中国の日本人研究者便り
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【20-02】南京研究房での私の研究道

2020年4月02日

新鞍 陽平

新鞍 陽平(にいくら ようへい):
南京大学モデル動物研究所(Nanjing University, Model Animal Research Center: MARC)、Principal Investigator

略歴

北海道札幌市生まれの富山県富山市育ち。
1996年 静岡大学工学部応用化学科卒業。
1996年 名古屋大学大学院博士前期課程(理学部・無機化学)よりイタリア・フィレンツェ大学大学院へ転学。
2000年 イタリア・フィレンツェ大学大学院にてPhD取得。
2000年 スイス・バーゼルFMI (Friedrich Miescher Institute)
2000−2002年 長寿医療研究センター
2002−2010年 米国、St. Jude Children's Hospital
2010−2016年 米国、Research Institute at Nationwide Children's Hospital
2016−2018年 米国、Greehey Children's Cancer Research Institute
2018年9月より現職。
2019年度江蘇省科技計画項目の外専百人計画に採択される。現在は、小児がん、痴呆症などの病気や細胞分化における細胞分裂、細胞内輸送、細胞核内構造における分子制御機構などに興味がある。

中国で研究活動をすることになったきっかけとは?

 初めて日本から海外に飛び出したのは90年代後半に遡ります。静岡大学(工学部応用化学科卒業)、名古屋大学大学院、イタリア・フィレンツェ大学大学院(PhD取得)、スイスFMI、長寿医療研究センターと転々とし、渡米しました。米国はメンフィス、コロンバス、サンアントニオと3つの都市を渡り歩きましたが、合計16年間、北川克己先生の研究室で、細胞分裂に関わるセントロメアーキネトコアタンパク質や、紡錘体チェックポイントタンパク質などの機能研究に携わりました。

 20−30代のほとんどを日本国外で生活し、気がつけば40代の半ばです。米国に滞在しても"ポスドク問題"の渦中にいました。電子メールで1000通近く世界中に独立ポジションを求めて応募を書き、そのうちの1通が、偶然にも過去にスイスで知り合った楊中州先生のいる現在の研究所に届き、ここに落ち着いたのが2018年9月です。後で予想外の苦労や失敗が待っているのかもしれませんが、きっと周りの人はそれを聞いてむしろ楽しんでくれるんじゃないか、というぐらいのノリです。一度限りの人生、楽しく生きましょう。

ご自身の研究テーマ、所属する研究室の基本情報

 米国時代からの研究(細胞分裂に関わるセントロメアーキネトコアタンパク質や紡錘体チェックポイントタンパク質などの機能研究)の継続と、そこにマウスやゼブラフィッシュのモデルで癌や脳神経疾患を研究する背景が加わりました。細胞・染色体分裂、細胞内輸送、細胞核内の膜の無いオルガネラの機能は、癌、神経疾患、神経・筋細胞の分化や代謝などさまざまに関わっています。ある程度のターゲットの蛋白質を絞り、それらの疾患・治療における分子機能・制御機構をヒト細胞やモデル動物で研究します。特定組織の幹細胞の分化における、それらの蛋白質の機能解析も行います。特に、細胞核内構造やシグナル伝達など、分子のレベルと生命個体のレベルの中間レベルのメカニズムには謎が多く、興味があります。その他にも蛋白質精製・構造解析などをテーマに、コラボを組んで幅広くやりたいと思っています。本研究所には、十分な環境と設備、そして世界水準の優秀な大学院生と人材が揃っています。特に大学院生に関しては、アメリカや日本の一流研究機関にひけを取らず、私もそう言う信用・理解で研究室を運営しています。

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ラボメンバーと研究所敷地内にて。敷地内には会社の施設が併設されており、敷地外周囲にも、北京大学の超分解顕微鏡施設や建築中の医薬・情報系会社が立ち並ぶ。

 南京大学模式(モデル)動物研究所はこうした動物モデル(マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、線虫、等)を使って、核酸・蛋白質などの分子・細胞レベルで研究しているPIが、自分を含め20人以上います。PIも学生も分け隔てなく、極めてオープンに意見や技術・試薬の交換が簡単にできます。言語も専門的な意見交換には、英語ができれば問題はありません。ただし、長期滞在や日中の交流を視野に、中国語の学習にもゆっくり励んでいます。

