定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その14)
2021年01月19日 辻野 照久(元宇宙航空研究開発機構国際部参事)
2020年第4四半期の中国及び世界のロケット打上げ状況
今回は、定点観測シリーズの第14回目として、2020年10月1日から12月31日までの3か月間の中国の宇宙開発動向をお伝えする。
この期間のロケット打上げ回数は、中国が10回、米国が14回(うち1回は打上げ失敗)、ロシアが5回、欧州が3回(うち1回は打上げ失敗)、ニュージーランド(NZ)が3回、インドが2回、日本が1回で、全世界で38回であった。表1に2020年の世界各国のロケット打上げ回数を四半期別に示す。
*1 米国の[ ]内はスペースX社の打上げ回数(内訳) *2 その他の内訳はイラン2(★1)とイスラエル1 |
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期間 | 中国 | 米国*1 | ロシア | 欧州 | 日本 | NZ | インド | その他*2 | 世界計 |
1月-3月 | 7(★1) | 8[5] | 4 | 2 | 1 | 1 | 0 | 1(★1) | 24(★2) |
4月-6月 | 8(★1) | 7(★1)[5] | 3 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 21(★2) |
7月-9月 | 14(★2) | 8(★1)[5] | 3 | 2 | 1 | 2(★1) | 0 | 1 | 31(★4) |
10月-12月 | 10 | 14(★1)[10] | 5 | 3(★1) | 1 | 3 | 2 | 0 | 38(★2) |
計 | 39(★4) | 37(★3)[25] | 15 | 7(★1) | 4 | 7(★1) | 2 | 3(★1) | 114(★10) |
ロケット・衛星打上げ状況
この期間に中国は10回の打上げを行い、自国衛星20機と外国衛星11機を打ち上げた。そのうち、地球観測衛星は6機、通信放送衛星は4機、月探査機は1機、宇宙科学衛星は2機、技術試験衛星は7機である。
今回初打上げとなったロケットは「長征8型」ロケットと星河動力空間科技有限公司の「穀神星1型」(Ceres 1)ロケットである。「長征8型」は「長征7型」の1段目(補助ブースターは長征6型2基)と「長征3B型」の第3段(YF75エンジン2機搭載)を組み合わせたロケットで、文昌射場から極軌道に5機の衛星の軌道投入に成功した。このうち1機はエチオピアの地球観測衛星で、中国企業(北京智星空間科技有限公司)が共同開発した。
なお、スペースX社の再使用型ファルコン9ロケットと同様に、1段機体を補助ブースターとともに海上のドローンに帰還させ、再使用可能とする「長征8R型」ロケットを開発中である。
「穀神星1型」(Ceres 1)は、IoT通信衛星「天啓11号」の軌道投入に成功した。
最も注目された月探査機「嫦娥5号」は「長征5型」ロケットにより11月23日に打ち上げられ、月着陸後に月面の試料採取に成功し、12月16日(GMT、中国時間では17日未明)に無事に地球に帰還して、米国・ロシアに次ぎ世界で3番目となる月サンプルリターン(採取試料は1731g)に成功した。なお、米国は1969年にアポロ11号で宇宙飛行士により採取した約21.5kgのサンプルを持ち帰っているが、無人でのサンプルリターンは行っていない。ロシアは1970年にルナ16号でサンプルリターン(採取試料は101g)に初めて成功した。
表2に打上げに使われたロケットや軌道投入された衛星などの一覧表を示す。
*重力波対応高エネルギー電磁波全天観測衛星 | |||||||||
衛星名 | 国際標識番号 |
打上げ年月日 |
打上げロケット |
射場 | 衛星保有者 | ミッション | 軌道 | ||
Gaofen 13 | 高分 | 2020-071A | 2020/10/11 | 長征3B/G3 | 西昌 | 不明 | 地球観測 | GEO | |
Yaogan 30-07-1 | 遥感 | 2020-076A | 2020/10/26 | 長征2C(3) | 西昌 | PLA | 地球観測 | LEO | |
Yaogan 30-07-2 | 2020-076B | ||||||||
Yaogan 30-07-3 | 2020-076C | ||||||||
Tianqi 6 | 天啓 | 2020-076D | 国電高科 | 通信放送 | |||||
Beihangkongshi (Tianyi 20) |
北航空事(天儀) | 2020-079H | 2020/11/6 | 長征6 | 酒泉 | 長沙天儀 | 技術試験 | SSO | |
Tianyan 05 | 天雁 | 2020-079L | 電子科技大 | ||||||
Bayi Kepu 3 | 八一科普 | 2020-079M | 八一学校 | ||||||
NuSat 9-1S(10機) | 2020-079A-G J,K,P |
