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【19-017】外商投資ネガティブリストと産業行政

2019年7月19日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

一、外商投資ネガティブリストとは何か?

 久しぶりに「そもそも」論から(笑)。そもそもネガティブリスト(方式)とは原則自由の中で禁止事項をリスト化したものをいい、逆にポジティブリスト(方式)とは原則禁止の中で許可事項をリスト化したものを言います。いずれの手段を採用するかは、安全保障や生命、健康、行政政策等の人間社会の設計上のリスク管理に拠って判断されるものであり、産業行政・政策上議論の対象になります。ちなみに、広い意味で言えば、私たちの社会に通用する権利論がネガティブリスト方式であるとすれば、現代中国に通用する中国的権利論はポジティブリスト方式であると言えますから、私が担当する法学・法律学上では、学生達と議論する中で頭の体操の一環として活用させて頂いています。

 さて、今回のコラムで取り上げる「外商投資ネガティブリスト(2019年版)」とは、国家発展改革委員会と商務部が共同して今月公表した、外国投資者による投資参入に関する特別管理措置のネガティブリストのことです。今月末(2019年7月30日)より施行します。公表後の報道をひと通り見聞しての私の所感にすぎませんが、2018年版と比べて制限・禁止項目が40項目に減少したこと、自由貿易試験地域に限れば37項目に減少したことを肯定的に評価し、現代中国がいっそう規制緩和を進めているという見方が多いようです。

 また、このように「外商投資ネガティブリスト」の改定を好意的に評価する言動の背後には、米中貿易摩擦の影響を念頭に置いたものが多いです。その中には親米?の李克強派が米国へ秋風を送っただの、孤独の首領である習近平による苦渋の決断だのと、米国のルールに服従することになるというメッセージが含まれているようにも見受けられます。本当にこのような見方一辺倒で正確なのでしょうか。というのも、どんな事象も単一の見方など存在しないからです。コップに水が半分入っているのを見て「半分しかない」というのも「半分もある」というのも同じ事実ですよね?

 良い機会なので、重ねて指摘しておきたいことがあります。それは、上記のように異論・異説を許さないポジティブリスト思考についてです。これまでも日本で複眼的思考法とか異文化理解のように言われてきたことなのですが、自分の価値観と反対の価値観と共生できない日本の学問研究領域(特に文系)が少なくありません。非難や糾弾をせずとも「無視」することも共生ではありませんし、強制することはもちろん共生ではありません。例えば、日本の現代中国論においては一律の捉え方に固執していることを常識だと意識しているのか無意識の内なのかは人それぞれですが、その見方以外はないと思っている節があります。言ってみれば、この学問研究領域では10回中10回失敗するアプローチしか通用しないのですから、傍から見れば摩訶不思議でしょう。

 そこで、「外商投資ネガティブリスト」の改定の意義について、今回は別の評価を示してみたいと思います。

二、2019年改定が意味することは何か?

 この視点において用いる手法は、情報の読み解き方(2) でご紹介した方法の応用です。以前であれば、まとまった時間を取って私もしばしば行なっていた作業でもありますし、基礎法学の学問研究においては当たり前の手法の1つです。蛇足ですが、その当時、現代中国の民法典草案や刑法典を教材にしての練習は骨の折れる作業でしたが、浮かび上がらせることで見えてくるものも少なくありませんでした。

 まずは今回公表された外商投資ネガティブリスト(2019年版)について、同(2018年版)と対照させて、重複する部分を消してゆき(灰色化し)浮かび上がって来る部分を整理してみましょう(同時に追記された部分を強調してゆき(赤色化し)浮かび上がって来る部分を整理しました)。そうすると、下記の表が得られます。

