第173号
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生活環境のデジタル化が進む中での中国政府の高齢者対応について

2021年02月08日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より、中国では雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 中国の高齢者のインターネット利用率は低い。CNNIC(中国互聯網絡信息中心)によると、50代の利用者は全体の12.5%、60歳以上の利用者は10.5%にとどまる。年齢別人口を加味すれば、50代以上のインターネット利用率はそれより若い世代よりもずっと低い。

 一方で生活において、スマートフォンを利用したサービスはますます利用しないと不便になっている。さらにコロナ禍においては、移動の際に当人の感染の可能性を緑・黄・赤のいずれかの色で示したQRコード「健康コード」の表示が様々な場面で必要になった。

 こうした中で中国政府は、デジタル世代ではない高齢者も各種サービスを受けられるよう通知を発表した。発表された順に時系列で紹介する。

 まず、国務院が「国務院弁公庁印発関于切実解決 老年人運用智能技術困難実施方案的通知(以下「通知」)」を2020年11月15日に発表した。スマートフォンアプリから様々なサービスを利用できるようになったが、一方で、利用ができない高齢者や障がい者対応をするようにという、全般的な通知だ。

高齢者など向けにバリアフリー化、リニューアルされたAPPのリスト
出典:工業和信息化部関于印発《互聯網応用適老化及無障碍改造専項行動方案》的通知
ジャンル APPの名称
ニュース・情報 騰訊(テンセント)新聞、新浪微博、今日頭条
SNS・
通信キャリア
(1)SNS系:微信(WeChat)、QQ
(2)通信キャリア系:中国電信(チャイナ・テレコム)、中国移動(チャイナ・モバイル)、中国聯通(チャイナ・ユニコム)のオンラインショップ
生活・
ショッピング
(1)ショッピング系:淘宝、京東、拚多多、閑魚
(2)飲食デリバリー系:餓了麽(Elema)、美団
(3)不動産系:鏈家、貝殻
(4)娯楽系:抖音(Tik Tok)、火山小視頻、喜馬拉雅(シマラヤ)听書、愛奇芸(iQIYI)、優酷(Youku)、全民K歌、唱吧
(5)ツール:百度、搜狗
金融サービス (1)決済系:支付宝(アリペイ)、微信支付(WeChatペイ)
(2)銀行系:中国工商銀行、中国農業銀行、中国建設銀行、中国銀行、交通銀行
旅行・外出 (1)地図系:百度地図、高徳地図、騰訊地図
(2)オンライン配車系:滴滴出行
(3)切符販売系:鉄路12306、携程旅行
医療健康 (1)オンライン診察系:114健康、好大夫在線、微医
(2)医薬系:京東到家、叮当快薬

 この通知を受け、各部署が老人対策の以下の政策を発表した。

・ 国家衛生健康委員会は、「全国老齢方関于開展"智慧助老"行動的通知」を12月1日に発表。

・ 文化和旅游部と国家文物局は、「文旅部弁公庁、国家文物局弁公室関于落実《関于切実解決老年人運用智能技術困難的実施方案》的通知」を12月22日に発表。

・ 工業和信息化部(工信部)は、「工業和信息化部関于印発《互聯網応用適老化及無障碍改造専項行動方案》的通知」を12月24日に発表。

・ 商務部が、「商務部弁公庁関于促進社区消費 切実解決老年人運用智能技術困難的通知」を12月29日に発表。

・ 民生部が、「関于切実解決老年人運用智能技術困難的実施方案」を12月29日に発表。

・ 国家体育総局が、「関于切実解決老年人運用智能技術困難的実施方案」を12月30日に発表。

・ 交通運輸部など7部門が、「細化便利老年人出行服務措施」を1月4日に発表。

・ 国家衛生健康委員会基層衛生健康司が「関于做好方便老年人在基層医療衛生機構看病就医有関工作的通知」を1月8日に発表。

 

 国家衛生健康委員会が取り組むのは、高齢者の生活環境下のスマート化促進についてだ。

・ 高齢者のスマート機器利用学習のためのボランティア体制を構築する。

・ カルチャースクール「老年大学」でスマートフォン利用クラスを強化する。

・ ネット詐欺にあわないようにする宣伝を行う。

・ 家族が高齢者家族へスマート機器学習を利用するよう促す。

・ 高齢者がネットサービスを安価に利用するための仕組みづくりをする。

 

 文化和旅游部は上記の通知に、観光地や展示施設に関する対応について書いている。まず以下について早めに取り組む。

・ 有人窓口や電話での予約など、これまでの予約方法も維持する。また高齢者の家族や友人による代行も許可する。

・ 観光地では入口に高齢者や障がい者向けの福祉施設を設置し、スタッフやボランティアなどがスマートテクノロジーが苦手な高齢者などを支援する。

・ 携帯する専用情報端末が文化施設や観光地を説明するケースでは、大きな文字で大事な情報を表示する。またできない場合は虫眼鏡や老眼鏡を提供する。

 次に2021年内までの目標について、以下のようにしている。

・ 老人がスマート機器になれるよう、カルチャースクールなどでスマホの使い方クラスを用意する。

・ 広場舞や歌や書道など老人向けのアプリを開発する。

・ 高齢者が受け入れられる、5G、スーパーハイビジョン、VR、ARを活用した演出導入を進める。

 

