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【19-25】山東大学に革新的な国学系教育課程を設置する必要性について

2019年12月20日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.9-2006.6 山東大学文史哲研究院 修士
2007.9-2010.9 浙江大学古籍研究所 博士
(2009.9-2010.9) 早稲田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11-2013.3 浙江大学哲学系 補佐研究員
2011.11-2013.3 浙江大学博士後聯誼会 副理事長
2013.3-2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09-現在 山東大学(威海)文化伝播学院 准教授
2016.09-2017.08 早稲田大学文学研究科 訪問学者
2018.10-2019.01 北海商科大学 公費派遣

一、現在の情勢

 2015年10月、習近平主席は文芸工作座談会において、「新しい時代の条件と結びつけながら中国の優れた伝統文化を継承し、発展させる必要がある」と指摘した。確かに、国学教育は中国の優れた伝統文化を継承し、発展させるための重要な手段であるが、中国の国学教育は現在、発展を妨げるボトルネックに直面している(国学:古代中国の思想・文化を研究する学問分野)。それは、高等教育機関の国学学科は大学院生の教育体系において明確な位置づけがなされていないために、高等教育機関において国学関係の課程が長期にわたって不足する結果となっていることであり、国学の行き届いた教育課程をどのように構築するかがさまざまな分野から広く関心を集めている。

 現在の大学における国学系課程の不足と専攻の欠落を解決するため、2016年の「両会」(全国人民代表大会・全国政治協商会議)期間中に、中央文史研究館の館員である劉大鈞氏と民建中央委員の王名氏の両名は、「一級学科(中国教育部により規定。学部に類似)を設置し、国学教育を普及する」ことを明確に提議している(『光明日報』2016年03月11日7面)。

 2017年1月25日、中国共産党中央委員会弁公庁および国務院弁公庁は「中国の優れた伝統文化の継承・発展プロジェクトの実施に関する意見」を公布した。この「意見」では、以下の内容が指摘されている。すなわち、中国の経済・社会の目覚ましい変化や対外開放の進展、インターネット技術および新しいメディアの急速な発展に伴ってさまざまな思想文化の交流・融合・対立の頻度が激しくなっていることから、中国の優れた伝統文化の重要性に対する認識を深め、文化に対する自覚と自信をさらに強化する必要に迫られていることや、中国の優れた伝統文化の価値を掘り起し、中国の優れた伝統文化の生命力と活力をさらに呼び起こす必要に迫られていること、また、政策的支援を強化し、中国の優れた伝統文化の継承・発展体系の構築に力を入れる必要に迫られていることである。

 2018年10月、教育部、財政部、国家発展改革委員会は「高等教育機関における『双一流』建設(世界で一流の大学と学科を建設すること)の加速に関する指導意見」に関する通知を公布し、「優れた文化の継承・革新を行い、改革開放、近代化建設および民族の復興という偉大な歩みと積極的・自発的に融合させ、特長・特色を体現し、発展の水準を向上させ、人民が満足する教育を行う」ことを打ち出した。

 これとほぼ同時に、教育部は「高水準の大学本科教育の構築を加速し、人材育成能力を全面的に高めることに関する意見」等の文書を公布し、「『六卓越一抜尖』計画2.0」(卓越したエンジニア・医師・農林関係人材、教師、法律関係人材、メディア関連人材の育成に関する6つの計画と基礎研究関連学科における抜きんでた学生の育成に関する1つの計画)を実施することを決定し、「協同の人材育成体制を深化させ、理論教育と実践教育の融合を強化し、協同の人材育成体制を整備し、実践の場の構築を強化する」必要性を打ち出した。

 国学教育の実施は中国の優れた伝統文化を継承し、発展させるための重要な方法であり、高等教育機関が重要な活動の場であることには疑いがない。しかし、中国の国学教育は現在、発展を妨げるボトルネックに直面している。それは、高等教育機関の国学学科は大学院生の教育体系で明確な位置づけがなされていないために、高等教育機関においては国学関係の課程が長期にわたって不足する結果となっていることだ。したがって、国学の行き届いた教育課程をどのようにして構築するかが社会のさまざまな分野から広く関心を集めている。

