1.ライフサイエンス分野
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1.1 ライフサイエンス分野の概要

(1) 関連政策

1) 各政策の分野別取り組みについて

 ライフサイエンスは、人間生活の基本である「生きる」、「食べる」、「暮らす」と密接に関わる技術分野であり、医薬品や食品、化学品、環境などの幅広い産業分野への応用が期待されている。

 また、国民経済に及ぼす影響がきわめて大きいため、ライフサイエンス分野の研究開発の重要性については世界的な共通認識となっている。中国政府は、今世紀中に国民経済の持続可能な発展を実現するためには、ライフサイエンスとバイオ技術および関連産業の発展を実現することが不可欠であるとの基本的考えを示している。

① 国民経済・社会発展「第11次5ヵ年」規画

 2006年3月に全国人民代表大会(全人代)で承認された、中国の全体計画である「中華人民共和国国民経済・社会発展『第11次5ヵ年』規画綱要」(「中華人民共和国国民経済和社会発展第十一个五年規劃綱要」)は、科学技術イノベーションを通じた飛躍的発展を謳っており、ライフサイエンス分野でも集中的に基礎研究と技術研究を強化し、自主イノベーションの強化、推進を行う方針を打ち出している。

 具体的には、重大科学技術特別プロジェクトと重大科学技術基盤施設として、以下のテーマを掲げている。

  • 遺伝子組換え生物の新品種の育成:機能遺伝子のクローンと検証、大規模遺伝子組換え操作などの中核技術を開発し、とくに優れた品種のイノベーション、新品種の育成および大規模な品種生産の3大技術プラットフォームを確立、完備する。
  • 重大新薬のイノベーション:自主知的所有権と市場競争力を持った新薬を研究・製造し、国際的に見ても先進水準の研究開発プラットフォームを確立する。
  • エイズやウイルス性肝炎などの重大感染症の予防:エイズやウイルス性肝炎などの重大感染症の有効な予防・管理技術システムを構築し、特効性のある診断試薬やワクチン、薬物、検査測定技術の研究開発を行う。

②中長期科学技術発展規画(2006~2020年)

 また中国政府は、科学技術政策の根幹となる「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006~2020年)」(「国家中長期科学和技術発展規劃綱要(2006-2020年)」)では、2020年までの15年間に実現すべきライフサイエンス分野における科学技術上の重要な発展目標として、以下の2点を掲げている。

  • 農業分野での科学技術の総合力が世界のトップレベル入りを果たし、農業生産力の向上を促進して効果的に国の食糧安全を保障する。
  • 重大な疾病の予防と治療レベルを飛躍的に向上させる。エイズ、肝炎等の重大な疾病が抑制され、新薬の開発と重要な医療器械の開発に関して飛躍的な進歩を達成し、産業として発展するよう技術力を備える。

 そうしたうえで同規画綱要は、ライフサイエンス分野の「重点領域および優先テーマ」に関して、以下の具体的な構想と優先テーマを掲げている。

分野

発展構想

優先テーマ

農業

  • ハイテクにより従来の農業技術の向上を促進し、農業の総合生産力を持続的に向上させる。バイオテクノロジーの応用研究を重点的に展開し、農業技術の一体化および組み合わせを強化する。また、主要農作物の育種と高効率生産、牧畜・水産の育種と健康な飼養と疫病予防の重点技術を研究し、農業の多角経営と複合経営を発展させ、生産高の持続的増加を確保しながら農産物の品質を高める。
  • 農業の産業チェーンを拡張することにより、農業産業化レベルと農業の総合的効率性を全面的に向上させる。
  • 農林業の生態に関する技術を総合開発することによって、農林業の生態安全を確保する。
  • 積極的に農業の工場化を進め、農業労働生産性を高める。
  • 種苗資源の発掘、保存および創新ならびに新品種に応じた育成技術
  • 家畜・水産の健康な飼養および疫病予防
  • 農産物の高度加工および近代的な貯蔵・運輸
  • 農林業バイオマスの総合開発利用
  • 農林業の生態安全および近代的な林業
  • 環境保護型の肥料、農薬の開発および生態農業
  • 多機能の農業設備および施設
  • 農作業の精度向上および情報化
  • 近代的な乳業

