第171号
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インターネット環境が不十分な中国農村の対新型コロナ対策

2020年12月02日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より、中国では雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 中国の新型コロナウイルス感染拡大防止対策として、これまで培ってきたインターネットインフラを総動員して活用した。

 五か年計画をもとに各都市が導入した「スマートシティ」があって、阿里巴巴と騰訊の競争の中で磨き抜かれ多機能化された支付宝や微信といった「スーパーアプリ」があったから、マンション団地単位で感染状況が把握でき、各個人のスマートフォンに赤黄緑3色の「健康コード」を表示できた。美団や盒馬鮮生などの生活プラットフォームで多くの食堂や商店がデリバリー配送を可能だったからこそ、家に籠って近所の食堂や商店から商品をデリバリーしてもらえた。オンライン教育向けの準備を学校側で事前に十分に用意していたから、オンライン教育が実現できた。ライブコマースが既にあるから、デパートの化粧品売り場の人々は実態客の来ないデパートから、ライブストリーミングで化粧品を販売し、オンラインで化粧品コンサルを行った。

 医療現場で5Gインフラを活用しAIやVRしたことや、消毒ロボットが病院などの建物内を自走し消毒薬を噴霧したことは新しく導入されたものだった。しかし中国での新型コロナウイルス拡散防止に一役かったITは、既にあるものだった。ここまでは他所でも書かれていることなので詳細は書かないが、必要であれば、全体については、筆者の著書「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本(星海社新書)」(星海社,2020)を、教育については「新型コロナウイルス下での中国のオンライン教育の対応 」を読んでいただければと思う。

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「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本(星海社新書)」

 一方でご存知の通り、中国では都市部と農村部で格差がある。平均所得が違うだけでなく、ITまわりをとってみてもインターネット普及率は都市部では76.4%(2020年6月時点)であるのに対し農村部では52.3%(同)と低く(CNNIC第46次中国互聯網発展状況統計報告)、平均所得とインターネット普及率が違い、農村において若者は出稼ぎに老人は農村に残る傾向があることから、スマートフォンの所有にも差が出てくる。ただし電気と電波はあるので、末端の村でもスマートフォンやパソコンでインターネットを利用することは可能だ。

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都市部と農村部のインターネット普及率(出典:CNNIC第46次中国互聯網発展状況統計報告)

 またフードデリバリーや滴滴のようなシェアライドは、農村部の中心の街であれば利用可能であるものの、そこから先の農村の各集落ではないのが一般的だ。またオンラインショッピングを利用するにも、まだ農村部の末端の集落まで配送ネットワークがあるわけではない。つまりモノを買っても家まで届かない。一方モノのない、データだけのオンラインコンテンツについては電波があるので動画も利用できる。中国移動によれば中国全土における村の4Gカバー率は98%とのこと。多くの集落で、微信で連絡することも動画サービスを見ることもオンライン授業を受けることも可能というわけだ。

 都市部では高層マンションだらけの都市部で団地ごとに感染状況をスマートシティが管理し、団地の入口で人々の出入りをチェックしたので人々を管理することは可能であった。だが農村部では一戸建ての家が点々としていて、人々は自由に移動ができる。移動の管理でいえば、日本もまた一戸建てや出入り口が複数ある集合住宅が並び、道が縦横に走っていることから中国の農村部に似ていて、中国の都市部のように、団地の入口で門番がいれば済む話ではない。一応農村のスマート化はないわけではなく、阿里巴巴が農村版スマートシティのプロトタイプをお膝元の浙江省(湖州市徳清県)ではじめているが、まだまだ様々な農村の生活に完全に根差したものではなく、中国全土の農村部の集落に導入するには時間がかかりそうだ。中国の大都市ではお馴染みの監視カメラ(防犯カメラ)もない。

 つまり農村部では、ないないづくしで、中国で成功したと言われているITによる新型コロナウイルス拡散防止対策が使えないわけだ。では農村部ではどうやってこの対策に努めたのか。最も中国で厳戒態勢となった春節前後の対応を紹介したい。

 まず集落へと通じる道を、ひとつを除いて全て封じる。封じる方法としては、車を道路をふさぐ形で駐車したり、木を道に横倒しにして置いたり、砂山を作ったりして封鎖するケースもある。唯一出入りができる道には特設テントによる検問所を設置して、担当者が村を出入りする人の体温チェックを行い、どこから来たかを帳面に記録する。例外を除いて村を出入りすることは許されず、場所によっては村への宅配会社の配送も許されない。

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中国の農村(河南省)

 集落から出られるパターンは、買い出しや、病人が発生した場合や、(2020年2月とその前後に)武漢へ派遣されるボランティアくらいだ。また中国各地から戻った出稼ぎの人や武漢からのボランティア帰りの人は集落に入り帰郷を許されるが、自分の集落に入るときにはどの省市から来たかを帳面に記す。外地から帰郷した人は14日自宅で自主隔離を行い、感染地域だった湖北省から帰郷した場合はひとりにつきひとりの担当者をあてがう。感染者は集落外の病院か、地元のホテルを借り切った集中隔離施設に移される。

 また各家々の外出を推奨せず、村人同士が集まって踊ったり遊んだりすることを禁止した。監視カメラは設置されていないので、見回り担当の村民が巡回して監視し、外を移動していれば家に戻るよう注意を促す。連絡手段は、集落の微信チャットグループや、巡回する村民の口伝、防災無線で村中に大音量で伝えるほか、「命が欲しければマスクをつけること」といったメッセージが書かれた横断幕を村の目立つ場所に設置するという手段だった。春節時なのでそれでも伝統を重んじる人々が親類の家に入ろうとし、その対応として自主的に「扉は封鎖された」とチョークで書いて客人を入れないようにする家もあったという。

 生きていくには買い物は必要となる。集落の商店で買えないものについては、村の買い物担当の代表者1人が、村人全員が必要としているものをメモして買い出しに出かける。微信のビデオチャットで買い出し担当と村民が連絡し店先で買うものを相談するケースも。

 別の場所から派遣された消毒部隊によって各集落でドローンを使って消毒薬を散布し、短時間で消毒作業を行うという事例もあった。集落自体はそう広くないので、広大な田畑に農薬を散布するような感じだ。実施の前には村民に通知し、洗濯物をとりこませ、外出しないよう伝えた。

 広東省政府の農業農村庁は2月に農村での新型コロナウイルス対策「広東省農村(社区)疫情防控工作指引」を発表している。これは農村部のほか、城中村という都市内農村の対策も記している。城中村は村の集落が集落のまま拡大する現代都市にのまれたもので、城中村の中は細い道が複雑に入り組み、質の悪い居住用ペンシルビルが建ち並び、遠方の農村からの労働者などがここに家を借り住んでいる。広東省の農村対策だが、概ね上述の通りだが、加えて城中村で部屋を借りている人々について、大家が状況を把握し、住民を管理するということが記されている。

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中国の城中村(広東省)

 まとめると中国の農村での新型コロナ対策の基本は、とにかく感染させないようできる限り待機する。そのために村の集落全体をひとつの小区(マンション団地)のようにして、出入口をひとつだけに設定し出入りを厳しく管理する。集落内の賃貸物件は大家が責任を持つ。村人との連絡はチャットグループなどを活用し連絡し、買い物は代表1人がまとめて買い出しに行くというものだ。

 農村部の街の作りのほうが日本のそれに近いため、農村部の対策は日本でも参考になるだろう。今後中国は農村部もスマート化を進めていくにあたり、その事例は見ていて損はないはずだ。

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