第159号
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2019年にスタートアップ界隈で起きたこと

2019年12月25日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より、中国では雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のインターネット史: ワールドワイドウェブからの独立( 星海社新書)」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち(ソフトバンク新書)」など。

 縁あって筆者は中国のスタートアップ企業(ベンチャー企業)に関するニュースをひたすら読んでいた1年だった。中国のスタートアップというとなんだか難しく聞こえるかもしれないが、かつて(といってもたかだか2、3年前だが)、オレンジ色の車体のMobikeや黄色の車体のofoといったシェアサイクルが大都市の歩道を席捲したが、あれもスタートアップだった。Mobikeやofoをはじめとした無数の企業が資金調達をうけては、自転車を生産し中国全土、そして世界へサービスを展開していった。またあるいは、アリババが提唱するニューリテールスーパー「盒馬鮮生」が登場し、それに続けとばかりに無人コンビニや、短時間での配送が売りの生鮮スーパーが続々と登場していった。だが、期待された無人コンビニはその多くが閉店し、生鮮スーパーもうまくいかずに事業縮小をするというニュースをよく聞いた。

 またスタートアップがある程度力をつければ、百度、アリババ、テンセントの通称BATをはじめとしたどこかが買収してくれるというサクセスストーリーがあった。ところが今年は大企業によるスタートアップ企業の買収はほとんど見ることがなかった。これまでスタートアップ企業でありがちだったゴールを見失ってしまったわけだ。

 こうした中、中国国内の資金調達数は昨年に比べて大幅に減少した。しかしながら、それでも今年もいくつかのスタートアップの流行があった。それを紹介していく。

電子タバコ

 2019年前半は電子タバコのスタートアップが次々に立ち上がった。11月の中国メディアの報道によれば、その当時で中国に4000社もの電子タバコ関連企業があったが、その後一気に淘汰へ進んでいく。アメリカでは9月から電子タバコ販売禁止へ動き、中国政府国家市場監管総局等が11月から中国でもオンラインショッピングサイトでの販売自粛を通達し、無数の電子タバコのスタートアップが苦境に立たされた。同年前半は新ブランドが多数立ち上がったニュースを聞いたが、後半はほぼニュースを聞くことがなくなった。

食品・飲料ブランド

 安全かつ高品質であることと高級感あるパッケージとが特徴の食品や飲料(ソフトドリンク・酒)のブランドが続々と登場した。おつまみブランド「三只松鼠」や白酒ブランドの「江小白」の市場での成功を受けたものと思われる。北京上海などの最新の流行発信地で実店舗をオープンする動きもあるが、メインはECショップやコンビニでの販売だ。既存の個人商店やカルフールやウォルマートなどのスーパーよりも、中国各地で続々と登場した盒馬鮮生をはじめとしたニューリテールスーパーやコンビニなどが受け皿となっている。

教育事業「K12」

 既存のお稽古事や塾や職業訓練校よりも、IT化を進めた教育系企業が続々と登場し、資金調達した。教室がある学校とオンラインのみ対応の学校との双方ある。中国では「K12」と呼ばれる幼児、小学生、中高生が対象の、英語学校や塾のような補修校やお稽古教室のほか、社会人向け教育や、スポーツ教室など様々な学校が登場した。いずれもITを活用した効率化を謳っており、具体的には、「良質なオンライン学習コンテンツによる学生へのフォロー」「教師向けオンライン学習コンテンツによる教師へのフォローで、教師のスキルを保証」「ライブストリーミングを活用した教師と生徒のライブチャット」「生徒の学習状況が細かく確認できるシステム」などがある。

既存店のチェーン店化

 個人商店のチェーン店加盟をより簡単に実現するという企業が登場した。世界に展開するインド発ホテルチェーンでOYOのモデルに近い。OYOは、既存のホテルに対し自社のブランド名をつけ、自社サービスを提供し、他の旅行予約サイトで予約できるようにし、石鹸・タオル・ベッドカバー・スリッパなど共通のアメニティも提供するといった特徴がある。これと同様に中国の個人商店に商品を安定供給し、ネットでも注文できると同時に、店舗自体もチェーン店全体の倉庫として、近所のオーダーに迅速に対応するといった、コンビニ系スタートアップが何社も登場した。ペットショップをチェーン店化するスタートアップも登場したが、個人商店のチェーン店化の特徴に加え、各ペットショップオーナーの技術を前述の教育系スタートアップと同様のオンライン学習を活用して店舗オーナーの動物への知識を高めた上で、オンラインでの顧客からのペットサービス(犬のシャワーなどのお手入れ)に対応するといった、顧客の幅広いサービスニーズに応じられるようにしている。

医学薬学の基礎研究開発と医療リソースの増加

 医療は大きな動きが2つ。ひとつは長い目で見た医学や薬学の基礎研究的スタートアップ。もうひとつは高い医療レベルが望まれている中国での、医者の数の増加や病院数の増加を目指したスタートアップだ。後者について補足すると、早期に求められている医者の育成については、教育系スタートアップと同様の技術が採用されている。ライブストリーミングやビデオコンテンツなど様々な動画やテキストなどのコンテンツや、医者同士の質疑応答に特化したクローズドなSNSで医療知識を素早く向上させて、医者を育てるというもの。さらに病院のインフラを建設し、看護師やスタッフを用意したうえで、医者がそこをシェアすることで病院の数を増やすことができるものも登場している。

ToB向けサービス

 2019年上半期に頻出した個人向けサービスに代わって2019年下半期に頻出したのがビジネス向けサービスだ。オフィスや工場へのIoT導入や、物流企業の一部プロセスの代行や、一部サービスをクラウドサービスが代行するSaaS(Software as a Service:サース)が挙げられる。

 振り返ってみると、消費者向けの新興企業で身近なものでは、電子タバコと食品飲料くらいしかないが、喫煙者以外にとっては、スーパーやコンビニの食品や飲料の新ブランドくらいしか目新しいものはなかった。病院や塾は日本人が気軽に体験できるものでもないので、自転車や無人店舗が流行ったときに比べれば、日本人は体験しづらいし、そのレポートも出にくい。日本人にとっては、今年は何もない年と思われるかもしれない。しかし新しいサービスは続々と出てきた1年であった。

 スタートアップ以外のITの話題では、5Gの商用サービスがはじまり、ブロックチェーンも11月の法律制定により再び注目を浴びた。2020年はブロックチェーンのほか、5Gに絡んだIoT関連の新たなサービスが出てきそうだ。

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2019年08月05日 「中国が推し進める社会信用システムとは

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2018年12月25日 「中国の子供の情報機器環境は10年で激変。格差も小さく

2018年10月15日 「中国製造2025に向けて動く阿里巴巴(Alibaba)の新製造

2018年07月09日 「商務部発表EC統計を読み、中国の近未来の姿を予測する

2018年04月02日 「『個人情報を国外に出さず、管理する』IT基本方針から予想する未来

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2017年12月28日 「ゲームやアニメなどの文化産業に関する中国五か年計画を読み解く

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