人口・健康

  • 人口を抑制し、新生児の素質を高める。
  • 疾病の予防と治療に重点を置き、予防を主とし、健康と病気の予防・治療との結合という方針を堅持する。
  • 漢方医薬の継承とイノベーションを強化して、漢方薬の近代化と国際化を進める。
  • 重要な新薬と先進的な医療設備を開発する。
  • 安全避妊・産児制限および出生欠陥予防・治療
  • 心・脳血管病、腫瘍等重大な非伝染疾病の予防および治療
  • 都市と農村における多発病の予防・治療
  • 漢方薬の伝承およびイノベーション・発展
  • 先進的な医療設備および生物医用材料

公共安全

  • 非常事態に速やかに対応・対処できるよう技術的なサポートを強化する。
  • 早期発見と未然防止の能力を向上する。
  • 非常事態における対処・救助等の全面的な対応能力を向上する。
  • 安全設備の近代化を進める。作業現場の安全、食品安全、バイオ安全および社会治安等の確保に必要な設備と予防・保護用品を開発し、関係産業の発展を促進する。
  • 公共安全のための緊急情報プラットフォーム
  • 重大な労働災害の早期警報および救援
  • 食品安全および出入国の検疫
  • 非常事態に対する予防および迅速対応
  • バイオ安全
  • 重大な自然災害の監視および予防

 さらに同規画綱要では、基礎研究に関して、先端的な科学課題として①生命プロセスの定量研究およびシステム整合②脳科学および認知科学――の2つのテーマを、また国家の重大な戦略ニーズに対応した基礎研究テーマとして①人類の健康および疾病の生物学的基礎②農業生物の遺伝改良および農業の持続可能な発展のための科学的な課題――をあげている。このほか、蛋白質の研究に加え、発育および生殖の研究が重大科学研究計画として定められた。

③ 「第11次5ヵ年」科学技術発展規画

 「国家『第11次5ヵ年』科学技術発展規画」(「国家"十一五"科学技術発展規劃」)では、「中華人民共和国国民経済・社会発展『第11次5ヵ年』規画綱要」と「国家中長期科学技術発展規画綱要」に盛り込まれた内容を受け、2010年までのさらに具体的な自主イノベーションに関する5つの戦略目標を掲げている。

 このうちライフサイエンスに関しては、「多様な技術を集積し、人民の健康と公共安全、都市化と都市の発展などの社会的公益領域における科学技術サービス能力を引き上げる」としたうえで、「重大疾病の予防と新薬の開発に関する重点技術を攻略し、国民の健康水準を向上する」との目標を掲げた。

 同発展規画では、こうした戦略目標に基づいた重点特定プロジェクトに加えて、緊急のニーズに応じて克服する必要がある各種技術を具体的に定めている。

目標

主要項目、技術

戦略目標に基づいた重点特定プロジェクト

重点特定プロジェクト:

  • 遺伝子組換え生物新品種の育成
  • 重要な新薬の開発
  • エイズとウイルス性肝炎など重大感染症の予防

緊急のニーズに応じて克服する必要のある技術

農業技術の全面的な改良と農業生産力の持続的な向上:

  • 新品種の発掘、保存、開発と畜産・水産業の疾病予防技術
  • 新型肥料および効率的な利用技術
  • エネルギー作物の生産とグリーン燃料に関する技術など

重大疾病の予防・治療技術:

  • 安全で有効な避妊技術と出生欠陥の監視、検査技術
  • エイズ、肝炎、肺結核、住血吸虫、悪性腫瘍などの重大疾病の予防・治療技術
  • 都市多発性疾病、風土病、職業病の予防・診断・治療・回復技術
  • 先進的な医療設備と生物医学材料、製薬技術
  • 漢方医学の伝承と近代化の研究
  • 漢方医薬による重大疾病の研究、漢方薬資源の持続可能な利用と産業発展技術、漢方医薬の国際化モデル事業の研究

