定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その17)
2021年10月25日 辻野 照久(元宇宙航空研究開発機構国際部参事)
今回は、定点観測シリーズの第17回目として、2021年7月1日から9月30日までの3か月間の中国の宇宙開発動向をお伝えする。
2021年第3四半期の世界のロケット打上げ状況
本期間のロケット打上げ回数は、中国が17回(うち1回は打上げ失敗)、米国が7回(うち2回は打上げ失敗)、ロシアが5回、欧州が2回、ニュージーランド(NZ)が1回、インドが1回(打上げ失敗)で、全世界で33回(うち4回は打上げ失敗)であった。表1に2021年第3四半期までの世界各国のロケット打上げ回数を示す。
*1 米国の[ ]内はスペースX社の打上げ回数(内訳) | |||||||||
期間 | 中国 | 米国*1 | ロシア | 欧州 | 日本 | NZ | インド | イラン | 世界計 |
1月-3月 | 8(★1) | 11[9] | 5 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 27(★1) |
4月-6月 | 11 | 16[11] | 5 | 1 | 0 | 1(★1) | 0 | 2(★2) | 36(★3) |
7月-9月 | 17(★1) | 7[3] (★2) | 5 | 2 | 0 | 1 | 1(★1) | 0 | 33(★4) |
計 | 36(★2) | 34[23](★2) | 15 | 3 | 0 | 4(★1) | 2(★1) | 2(★2) | 96(★8) |
中国と米スペースX社のロケット・衛星打上げ状況
この期間に中国は17回の打上げ(うち1回は打上げ失敗)を行い、自国衛星28機とドイツの衛星2機を打ち上げた。中国衛星の内訳は、貨物輸送船が1機、地球観測衛星が18機、通信放送衛星が4機、技術試験衛星が5機である。打上げ失敗に伴い吉林衛星の軌道投入に失敗した。
表2に中国の打上げに使われたロケットや軌道投入された衛星などの一覧表、表3に2021年1月から9月までのロケット種別毎の打上げ回数と衛星数を示す。
衛星名 | 国際標識番号 |
打上げ年月日 |
打上げロケット |
射場 | 衛星保有者 | ミッション | 軌道 | |
Jilin 1 Kuanfu 01B | 吉林寛幅 | 2021-061A | 2021/7/3 | 長征2D | 太原 | 長光衛星公司 | 地球観測 | SSO |
Jilin 1 Gaofen 03D-01 | 吉林高分 | 2021-061B | ||||||
Jilin 1 Gaofen 03D-02 | 2021-061C | |||||||
Jilin 1 Gaofen 03D-03 | 2021-061D | |||||||
Xingshidai 10 | 星時代 | 2021-061E | MinoSpace | 技術試験 | ||||
Fengyun 3E | 風雲 | 2021-062A | 2021/7/4 | 長征4C | 酒泉 | CMA | 気象観測 | SSO |
Tianlian 1E | 天鏈 | 2021-063A | 2021/7/6 | 長征3C | 西昌 | PLA | データ中継 | GEO |
Ningxia-1 02-1 | 寧夏 | 2021-064A | 2021/7/9 | 長征6 | 太原 | 寧夏金硅信息公司 | 地球観測 (SIGINT) |
SSO |
Ningxia-1 02-2 | 2021-064B | |||||||
Ningxia-1 02-3 | 2021-064C | |||||||
Ningxia-1 02-4 | 2021-064D | |||||||
Ningxia-1 02-5 | 2021-064E | |||||||
Yaogan 30-10-01 | 遥感 | 2021-065A | 2021/7/19 | 長征2C | 西昌 | PLA | 地球観測 | SSO |
Yaogan 30-10-02 | 2021-065B | |||||||
Yaogan 30-10-03 | 2021-065C | |||||||
Tianqi 15 | 天啓 | 2021-065D | 国電高科 | 通信放送 | ||||
Tianhui 1-04 | 天絵 | 2021-067A | 2021/7/29 | 長征2D | 酒泉 | PLA | 地球観測 | SSO |