アルゼンチン | 地球観測 | ||||||
Tianqi 11 | 天啓 | 2020-080A | 2020/11/7 | 穀神星1(Ceres) | 酒泉 | 国電高科 | 通信放送 | LEO | |
Tiantong 1-02 | 天通 | 2020-082A | 2020/11/12 | 長征4B | 西昌 | 中国衛通 | 通信放送 | GEO | |
Chang’e 5 | 嫦娥 | 2020-087A | 2020/11/23 | 長征5 | 文昌 | CLEP | 月探査機 | DS | |
Gaofen 14 | 高分 | 2020-092A | 2020/12/6 | 長征3B/G5 | 西昌 | 不明 | 地球観測 | SSO | |
GECAM A | * | 2020-094A | 2020/12/10 | 長征11 | 西昌 | CRESDA | 宇宙科学 | SSO | |
GECAM B | 2020-094B | ||||||||
Xin Jishu Yanzheng 7 | 新技術験証 | 2020-102 | 2020/12/22 | 長征8 | 文昌 | CAST | 技術試験 | SSO | |
Haisi | 海絲 | 2020-102 | 海絲衛星 | 技術試験 | |||||
Tianqi 8 | 天啓 | 2020-102 | 国電高科 | 技術試験 | |||||
ET-Smart-RSS | 2020-102 | エチオピア | 地球観測 | ||||||
Yuanguang | 元光 | 2020-102 | 長沙天儀 | 技術試験 | |||||
Yaogan 33R | 遥感 | 2020-103 | 2020/12/28 | 長征4C | 酒泉 | PLA | 地球観測 | LEO | |
Weina 02 | 微納 | 2020-103 | 上海微衛星 | 技術試験 |
*:打上げに失敗したインドネシア衛星など外国衛星は本表の衛星数には含まない。 | |||||||||
ロケット種別 | 長征3B | 長征2 C,D,F |
長征4 B,C |
長征 6,7A,8 |
長征5 5B |
快舟 1A,11 |
長征 11,11H |
穀神 星1 |
計 |
打上げ回数 | 8(★1) | 11 | 6 | 3(★1) | 3 | 4(★2) | 3 | 1 | 39(★4) |
中国の衛星数* | 7 | 26 | 11 | 8(★1) | 4 | 6(★3) | 13 | 1 | 76(★4) |
宇宙ミッション1 地球観測分野
第4四半期に打ち上げられた中国の地球観測衛星は6機であった。
6機の内訳は「遥感(Yaogan:YG)」が4機[1]、「高分(Gaofen:GF)」が2機[2]である。
高分は2機とも長征3B型ロケットによる打上げで、「高分13号」は静止地球観測衛星(分解能15mとみられる)、「高分14号」は極軌道地球観測衛星である。西昌射場から長征3系列のロケットによる極軌道への軌道投入は初めてのことである。
宇宙ミッション2 通信放送分野
本期間に打ち上げられた中国の通信放送衛星は4機であった。静止通信衛星は「天通(Tiantong:TT)1-02」[3]で、他の3機は北京国電高科科技公司の「天啓6号」、「天啓11号」及び「天啓8号」[4]である。
宇宙ミッション3 航行測位分野
11月27日、中国北斗衛星航行測位システム管理室(CSNO)は、第3回中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)北斗航行測位システム(BDS)利用・産業発展協力フォーラムを中国広西チワン族自治区南寧市において開催した[5]。このフォーラム開催中に中国、タイ、カンボジア及びフィリピンの企業が、BDSシステムの利用に関する協力合意に署名した。
この期間に新たな北斗(Beidou:BD)衛星の打上げはなかった。「憂慮する科学者連合」(UCS)が不定期的に更新している運用中の地球周回衛星のリスト(衛星データベース、2020年8月1日付更新)[6]によれば、北斗衛星の運用数は51機(衛星名昇順で見出し行を含め161-211行目/全2,788行中)である。なお、このデータベースは探査機及び有人宇宙船・貨物補給船を除いている。
宇宙ミッション4 有人宇宙活動分野
11月1日にCMSEOは有人宇宙プログラム空間科学・応用委員会を設置し、第1回会合を開催した[7]。
宇宙ミッション5 宇宙科学分野
(1)月探査機「嫦娥」
「嫦娥(Chang'e:CE)4号」は12月22日から25日目の活動に入った。「玉兎2号」が探査した月の内部の物質構造についての科学成果の詳細が11月に発表された[8]。
月サンプルリターンミッションの「嫦娥5号」は11月23日に打ち上げられた[9]。12月1日月の表側のリュムケル山(Mons Rumker)周辺に軟着陸[10]し、付近の試料を採取し、12月3日には上昇モジュールで月面から打上げを行い、12月16日に地球に帰還し[11]、中国科学院(CAS)に採取した試料が引き渡された[12]。末尾の参考資料に米ロの月サンプルリターンとの比較を示す。