外商投資ネガティブリストの主な変更箇所について
外商投資参入特別管理措置 (対象項目)
2019年 2018年
(中国語原文) (日本語訳) (中国語原文) (日本語訳)
削除   5、石油、天然气(含煤层气,油页岩、油砂、页岩气等除外)的勘探、开发限于 合资、合作。 石油、天然ガス(炭層ガスを含み、オイルシェール、オイルサンド、シェールガス等を除く)の探査及び開発は、合弁・提携に限る。
削除   6、禁止投资钨、钼、锡、锑、萤石勘查、开采。 タングステン、モリブデン、錫、アンチモン及び蛍石の探査・採掘への投資を禁止する。
削除   14、禁止投资宣纸、墨锭生产。 画仙紙及び固形墨の生産への投資を禁止する。
12、城市人口50万以上的城市供排水管网的建设、经营须由中方控股。 人口が50万人を超える都市における給排水管網の建設及び経営は、中国側の持ち分支配とする。 16、城市人口50万以上的城市燃气、热力和供排水管网的建设、经营须由中方控股。 人口が50万人を超える都市における都市ガス、熱水および給排水管網の建設及び経営は、中国側の持ち分支配とする。
14、国内水上运输公司须由中方控股。 国内水上輸送業者は、中国側の持ち分支配とする。 18、国内水上运输公司须由中方控股。 国内水上輸送業者は、中国側の持ち分支配とする。
削除   19、国内船舶代理公司须由中方控股。 国内船舶代理業者は、中国側の持ち分支配とする。
25、电信公司:限于中国入世承诺开放的电信业务,增值电信业务的外资股比不超过 50%(电子商务、国内多方通信、存储转发类、呼叫中心除外),基础电信业务须由中方控股。 電気通信業者について。中国のWTO加盟時に開放を承諾した範囲内に限るし、付加価値電気通信業務は外資の割合が50%を超えてはならないし(電子商務取引、国内マルチコミュニケーション、蓄積交換通信(訳者追補:パケット通信方式等のこと)類、コールセンターを除く)、基礎電気通信業務は中国側の持ち分支配とする。 25、电信公司:限于中国入世承诺开放的电信业务,增值电信业务的外资股比不超过 50%(电子商务除外),基础电信业务须由中方控股。 電気通信業者について。中国のWTO加盟時に開放を承諾した範囲内に限るし、付加価値電気通信業務は外資の割合が50%を超えてはならないし(電子商取引を除く)、基礎電気通信業務は中国側の持ち分支配とする。
削除   36、禁止投资国家保护的原产于中国的野生动植物资源开发。 国が保護する中国原産の野生動植物資源の開発への投資を禁止する。
削除   44、电影院建设、经营须由中方控股。 映画館の建設は、中国側の持ち分支配とする。

 この表を使って2019年改定により現代中国が鮮明に打ち出したもの、言い換えれば自らの安全保障上の守るべき砦として明確化したものを検証してみましょう。この表から現代中国が鮮明に打ち出したと言えることは、次の3点であると言えます。第1に、主要な都市部の給排水システムについては外資主導を認めないこと。第2に、内航海運システムについても外資主導を認めないとしたこと。そして第3に、基礎電気通信業務も同様に外資主導を認めないが、基礎電気電信業務を介した電子商務取引(eコマース)等の業種については外資主導の門戸を広げるとしたこと、です。

①給排水システムの外資主導を認めないことの意味

 都市部の給排水システムは、日本における上下水道事業と理解すればとりあえず良いでしょう。さて、日本の上下水道事業については、昨今の水道民営化の議論の真っ只中にあります。法学や日本国憲法の講義の中で行政権や行政機関について説明する際に私が示す例でもあります。

 いわゆる「水道民営化」の議論とは、上下水道事業を民営化することによって効率化が図れるとする推進派と、水は公共財であり商品と見るべきではないとする反対派の間の論争のことです。例えば、水道民営化の議論を、水道施設の老朽化の中で維持管理コストをどうやって抑えていくかという点から出発させると、施設所有権を行政機関が維持しつつ、民間事業者に上下水道事業の運営権を譲渡してやってもらう方法(コンセッション方式)が検討されることになります。しかしこの場合、民間事業者は給排水サービスを消費者に提供する中で維持管理コストを料金に上乗せして請求し、結果として消費者が困窮することにならないかが直ちに懸念されます。

 以上の議論を参考にすると、都市部の給排水システムへの外資参入を認めないのは、これを現代中国の安全保障上の砦として想定していると見て取れます。そこまでは言い過ぎだと思われるならば、少なくとも、水を公共財であると見て、自国民の生存保障と真摯に向き合っているとは言えるのではないでしょうか。映画『ブルー・ゴールド:狙われた水の真実』アップリンク2010年やモード・バーロウ=トニー・クラーク著『「水」戦争の世紀』集英社新書2003年などを想起して頂ければと思います。

②内航海運システムの外資主導を認めないことの意味

 次に、内航海運システムについては、専門的な説明となり恐縮ですが、国際的に支持されているカボタージュ制度に現代中国も倣うことを確認したと言えます(私も専門外ではありますが、院浪人時代の某社団法人の調査員時に、現代中国の内航水運について調査する中で勉強させて頂いたことがありました)。カボタージュ制度とは、国内の沿岸輸送については自国の船舶に限るという規範を言います。日本は船舶法3条で確認しています。

 例えば、自然災害や有事の際に、必要があれば国家は海上運送法上の航海命令や国民保護法上の従事命令等を発令することになっています。しかしながら、これらの命令に当然外国籍の船舶(以下、外国船舶)が従う義務はありません。主権は自国内、自国民、自国船舶にしか及ばないからです。外国船舶が日本の主権を脅かす場合でない限り、その航行の自由は保障される必要があります。

 要するに、自然災害や有事の際の需要に対応するためには、平時より内航海運を自国船舶に限るとしておくことによって、自国船舶の数および日本人船員を維持しておくことが不可欠なわけです。そうであるにもかかわらず、仮に外資主導を認めて、その市場競争の中で自国船舶が極端に減少したり日本人船員が減少したりすれば、その時に備えることができなくなります。したがって、今回の改定を通じて現代中国が国内船舶代理業者については外資主導を認める一方で、国内水上輸送業者としての外資主導すなわちカボタージュ制度の緩和ないし廃止には応じないことを確認したと言えます。