Jilin 1 Mofang 01A | 吉林魔方 | 2021-F05 | 2021/8/3 | 双曲線1 | 酒泉 | 長光衛星公司 | 地球観測 | 打上げ失敗 |
KL-Beta A | 2021-070A | 2021/8/4 | 長征6 | 太原 | ドイツ | 通信放送 | ||
KL-Beta B | 2021-070B | |||||||
Zhongxing 2E | 中星 | 2021-071A | 2021/8/5 | 長征3B/E | 西昌 | PLA | 通信放送 | GEO |
Tianhui 2-02A | 天絵 | 2021-074A | 2021/8/18 | 長征4B | 太原 | PLA | 地球観測 | SSO |
Tianhui 2-02B | 2021-074B | |||||||
Ronghe Shiyan 1 | 融合試験 | 2021-076A | 2021/8/24 | 長征2C | 酒泉 | CAST | 技術試験 | LEO |
Ronghe Shiyan 2 | 2021-076B | |||||||
Tongxin Jishu Shiyan 7 |
通信技術試験 | 2021-077A | 2021/8/24 | 長征3B/E | 西昌 | CAST | 技術試験 | GEO |
Gaofen 5-02 | 高分 | 2021-079A | 2021/9/7 | 長征4C | 太原 | 不明 | 地球観測 | SSO |
Zhongxing 9B | 中星 | 2021-080A | 2021/9/9 | 長征3B/E | 西昌 | 中国衛通 | 通信放送 | GEO |
Tianzhou3 | 天舟 | 2021-085A | 2021/9/20 | 長征7 | 文昌 | CMSEA | 貨物輸送船 | LEO |
Jilin 1 GF02D | 吉林高分 | 2021-086A | 2021/9/27 | 快舟1A | 酒泉 | 長光衛星公司 | 地球観測 | SSO |
Shiyan 10 | 試験 | 2021-087A | 2021/9/27 | 長征3B/E | 西昌 | CAST | 技術試験 | GEO |
ロケット種別 | 長征2 | 長征3 | 長征4 | 長征5 | 長征6 | 長征7 | 快舟 | 双曲線 | 外国 | 計 |
打上げ回数 | 8 | 8 | 10 | 1 | 3 | 3 | 1 | 2(★2) | N/A | 36(★2) |
衛星数、()は外国衛星外訳 | 25 | 8 | 17 | 1 | 14 (2) |
3 | 1 | 2(★2) | 1 | 72(★2) (2) |
本期間に米国ではスペースX社の打上げが3回あり、国際宇宙ステーションへの23回目の貨物輸送と、民間人宇宙旅行者4名が搭乗した有人宇宙船「Crew Dragon Inspiration4」の自動操縦による3日間の宇宙飛行、及び51機の新型Starlink衛星の打上げに成功した。
宇宙ミッション1 地球観測分野
第3四半期に打ち上げられた中国の地球観測衛星は、吉林寛幅(Jilin Kuanfu)01B1、吉林1高分(Gaofen)03D(3機)[1]、吉林1高分02D [2]、風雲(Fengyun)3E [3]、寧夏(Ningxia)2(5機)[4]、遥感(Yaogan)30-10(3機)[5]、天絵(Tianhui)1-04 [6]、天絵2-02(2機)、高分05-2の計18機である。この他に吉林魔方(Mofang)01Aが打上げ失敗に終わった[7]。
宇宙ミッション2 通信放送分野
本期間に打ち上げられた中国の通信放送衛星は「中星(Zhongxin:ZX)2E号」(別称:神通(Shentong)2E)[8]、「中星9B号」、「天鏈(Tianlian:TL)1E号」、「天啓(Tianqi)15号」の4機である
宇宙ミッション3 航行測位分野
北斗衛星は航行測位衛星として現在49機が運用中(試験中を含む)。SBAS用の静止衛星(北斗3G)3機は静止位置が東経145度付近で密集しており、試験中とされている1機の衛星も測位信号は発信している。
7月13日に、5月に開催された第12回導航衛星年会(China Navigation Satellite Conference:CNSC)の総結会及び2022年5月開催予定の第13回CNSCの活動開始会が北京で行われた[9]。
中国は第12回CNSCの意義として、2020年11月に国際民間航空機関(ICAO)から民間航空用の測位補強システムである北斗SBAS(BDSBAS)の承認を得てグローバリゼーションの新時代に入った直後の最初のCNSCであり、衛星航法技術研究の現状や傾向に焦点を当て、さまざまな分野での応用事例などを含め衛星航法に関する最新の成果の交換と共有を促進したとしている。