(2)懐柔1号(重力波対応高エネルギー電磁波全天観測衛星)
12月9日に「懐柔(Huairuo:HR)1号」という2機の重力波対応高エネルギー電磁波全天観測衛星(Gravitational wave high-energy Electromagnetic Counterpart All-sky Monitor:GECAM)が打ち上げられた[13]。搭載機器はガンマ線検出器(GRD)25基と荷電粒子検出器(CPD)8基で、質量は1機当たり140kg、運用軌道は高度550-600km、傾斜角29度の地球周回低軌道(LEO)である。この衛星の開発に当っては、中国科学院(CAS)の国家空間科学センター(NSSC)が中心となり、微小衛星創新研究院(IAMCAS)が衛星システムの開発と製造、高エネルギー物理研究所(IHEP)が科学ミッションの策定と搭載ペイロード及び科学利用システムの開発、空天信息研究院(AIR)が科学データの地上受信システムの構築をそれぞれ担当した[14]。
(3)深宇宙通信用アンテナの増設
2020年11月、西安衛星追跡管制センター(XSCC、西安衛星測控中心)は、新疆ウイグル自治区カシュガル(喀什)において深宇宙探査用アンテナシステムの設置を完了した[15]。今回新設されたアンテナ3基と既存の1基の計4基の口径35mのアンテナにより「嫦娥4号」、「嫦娥5号」及び「天問1号」との深宇宙通信を行う。
宇宙ミッション6 新技術実証分野
本期間に打ち上げられた技術試験衛星は6機であった。うち3機は長征6型ロケットによりアルゼンチンの「NuSat」10機とともに打ち上げられたもので、その内訳は「北航空事(Beihangkongshi:BHKS)」(別名:天儀(Tianyi)20号)[16]、電子科技大学の「天雁05号」(別名:新時代(Xinshidai)12号)[17]、八一学校の「八一科普衛星(Bayi Kepu Weixing)3号」[18]である。他の3機は長征8型ロケットによりエチオピアの衛星とともに打ち上げられた。主衛星はCASTの「新技術験証(Xin Jishu Yanzheng:XJY)7号」[19]で、海絲衛星公司の「海絲(Haisi)1号」[20]、長沙天儀研究院の「元光(Yuanguang)」[21]である。残る1機は長征4C型ロケットにより打ち上げられた上海微衛星工程中心の「微納(Weina)02号」である。なお、「長征8型」ロケットは、今後コア機体と両側の補助ロケットを接続した形のまま着陸脚を使用して洋上のドローンに着地させ、再使用型ロケットとして運用できることを目指して開発中である[22]。
宇宙ミッション7 宇宙輸送分野
CASICは武漢で開催された商業フォーラムにおいて、第14次5カ年計画(2021-2025年)期間における宇宙輸送システム関係の主要な計画を発表した。
【2021-2025年のCASICの主な計画】
・宇宙インフラの下、商業宇宙システムの能力向上を図り、国家重大発展戦略に対して積極的に貢献・融合し、国内のデジタル経済、インテリジェント製造、新材料等の新興産業の発展を促進する。
<ロケット産業分野>
・「高速、安価、効率性、信頼性」の特徴を備えた小型固体ロケット「快舟(Kuaizhou、KZ)」シリーズの開発を堅持し、ロケットのシリーズ化等を推進する。
・商業打上げの定常的実施の下、打上げ準備期間及びミッション間隔をさらに短縮し、打上げ能力をより一層向上させる。
・ロケットの再使用技術を獲得し、打上げコストのさらなる削減を進める。
・2023年までに、快舟シリーズの打上げ回数を倍増させ、2025年までに固体ロケットエンジン技術の水準を世界トップクラスへと引き上げる。
BRICS諸国及びアジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)
・2020年11月、ロシアのサンクト・ペテルブルグにおいて第12回BRICS首脳会合が開催され、97の条項からなる「モスクワ宣言」を採択した[23]。
・2020年10月26日、APSCOは地震電離圏立体観測利用プラットフォーム(Stereoscopic Seismic-ionospheric Observation Application Platform:SOAP)の運用を開始した[24]。CSESとAPSCO加盟国に設置する磁力計の観測データを統合・解析することで、地震の前兆現象を捉えることを目指している。
参考資料:中国・米国・ロシアの月サンプルリターンの比較
以上
1. 2020年10月27日 中国政府、我国成功发射遥感三十号07组卫星
2020年12月28日 Gunter's Space Page、YG-29, 33, 33R(33Rが該当)
2. 2020年10月12日 CASC、长征三号乙运载火箭成功发射高分十三号卫星
2020年12月06日 CASC、长征三号乙改进五型运载火箭成功发射高分十四号卫星
3. 2020年11月13日 CASC、长三乙火箭成功发射天通一号02星
4. 2020年12月27日 Gunter's Space Page