 2018年6月、山東大学で第14回代表大会が開催され、郭新立書記が「現在、山東大学では人材育成に関する理念とモデルの革新が不足している」ことを示し、そのために「人文科学・社会科学振興計画」を推進する必要があることを提起した。すなわち、「文学と歴史に長じる」伝統を発展させ、古代文学、古代史、古代哲学、古書籍を象徴とする中国の古典に関する学術研究を推進することである。また、「山大学派(山東大学学派)」を育成し、文学・歴史・哲学の垣根を超えた革新的な国学系教育課程を構築することが非常に重要となる。これは同時に、山東大学が儒学を継承する主力大学として当然引き受けるべき責任でもあるとした。

二、革新的な国学系教育課程を設置する必要性

 全方位的な国学教育体系を設立するために、最初に直面することは、国学系課程の開設方式、教育モデル、教育効果等に関する研究である。中国では、現時点ではまだ科学的かつ系統的な国学の基礎教育課程が不足している。これに関しては多くの研究者が個人的な見解を提示しており、たとえば張豈之氏は、国学院(国学に関する学部)には、文献学系課程、考古学およびその成果に関する課程、経学研究系課程、世界の学術紹介等に関する課程を設置することを考えている(『光明日報』2008年11月10日12面)。国学分野の人材育成のために、武漢大学では2001年に全国に先駆けて国学の実験班を開設し、国学の本科専攻を設置して関連の国学課程を開設した。また、なかには「国学」を独立した学科とすることを提案する研究者も存在する。2011年9月14日、『中華読書報』に「国学応該設為独立学科----姚奠中、劉毓慶、郭万金国学三人談」(国学は独立した学科として設置されるべき----国学の専門家、姚奠中、劉毓慶、郭万金による鼎談)という文章が掲載され、この問題が議論された。そもそも、国学という概念に対する各人の認識の点から違いがあったが、現代の大学の教育体系において国学に居場所を与えるべきという見解に関しては一致していた。

 国学系課程の改革をより良い形で実施するために、筆者は中国国内の代表的な高等教育機関における国学系課程の設置状況を広く調査した。調査対象は、第一に本科生(学部生)のために古典関係の学術人材を専門的に育成する実験班を開設している国学系課程を、第二に代表的な研究機関において本科生のために開設されている国学系課程を選出した。前者の例は、中国人民大学国学院人文学科試験班(国学班)、山東大学尼山学堂であり、後者の例は北京大学中国古文献研究センター、浙江大学古籍研究所である。この調査研究においては、中国人民大学国学院人文学科試験班、山東大学尼山学堂、北京大学中国古文献研究センター、浙江大学古籍研究所において本科生を対象に開設されている国学系課程を研究対象とした。これら代表的な高等教育機関は、国学教育課程の構築において有意義な検討を行っている。それには、主に以下の特徴がある。

 第一に、国学系課程には多元化という性質が現れているが、系統性は弱い。この分野の教育課程は必修課、通識課(教養課程)、選修課程によって構成され、体系は比較的整備されているが、両者の比率分配はまだ合理的ではない。

 第二に、課程設置が優れた学科の優れた教師の力量に依存しており、内容に全面性が欠けることがある。この分野の課程では経部、史部、子部、集部の4つの部の重要な典籍を選択し、それぞれに一定数の課程を設置するべきである。そして、各部の下におかれた課程において、さまざまな部類の典籍を網羅するべきである。