今後の発展を見据えた、先端技術と基礎研究

生物と医薬技術:

  • 近代的な生物ハイテクを突破口とした、ゲノムとプロテオーム解析技術、幹細胞技術、ナノバイオ技術、ワクチンと抗体の製造技術、遺伝子組換え技術など
  • 腫瘍、心・脳・肺血管と糖尿病、肝臓病と老年病を重点としたバイオ技術と臨床資源の有機的な結合、重大疾病予防と診療の中核技術
  • 医薬、食品と工業発酵を突破口としたバイオ技術の産業化と応用

近代的な農業技術:

  • 動植物品種の分子設計、デジタル農業技術、食品バイオ工学技術、農産物の生存環境の管理・質量分子検査測定技術
  • 主要農業動植物の機能ゲノム解読、農業バイオ薬物の開発、精密農業技術と設備、海水養殖種プロジェクト

重大科学研究計画:

  • 蛋白質群、蛋白質構造と機能研究
  • 量子制御研究
  • 中国独自のナノ材料、ナノデバイス、ナノバイオと医薬研究
  • 非霊長類を含めた胚胎・幹細胞バンクと胚胎・幹細胞の指向化モデルの確立、生殖の健康・組織プロジェクト、動物のクローンなど

④ 産業発展「第11次5ヵ年」規画

 国家発展改革委員会は2007年4月8日、バイオ科学技術産業の専門計画である「生物産業発展『第11次5ヵ年』規画」(「生物産業発展"十一五"規劃」)を公布し、「第11次5ヵ年」期におけるバイオ産業発展に向けた中国政府としての方針を以下のように明らかにした。

  • -バイオ産業の発展に役立つ政策法規体系、技術イノベーション体系、技術基準体系、生物安全保障体系、産業組織体系、業界のサービス体系を確立する。
  • -自主イノベーション能力を強化し、産業の生産増加値に占める研究開発費の割合を引き上げ、自主知的産業権を有する年商10億元(約150億円)以上のバイオ技術製品を開発する。
  • -産業構造のレベルアップを図り、多数のイノベーション型中小バイオ企業を育成し、年商100億元(約1500億円)を超える大型バイオ企業を10社ほど設立する。北京、天津、河北、長江デルタ、珠江デルタ地区に総合バイオ産業基地および若干の専門バイオ産業基地を建設し、年商500億元(約7500億円)を超えるバイオ基地を8ヵ所設立する。
  • -産業規模の拡大を加速し、2010年までにバイオ産業増加値はGDPの約2%に相当する5000億元(約7兆5000億円)以上へ、またバイオ産業の輸出額も増加させる。さらに努力を傾注し、中国のバイオ産業の主要経済指標を世界の上位に引き上げる。経済・社会発展と国家安全に関わるバイオ技術領域で、自主知的財産権を掌握し、バイオ産業の国際競争力を大幅に向上する。2020年までに、全国のバイオ産業の増加値はGDPの4%以上に相当する2兆元を突破し、ハイテク領域の支柱産業とする。

 国家発展改革委員会はさらに2007年4月28日、「ハイテク産業発展『第11次5ヵ年』規画」(「高技術産業発展"十一五"規劃」)を公布し、バイオ産業を戦略的産業の1つとして位置付け、バイオ医薬やバイオ産業、バイオエネルギー、バイオ製造の発展に注力するとの方針を明らかにした。

  同規画では、農業のハイテク技術の普及と応用を強化するとともに、「バイオ医薬特定プロジェクト」を立ち上げ、「第11次5ヵ年」期(2006~2010年)末に新型病原体の診断試剤を20種類、重要な新薬5~10種類を自主イノベーションによって作製し、独自の知的財産権を持つバイオ医学エンジニアリング製品を国内外市場で発売するとの具体的目標を掲げた。

2)重点分野推進政策

 中国政府は「国家中長期科学技術発展規画綱要」と「国家『第11次5ヵ年』科学技術発展規画」の中で、以下の9つの分野を重大特定プロジェクトと位置付け、それぞれの具体的な推進政策と目標を掲げている。

