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【20-03】中国古典学の視点から見た日本の近代儒学(一)

2020年1月30日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.9-2006.6 山東大学文史哲研究院 修士
2007.9-2010.9 浙江大学古籍研究所 博士
(2009.9-2010.9) 早稲田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11-2013.3 浙江大学哲学系 補佐研究員
2011.11-2013.3 浙江大学博士後聯誼会 副理事長
2013.3-2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09-現在 山東大学(威海)文化伝播学院 准教授
2016.09-2017.08 早稲田大学文学研究科 訪問学者
2018.10-2019.01 北海商科大学 公費派遣

 近年、中国の学術界は思想的にも文献的にも、中国古典学の再建という課題に直面している。歴史上長期間にわたって、「東方諸国、特に朝鮮人、日本人と中国人は漢代、唐代、さらには宋代の歴史、伝統、文化を確かに共有していた」[1]。東アジアにおける漢学(中国学、シノロジー)、特に日本の漢学は、中国古典学研究の新たな学術上の成長分野となっており、その中心的関心事は「域外漢籍」にある。学術界の現在の共通認識から見れば、東アジアの域外漢籍には次の三分野が含まれる。第一に、静嘉堂文庫や宮内庁書陵部、東洋文庫等の蔵書といった域外(中国以外)で保存されている中国典籍である。第二に、中国典籍の和刻本、朝鮮本、安南本、琉球本等といった域外における中国古代典籍の復刻本または転写本である。そして第三に、日本、韓国、朝鮮、ベトナムの漢詩、漢文、漢文小説といった域外の有識者が漢文で執筆した文献であり、これには域外の有識者が中国語で注釈を加え、研究した中国典籍に関する文献も含まれる。このうち、前者の二つは、学術界の努力もあって、影印本および点校本(古書に校訂を施し、句読点を加えたもの)の分野で大きな成果を上げている。たとえば、影印本の成果には、『日本足利学校蔵宋刊明州本六臣注文選』、『日本宮内庁書陵部蔵宋元版漢籍選刊』、『日本国立公文書館蔵宋元本漢籍選刊』、『日本国会図書館蔵宋元本漢籍選刊』、『南宋刊単疏本毛詩正義』、『日本東京大学東洋文化研究所蔵朝鮮活字本六臣注文選』等があり、点校本の成果には、北京大学『儒蔵』編纂・研究センターが現在手がけている『儒蔵』精華編の「韓国選目」、「日本選目」、「越南選目」があり、これら三つの国における中国伝統典籍の研究成果も盛り込まれる予定である。また、域外の有識者が漢文で執筆した文献、特に中国の伝統典籍に関する非注釈系の文献にも域外漢籍の存在意義はあるだろう。

 葛兆光先生によれば、「われわれの関心の中心は中国にあり、『中国』の文化と歴史を研究の主要分野とするが、中国の域内でのみ活動し、伝統的な中国という自己認識にのみ視線を集中させようとするものではない」[2]。日本の中国研究者の持つ「異域の眼」[3]にも往々にして独特の鋭い洞察力があるため、学術研究に「国境線」は必要ない[4]

 日中両国には2000年以上にわたる文明交流史があり、東アジア文化圏の主幹を共に構成している。中国において儒学は、2000年あまりの封建社会の中で正統な学説として、社会のあらゆる面に対して一貫して影響を与えてきた。中国の伝統文化による影響の深い日本でも、中国の伝統儒学を吸収し、転化させることは不可避であった。したがって、日本の儒学を研究することは、日本の思想文化に対するより良い理解のみならず、より広い国際的視野から、儒家思想によって発展した多元的可能性を研究する助けになり、このことは近代儒学を発展させ、伝統的な優れた文化を発揚させ、中華文化の「走出去」(海外進出)を推進させる上で重要な意義を持つ。しかし、(清華大学国学研究院長で哲学者の)陳来氏が指摘するように、1980年代中期以降、中国における東アジア儒学研究はめざましく発展しており、特に韓国儒学に関する研究が急速に進展し、質の高い研究成果が多数発表されてきた。一方で、日本儒学に関する研究の進展は比較的ゆるやかであった。その理由は日本儒学に関する基礎文献資料の整理と編纂の面で欠落があったためである。日本儒学において最も研究価値があるものは江戸儒学である。江戸儒学は新たな時代背景において、仏教を排除し、郷土文化と融合し、幕藩統治に適応する必要等から、中国の程朱理学、陸王心学、漢唐経学等と比して革新的な発展を実現し、日本に根付いて朱子学派、陽明学派、古学派、折衷考証派、独立学派等の多くの学術的流派が築かれた[5]


[1] 葛兆光『想像異域--読李朝朝鮮漢文燕行文献劄記』,第25頁,中華書局,2014年1月。

[2] 葛兆光『宅茲中国----重建有関"中国"的歴史論述』,第295頁,中華書局,2011年6月。

[3] 張伯偉『作為方法的漢文化圏』,中華書局,2011年9月。

[4] 静永健『中国学研究之新方法』(『漢籍東漸及日蔵古文献論考稿』,中華書局,2011年9月に収録)。

[5] 牧野謙次郎『日本漢学史』,世界堂書店,1943年。井上哲次郎『日本朱子学派之哲学』,富山房,1945年。笠井助治『近世藩校に於ける学統学派の研究序説』,吉川弘文館,1970年。

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