宇宙ミッション4 有人宇宙活動分野
(1)中国宇宙ステーション(CSS)
4月に打ち上げられたCSSの最初のコアモジュール「天和(Tianhe:TH)」は7月1日時点では有人宇宙船「神舟12号(Shenzhou:SZ)」と物資補給船「天舟(Tianzhou:TZ)2号」を接続していたが、9月16日には神舟12号が分離され、代わりに9月20日に天舟3号が到着した。9月末時点では天舟2号と天舟3号が接続されている状態となった。
(2)有人宇宙船「神舟」
9月17日に神舟12号が中国として最長期間の宇宙飛行となる3か月間の飛行を終えて帰還した[10]。10月16日頃には次の搭乗員輸送のため「神舟13号」が打ち上げられ、6か月間飛行する予定。宇宙飛行士のうち1名は搭乗経験のある女性になりそうである[11]。
宇宙飛行士の累積宇宙滞在日数は9月末現在で444日となり世界第8位となった。日本(9月末現在1647日)に次ぐ4位のイタリアは968日だが、10月31日頃にドイツ(9月現在851日)の宇宙飛行士が打ち上げられると、ドイツは2022年4月までに1000日を超えて4位となる。神舟13号で中国が3人の搭乗員で180日の飛行を行ったとすると984日となり、イタリアを上回るが、ドイツには追い付かず、中国が5位になる。さらに、2022年4月15日からイタリア人宇宙飛行士が搭乗する予定になっており、中国の飛行状況次第で空白期間があれば6位に戻る可能性もある。いずれにしても同時に3人搭乗させる中国はその次の神舟14号を打ち上げればドイツとイタリアをたちまち追い抜き、当分の間(日本を追い抜くまで)4位ということになるだろう。
(3)物資補給船「天舟」
5月に打ち上げられた天舟2号は中国宇宙ステーション(CSS)への食料輸送や燃料補給の任務などを終えて、9月18日に後部接続ポートから切り離され、前方のポートに移動した。無人になったCSSで、天舟3号を出迎えた形になった[12]。
なお、宇宙飛行士が6月に到着する前に5月に食料が輸送されたのはなぜかという質問に対して、「大軍未動粮草先行」(大軍が動かないうちに食料を先に送る)という古くからの兵法を引用して回答している[13]。旧ソ連のミールへの最初の輸送は有人宇宙船で、物資補給船は1か月後であった。3機目の物資補給船「天舟3号」は9月20日に文昌射場から長征7型ロケットにより打ち上げ、その日のうちに「天和(Tianhe:TH)」へのドッキングに成功した。
宇宙ミッション5 宇宙科学分野
(1)月・深宇宙探査
9月27日、珠海において月・深宇宙探査成果発表会(フォーラム)が開催された[14]。
(2)火星探査機「天問1号」
7月12日,火星ローバ「祝融」は巡回中に降下用落下傘の着地点から350m離れた地点を通過し、パラシュートやバックカバーを撮影した。
(3)月探査機「嫦娥」
9月29日、「嫦娥(Chang'e:CE)4号」の月面ローバ「玉兎(Yutu:YT)2号」は1000日目を迎え、走行距離は839.37mとなった[15]。その間の走行ルートを下図に示す。
宇宙ミッション6 新技術実証分野
本期間に打ち上げられた技術試験衛星は「星時代(Xingshidai)10号」[1]、「通信技術試験(Tongxin Jishu Shiyan:TJS)7号」[16]、「融合試験衛星(Ronghe Shiyan)」(2機)[17]、「試験(Shiyan:SY)10号」で計5機であった。試験10は軌道傾斜角が51度、周期11時間56分と地球自転周期(23時間56分)の約半分で、遠地点高度約40,000kmの長楕円軌道を周回している[18]。
宇宙ミッション7 宇宙輸送分野
2019年に初打ち上げに成功した北京星際栄耀空間科技公司の「双曲線1型(Hyparbola-1)」ロケットは、8月3日に吉林1魔方01Aを搭載して打ち上げられたが、2月1日に続いて本年2回目の打上げ失敗に終わった[7]。双曲線1型ロケットの打上げ成功率は33.3%(1/3)。
参考資料:通信衛星「中星」の衛星バスによる分類
中国の代表的な衛星名である「中星」(Chinasat)はさまざまな経緯によって複雑な番号付けが行われており、機能別の分類も容易ではない。ここでは、本期間に軍事通信衛星「中星2E」と民生用の通信衛星「中星9B」が打ち上げられたことから、「中星」シリーズの衛星の打上げ状況を中国製造分と欧米製造分に分類した表を示す。
* 中星8は米国で製造して中国から打ち上げる予定だったが、米国が中国衛星の輸出を禁じたため、ProtoStar社に売却され、アリアンロケットで打ち上げられた。