大学で特筆すべき設備や支援制度

 本研究所には先端の理化学機器や動物施設が整っており、詳細についてはここでは重複して記述しません。中国国内の約250カ所の国家重点実験室(State Key Laboratory)の一つに指定されており、年間数億円の予算がもらえ、そこに各PIが獲得した予算が加わります。南京大学は中国最古の大学の一つであり、現在も変革していっている、古くて新しい研究機関です。南京という、過去に何度も中国の首都になった都市の深い歴史ついては、中国歴史ファンの方にお任せします。南京を含む江蘇省は科学研究を推進しているので、NSFC(中国国家自然科学基金委員会)やMOST(中国科学技術部)のグラントに並んで、第3の強力な研究グラント資金を提供しています。30−40代の若手研究者にもチャンスを広げようという意思が伝わって来ます。外国人研究者向けの基金もあり、私も運よく2019年度江蘇省科技計画項目の外専百人計画に採択されました。江蘇省には、数多くの生命科学のベンチャー起業があり、日系企業も多く参入しています。風光明媚な蘇州市ではCold Spring Harbor Meetingも行われました。上海―南京―杭州の3都市一帯の長江三角洲城市群は、鉄道ネットワークを形成しています。江蘇省のすぐ隣には、上海の多くの大学や杭州の浙江大学の共有施設があり、コラボを組んでいるラボもあります。一言で言えば、江蘇省・南京という場所は、地理的に、優れた科学研究、経済産業活動が盛んに行われやすい"ホットスポット"かつ"穴場"であります。

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南京大学モデル動物研究所の全景。

日本と中国の研究環境の違い

 中国のPIの方で、自分自身の発明などをもとに、起業して会社を経営している方は多いです。最近は、そうした特許などをもとに、研究基金を得られる機会がグンと増えており、大学側が推奨しています。研究・発明で得られた利益を、その後の研究活動基金に補おうという考えもあります。日本では"会社を立ち上げ、利益を上げることは教授の本業ではない、"あるまじき行為"のように見なされ、規制が厳しいと聞きました。果たして、どうしてこのような違いが生まれるのでしょうか?

"繊細で行き届いた日本、ざっくりで勇猛な中国"です。中国ではトップジャーナル志向ですが、ネットワークの築き方や生活慣習・文化に儒教・道教的な、90年代ぐらいの古き良き日本を垣間見ます。"日中欧米、それぞれのいいところが発揮できればいい"ということです。中国では日米に比べて、いかに研究者や学生のモチベーションを上げてゆくかに、より焦点を合わせています。自分の頭でよく考える学生が多く、プレゼンの質疑の時間が長いです。グラント申請の告知が、締め切りの間近に突然やって来るところには、まだ慣れていません。しかし、そのチャンスも採択率も日米に比べて多いように感じられ、やりがいがあります。

中国での研究活動を考えている研究者へのアドバイス

 ぜひ中国での研究活動を積極的に考えてください。予想外のいい給料と安い物価で、貯金速度も2倍に増えると思います。最重要項目として健康でいて下さい。病院の混雑がひどかったり、別の患者が診察中に割り込んで来たり、日本で処方される薬が手に入りづらいことなどが、今後の課題です。英中通訳をしてくれる学生や技術員がいれば、十分やっていけます。中国はスマホ・キャッシュレス文化であり、スマホの翻訳機能はこれからもどんどん良くなるでしょう。中国国内の医療保険は十分受けられ、医薬品は安価で十分な効果を発揮します。

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2019年6月に、世界遺産明孝陵や中山陵のある中山陵景区内にある南京東郊国賓館にて、第9回発生生物学金陵会議が行われた。

その他、ぜひ日本の若手研究者に伝えたいこと

 日本人留学人口が減っていると言うことについて。第一点に、留学することは、日本というのはどういう国で、日本の文化が科学研究に与える影響について、強烈に感じ取れる一つの手段ではあります。いかに日本が世界の中で特殊な国か、思い知らされます。第二点に、"自分たちはもう一流だから、安泰だから"という危機感のない人や国は、近い将来、容赦無く足元をすくわれます。第三点に、自分が入っている容器の外の世界に興味があるのであれば、ごくごく自然な欲求だと思います。今後も在職中あるいは引退後に、2つの国で自宅を持つような研究者も増えてくるでしょう(特に日中であれば)。

 余談ですが、ポスドクから独立するためのプロセスに興味がある若い人への推薦映画として、劉家輝主演"少林寺三十六房"をあげます。医学的、人権的には今日では考えられない特訓・復讐シーンも多くあり、古いB級ヒーロー映画と思われるかもしれません。しかし、何かをやり遂げるには、はじめは"静かにおこる力"が必要だと思うのです。人間は誰しも挫折やピンチ、不条理な病気や事故・災害に見舞われます。敵は他人ではなく、自分自身の中の敵とどう向き合うのか?静かに自分と向き合うところから、徐々に解決してゆくパターンが多いと思います。焦らず、無理せずマイペースで進んでください。ラボ行くの辛いなーという時は、"何もしないよりマシ"ぐらいに思いましょう。その静かな力は、やがて大きく育つ時が来ます。そして、何度叩きのめされても這い上がる回復力、反骨精神力へと変わり、それらの自力の後に、技術、quality、結果が追うようについてくるのではないでしょうか?ぜひ、一つずつ房を極め、世のため人のために房を出て行ってください。以上、まだ何も成し遂げていない、過渡期の研究者からのメーセージ、ご精読ありがとうございました。

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2019年7月に、新大学院生らを囲むサマーキャンプが行われた。

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