Tianqi 1, ..., 6(6が該当)、
Tianqi 10,11(11が該当)、
Tianqi 8
5. 2020年11月27日 中国政府、BeiDou navigation base in South China targets services in ASEAN
6. 2020年08月01日 UCS、UCS Satellite Database(Excel format)
7. 2020年11月01日 CMSEO、载人航天工程空间科学与应用委员会第一次会议在天津举办
8. 2020年11月10日 CLEP、嫦娥四号迎来第24月昼,研究成果揭示南极-艾特肯盆地底部物质成因
9. 2020年11月23日 CNSA、嫦娥五号探测器发射圆满成功 开启我国首次地外天体采样返回之旅
10. 2019年11月01日 Space News、China targets late 2020 for lunar sample return mission
11. 2020年12月17日 CLEP、嫦娥五号探测器圆满完成我国首次地外天体采样返回任务
12. 2020年12月19日 CNSA、嫦娥五号任务月球样品交接仪式在京举行
13. 2020年12月10日 CASC、长征十一号火箭以"一箭双星"方式成功发射GECAM卫星
14. 2020年12月10日 NSSC、我国成功发射引力波暴高能电磁对应体全天监测器(怀柔一号)空间科学卫星
15. 2020年11月18日 中国政府、我国首个深空天线组阵系统正式启用
16. 2020年12月22日 Gunter's Space Page、Beihangkongshi 1 (TY 20)
17. 2020年12月10日 Gunter's Space Page、Tianyan 05 (Xinshidai 12)
18. 2020年12月10日 Gunter's Space Page、BY 3 (BY70 3)
19. 2020年12月27日 Gunter's Space Page、XJY 7
20. 2020年12月27日 Gunter's Space Page、Haisi 1
21. 2020年12月27日 Gunter's Space Page、Yuanguang
22. 2020年12月22日 CASC、我国新一代运载火箭长征八号在中国文昌航天发射场首飞成功
23. 2020年11月17日 ロシア大統領府、BRICS Summit - Vladimir Putin chaired a meeting of the BRICS heads of state and government, held via videoconference
24. 2020年10月26日 APSCO、Opening Ceremony of APSCO Seismic-Ionospheric Observation Application Platform SOAP and Team Building
定点観測シリーズバックナンバー:
2016年10月12日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その1)」
2017年04月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その2)」
2017年10月26日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その3)」
2018年04月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その4)」
2018年10月18日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その5)」
2019年01月10日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その6)」
2019年04月15日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その7)」
2019年07月17日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その8)」
2019年10月16日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その9)」
2020年01月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その10)」
2020年04月28日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その11)」
2020年07月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その12)」
2020年10月15日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その13)」