第77回CRCC研究会「中朝関係の実相を探る」/講師:平井 久志(2014年11月13日開催)
演題:「中朝関係の実相を探る」
開催日時・場所
2014年11月13日(木)15:00-17:00
独立行政法人科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講演資料
「 第77回CRCC研究会 中朝関係の実相を探る」( 492KB )
「 第77回CRCC研究会 詳報」( 1.11MB )
日朝交渉再開の背後に中韓接近
小岩井忠道(中国総合研究交流センター)
中国、韓国、北朝鮮の動向を長年追い続けている平井久志共同通信客員論説委員が11月13日、科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催の研究会で講演し、北朝鮮の現況や中国との複雑な関係をさまざまな角度から解説した。
平井氏は、「中国にとって北朝鮮はあってもなくても困る国」という表現を用い、両国がこれまで関係悪化と修復を何度も繰り返している歴史を詳しく紹介した。現在の両国関係について、氏は「非常に悪い状況にある」と見ている。金正日総書記が2011年12月に亡くなった直後は関係が非常によかったのが、北朝鮮が翌年4月、事実上の長距離弾道ミサイルと見なされた人工衛星の打ち上げに踏み切ったことから悪化する。同年4月下旬に訪中した金永日朝鮮労働党国際部長に対し、胡錦濤主席がミサイル発射の後の核実験実施について激烈な口調で批判し、金部長が恐れをなしたという事実を平井氏は紹介した。
この後、朝鮮戦争休戦協定60周年記念行事に中国が李源潮国家副主席を派遣し、関係修復がなされたものの、再び急速に冷却化する。今年4月の習近平主席の韓国訪問が原因で、平井氏は、これが日本と北朝鮮の関係にも大きな影響を与えたのではないかと見ている。
行き詰まりの状態が続いていた拉致問題についての日朝政府間協議が5月下旬、スウェーデン・ストックホルムで開かれた。北朝鮮側が特別調査委員会を立ち上げ、日本側が制裁措置の一部を解除することで合意する。この合意の背景に日本側だけでなく、北朝鮮側にも焦りがあったのではないか、というのが、平井氏の見方だ。その2カ月前にモンゴルで実現した横田めぐみさんの両親と孫の対面から、ストックホルム合意までの期間が短いことを氏は重視している。
「北朝鮮は習近平の訪韓に合わせて日本との関係改善を内外に誇示したいという思惑があった。一方、日本は拉致問題が最優先と言っているが、ストックホルム合意には、拉致問題を優先するとは書かれていない。むしろ、拉致、行方不明者、日本人妻、残留孤児問題を同時並行でやると書いてある」。平井氏は、日朝共に少々焦りがあったため、ストックホルム合意に双方ともに都合の悪い記述が盛り込まれる結果となった、という見方を示した。「習近平の訪韓に強く刺激された北朝鮮が日本との関係を改善しようとした」ことが、背景にあるとみている。
氏は、10月7日から1週間、日朝交流学術訪問団の一員として、北朝鮮を訪れた。12年ぶりというこの訪問に基づく北朝鮮の現況紹介が興味深い。中国との複雑だが緊密な関係が具体的に紹介された。まず自動車を初め中国製消費財が非常に目立つ。中朝貿易はこの10年で爆発的に増え、中国との貿易割合が5割から9割に増えている(韓国との輸出入は国際間の取引とみなされない)。ただし、中国依存が急激に進んだにもかかわらず、赤字額は年10億ドル程度で推移している。これは消費財を輸出する代わりに中国が、石炭や鉄鉱石を中心とした地下資源を北朝鮮から輸出させることでしっかり対価を得ているから、というのが平井氏の見立てだ。粛清された張成沢の罪状の一つに、非常に安い価格で石炭や鉄鋼を中国に売り飛ばした、という理由が挙げられていたことに触れ、「中国は北朝鮮を甘やかしているということではない。支払いは地下資源できっちり回収している」と語った。
氏はさらに流通している通貨に関する興味深い体験も披歴した。北朝鮮で使われている通貨で一番多いのはユーロで次いでドル、人民元、円、朝鮮ウォンの順。ウォンは公表レートの数十分の一の価値しかなく、買い物をするとつり銭は人民元で渡される。人民元があたかも国内通貨のような役割を果たし、朝鮮ウォンの価値が無くなりかけている、という。
中国にとって北朝鮮と今の体制を支持するという基本原則に変化はなく、経済はかなり中国の狙った方向に動いている。ただし、核開発に関しては中国にとって譲れない重要な問題。北朝鮮に対して、核廃棄までいかなくても核を管理する方向に歩み寄らせることができれば、6カ国協議の再開、再び中朝関係の修復という可能性が出てくる―との見通しを平井氏は示した。
日本との関係については、「日朝交渉を続けているということで、北朝鮮に核実験をさせない抑止的効果が働く。日朝交渉はこの地域の平和と安全という面からも良い意味がある」と語った。
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平井 久志(ひらい ひさし)氏:
立命館大学客員教授、共同通信客員論説委員
略歴
1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、立命館大学客員教授、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。