③基礎電気通信業務の外資主導を認めないことの意味

 最後に基礎電気通信業務について。基礎電気通信業務とは「中華人民共和国電気通信条例」添付の分類目録によれば、国内の電話固定回線、移動電話・通信回線、衛星通信回線、インターネット回線等に代表される電気通信の基盤業務を言います。いわば土管や道路といったモノを流通させるための基盤(インフラ)のことです。電気通信にかかわる基盤については外資主導を認めないというわけです。これは、前述したカボタージュ制度の趣旨を参考にできます。厄介なことは、日常生活の中で意識的に視認できる機会が乏しい点です。

 とはいえ、行政国家化が進展し、それが「法による支配(法治主義)」に照らして運用される限りにおいて、行政による各種の通達等を通じて私たちは視認することができます。例えば、日本でも電気通信に関する国内企業の株式取得については安全保障上重要な技術の流出や防衛生産・技術基盤の毀損など、日本の安全保障に重大な影響を及ぼす事態の発生を適切に防止する観点から規制する動きがようやく目に見える形で確認できつつあります(総務省2019年5月27日公表 )。

 その一方で、今回の改定を通じてその基盤の上でモノを流通させる業種については外資主導の門戸を広げるとしました。仮に安全保障上の何らかの脅威を認識した場合には土台自体を閉ざしてしまえばよいのですから、安全保障上の砦が何処にあるのかをしっかりと把握した上での判断であると言えるのではないでしょうか。

「砦」の解体に同意したのは何か?

 では、この表から現代中国が砦の解体に同意したと言えることを確認してみましょう。すなわち、今回の改定で削除した項目を検討するということです。ここでは映画館建設を例にとって検討することにします。

 最近の関係するメディアや論文等を読み込んでいると、今回の改定について概ね歓迎する論調一辺倒であると言えます。確かに、外資参入を認めることによって、中国国家電影局が2020年の目標として掲げたスクリーン数を8万枚以上にするという目標を実現できるかもしれません。とはいえ、中国国内における映画館の客席稼働率は減少に転じているとのことですから、収益の確保が課題のようです。外資の参入によって映画館の建設が増えると同時に劣悪な映画館は淘汰され、質の向上も図れるという意図もあるのでしょう。

 また、他領域の調査分析報告によれば[1]、アメリカや欧州で成長し始めた定額見放題のサービスは現金流通がほとんど行なわれなくなっている現代中国では最も適しているそうです。とはいえ、このようにインターネットの有料サイト等による映画館以外で映画を見る人も軒並み増えているわけですから、今さら映画館建設に外資参入を認めたところで、それは「鶏肋」にすぎないと言えるのではないでしょうか。

 確かに「外商投資電影院暫行規定」(2004年1月公布)3条「外商は独立資本の映画館を設立してはならないし、映画館配給会社を設立してはならない。」に代表される同法令が廃止されるだろうことは感慨深いものがあるかもしれません。

 とはいえ、検閲を通じて問題だと判断する映画の公開を見送らせたり(最近の例では張芸謀監督の「ワン・セカンド」が再編集の対象になっているそうです[2])、映画を製作する側が忖度して観客から支持を得られないけれども無難な映画を製作する雰囲気を作ったり、あるいは映画関係者の税逃れに対する取り締まりを強化したりすることによって管理可能であると判断したのかもしれませんから、是々非々の視点から見れば、映画館の建設について外資参入を認めても大したことは無い、との判断があったのだろうと推察できそうですね。

三、「外商投資ネガティブリスト」改定の別の意義

 このように見てくると、今回の2019年改定が米中貿易摩擦の影響を受けていないとは言えませんけれども、それが主な原因なのかと言われれば容易に首肯し難いと思われます。規制緩和が更に進んだという評価も間違いではないですけれども、私たちにとって実のある緩和なのかと言われればこれも首肯し難いかもしれません。

 しかしながら、その一方で、最小限度のネガティブリストによって私たちを含む現代中国の市場プレイヤーの諸行動をコントロールできるという自信を彼らが付けてきている点も評価に値するのではないでしょうか。これを現代中国の巨大な官僚機構のゆえであると言うつもりはありません。ただ行政学的手法やその法理論が現代中国において絶えず進化していることを述べるのみです。現代中国はその法理論を精緻化の極みへと益々歩を進めています。では、それに対する私たちの法理論は今、どこに位置しているのでしょう?

 年々改定を繰り返す現代中国の外商投資ネガティブリストの変遷を見て、私は、私たち日本法の法理論の歩みが、(別の途を進んでいるので安易に比較できませんが)彼の国の歩みから引き離されているような錯覚あるいは焦燥感を覚えてやみません。

(了)


[1] 川上一郎「中国映画市場の動向」『デジタルシネマNow!』2018年4月16-19頁参照。

[2] https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-07-10/china-s-movie-business-is-taking-a-hit-from-its-own-government 参照,2019年07月11日最終閲覧。

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