを対象にした共同研究プログラムをもっとつくりたい」。同教授は、日本との協力拡大を強く求めている。また、郭東明大連理工大学学長同様、日本の大学とのダブルディグリーを可能とすることにも強い意欲を示した。
2,207人と3番目に訪日者が多いインドからは、デュライ・スンダール(D.SUNDAR)インド工科大学教授が、「インドの21の機関がさくらサイエンスプランの恩恵を受けている」ことを紹介し、さらに協力を強めることに強い意欲と期待を表明した。4番目に多い1,912人を送り出したベトナムからは、グエン・ティ・チュイ・ハ(Nguyen Thi Thuy Ha)教育訓練省国際協力局主任が、送り出す高校生の選抜は、選抜基準を設定し、できるだけ優秀な生徒を選んでいることを強調した。その上で、受け入れ人数の増加、受け入れ対象を高校教師にも拡大、再来日者への支援策などさくらサイエンスプランのさらなる充実を日本に提案した。一方、ベトナム側でも日本の研究者や大学生、高校生を招へいする計画を検討していることも明らかにしている。
こうした多くの期待や要望を受けて、さくらサイエンスプラン委員会の委員長を務める三木千壽東京都市大学学長は「日本の受け入れ大学が少数の大学に偏らず地方や小さな私立大学にも広がっている」、「共同研究や交流協定締結などに発展する例も多い」、「短期のプログラムにもかかわらず、受け入れ大学の学生も含めた参加学生たちがこれほど変わるかと思うほどの変化をみせる」など、さくらサイエンスプランの効果を高く評価した。その上で、応募用紙の簡略化など応募がしやすくする措置や、対象国・地域の拡大などを検討する必要を認めた。
三木千壽さくらサイエンスプラン委員長(東京都市大学学長)
さくらサイエンスプラン同窓生たちも活躍
シンポジウムの後半には、さくらサイエンスプランに関わりが深い人たちによるパネルディスカッションが行われた。日本の大学人、行政官に混じって、これまでさくらサイエンスプランで来日したことがある人たちからなる同窓会を代表してジテンダー・チュー(Jeetender Chugh)インド科学教育大学プネー校(Indian Institute of Science Education and Researchi-Pune)准教授と徐依馨大連理工大学外国語学院学生の2人が発言した。
大連理工大学生、徐依馨さん(右)。左はジテンダー・チュー・インド科学教育大学プネー校准教授
徐さんは、さくらサイエンスプラン最初の年(2014年)の招へい者。当時、山東省の高校生(済南外国語学院)だった。校長にさくらサイエンスプランの招へい者10人のうちの1人に選ばれるまで、日本に特に大きな関心はなかったという。しかし、1週間の日本滞在がきっかけとなり、高校の推薦枠で大連理工大学外国語学院日本語学科に入学し、昨年9月から1年間、大阪大学に交換留学という経験も積む。「さくらサイエンスプランのおかげで、日本語学科に進学し、日本とのつながり、日本人との友情も続いている。今の私があるのはさくらサイエンスプランのおかげ。将来は、中日学生の交流や、研究者たちの後ろに立っての支援活動などをすることで、恩返しをしたい」。徐さんは、明るい表情で将来の希望を語った。
さくらサイエンスプラン経験者で再来日した人たちの同窓会
さくらサイエンスプランの招へい者たちは、40歳以下の学生、若い研究者、科学技術に関わる業務に従事する人たちで、かつ日本に長期滞在の経験がないことが条件になっている。今回のシンポジウムで目立ったことは、さくらサイエンスプランで日本を訪れたのがきっかけとなり、留学や共同研究で再来日する人たちが多いことだ。シンポジウムに先立つ、午前中、会場すぐそばの別会場で、こうした再来日者たち22人が集まる同窓会が開かれた。この席上でも、さくらサイエンスプランに対する感謝や期待の発言が相次いだ。
シンポジウムの最後にさくらサイエンスプランの立ち上げ、発展に中心的役割を果たしたJST中国総合研究・さくらサイエンスセンターの有馬朗人センター長(元東京大学総長、元文部大臣、元科学技術庁長官)と沖村憲樹上席フェロー(元科学技術振興機構理事長)が、それぞれまとめのあいさつをした。
有馬朗人さくらサイエンスセンター長(元東京大学総長、元文部大臣、元科学技術庁長官)
有馬センター長は、「アジアの青少年が科学技術を通じて交流することは、アジアの将来にとって大きな力になると信じる」と発足時の思いを再度、力強く披瀝した。沖村上席フェローは「5年間がむしゃらにやってきたが、心にあるのは参加した人たちが人生のキャリアの中で役に立っているかだ」と語り、シンポジウムで出されたさまざまな要望について「柔軟に対応する」ことを約束した。
沖村憲樹中国総合研究・さくらサイエンスセンター上席フェロー(元科学技術振興機構理事長)
なお、シンポジウムでは詳しく紹介されなかったが、さくらサイエンスプランが外国の新たな科学技術交流計画をスタートさせたという大きな成果がある。2016年から中国政府が始めた「日本行政官および大学関係者の招へいプログラム」だ。さくらサイエンスプランの中国側とりまとめ機関である中国科学技術部がさくらサイエンスプランの意義を認め、日本からお返しに省庁、地方自治体、大学などの研究者や科学技術担当者たちを中国に招へいするというプログラムだ。初年度78人、2017年度107人、2018年度157人が招へいされ、6日間、大学など中国の科学技術の現場をじかに見る機会を得ている。今年も、6月と10月の2回に分けて、計260人が招へいされた。
関連リンク
さくらサイエンスプランウエブサイト さくらサイエンスプラン5周年シンポジウム開催!中国からの招へい1万人記念セレモニーも
関連サイト
さくらサイエンスプランホームページ https://ssp.jst.go.jp/
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