 工信部は、生活に必要な主要43アプリと115サイトに対して、高齢者や視聴覚などの障がい者向けに、大きい文字や音声を発するモードを用意させると発表した。タイムスケジュールとしては、今年10月までに対象サイトと対象アプリの高齢者・障がい者対応を完成させる。それらについて12月までに評価をした後、各企業の信用評価に反映させる。

 

 商務部が取り組むのは、都市部と農民部において老人向けのサポートセンターを構築するというものだ。

・ 家事、託児所、老人看護などのサービスを請け負うサービスセンター(便民服務中心)を建設する。高齢者対応のために人による対面対応と現金支払いを維持する。

・ 「社区」と呼ばれる大型マンション団地に生活サービスにも対応するコンビニチェーンを展開する。

 

 民生部は小区と呼ばれる大規模マンション団地と、役所の対応について書いている。

・ まずは政務アプリの高齢者対応を進める。オンラインでしかできないことはオフラインでもできるようにする。

・ 小区でスタッフ高齢者向けスマート機器利用講座を開き、ビデオチャットが家族とできる程度まで伸ばす。

・ そのうえで各政府施設の高齢者対応を強化する。

・ また高齢者向けスマート健康機器を供給するようにする。

 

 体育総局は、高齢者対応で他部署と同様に有人現金対応の仕組み構築と、紙での賞状発行などを上掲の方案に明記している。

・ 体育館や運動場において、オンライン予約サービスを提供しつつ、高齢者が利用できるよう対人窓口を残し支払いは現金対応する。

・ 運動会などのイベントにおいて紙を使った賞状を発行する。

 

 交通運輸部など7部門が取り組むのは、交通に関する高齢者対応だ。

・ 健康コードはバスターミナルや空港など特殊な場所を除き、健康コードのチェックを行わない。健康コードチェックのないレーンを用意する。本人が健康コードの操作ができない場合は友人やスタッフがサポートする。

・ 身分証や「社会保障カード」や「老年カード」などで公共交通が乗れるようになる。

・ 現金支払いを受け入れ、電子チケットだけでなく紙のチケット発行にも対応する。

・ 95128でタクシーが呼べるなど、電話でのハイヤーも可能にしておく。

 

 国家衛生健康委員会基層衛生健康司は、医療施設での対応を書いている。

・ 医療施設で高齢者向けに入場に健康コードが不要なレーンを用意する。

・ 順番待ちのチケット取得に(アプリからだけでなく)電話や現場など様々な方法を用意する。予約アプリは大きな字にするよう対応する。

・ 家庭用スマート健康チェック機器の普及を促す。

 さて、中国メディアの報道では、身近な企業・身近なサービスの話題であるアプリの高齢者対応がとりわけ記事化されているが、多岐にわたって各政府部門が、インターネット利用が苦手な高齢者に対する対応をすることがわかった。具体的にはスマート化が進んでも、既存の有人対応や現金決済をなくさない、カルチャースクール「老年大学」でスマートフォン使い方教室を強化する、宣伝を強化する、家庭に健康器具の導入を進めるというものだ。確かに12月には高齢者が老年大学でスマートフォンを学ぶという報道をよく見たが、背景にはやはり政府の方針があったわけだ。確実に実現させるために、アプリの大文字対応や、家庭へのネット接続できる血圧計などの導入が進みそうだ。

高齢者など向けにバリアフリー化、リニューアルされたサイトのリスト第1弾
出典:工業和信息化部関于印発《互聯網応用適老化及無障碍改造専項行動方案》的通知
タイプ サイトの名称
中央政府・部(省)・
委員会・省級政府
中国政府網、外交部サイト、衛生健康委員会サイト、教育部サイト、中国気象網、省級政府サイト(31省・市)
身体障碍者組織 中国身体障がい者連合会、各省身体障がい者連合会(31省・市)
ニュースメディア 人民網、新華網、中国網、中国中央テレビ網、国際在線、求是網、中国日報網、中国青年網、中国経済網、中国新聞網、搜狐網、騰訊網、網易網、澎湃新聞、今日頭条
交通・旅行 中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空、海南航空、深セン航空、中国鉄路12306、携程、去哪児、芸龍旅行網、螞蜂窩、8684公交網、途牛旅遊網、住哪網
通信キャリア・SNS 中国電信(チャイナ・テレコム)オンライン営業所、中国移動(チャイナ・モバイル)オンライン営業所、中国聯通(チャイナ・ユニコム)オンライン営業所、新浪微博、知乎
生活・ショッピング 京東商城、阿里巴巴、淘宝網(天猫を含む)、蘇寧易購、当当網、国美電器オンラインショップ、孔夫子旧書網
検索エンジン 百度、搜狗
金融サービス 中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行、交通銀行
image

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