 第三に、原典の精読に力を入れ、オリジナルの資料を重視する。しかし、時間数が明らかに不足しており、この種の多くの課程の応用力と実践力は弱い結果となっている。

三、革新的な国学系教育課程を設置する意義

 第一に、「山大学派」の建設・継承に重要な意義がある。山東大学第14回代表大会では、「人文科学・社会科学振興計画」の推進と「文学と歴史に長じる」伝統を発展させ、「山大学派」を育成することが打ち出された。「山大学派」では儒学研究という中国的な気風を確立することによって、中国の特色と、中国的な風格と、中国的な気概を持つ儒学研究を発展させることを根本的な趣旨として、世界の儒学研究における水先案内人となることを目標としており、世界の儒学研究における「最高峰」としての中国儒学研究の地位を守ろうとしている。一方、「山大学派」を継承する新勢力は山東大学の次世代の大学生であり、前述の国家レベルの指導方向もまさにこの点に基づいて提起されている。権威的で信頼ができ、科学的かつ系統的な国学系課程では、次世代への文化のリレーにおいて最も基盤となる継承の条件を提供することができる。価値観の面からいえば、国学は西洋の現在の価値観とは異なる価値体系であり、人類文化の多元的な選択と思考に資する。また、知識の面からいえば、国学に包含される人類が数千年にわたって蓄積してきた古典の知恵は、人類の生存と平和・幸福な生活の追求において無視できない意義を持つ。国学とはその設立当初から伝統的な古典の朗読に終わるものではなく、古典典籍を読むことによって文化的伝統を深く認識し、継承するものなのである。

 第二に、本科生の知識体系の整備に重要な役割を持つ。現在、中文学科の設置に関する制限を受け、中文系の学生たちの間で国学と関係のある課程は主に「古代漢語」と「中国古代文学史」の2つの基礎課程に限定される。現在の高等教育機関における国学系教育課程の設置状況から見れば、多くの高等教育機関において関連の課程・科目数が非常に少なく、学生は知識面においてその広がりと深まりを得ることができない。学校の根本的な任務は人材育成であり、学術研究は教育に奉仕するものである。人材育成の面から考慮すれば、国学教育は学術的基盤を養成するための最良の方法である。このため、国学系の基礎課程を増やすことは、本科生の知識体系の構築において大きな助力となり、かつ、文学・歴史・哲学の垣根を超えた高い資質を持つ研究者の育成に役立つ。

 第三に、特色ある学科の育成に重要な推進作用がある。人文学科は全国の高等教育機関の発展において普遍的に冷遇されている。山東大学第14回代表大会では、現在、学校経営力の面において、山東大学は人材育成の理念とモデル革新が不足しており、大学院生の養成において質的向上が待たれることが示された。山東大学は現在、「双一流」大学となることを目指す中で特色ある学科を強調している。革新的な国学系教育課程が、政策の利によって新たな特色ある学科となる可能性がある。このことは、山東大学人文学科の厄介な境遇を変える上で一定の推進作用があり、強い現実的意義がある。応用力のある国学系教育課程の構築は、必ずや山東省の「文化強省」建設の上でプラスの推進的役割を果たすだろう。

 第四に、学生の伝統文化に対するアイデンティティーの強化に重要な意義を持つ。儒学の復興は若い力の注入と切り離すことはできない。習近平主席は孔子生誕を記念するシンポジウムでのスピーチで、現在の大学生の民族文化に対するアイデンティティーはますます遠い存在となっており、限られた範囲の中での共通認識にさえなりつつある、と語った。国と国とのコミュニケーションや人と人との理解の根本は、文化交流にある。しかし、土台のない文化交流は形式に流れ、労力と物資の無駄となる。目下のところ、中国の伝統文化に固有の価値体系や言説には最も活力があるばかりでなく、最も効果が高い可能性がある。学生たちは、伝統的な原典を研究し、古典の名作に触れることによって、過去と現在の距離を縮め、思想上の排他性を取り除き、文化的アイデンティティーと帰属感を強める。国学系課程によって、最も基礎的な教育の原典が提供できることは疑いない。このように基礎教育を推進する中で、伝統的な古典の力を借りて中華文明の特有性を説き明かし、グローバル化が進む言語環境における民族文化の主体性をはっきりと示していく必要がある。

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