 重大特定プロジェクトは、国家目標を実現し、重要技術の飛躍的進歩と資源の集中を達成し、一定期間内に戦略的重要製品や重要技術基盤、重要エンジニアリングを完成させるものであり、中国の科学技術の発展にとって、最も重要なプロジェクトにランク付けされている。

① 遺伝子組換えによる生物製品・新品種の育成

 遺伝子クローンと検証、遺伝子操作の拡大、生物の安全評価を研究し、優れた品種のイノベーション、育成、大量生産の三大技術プラットフォームを確立したうえで、新遺伝子を1000種以上開発する。また、中国の遺伝子組換え生物の体系に基づき、遺伝子組換え農作物を100~150種、遺伝子組換え動物を30種以上育成する。(「国家『第11次5ヵ年』科学技術発展規画」)

② 新薬の開発

 重点的に化学薬品と生物薬品の識別・検証、新薬の設計を研究し、大規模で効率の高い薬物の選別、薬効と安全性評価、調合と生成に関する中核技術の研究を行い、治療効果が信頼でき品質の安定した漢方薬を開発し、知的所有権と市場競争力を持つ30~40種の新薬を開発する。(同上)

③ エイズやウイルス性肝炎などの伝染病の予防と治療

 新型ワクチンと治療薬物の開発に関して中核技術に重点を置き、効率が高い特異性診断試薬を40種、ワクチンおよび薬物を15種、自主開発する。漢方医学と西洋医学、および両者の結合した治療プランを研究、制定し、先進国レベルに匹敵した10の防疫治療技術プラットフォームを設立し、エイズや肝炎が有効に予防・制御できる技術体系を構築する。(同上)

④ 標的分子の発見・同定技術

 標的分子の発見・同定は、新規医薬品の開発や生物学的診断・治療技術と密接に関係している。とくに、生理と病理のプロセスにおいて、中心的遺伝子の機能と遺伝子制御ネットワークの解明、疾病に関係する遺伝子機能の解明、遺伝子発現制御、標的分子の絞り込み・実証技術、「遺伝子から医薬品へ」の新しい医薬品の開発・生産技術等の研究を行う。(「国家中長期科学技術発展規画綱要」)

⑤ 動植物品種および医薬品の分子設計技術

 動植物品種と医薬品の分子設計は、生体巨大分子の3次元構造に基づく分子接合、分子シミュレーションおよび分子設計技術のことである。とくに、蛋白質と細胞の動的プロセスの生物情報分析・統合・シミュレーション技術、動植物品種と医薬品の仮想設計技術、動植物品種の発育と医薬品の代謝工程のシミュレーション技術、コンピュータによる化合物データベース設計・合成・スクリーニング等の技術を研究する。(同上)

⑥ 遺伝子操作および蛋白質工学技術

 遺伝子操作技術は遺伝子資源を使用する際の中核技術であり、蛋白質工学は遺伝子産物を効率的に利用するための重要ルートである。とくに、遺伝子の効果的な発見と制御技術、染色体の構造と統合技術、遺伝子蛋白質コードの人工設計と改造技術、蛋白質のペプチド結合の修正および構造変更技術、蛋白質構造解析技術、蛋白質の量的な分離・精製技術を重点的に研究する。(同上)

⑦ 幹細胞を基礎とするヒト組織工学技術

 幹細胞技術は、人体外で幹細胞を培養し、指向性分化させ、臨床治療のために組織細胞を提供したり、人体外で人間の器官を作り、再生治療に使ったりする技術である。とくに、治療クローニング技術、幹細胞の人体外での増殖と分化技術、人体外のヒト組織の再生と大量培養技術、ヒトの多細胞組織の再生と一部修復技術および生物再生技術を研究する。(同上)

⑧ 次世代の工業バイオテクノロジー

 とくに、機能性細菌の大量選別技術、生体触媒の指向性進化技術、生体触媒の工業量産への応用技術、環境触媒浄化剤の開発・製造技術および工業生産の工程技術を研究する。(同上)

 

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