表中の欧米の衛星バスの製造企業 AS及びA=ロッキード・マーチン、HS=ボーイング、SSL=スペース・システムズ・ロラール(以上米国)、Spacebus=ターレス・アレニア・スペース(欧州)
以上
1. 2021年7月3日、中国経済網、中国成功发射吉林一号宽幅01B卫星
2. 2021年9月27日、中国新聞網、中国成功发射吉林一号高分02D卫星
3. 2021年7月5日、中国気象新聞網、风云三号E星成功发射
4. 2021年7月9日、上観新聞、上海航天再立新功!"钟子号"卫星星座02组顺利进入预定轨道
5. 2021年7月19日、澎湃在線、遥感三十号10组卫星发射成功,背后的意义是什么?
6. 2021年7月30日、百度知道、我国成功发射天绘一号04星,这个卫星的用途是什么?
7. 2021年8月3日、blibili、双曲线一号遥五运载火箭发射吉林一号魔方01A卫星失利
8. 2021年8月6日、光明網、中国成功发射中星2E卫星
9. 2021年7月14日、微博、第十三届中国卫星导航年会启动会在京召开
10. 2021年9月17日、CMSEO、神舟十二号载人飞船发射圆满成功
11. 2021年10月8日、百度、确定了!神舟十三号近期发射,1位女宇航员将进入空间站,是谁?
12. 2021年9月21日、騰訊網、无人的空间站并没有闲着,天舟二号"挪位"迎接天舟三号
13. 2021年6月1日、百度、宇航员还没到空间站,为何天舟二号现在就运食物?吸取俄罗斯教训
14. 2021年9月27日、CLEP、月球与深空探测成果发布会在珠海航展举办
15. 2021年9月30日、大洋網、嫦娥四号月球背面工作突破千日,玉兔二号行驶839.37米
16. 2021年8月25日、中国人民政府、我国成功发射通信技术试验卫星七号
17. 2021年8月25日、証券報、我国成功发射融合试验卫星01/02星
18. 2021年10月9日、N2YO、SHIYAN 10 (SY-10)
定点観測シリーズバックナンバー:
2016年10月12日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その1)」
2017年04月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その2)」
2017年10月26日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その3)」
2018年04月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その4)」
2018年10月18日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その5)」
2019年01月10日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その6)」
2019年04月15日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その7)」
2019年07月17日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その8)」
2019年10月16日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その9)」
2020年01月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その10)」
2020年04月28日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その11)」
2020年07月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その12)」
2020年10月15日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その13)」
2021年01月19日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その14)」
2021年04月22日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その15)」
2021年07月12日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その16)」